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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
動乱の揺籃
14/115

神話狂い

比轍と范延。

 段家の叔父と甥は、机を挟んで向き合う。

「女の子同士なら友達になってくれそうだったか?」

「たぶん、女の子同士としてなら友達になってくれると思う。けど女の子同士の友達って結婚する?」

「気が早い」

「そっか」

 段達は叔父を見てため息をついた。

「芳児は六皇子を見たことあるってさ」

「六皇子はどんなだって?」

「いい人だって」

 そう言って段達は机にへばりつく。

「芳児は、六皇子が好きなんだろうか」

「六殿下はおまえの婚約者候補だろうが」

「なんの実感もないです」

「それは」

 段季は甥を見て「そうだろうな」と同意を示した。

「昨日の今日でいきなり男の子が婚約相手だと言われても困るよな」

「訊いたら、姉上たちもだいたいそうだったって」

「悲惨だ」

 段季は甥に同情しつつ、嘆息する。

「梅香殿の筆はイタチ毛で、ずいぶん使い込まれていた」

「美人でしたね」

「それに才女だ」

「才女?」

「とても博識なんだ。歴史をよく知っていて、詩歌にも造詣ぞうけいが深い」

 ふたりは嘆息し、それから顔を見合わせた。

「なるべく長く逗留してもらおう」

「芳児と婚約したら、皇子たちとは婚約しなくてもいい?」

「儀典官に訊け」

「明日から頑張る」


 *** *** *** *** ***


 芳俊は比轍と、芳児と常梅香の姿のままで顔を突き合わせていた。

「地公廟に参拝する前に公主に会えるとは思いませんでしたね」

「常梅香の姿を美人にしすぎた」

 芳児が常梅香の膝にくっつく。

「梅香と言えば」

 常梅香は芳児を見る。

「この形はお母上に似ているのですか?」

「似てない。母上は玄の出身で、よく覚えてない」

「覚えてない?」

「ほとんど会えなかった」

「そうでしたか」

 常梅香の声を聞きながら、芳児が「ふふ」と笑う。

「なんです?」

「比轍に合わせたんだ」

「私はこんな美人ではありませんよ」

 常梅香が困ったように苦笑すると芳児もまた笑う。

「伊五子と相談したんだ。初めて作る人間の形だから、美人にしたいなあと思ったんだ。でも比轍は、百花の王! みたいに堂々とした主張はないし、蘭みたいに君子然としてるわけじゃない。それに竹みたいにすっぱりきれいに割り切るような感じでもなかったから、梅だなあと、伊五子と話した」

 常梅香は「梅」と呟き、大きく頷いた。

「それで、戸部に登録した名前が常梅香なのですね」

「たぶんそうだと思う」

「私はてっきり、梅香殿が殿下の母上の宮でしたので、常梅香は母上に似ているのかと思っていました」

「比轍は母上というより、やっぱり史官だと思う」

「そうですね、私は私以外の誰でもないと思います。今は常梅香ですけれど」

 常梅香の言葉に芳児はムッとしたように顔をしかめて座り直す。

「梅香は私の自信作なんだ、比轍に合わせて調整もした」

「そうだったのですか」

 常梅香に向かって芳児が頷く。

「それなのにあの地龍の男、不躾に梅香の手を掴んだ」

「男同士ですから、気にはなりませんでしたよ」

「比轍は男同士でも、梅香は男じゃない。あの男が見てたのは梅香だ」

 常梅香は「それは迂闊うかつでした」と申し訳なさそうに項垂れた。

「しかし好意を持っていただけているのはよいことです。天龍は地龍にがっかりするほど嫌われているのがわかりましたから、それだけでも私が梅香として段季殿に会えたことは常には得難い知見を得る好機でした」

