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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
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命の回収

 段達は苹州と頴州の州境にある蓮邑に足を向けた。

「祭司官様」

 声をかけられ、段達は足を止める。

 振り返ると近くの食堂から女が手を振っていた。

「お粥がありますよ!」

 段達は食堂の女に手を振り返す。

「いいですよ、先を急ぐので私のあとにここを通った人に、私のぶんの粥を振舞ってあげてください」

 日よけに笠を被り祭司官見習いの着物で歩いていると、ときどき集落の住人が「どうぞ」となけなしの米で炊いた粥を木の椀で渡してくれることがある。

 段達の断り文句を聞いた食堂の女が、粥をもらいに来た客と話す声が聞こえる。

「聞いた? さすが廟の祭司官様だねえ」

「うんそうだな。ところで祭司官様が言った次の人っていうのは、俺じゃねえのか? 俺はそれを無料ただでもらえるってことじゃねえか?」

「馬鹿かねあんたは。あの人が言ったのは通った人、あんたは客だろうがい」

「じゃ、俺はちょっと向こうに戻ってまた歩いてくる」

「そんでまたここに座るんだろ」

 段達は思う。

(いやそんな高尚なことじゃなく、私と幼馴染がこの不作の元凶なんでお粥をいただくのに罪悪感があるだけです、本当に申し訳ない!)

 いたたまれない。

 段達がよく目を凝らしてみれば、蓮邑に近付けば近付くほど命だったはずの光の粒が多くなっていく。

「ああー! 追い付いた!」

 後ろから声がして振り返ると、同じぐらいの年頃で天公廟の祭司官見習いの着物を着た少年が手を振る。

「施粥所に行ったら段達が蓮邑に行くと出て行ったと言っていたから、少し足を速めれば追い付くのではないかと思って歩いて来たんだ」

 のんびりとそう言った天公廟の祭司官見習いは、段達に「あ、名前覚えていないか」と笑いながら頭を掻いた。

じんと言うんだ。都の天牢で何か月か同じ房にいた」

「ああ、あの房」

 言われてみればいたのかもしれない、と思いながら、段達は迅を見つめる。

「迅はなんで蓮邑に行くんだ?」

「蓮邑の出身なんだ。ちょっと片田舎の辺鄙な村なんだけども頴州兵にやられて農作物が壊滅したっていうところで」

 そこまで言って、迅が言葉を切った。

 少しの間が空いた。

「同じ村の人が頴州兵に蹂躙されて死んでいたり、知り合いが頴州に連れて行かれたり、そこに来てこの不作だろう? 食料も頴州兵に略奪されて、幼い子供が飢えて死ぬことも出てきたってっていう報せが来たんで、一度帰郷する許可をもらって持てるだけ食べ物買い込んできた」

 段達は迅を見てから、迅の荷物を見た。

 確かに自分に比べて荷物が多い。

「段達は地龍の皇子様だっていうのは六殿下とのお見合いで分かっているんだけども、天牢の仲間で、こう、皇子様っぽくなくて気楽な感じがしてるのだけど、もっと、こう、かしこまってたほうがいい?」

「いや、そのままでいい」

(友達が増えるのは歓迎だし、地龍の皇子だとか公主だとか言われて遠巻きにされるよりよほどいい)

 段達は迅の横に足を並べてから、「歩こう」と迅の肩を叩いた。


(迅はお喋りだ)

 段達は、二日間を迅と過ごして理解した。

 途中で立ち止まり、段達は農地を見た。

 細かく地面に散った命の粒が、弱々しく蠢いている。

「迅、ちょっと待ってもらっていいだろうか」

「いいよ。そこの井戸借りて水筒に水もらってこようか?」

「え?」

「なにかするなら、そのあいだに水もらってくるよ?」

 迅が言う。

 段達は自分の水筒を「これ」と迅に渡した。

「じゃあ井戸借りてくるね」

 重いはずの食料をしょい込んだままで、迅は図々しく農家に声をかけに行った。

(変なやつ)

 段達は迅を眺めてから、巾着に入れた小瓶を取り出す。

 技官の進に細工してもらった小瓶だ。

 これを使うのは初めてだが、蓋を外して「回収」と言えばよいのだと進は言った。その仕掛けを強請ったのは自分だ。

 ぽつんとひとりで農地の横に立ち、段達は小瓶を見る。

(あ、これひとりで叫ばないといけないのか)

 それは考えていなかった。

 段達は小瓶の蓋を外し、こそっと「回収」と囁くように言ってみる。

 なにも起きない。

 段達は農地の横にしゃがみ込んで、小さな命の粒を拾い、小瓶のなかに突っこんでみた。

 小瓶の底が一瞬だけ命の粒で光って元の小瓶に戻る。

 小瓶を覗き込んでみれば、何となく望江楼っぽいところが見えた。

 段達は無言で、小瓶を次の命の粒に向けた。

 今度もなにも起きない。

「回収」

 普通の声の大きさで言うと、小瓶は近くにあったいくつかの命の粒を吸い込んで光り、元通りになった。小さめの鍋ぐらいの広さがきれいになった。

 技官の進が言った「工夫」を思い出す。


「殿下のやる気」


 たしか「やる気」を測るのは声の大きさだと言っていた。

 段達は小瓶をしっかりとつかんで、農地に向かって声を上げた。

「回収!」

 小瓶にさきほどよりも広い範囲に散らばっていた命の粒が回収される。

 一姉の転生者アタラキは、広い草原を走り回る馬に向かって大きく腕を広げて命の粒に戻して泉から人界に戻していた。二姉の転生者イェジンがどうやっているのかは見せてもらっていないが、少なくともアタラキは、小さめの鍋どころでない広さの範囲を対象に、命の粒を回収しているはずだ。

