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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
天乱
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強い呪いの地味な効果

「ここから全力で柳州の六皇子に呪いをかける」

 半地下どころかほぼ地下で、頭上に見える小さな窓に向かって段達は言う。その段達の言葉に儀典官と技官の進、それに石禹斗と李澄は呆れた。

「どんな手を使われてでもいいからその相手とくっつけ。なにが起きても私はその相手を応援してやる。邪魔されろ! あとこっちに来るな」

 地龍王族の転生者は皇子だと言ったところで噂で何かが動くわけもなく、祭司官たちは一日、また一日、次は自分の尋問かと不安に駆られながら過ごしている。

「どうか六皇子との縁が切れますように」

 段達はしつこく、思いつく限りの呪いをかけていた。

「毎日よく続くもんですね、朝からこれですよ」

「進、公子の呪術を侮るな。公子の呪いは意志を操るから性質が悪い」

 儀典官と技官の進とは別に、石禹斗と李澄が肩を寄せ合う。

「あいつ毎朝やることがなくて暇なんだな」

「呪詛が日課になっている祭司官なんぞ初めて見た」

 石禹斗と李澄の会話を聞いて、儀典官がちらりと振り返った。

 ひとしきり朝の呪詛を放ってから、段達は勢いよく窓に背を向けてストンと腰を下ろす。

「腹減った」

 儀典官は段達を見て呆れる。

「六皇子を呪うのに朝からそんな力使わないでくださいよ」

「地龍の殿下様か知りませんけど、うちの殿下を呪うのやめていただけます?」

 天公廟の祭司官の中からも苦情が出る。

「だいたい、うちの殿下はかなり庶民的で愛らしいんです。どこぞの段家から鳴り物入りで祭司官見習いになった地公廟の祭司官見習い様とは違うんです」

「貴族差別だ」

 段達が憤然とする。

 毎日のようにその光景を眺める祭司官たちもまた肩を落としながらかろうじて各々の朝の粥を手にしたところで、いつもとは違うことが起きた。

 天牢の房で、見張りとは違う天龍が地公廟の祭司官たちを呼ぶ。

「貴陽の祭司官は王城の天牢に移す」

「なぜです」

 訊いたのは儀典官だった。

「二妃が地龍の公子を七殿下の駙馬にご所望だ」

 段達は呆気にとられる。

「よかったですね、六殿下との縁が切れて、七殿下だそうですよ。公子」

 技官の進が呆れたように吐き棄て、段達は技官の進を見た。

「結局、皇子との縁が切れてない!」

「駙馬です、七皇子が公主として臥渓公子を婿にするということです」

 儀典官が段達に説明を試みる。

「それだって同じじゃないか」

 憤然とする段達は連行を担当する天龍に「うるさい」と頭を叩かれた。

 苹州から王城の天牢までの道を天龍が開くのを見ながら、儀典官が段達に言う。

「開通者たちのようですね」

「開通者?」

「道がない場所に道を作るのが彼らの能力です」

 段達は婚儀の文句を一旦放念し、開通者たちを眺める。

「地龍にも開通者はいるのか?」

「おりますよ。だい氏を中心とした一族が担っています。新しい州が作られると開通者たちがその州の州天公に申し入れをして地龍のための道を開きます。その道が開いた場所はだいたい、最初の地公廟になります」

「珊州にはまだ道が通っていないのか?」

「まだです」

 儀典官の説明を聞いて段達は息をついた。

 移動は、天龍の開通者が開いた「道」を通って隣の房に移動するだけで終わった。


 *** *** *** *** ***


 芳俊は仔虎が動き出すのを見た。

 仔虎は芳俊を見上げてから鼻を動かした。

「ご飯は食べたでしょうが」

 そう言う芳俊の視線を嘲笑うかのように、仔虎が窓から飛び出す。

「あ! 逃げた!」

 櫓絢ろじゅんが芳俊の声に驚いて振り返ったとき、芳俊は仔虎を追いかけて窓から飛び出していた。

「あ! 殿下!」

 櫓絢の声は芳俊に届くことなく芳俊は仔虎を追いかけて通りを走り、櫓絢は慌てて宿から馬車を出して芳俊を追いかける。

 芳俊は仔虎を走って追うのが面倒になり、身を翻して龍に姿を変えた。

 なぜかひとりで街中を走っていた良家の娘が龍に姿を変えたのを見て往来の人々が「龍だ!」と喝采するのを、櫓絢は困った顔で眺め「見失わないように追いなさい」と御者に命じた。

 仔虎はときどき、姿を消す。

 芳俊はときどき中空にとどまり、人に姿を戻して仔虎を探した。

 女物の着物が重い。

「気配」

 呟いてから、芳俊はまた龍に形を変えて仔虎を追う。

「驚いた。あの仔虎、道を作れるんだ。私と阿達で作ったときになにか変なことやらかしたのかな。それとも比轍のおまじない?」

 そうして仔虎を探し、芳俊は天牢を見つけた。

(宮に戻ってきてしまった。仔虎は? どうして天牢に仔虎の気配が行く?)

