古い虫かご
楡四は竹ひごを探した。
宮のどこかになにかがないか。
小さな子供に杖刑にしてやると言われ腹を立てたことは、大人げなかったと反省している。
自分は人間で、宦官で、相手は龍族の子供だ。
龍族は人間よりも育ちが遅いという。
自分が七歳で奥の宮に来たころに生まれた皇子だった。
楡四は腕まくりをしてから、もとの二妃の宮から運ばれてきたガラクタのなかをあれこれとひっくり返し、古い虫かごを見つけて「これでいいか」と頷く。
(あの子はまだ庭にいるだろうか)
虫かごを手に建物を出て庭に出て、楡四は虫かごの前で泣いている菖俊を見つけた。
宦官たちに与えられた住居では、誰もが好き勝手なことを言う。
いままで皇子と呼ばれていた子供が私生児だったと、嗤い、貶し、侮蔑する。
そのことに腹が立っても、楡四には言葉が見つからず、黙って立ち去るということがこの数日だった。
目の前では、小さな子供が壊れた虫かごを拾い、立ち上がってどこかに行こうとしていた。
(別に、あの子が自分で皇子を名乗ったわけじゃない。たまたま母が炎二妃で、その炎二妃が不義密通をしていたから、いまになって私生児だなんて言われてしまっているだけだ)
楡四は息をつき、それから虫かごを持って「菖俊殿」と声をかける。
菖俊がパッと楡四を振り返った。
楡四は菖俊の前に腰をかがめて古い虫かごを出す。
「どうぞ」
「楡四、あのね、もう杖刑にしてやるなんて言わない、新しい虫かごも要らない。だから楡四、怒らないで。嫌いにならないで」
楡四は菖俊に古い虫かごを持たせた。
「新しい虫かごはありませんが、古い虫かごならありましたよ。ちょっと蓋の滑りは悪いですが、虫を入れるには十分です」
「怒ってない?」
「怒ってないです」
菖俊が楡四の首に縋りつく。
「言っちゃいけないこと言ったんだ」
「そういうときには、ごめんなさいと言えばいいんです」
「ごめんなさい」
楡四は菖俊を見て頷く。
「私も、なにも言わずに出て行ってしまいました。ごめんなさい」
菖俊が楡四を見つめる。
「母上はどこ? 父上は?」
「母上のことは分かりません。父上様はちょっと忙しいだけですから、そのうち来ますよ」
小さく頷いて、菖俊は楡四が古い虫かごと交換した壊れた虫かごを見た。
「その虫かごは直して使う」
「そうですか?」
「楡四はずっと私といてくれる?」
楡四は菖俊を見つめて「どうでしょうね」と困ったように笑った。
「菖俊殿は龍族で私は人間なので、私は菖俊殿よりずっと早く死んでしまうんです」
「龍族と人間は違うの?」
楡四は頷く。
「あなたが私と同じぐらいの大人になったときには、私はきっと、もう白髪のおじいちゃんです」
「白髪のおじいちゃんになったら一緒にいられないの?」
菖俊の前に腰を下ろして、楡四はまた「どうでしょうね」と言った。
虫かごを持って立ち尽くしていた菖俊は、「楡四も座るんだ」と、なにかを発見したかのように呟いた。
「ええ、私も座るんです」
「私も座る」
そう宣言してから菖俊が楡四の前に座る。
座ってなにも言わずにいると、足の上に蟻が這い上がって来る。
楡四はじっと蟻を眺め、菖俊もじっと蟻を眺める。
ときどき、蟻は立ち止まって触角を動かし、左右を見て様子を窺っていた。
「蟻」
「蟻ですね」
楡四は菖俊を見つめ、それから大きく息をついて言葉にした。
「行ってみましょうか」
蟻を見ていた菖俊が楡四を見上げる。
「どこに?」
「五殿下のところです。いまはいらっしゃらなくても、お戻りになったら教えてくれるかもしれません」
菖俊が困ったように首を振った。
「楡四が帰ってきたから、新しい虫かごもう要らない」
楡四は苦笑した。
「虫かごをもらいに行くのではなく、どこか遠くに行かせてくださいと、お願いしてみるんです」
「どうして?」
菖俊の問いに楡四は何と答えればよいのか躊躇う。
「私が白髪のおじいちゃんになってしまった後も菖俊殿が生きていかれる場所、そういう場所を探しに行くんです」
しばらく楡四を見ていた菖俊が笑った。
「楡四がこんなにたくさん喋るの初めて見た」
「いままでは、あまり喋ってはいけなかったんです」
「どうして?」
「そういう仕事なんです」
「そうだったんだ」
楡四は頷いた。
「いまは喋っていいの?」
「いまは菖俊殿を皇子と呼ばない代わりに、喋っていいんです」
「私を皇子と呼ぶと、喋っちゃいけないの?」
「そんな感じです」
菖俊が楡四の膝から蟻を払って、その膝に座り込む。
「楡四がお喋りしてくれるなら、皇子じゃなくていい」
膝に座り込んだ菖俊を抱えて楡四は「そうですか」と息をついた。
「楡四はおじいちゃんになったらどうなるの?」
「どうなるんでしょう? あまり考えたくありませんね」
自分がここをやめたらどうなるか、楡四は考えるたびに気が重くなる。
頴州から口減らしで売り飛ばされて、最後に連れて来られた場所が王城だった。
炎二妃が不義密通で処分されることになり、蘭俊が頴州軍を私的に動かしたことで罷免され、宦官としても完全に出世の道は閉ざされた。
膝に乗っていた菖俊が思いきり体重をかけてきてひっくり返り、龍の子供が見た目よりもずっと重いことを楡四は知った。
「楡四はおじいちゃんになっても一緒にいてくれる?」
「私が白髪でよろよろのおじいちゃんになっても一緒にいてくれるんですか?」
菖俊が楡四の上で頷く。
(この子の母も父も兄も、もうここには帰って来ない)
楡四は菖俊を抱きしめた。
「どこかに逃げてしまいましょうか」
「どこか遠く?」
「そうです。王宮の人たちが誰も知らないどこか」
「ふたりだけで?」
「ふたりだけで」
楡四が言うと菖俊が笑った。
菖俊を抱きしめて、楡四は決めた。
(炎二妃と七王爺の処分の沙汰を待とう。どちらも菖俊殿を引き取れないようなら、この子が奴婢に落とされ、罪人の子供と言われ傷付く前に連れて逃げてしまおう)




