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月夢~番外編~  作者: 桜羽 藍里
【番外編】
4/31

ハロウィン-sideリオン-

※ 【ハロウィン-sideルイス-】を未読の場合、そちらを先にお読みいただけると幸いです。

 本編とは異なり、一人称にてお送りいたします。

「Trick or Treat!」


 気配に聡いからあまり驚かないだろうけど、でも、今日はきっと少しくらい驚かせられるはず。そう思って、勢いよくドアを開けて、おはようの挨拶もなしで言ったのに、結果はまさかの無言・無反応。


 実は立って目を開けたまま寝てる、なんてことないよね? なんて思いつつ、もう一度繰り返したら、ハッとした様子で彼は謝った。うん、起きてはいたみたいだから、少しは驚いてくれたのかな?


「菓子だよな?」


 そう言って、彼は小さな焼き菓子をくれた。少し簡素な包みから察するに、もしかしたら騎士団の料理番の人が今日のために準備してたものなのかも……。うん、焼き菓子は好きだし、焼き菓子に罪はない。罪はないんだけど、何だか釈然としない。


「ルイス、なんでお菓子持ってるの……?」

「なんでって、今日は悪魔祓いの祭り、ハロウィンだろ?」

「そうだけど! そうじゃなくて……」


 不思議そうにする以外全然表情を変えなかったのに、私の言葉でなんか納得した様子の彼――ルイスは言った。


「リオンは菓子を持ってなさそうなオレに、悪戯するつもり満々だったんだな?」

「こ、こんなときでもなきゃ悪戯なんてできないんだし、いいでしょ!」

「それもそうだな。じゃあ、リオン。お返しのTrick or Treat」

「へ?」


 我ながら苦しい言い訳だな、なんて思ったのもつかの間。ルイスは思いがけないことを言った。ちょっと待って。こんなの聞いてないんだけど。そんな混乱の渦に飲み込まれた私に、ルイスはもう一度同じ言葉を繰り返した。うん、聞き間違いじゃないみたい、だけど……。


 お菓子を持っていないことを告げたら、案の定というか、ルイスから返ってきたのは悪戯決定の通告。


「えっ?! ちょ、ちょっとそれは……!」

「さて、何の悪戯が良いか……」

「な、何するつもり?」


 そこでにやりと意地悪そうな笑顔を浮かべるのが、憎たらしいことこの上ない。なのに、そんな表情でさえ好きだと思うなんて、私はきっと変なんだと思う。


 でも、ルイスがどんな悪戯しようとしてるのかわからないのは、やっぱり不安なわけで。足がちょっと下がる。けど、それに合わせるようにルイスが一歩前に出てくるから、私ももう一歩下がる。その繰り返しで、気付いたときにはいつの間にか部屋に押し戻されてた。


 部屋に入ってしまったら基本人に見られる心配もない分、ルイスも気兼ねしない……。つまり、悪戯するとしたら今なわけで。きっと酷いことはしないはず、と思うけど、ちょっとだけ怖くなったのが、言葉に出た。


「いい、悪戯って言っても痛いのはなしだからね?」

「ほぅ、痛くなきゃ何でもいいのか?」

「えっ?!」


 痛いのを除いた場合、男の人がする悪戯にどんなものがあるのか私は知らない。だから、最終的に困ったときの神頼みならぬ友人頼みで、奥にいるはずの彼女に助けを求めた。


「え、エマっ! 何かお菓子ない?!」

「そりゃ、用意はしてあるけど……。ルイス様、そろそろネタバレしてもいいんじゃないかしら?」

「ネタバレ……?」


 私の不安とは裏腹に、彼女――エマは心底呆れた様子でルイスを見た。すると、ルイスも何だか苦笑いを浮かべていて、二人だけ何も言わなくても通じている。私だけ置いてきぼりの中、二人のそんな姿が無性に羨ましくなった。


 だけど、そんな私のモヤモヤとした気持ちなんて知りもしないエマは、私の質問に小さく息をついて言った。


「そ。悪戯するフリをして、リオンの反応を見てからかったのがそもそも悪戯、でしょう?」

「バレてたか」

「仮にも月巫女相手に本気で悪戯なんてしたら、ねぇ?」

「……ってことは嘘?!」


 やられた。っていうか、エマと阿吽の呼吸で会話してるのちょっとどころか、ものすごく腹立たしいのに、なんでルイスはヘラヘラ笑ってるんだろう。そんなことを思ってたら、どうも私はルイスを睨んでたみたい。


「なんでそこで睨むんだ。物理的な悪戯じゃないから問題ないだろ」

「物理的かどうかの問題じゃないもん」

「……オレ、声に出てたか?」

「ルイス様にしては珍しくしっかり出てましたね」


 そう言ったエマの言葉には私も同感だった。うっかり内心を呟くなんてこと、ルイスはほとんどしたことない。少なくても私の前では。もしかしたら今いない『彼』なら、そんなルイスを知ってるのかもしれないけど。


 そんな『彼』に対してまで、モヤッとしたものを覚えそうになったところで、ノックの音が響いた。三回のノックで、ルイスとエマがここにいる現状、他にそのノックをするのは『彼』だけだ。


 ルイスが返事をすれば、太陽のような金髪をキラキラさせた『彼』――リックが入ってきた。吸血鬼の格好をするって聞いてたけど、黒い外套は彼の髪にも映えて、とてもよく似合ってた。そんな彼は、入ってくるなり私に目を留めると、いつもの笑顔を浮かべて言った。