 芳児はなぜかどこか嬉しそうな常梅香を見上げて首をひねる。

「言っていることが難しくて意味がわからない」

「簡単に申し上げるなら、今日は私が人間だったおかげで段公子から地龍が天龍を嫌っていると聞けたのでよかったです、ということです」

「最初からそう言え」

 そう言ってから少し静かになり、芳児は梅香から目を反らした。

「梅香はああいう男が好きなのか?」

「それは語弊ごへいがあります。段公子はきっと色々な州にご自分で足を運んでいるのでしょう。地理志のために収集している資料以上に各州の事情に詳しいので、話を聞くのが楽しいというだけです」

「それは、好きなんじゃないか?」

「殿下はなぜそれほど私が段公子を好いていることにしたいのですか」

 常梅香の質問に、芳児は口を尖らせた。

「話をするのが楽しい、喜んでほしい、それが「好き」なら、私が段達をどう思うかはともかく、私は段達に好いてもらえたと思うんだ」

「申し上げますと殿下、それは段公子が常梅香を見るのと同じように、段達が芳児に好意を持っているということだと思いますよ」

 芳児は常梅香の隣に転がって丸くなる。

「そうなんだ。八公主が芳俊を好いてくれたわけじゃない」

「そうです。それに段公子が比轍を好いているわけでもありません」

「うん」

 芳児と常梅香は黙り込み、それから窓の外を見た常梅香は窓の簾をおろした。


 *** *** *** *** ***


 翌日も、天公廟は娘を連れた親が詰め寄せていて大変な賑わいだった。

 芳児と常梅香は呆れて顔を見合わせ、地公廟のほうを見る。

 段季と段達は、逸翁と嬰生と四人で連れ立って芳児と常梅香のために地公廟の参拝手続きをしてくれている。

「段公子に自分が天龍であることを黙っているのが申し訳ない気分です」

「比轍に訊きたかったんだけども」

「なんでしょう?」

「比轍は元々が史官の一族なの? 比一族は三公の一角にいなかった?」

「祖父が建築土木を担当する司空というあれですが、私は嫡男ではありませんし、史官が楽しそうだったので史官を選んだんです。祖父が司空だからと言って自分が偉いわけではありませんからね。祖父はたまたま司空、自分はたまたま史官、それだけのことです」

 芳児は息をつく。

「伊五子が、比一族はすごい名門と言っていた」

「三公と言っても目立たないですけどね、司空」

「建築土木は重要じゃない?」

「重要ですよ。治水とか」

 常梅香が考え込む。

「治水とか」

「それから?」

「治水」

「治水ばっかりだ」

「蘇は水害が多いですから」

 常梅香が笑った。

 芳児が常梅香と話をしていると段季が段達と連れ立って芳児と常梅香の前に戻ってきて手を振る。

「地公廟に参拝の手続きをしましたから、案内しますよ」

「ありがとうございます」

 常梅香が段季に礼を言うのを見てから、芳児は段達に「ありがとう」とそっけなく告げた。

 地公廟。

 常梅香は芳児を抱き上げる。

「ひとりで大丈夫だ」

「怖いと思っているのは私です」


 *** *** *** *** ***


 比轍は、比一族の端っこにいると自分では思っている。

 比一族は皇子たちの州ではなく、王直属の官吏官僚を多く輩出する家で、その歴史は蘇の建国神話にまで遡れるのだと一族の高齢者たちは自慢するが、比轍にはどうでもよいことだった。

 昔からおとぎ話が好きだった。

 特に天龍と地龍という異種族間の婚姻譚や英雄譚には壮大な話が多く、子供の頃の比轍は「こんな物語を自分の目で見ることができたら楽しいに違いない」と胸を高鳴らせることも多くあった。放っておくと一日中でも本を読み影絵人形の人形芝居を見に行き、果ては自分で神話を題材にした小説を書いてみたり影絵人形を集めてみたりと忙しく、一族のなかでついたあだ名が神話狂いである。

