落ち込んだ時に食べるもの
「はあ……大ポカやらかしちゃったなあ……」
まだ入社して一年弱。私はうっかりミスで会社のブレーカーを落としてしまった。
影響範囲がとても狭かったこと、後処理が少なくて済んだことが不幸中の幸いだ。
これからのために叱ってくれる人、落ち込みすぎないように励ましてくれる人もいた。
周りの優しさに、私は逆につらくなっていた。
今は夕飯時。こんなときはおいしいものでも食べて、落ち込んだ気分を吹き飛ばそう。
「そういえば、近くにおいしい洋食店があったな。ちょっと高いけど。」
こんなときくらい、高価なものを食べても許される。と言っても、千円ぐらいだが。
……彼なら、何が食べたいと言うだろう?
ふと思い出してしまい、ため息をつく。
「帰ろっかな」
ちょうどバスが来る時間だった。バスに揺られながら、何を食べるか考えた。
食欲があるわけではない。だからがっつり系は避けて、おしゃれな店に行こうとしていたのだ。
でも、彼に相談したらきっと、牛丼屋を提案されるだろう。
近いとか、肉はストレス解消にいいとか、満腹になれば前向きになりやすいとか、そんな理由で。
バスを降りて自宅へ向かう。しかし、気付けばいつも彼と行っていた、その牛丼屋に足を運んでいた。
さらに彼を思い出してしまい、ため息をつく。
「あーあ、なんで来ちゃうかなあ」
ここまで来て引き返すのも、と思い観念して店に入った。
メニューは、彼がいつも食べていたのと同じものを頼んだ。注文後すぐに目の前に用意され、私は今日のことを思い詰める間もなく食べ始めた。
肉とタレの匂いが食欲をくすぐるのだが、それ以上に、彼のことを思い出してしまう。
……もう一緒に食べることはできないんだなあ。
私は元々、あまり丼物が好きではなかった。女の子っぽくないし、量も多め。
友達からは、「もっとおしゃれなところに行きたいって言ったら?」なんて言われた。
でも、彼が好きだったから、行くようになったのだった。
「ずっと一緒に、隣で食べられると思ってたのになあ……」
彼は、もうこの世にはいない。一緒にご飯を食べることも、好きなものを共有することも、会話をすることもできない。
彼のことを想い出しすぎたからだろうか。私はいつの間にか、ポロポロと泣き出していた。
気を紛らわすように、ご飯を食べ進めた。しかし涙は止まらず、どんどんしょっぱくなっていった。
もし隣にいたら、なんて言うかな。いや、あの人はきっと、何も言わずに背中をさすってくれるだろう。
「大丈夫か?」
泣いている私の隣から、小さな男の子の声が聞こえた。
その男の子は背伸びをしながら、私の背中をさすってくれた。
「ありがとう、大丈夫だよ」
私は男の子に微笑んだ。男の子は得意げな表情をしながらも照れていた。
そういえば彼も、よくこんな表情をしていたな。
その後すぐに親御さんが来て、男の子は帰っていった。
「……明日もがんばるよ」
私はどこへともなく、ぽそりと呟いた。
帰りの足取りは、行きよりも随分としっかりしていた。