 それでも宮城きゅうじょうのなかを飛んではならないという決まり事のために、芳俊は着飾られた「芳児」の状態で天牢の前に下りる。

 見張りは複数名いるが、令牌りんぱいと呼ばれる出入りの許可証は持っている。

 天牢の見張りは着飾った芳児を見て「あれ」と呟き、その声に芳児が目をあげると、厨房に天牢の兵士たちの食事を取りに来ることがある兵士だった。

「芳児がえらく着飾って、見違えたな」

「美人でしょ?」

「美人だ」

 芳児は人の好い笑みを見せる兵士に自分の令牌を見せる。

「暁寧殿、六皇子芳俊」

 笑顔を見せた芳児を眺めてから、天牢の兵士は硬直した。

「殿下の令牌を借りたのではなくて、殿下なんだ?」

「そう」

「六殿下は女の子だったんだ?」

「六心の王族は男も女も決まってないから便宜上、どんな格好していても皇子なの」

 芳児が言うと、天牢の兵士が「そっか」と暢気に首を頷かせる。

「私の仔虎が、天牢に入ってしまったみたいなの」

「仔虎?」

「友達と作った小さな虎なの。まだ掌に載せられるぐらい小さい仔虎なんだけど、作ったときになにか変なことをしたみたいで、道が作れるの」

 天牢の兵士は芳児をにこやかに見つめる。

「それが天牢にいるんだ?」

「そう。だからちょっと中を探させてもらえる?」

「いいか芳児、ここは天牢なんだ。皇子の令牌を持っていても自由に入れるわけじゃない」

「身分証があればいい?」

「それじゃ芳児、身分証を貸してもらえるかな?」

 兵士はしばらく黙り込んで、それから芳児が持っている令牌と身分証の札を矯めつ眇めつしてから神妙な面持ちで「失礼いたしました」と同僚の門衛の肩を叩いてふたりで天牢の門扉を開いた。

「ありがとう」

「殿下、暁寧殿の衛士は足りていますか?」

「足りてない」

 芳俊は笑顔で答えて天牢に足を踏み入れる。


 *** *** *** *** ***


 柳州の天牢に移された段達は、見張りの足をすり抜けるようにして走ってきた仔虎を見た。

「仔虎! どこから来た!」

 飛びついて来た仔虎を撫でてから首に付けられた青い飾り紐に気付いた。

「六殿下の文様だ」

 天公廟の祭司官たちが仔虎に寄って来る。

「そうか、王城だから殿下もおいでだ」

「この仔虎、どこから入ってきた?」

「道を作っていなかったか?」

 にわかに騒がしくなった祭司官たちを見張りの兵士が睨みつけた。

 段達は仔虎の頭を撫でながら「おまえも六殿下に捕まったのか」と抱きしめる。

 仔虎を取り囲んでいた天公廟の祭司官たちは、仔虎を見ていない同僚が「殿下」と言ったのを聞いて檻の外を振り返った。

 着飾った少女が立っている。

「なんで阿達が王城の天牢にいるの」

 段達は少女を見上げて「芳児」と呟き、それから仔虎を持ち上げた。

「仔虎が来たと思ったら芳児まで来た。どうやって入ったんだ? ここは王城の天牢だろう?」

 天公廟の祭司官の一部が咳払いで段達の気を惹く。

「おまえ六殿下を嫌ってたんじゃないの?」

 段達は声をかけてきた祭司官を振り返って「嫌いだ」と返した。

「嫌いって?」

 芳児が興味津々で祭司官たちに訊く。

「あの祭司官、毎朝のように殿下と縁が切れますようにとか、さっさと縁談もらってくっついてしまえとか、こっちに来るなと呪いかけてたんですよ」

 芳児がじっと段達を見つめ、それから困ったようにうずくまって顔を伏せ、泣きそうな顔を上げた。

「阿達」

「うん」

「私は阿達を探したくて苹州に行こうとしたんだ」

「来ても天牢にいた。頴州の兵が鵬安宮を占拠していたから会えなかった」

 段達は困ったように笑いながら芳児を見る。

「柳州から州境を越えようと思ったのに、毎日、なにか起きるんだ」

「なにか起きる?」

「馬車の車輪が外れたり、着物を整えろと言われたり、本を揃えろとか、自分の立場や身分を自覚しろとか、関は関で検問が厳しくなっていたりもした。今日こそは柳州から出られると思ったのに、仔虎が逃げ出した」

 段達は頷きながら芳児の顔を不思議そうに見つめる。

「六殿下!」

 天牢の門衛が芳児を探しにきて、声をかけた。

「仔虎は見つかりましたか?」

 芳児が振り返る。

「六殿下、の、仔虎ですね! ええ、見つかりました!」

 門衛は檻の番をしていた同僚に「表に間食があるから食べて来いよ」と言って追い払って芳児の横に立った。

「あまり天牢に長居なさらないことです。彼ら苹州の祭司官たちはこれから二妃の尋問にかけられるので

話し込んでいたと知れればあらぬ疑いをかけられないとも限りません」

 芳児は天牢の門衛に首をひねって「疑い?」と問い返した。

「地龍の公主と言って探していたのが皇子だったそうで、その地龍の皇子が誰なのかをこれから訊く予定なんです。六殿下がここで話をしていたという話が噂になると、六殿下が苹州を取ろうとしている、地公の皇子を駙馬に立太子を迫るつもりだと二妃の讒言が出かねません」

 そう言いながら、門衛は段達の手に捕まっている仔虎を見た。

「これが、殿下がお友達と作った仔虎ですか?」

「そう」

「普通の虎より、ひと回りほど小さいんですね」

「可愛いでしょ?」

「虎ですけどね。失礼」

 天牢の門衛は段達の手から仔虎を取り上げて芳児に渡す。

「芳児が殿下だと知ったら、きっと厨房の厨師たちも大半は殿下の味方になってくれますよ」

 段達は慌ただしく門衛に連れて行かれる芳児の後姿を眺めて、天公廟の祭司官たちを振り返った。

「六殿下?」

 天公廟の祭司官たちの一部が呆れて段達から顔を背けた。

「あいつ為人ひととなりも知らずに呪ってたのか?」

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