 結局、一族が得意としている建築土木の仕事には就かず、一日中でも神話研究や史料編纂に携わることができる史官という役職に放り込まれたが、比轍もその就職先にはとても満足していた。

 その比轍にとって、いま、目の前で起きていることは計算外の出来事だった。

 六皇子は自室の奥で新しい州を作ると言いながら宇宙を作っているし、そこに命を吹き込む地公は六皇子と同じぐらいの年頃でまだ自分が地公であるという自覚もない男児だし、自分は六皇子から与えられた人間の器で、なぜか地龍の男性を前にして、天龍に生まれて一生縁がないと思っていた地公廟に入ろうとしている。

 比轍はふと思った。

(私は別に、おとぎ話の登場人物になりたかったわけではなく、おとぎ話を読んでいたかっただけだ)

 そう思いながら段季を見れば、段季はにこやかに常梅香を見つめている。

(この公子も見た目がいいのだから、なびく女性は多かろうに)

 現実逃避の方向に流れた比轍の想像は暴走する。

(地龍の公子と人間に身をやつした天龍の女、これは小説なら悲恋だろうな。相思相愛の男女が互いに地龍と天龍だと知れて親戚一同に猛反対されながら駆け落ちするような物語だ)

 段季を見つめて無言になってしまった比轍を見上げて、芳俊は比轍の袖を引く。

「なんでもかんでも小説の題材にしようとするな」

「人生には現実逃避が必要な時間があるんです」

「それは、今なのか?」

「少なくとも私の人生で今以上に現実逃避が精神安定のために必要な時間はないです」

 比轍は言い切った。


 *** *** *** *** ***


「少爺、まだ都には帰れないのでしょうか」

 范延は随身に問われて「うん」と頷いた。

「仕方あるまい、豊穣祈念の祭祀が終わるまではここでのんびりして、二殿下に「まだ見つかりません」と伝令を飛ばすだけだ」

 そう言いながら范延は、天公廟の喧騒に嫌気がさして地公廟を眺める。

「また来ている」

 范延が呟けば、随身が范延の隣に寄りそって地公廟に目を向ける。

「ああ、あの一族、そういえば昨日も一昨日も来ていましたね。ですが、今日は女性が一緒です。それもとびきり美人だ。彼女たちは天公廟でなく地公廟に向かうのですね」

「あれだけの美人なんだ、縁結びなんぞの加護を求めなくても縁談が来るのだろう」

 随身は范延の言葉に「そうですね」と頷いた。

「少爺のその論では、地龍の公主が美人で縁談に困らないような女児なら、縁結びの加護を主張しても天公廟には参拝には来ないのではないでしょうか」

「そうだろうな」

 頷く范延に随身が呆れる。

「ここにいると殴られたり蹴られたり物をぶつけられたりしませんし、二殿下と縁遠くなってよいですね」

「まあ、そうなんだが、役目としては戻らねばならん」

「少爺は真面目すぎます」

 そう言いながら随身は、范延の目がじっと地公廟の前にいる女を見ていることに気付いた。

「ああいう女が少爺のお好みでしたか」

「あれを嫌う男はそうなかろう」

「それは少爺が少爺だからではないでしょうか。私などは、あの女は整い過ぎていて気後れします。高嶺の花というか、現実離れした非の打ちどころのない美女ですよ」

 范延は随身に目を向けてから「そうか」と呟き、風をまとい縹色の鱗をきらめかせて龍の形で雲間を抜けた。

 自分は天龍だと見せてしまえば、きっと警戒はされなかろう。


 *** *** *** *** ***


 段達は自分の前に立つ段季の手を掴んだ。

 叔父や姉たちは、風をまとい、熊になったり異国の男になったりと姿を変えたが、龍の形で自分の前に立つことはなかった。しかし目の前に降り立った男は、黄色味を帯びた青い龍の姿で空から降ってきた。

