決め手に欠ける
貞俊は頭を抱える。
(叔父上たちはどうするつもりだろうか? 叔父上たちの誰に訊く? 七爺は審問の間で蘭俊に加担したから信頼できない。三爺は他の皇子たちの言葉を聞き入れていた)
暁寧殿の前でしゃがみ込んでいた貞俊は立ち上がった。
「三爺をお訪ねする!」
気を取り直した貞俊を見て、暁寧殿の門衛が「よかった」と胸を撫でおろした。
*** *** *** *** ***
芳俊は荒れ果てた土地を眺めてから首をひねった。
「阿達の言うことに間違いがないなら、頴州軍の人間が動くとそれに合わせて土地が枯れる。これが本当ならこの土を入れ替えても頴州軍が撤退しないと苹州の土は治すそばから荒れていく。兄上の案で行くなら頴州軍に占領された土地の前で炊き出しをする。籠城させて炊き出しをして、寝返ってきたら炊き出しの仲間に入れる」
芳俊は段季とふたりで蓮邑の上を漂いながら言う。
段季が芳俊を眺めて頷く。
しばらく放心していた芳俊は、「よし!」と立ち上がった。
「頴州軍から人を借りてきて、本当に彼らが移動すると土地が枯れるのかどうかを確かめる」
「まあいい案だと言っておこう」
ひとまず芳俊を肯定して、段季が芳俊を見る。
「どうやって連れ出す」
芳俊は段季を見つめた。
「どうやって」
しばらくまた放心して「借りてくる」と言い、段季を呆れさせた。
「なにをどうやって借りる」
「人を借りる」
「どうやって?」
芳俊は段季を見上げた。
「どうやって?」
「私が芳児に訊いてるんだ」
「ああ」
芳俊は頷いた。
「一度、土を治して緑地にする。おびき出して、その緑地が枯れたら阿達の説明が正しい。だから頴州軍を全軍撤退させないと意味がない。もし緑地が枯れなかったら阿達の呪いの効果が薄れているから、頴州軍を撤退させるのと土を回復するのを同時に進めても大丈夫だ」
段季が頷く。
「よし、ならまず頴州軍から人を借りてきて確かめる」
「やってくる」
「地龍が付いてる」
芳俊は段季の声を背に蓮邑に下りる。
蓮邑の土は乾燥してひび割れ、その間に枯れた稲が屑のように横たわっていた。
根が生きていれば命があると常梅香は言ったが、一体これが生きているのかどうかと訊かれたら「死んでると思う」と答えるしかない。
土を治すのに、どうするか。
手を叩いて、芳俊は「雨!」と叫んだ。
常梅香に何度もやらされた。
「雲を作って雨を降らせる!」
枯れた畑の上空で座り込んで、目を閉じる。
「雨、雨、雨」
背筋を伸ばして膝に手を置き集中する。
頴州軍の兵士たちは、空を見上げて「雨か」と呟いた。
蓮邑と頴州の州境にある城は大きくない。
兵糧も尽きていた。
この城にいる理由は単にその指示があったからでしかない。
風に乗って集まる雨雲を眺め、頴州軍の兵士たちは「雨水ぐらいは溜めるか」と盥を担いでくる。
しかし雨は城の上には降らなかった。
雨は目の前にある畑を潤していく。
干からびて白くなっていた土が雨に濡れて黒さを取り戻す。
しばらくは城から苹州側を見張る頴州兵だけがそれを見ていた。
土が雨に濡れて黒ずむことにはなんの不思議もない。
不思議なことは、その後にあった。
黒く濡れた土の上に緑が芽吹いていく。
「おい」
城壁にいた兵士は他の兵士に声をかける。
「あの畑」
「畑がどうした」
「緑がある」
呆けたように畑を見ていた兵士が声を上げた。
「おい! 来てみろ! 畑に雑草がある! あの畑になら何か植えられる!」
「雑草がある?」
「食える草はあるか?」
「知るか!」
「さっきまで何もなかったんだ! あの雨が降ったらいきなり雑草が生えた!」
「誰かあそこに行ってみろ!」
段季は芳俊が雨を降らせるのを見て、芦楓に向けて鳥を飛ばした。
芳俊はまずおびき出して頴州軍の呪いを確かめると言ったが、おびき出すということは城の門が開くということだ。
「城門が開くならその隙に人を潜り込ませて手引きさせればいいものを」
そう言いながら、芦楓に「天龍として動ける者を寄越せ、蓮邑と頴州州境の城が開く」と伝言する。
「間に合えよ、苹州の天龍ども」
*** *** *** *** ***
常梅香は泰俊に「比氏なのに役に立たない」と言われて少々落ち込んだが気を取り直して姿勢を建て直した。
「指南するぐらいならできる」
「それでこそ比氏」
ふふんと笑って常梅香は泰俊に言う。
「あの大河の流域は河を氾濫させて土を入れ替えることができるはずです。あの上は霧の湿度で潤う高地ですし、茶樹は常緑樹なので土を枯れた作物ごと入れ替えることができない場所です。なので高地の工夫をしているあいだに、支流の計画を立てて河の流域に住む者たちを高地に避難させる必要があるはずです」
泰俊は待て、と常梅香の言葉を止めた。
「河に支流を作って氾濫を起こすと、畑の土だけでなく流域の集落が流される」
「いちばん簡単な方法はそれです」
常梅香の言い分に泰俊は「ご冗談!」と悲鳴を上げる。
「冗談ですよ。珊州ならそれで済みますけどね」
「珊州になにがある」
「なにもない」
泰俊は「そういうことだな」と頷いた。
「人がいますからね、支流を作ったら水路を広げるほうがいいでしょうね」
「それなら許容できる」
頷いた泰俊に常梅香が「そうでしょうとも」と笑う。
「どうする?」
「支流にする場所の海抜を少し下げて、大河の水量を少し増やす」
泰俊は「それからか」と耳の後ろを掻いた。
「まずそこからやるしかなかろうな」
「今、比氏にできるのこれぐらいですから」
そう言ってから常梅香が泰俊に「堤防を忘れずに」と念を押す。
泰俊は肩を落とした。
「誰だ! 比氏を天牢に入れて身分剥奪したの!」
常梅香が「二妃」と冷静に言った。
*** *** *** *** ***
貞俊は馬を三王爺の王府の前で止め、三王爺の王府の門扉を叩いた。
「三爺!」
門扉を開けて出てきたのは髪も髭も真っ白な老人だった。
「入るぞ!」
「一殿下! 殿下! お待ちください! 三王爺はご自分の州においでです。夜にはお戻りになりますから、夜、改めておいでくださいますでしょうか」
そう言われて貞俊は「は?」と声を上げた。
「あとどれほどでお戻りになる! 戻るまで待つ! なかで待たせてもらう!」
「訪問状をお持ちください」
「なにが訪問状だ! 昨日まで天牢にいたんだぞ、今朝やっと日常を取り戻して暁寧殿に美人を見に行ったら美人は泰俊殿が朝のうちに連れ出したと言われて、気を取り直してこちらに来たんだ!」
「申し訳ございませんが、殿下、まずは訪問状をご準備いただいて、それからおいでください」
息をついて、貞俊は馬の手綱を取って鞍の腹帯を締め直し、仕方なく馬上の人になる。
「三爺に、貞俊が来たことは伝えておいてくれ。夜また来る」
「承知いたしました」
王府の門扉を閉めて、白髭の老人は首を振る。
「弟よりはお行儀のよい兄上でいらっしゃると聞いていたが、いかがなものか」