 段達は小瓶を見つめ、それから農地を見た。

「回収!」

 また鍋ひとつ分ぐらいの土地から命の粒が小瓶に回収される。

「回収! 回収! 回収!」

 キリがない。

 だんだんと腹が立ってきて、段達は足元に小瓶を置いて息を吸い込んだ。

「回収ーっ!」

 空まで届くような大声を張り上げて、段達は水を汲んで戻ってきた迅を驚かせた。

 小瓶が声に反応し、段達を中心にして風を巻き上げ、農地に散らばった命の粒をきれいに回収する。

 迅が段達の横に駆け寄って、光る小瓶を覗き込む。

「なに今の。地公の力?」

「そう」

「すごいすごい! いまガラス瓶光ってたよね?」

「命の粒を回収して、元気にして生まれ変わらせるんだ」

 そうアタラキとイェジンから聞いた。

「地公は命を転生させる」

「へえ! それで、小瓶に「回収!」て言うとその小瓶が、なにすんの?」

「命の粒をこの小瓶が魂魄を地龍の宮に送って、元気にする」

「すごい!」

 段達は迅の反応を見て気分をよくしたが、迅が続けた。

「朝の呪いかける以外の力があったんだ」

「あれはなんの道具もなしにお祈りしてただけだ」

 それでも迅がガラス瓶を矯めつ眇めつして感心しているのを見て、段達は、「やっぱり掛け声を用意してもらってよかった」とにやついた。


 *** *** *** *** ***


 迅が一緒に歩くようになってから、段達は農地で命の粒を回収するのが楽しくなった。

 小瓶を出すと、迅が満面の笑みで光る風が小瓶に吸い込まれていくのを見る。

「この小瓶が地龍の宮と繋がっていると思うと不思議だ」

「すごいだろう」

「すごい!」

 段達の小瓶を借りて底を覗きながら、迅が感嘆する。

 道を歩きながら、段達はまた農地や森に目を向けた。

「頴州兵が入ったときに、草木を撤退させたのは私なんだ」

「地公は草木も撤退させるのか」

 そんな話をしながら迅の故郷に入って、段達は言葉を失った。

 農地には弱々しい命の粒が一面に広がっている。

 迅が「ああ、なんというか、担げるだけ食料を持ってきたつもりだったけど」と嘆息する。

「焼け石に水だなあ」

 嘆息した迅を見てから、段達は息をついた。

「迅、村の人を呼んでくれ」

「食料足りないけど」

 迅に言われて段達は「いい」と頷く。

「生きてるものならとりあえず作れる」

「そういえば王城で果物作ってたね」

 段達は頷きながら「見てて」と手を動かす。

「鶏も作れる」

「飛んで走って逃げるやつだ。卵産むやつもどうにかなる?」

「それは難しい。器は天公がいないと固まらないから、一日か二日で消えていなくなる」

「死体にならないのか」

「ならない。消える」

 段達は迅に言いながら果物を広げた。

「長持しないんだ」

 そう言いながら段達は小瓶をまた足元に置いて蓋を外す。

「よし、やるぞ!」

 迅が段達を見る。

「ここにも散らばってる?」

「散らばってる」

 そう言ってから段達は息を吸い込んだ。

(ここに散らばってる命の粒は頴州兵だけが作ったわけじゃない)

「回ー収ーっ!」

 段達の大声に合わせて、小瓶が強風を巻き起こして命の粒を集める。

 迅が風に巻き込まれ空に舞い上がる光を見上げて「わあ」と感嘆した。

「その命は、誰かに転生するわけだ」

 そう言った迅を見つめて、段達はふと「この村にも廟はあるか?」と聞く。

「あるよ。ああ、宿を借りる? うちに泊まるかと聞こうと思ってたんだけども、村の祭司官に言ってこようか?」

「廟があれば地公廟から宮に行かれる」

 段達はそう言いながら小瓶の光が収まるのを待った。


 *** *** *** *** ***


「天公廟の祭司官を地龍の眷属に引き込めるだろうか」

 段達は蓮邑の廟から貴陽の廟に急ぎ戻って、儀典官に詰め寄った。

「なにか気に入ったのですか?」

「天公廟の迅という祭司官見習いがいる。よい友達になれそうだ」

 儀典官が「ほお」と感嘆する。

「命の粒を回収するのに、「回収」と言うたびに、一緒に楽しんでくれる」

 技官の進が「おお」と呆れた。

「楽しんでいただけているようで何よりです」

 段達は儀典官に「命の粒を回収するのは地公にしかできないの?」と訊いてみて「そんなことありませんよ」と言われて立ち尽くした。

「え?」

「そういう命の粒を見つけたときには回収しますが、ご自分で回収してみてどうでした? 大変でございましたでしょう」

 儀典官の言い方に、段達は腹立ちまぎれに「大変だった」と言い放つ。

「その迅という者、まだ見習いで、天公廟の者たちが言う半身というやつはいないのでしょう?」

「多分いない」

「ならば、眷属にしても問題ないと思いますよ。どういう性質にするかは」

 儀典官が少し躊躇ってから「梅香殿と違って純粋な人間ですからね、それほど強い役割には耐えきれないと思います」と続けた。

 段達はしばらく考えてから儀典官に訊く。


「それで、地龍にはどんな性質の者たちがどれぐらいいるのか、なんか本があったよな?」


 儀典官が「ちゃんと性質表がありますから見てください」と呆れた。

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