「叔父上、あれ天龍?」

「そうなのだろうな」

 段季は甥に掴まれた手を動かしもせずに青い龍だった男を眺める。

「大丈夫、叔父も、逸翁と嬰生殿も一緒だから、天龍がなにをしようとしても負けない」

 笑顔を見せる段季に、段達は「芳児と梅香さんは?」と首を傾げた。

「地公廟に入っていてもらう?」

「それがよいかもしれないな」

 段達の提案を飲んで常梅香に声をかけようとした段季は、常梅香が芳児を背に庇いながら縹色の龍だった男の前に立っているのを見て慌てる。

「梅香殿」

 常梅香が段季を振り返り、おっとりとした笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ、親しいわけではありませんが、知人です」

 知人という言葉が常梅香から出たことに段季が顔をしかめたのを、段達は見た。

「段公子、芳児もお願いできますか?」

「ええ」

 芳児は常梅香に背を押されて常梅香の手から段季の手に渡され、呆然としたように龍だった男を見つめる。

「范延だ」

 段達は芳児の呟きを聞きとめた。

「范延? あれが范延?」

 段達が繰り返した名前を聞いて段季が段達と芳児を振り返る。

「范延?」

 芳児はハッとしたように段季と段達を見て、それから「ちょっと、知ってる」と苦笑いした。


 *** *** *** *** ***


 范延は常梅香を眺め、なるほど、と頷いた。

「たしかに人間離れした造形だ。すまないが腰に付けているその札を見せていただけないだろうか」

 范延の言葉に頷いた常梅香はおとなしく身分証の札を外したが、別にもうひとつ、札を出して范延の手に乗せた。

 范延の目は、両方の札を見比べてから常梅香に目を戻す。

 おっとりと微笑していた常梅香の表情に、范延は背筋を震わせる。

「噂では、神話狂いで史官の職を選んだ道楽息子と聞いておりました」

「私も、噂では二殿下の忠犬だと聞いておりましたよ」

 常梅香は袖を探って筆を取り出す。

「史官の力は筆にあります。千年万年に渡る汚名か、名を残すことなく時に飲まれるか、偉業で名を残すかは史官の力量次第です」

 范延は常梅香を見つめ、それから札を返して一歩下がった。

「たまたま好みの女がいたから、話をしてみよう、あわよくばどこの女か知りたいと思っただけです」

 范延の言葉に常梅香が笑顔を引きつらせる。

「六殿下が用意してくださった器はそれほど魅力的か」

 常梅香の口調が砕けたことに范延は安心する。

「自分でよく見ていない?」

「見る間もなくこの器を使えと言われて魂魄を繋がれた」

 范延は常梅香の主張に思わず口元を押さえ、肩を震わせて笑った。

「しかし、范三子がいるということは、天公廟のあの賑わいは二殿下に関係があるのだろうか?」

「二妃がどこから聞きつけたか、地龍の公主が転生の儀を済ませて人界にいるはずだ、十二歳になるはずだから調べ出して献上しろと言ってきた」

「なんのために」

 常梅香が顔をしかめ、范延を真正面から見て首を傾げる。

「地龍の公主との婚約が決まれば、立太子が決まる。二殿下を太子にしたいのでしょう。二殿下はその器ではないというのに」

 范延は、呆れたような范延の口調を見た常梅香が興味深げな表情で見ていることに気付いた。

「なんです?」

「どうやって地龍の公主を探すのです?」

 常梅香の疑問を聞いて、范延は小さく笑った。

「なに、天公廟で十二歳の娘を集めて、魂魄の情報が一致しない娘を探す。人海戦術ですよ」

「そうですか。豊穣祈念の祭祀まではあと数日、その間に見つかるとよいですね」

「徒労に終わるかもしれませんが、粘りますよ」

 范延はそう言ってまた鱗をきらめかせ、空へと舞い上がる。

 常梅香は冷たさを含んだ視線でそれを見つめていた。

二次創作活動にも手を出すオタク、それが比轍です。

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