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5 月乃


 午前3時過ぎ。


 今日も涼音と音声通話をしていたが、彼女は寝落ちしてしまった。

 最近気付いたのだけれど、彼女はいつも何の前触れもなく突然に寝落ちしてしまう。


 りさと出会った夜から、僕は彼女が寝落ちした後1時間くらい りさと会話したくて、待ってから寝る事にしていた。彼女の別人格のりさと出会ってしまう前は「眠くなった、寝る。おやすみなさい。」って通話を確実に切っていたので、最近前触れもなく寝落ちしてしまうのは、隠す事もないと安心しているって事だろうか。




 4時頃、諦めかけていると、何かつぶやくような声が聞こえてくる。

 内容は聞き取れないけど、数人で会話してるように感じた。一生懸命聞きとろうとするけど、内容がよくわからない。

 その中で唯一、涙声で「……もうしません」という言葉が含まれていたのをなんとか聞き取っていた。複数の人が涙声の女性を責めていたように思う。


 時間にしては、ほんの数分間の事だったろう。



「あっ……まだつながっている……。おはよう。」

 涼音が目を覚ました。僕は目を覚ました彼女に、数分前の様子を説明した。

 別人格になってる時の事は記憶がないと聞いていたので、その間の事は教えておいた方が良いと思えたからだ。誰だって自分がどうなっていたか判らないって不安だよね。


 彼女は少し押し黙って、やがて僕に説明してくれた。

 他の人格に僕の事の説明を求められて、説明したらしい。

 はっきり言うと、僕との関係から不倫を危惧されて責められていたと。「また、家庭を壊す気か?」と言われたらしい。当然、彼女は僕とのそういう関係、恋愛系の関係を全否定していたようだ。僕にもそういう感情は無かったしね。


 彼女は一通り説明を終えると、また前触れもなく沈黙した。

 また彼女は寝落ちしてしまったらしい。


 時計は5時が近づいているし夜中に目を覚ましたようなもの、しかたないよねと思っていた。そして、僕も回線を切って寝ようとすると、ヘッドセットから不意に声が響いた。


「いつきさん……ですか?」

 涼音の声ではないと瞬間的に感じた、それは涼音とは違って少し低く冷たく鋭い声だったから。

 先程の鈴音の説明もあり、面倒な事になる予感がしたのでスルーしていると、冷たい声が追い打ちをかけてきた。


「いつきさん、いるのでしょう、わかってますよ。」

「私が呼んでいるのに無視するのですか、卑怯な事ですよ。」

「はい、僕がいつきです。」

 たまらず返事をしていた。


 冷たい声は挨拶するでもなく、質問を投げてくる。

「あなたは逢っているのですか?」

 先程の涼音の説明から質問の意味と、この人格が涼音を責めていたのだろうと理解した……。そして僕に直接確認してきたのだった。


「涼音さんですか?」

 僕は冷たい声の質問を無視して名前を問いかけた。

「違います。」

 冷たく簡潔な答えが返ってくる。

「名前は何ですか?」

「どうして貴方に名前を教える必要があるのでしょうか?」

「名前を知らなきゃ呼べないし、名前も名乗れない人の質問に答えたくありません。」

 僕も少し冷酷に強めに言ってみた。


「……月乃です。」

「月乃さんですね。」

「はい。」


「月乃さん、最初の質問に答えますね。」

「僕は涼音さんと逢っていません。」

 冷たい月乃の声に対抗するように、僕も感情を排した口調で伝えた。もちろんこの質問の意味は、リアルで直接逢ってるのかという意味だろう。


「そうですか。」

 無機質に返答される。


 これ以上誤解されるのはたまらないし、涼音も責めらるのは辛い筈。僕は決意した。


「僕と涼音の関係を説明させてください。」

「……お願いします。私もそれをお伺いしたかったので……。」

 僕は涼音とゲームで出会った事、ゲーム上ので関係やゲーム仲間の事まで語った。そして、最近夜に通話するようになった事。


 月乃は、僕の説明をただ黙って聞いていた。


 そして、数日前にりさと会った事を話すと、初めて月乃が言葉を発した。

「……あぁ、あなたが……、りさの言ってた方ですか。」


 りさは、以前に僕と逢った事を月乃に話していたらしい。

 そういえば 、りさには自分の名前を名乗ってなかったのを思い出した。

 その後は月乃に、りさと逢った後で涼音が多重人格だと教えてくれた事、他にもいろいろな過去の出来事を、僕に教えてくれた事を全て正直に答えた。


 そう……、月乃は僕との関係が不倫でないかと疑っているわけだから、誤解を解くには全てを正確に正直に話してしまった方が良いと思えたし、音声通話を頻繁にすることになって間もないって事実も伝えておきたかった。


 月乃の一番はじめの質問は「逢っているのですか?」なのだから、リアルに逢うような親密な関係を疑っていたようだ……。彼女と僕は、リアルで逢うどころか、まだ音声通話を初めて3ヵ月もたってない。お互いにそういう気持ちはないというのは決定的な否定だろう。


「……わかりました。」

 一通り説明を終えると月乃は短い言葉を残して消えていった。


 月乃との会話で、涼音と他の人格の関係について幾つか確認できた。

 月乃は約1年間に及ぶ僕との関係を知らなかったし、りさと会話した事もりさに聞いて知ったようだ。つまり、人格は別の人格の体験や行動を記憶してない、記憶領域が独立している。それから人格同士で会話したりできると言う事も確認できた。


 本当に興味深い。

 本当に失礼な事だとは判っているけど、今の僕は涼音とその人格達に対して興味本位が大部分を占めていた。



 時計を見ると5時を過ぎている。

 僕は数分間何の反応も変化もないのを確認して通話を切断した。

 こんな時間なので、さすがに鈴音は起こせないと思い、月乃と会話したこと、月乃に話したことをメッセージにまとめて涼音に送信して僕は眠りについた。



 3月中旬、浅い春の夜明けの時間が近づいている。まだ闇の中。


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