「リオン、その魔法使いの衣装似合ってるね」

「ありがと、リック」


 リックはこうしていつも私がほしい言葉をくれる。ルイスは全然くれないのに。こういうとき、どうしてリックじゃなくてルイスを好きになったのか、自問自答したくなる。たった一言、可愛いとか、似合ってるとか、それだけでいいんだけどな……。


 そんなことをつらつら考えていたら、リックが持ってきたルイスの衣装の件で、何だか雲行きがちょっと怪しいことになってた。


「一応言っておくと、団長の指示だからお前に拒否権はないからな?」

「はぁ?!」


 そう言って、ルイスは心底嫌そうな顔で唸ってて、もしかしてハロウィン嫌いだったかなって少し不安になった。どうしてもルイスが嫌なら諦めるしかないけど、でも……。


「ダメ……?」

「ダメって、何でそこでリオンが……。って、まさか……」

「そのまさかだよ」


 私の言葉で何か察しかけたらしいルイスに、リックが畳みかけるように事情を説明した。それでも『行かなきゃいい話だ』ってそう言ったルイスは、すごく嫌そうだった。本当は諦めた方がルイスのためにはいいんだろうけど、できることなら諦めたくなかった。


「マスカレードだから、仮装して素性バレないようにするなら、私も参加してもいいって神官長様が言ってたんだけど、ダメ……?」

「……なら少し離れたとこで護衛を……」

「いい加減、諦めろ。そもそもお前が軍服で近くうろついたら、リオンの存在がバレるし。お前の仮装は必須なの」


 何だかんだと渋りつつも、リックの説得もあって、ルイスは最終的に頷いてくれた。それが嬉しい反面、無理に付き合わせることへの罪悪感で少し自己嫌悪になりそうだった。


 彼が着替えのために奥へ行ってる間、自分の身勝手さに対する嫌悪感で思考をグルグルさせていたら、ポンと頭を撫でられた。顔を上げたら、そこには微笑みを浮かべたリックがいた。


「大丈夫。アイツが本当に嫌がってるのは、仮装や祭りじゃなくて、それを騎士団のヤツらに見られてからかわれることだから」

「本当……?」

「ホントホント。それに、本気で拒否したいものならアイツは拒否するよ。リオンが命令しない限りは。でも、リオンは命令してないし、アイツも最終的には了解した。だから気にしないで楽しんできたらいいよ」

「……ありがと」


 ルイスとリックは年も同じ騎士なのに、どうしてこんなに違うんだろう。どうして、二人に対する好きがこんなに違うんだろう。エマから教わったあとでも、やっぱりよくわからない。


 そんなことを考えているうちに、着替え終わったルイスが戻ってきた。頭には嫌がってたはずの耳もちゃんある。何だかすごく恥ずかしそうだけど、普段見れないルイスのその姿はちょっと可愛い気がした。少し気になって、尻尾触ってたら呆れられたけど、怒ったりしてはいなさそうでホッとした。のだけど。


「ところでルイス、お前ずっと顔赤いけど、何か変なものでも食べた?」

「いや、別に」

「ならなんで顔隠すの?」

「気にするな」


 そんな二人の会話に、私もルイスを見れば、確かにいつもよりほんのり頬が赤かった。よくよく思い返してみれば、朝会ったときからそうだったような気がする。調子が悪いなら、やっぱりやめた方がってそう思い始めた矢先、リックがぽんと両手を叩いた。


「あ、お前、もしかしてリオンの……もがっ」

「え、私が何?」

「いや、何でもない。ちょっとリックと二人で話すことがあるから、少し待っててくれ」


 なんか目が据わってたから思わず頷いたけど、私が何だったのかすごく気になった。だけど、部屋の隅に移動した二人が内緒話をするとき、その内容を聞けた試しはない。こっそり近付きたくても隠れるもののない部屋の中で、二人に気付かれずに近付くことはできない。あとは耳を澄ませるしかないけど、それでもやっぱり二人の声は拾えなかった。


「エマ、私ルイスに何か変なの食べさせたっけ?」

「……そういうのじゃないと思うわ。大方、リオンの格好見て照れてるんじゃないかしら」

「え、まさかぁ。そんなので今更照れるわけないよ」


 そう言って手を振ったら、何だかエマに苦笑された。けど改めて自分の格好を見ても、照れる要素がわからなかった。でも、エマの言うとおりだったら、少しは期待してもいいのかもしれない、なんて私の心は勝手に浮き足立った。


 その反面、恋って割に合わないな、とも思う。ルイスの言葉や態度一つでこうも振り回されてる自分がいるのだから。でもそれが嫌だと思わないのだから不思議。まぁ、ルイスが私のことをちーっとも気に留めてないことに対する怒りは別だけど。少しでいいから、ルイスも私に振り回されてくれたらいいのに。


 そんなことを考えつつ、戻ってきた二人に軽い気持ちで『遅いよ』と抗議したら、ルイスに殊更謝られてちょっと戸惑った。一体何があったんだろう? 気にはなったけれど、時間も時間だったから、エマが用意してくれたマスクをつけて、お祭りへと向かった。


 基本、私はルイスと二人で、フォローのためにエマとリックが近くに待機していてくれることになっている。だから、会場まであと少しのこの場所で、私のすぐ傍に居るのはルイスだけだった。


 チラリと隣を歩くルイスを見たけど、フルマスクのせいで表情が全然見えない。視線を下に移せば、何もぶら下げていない腰。ルイスのシンボルでもあるエメラルドを填めた剣がないのは、ものすごく違和感があった。


「なんだ?」

「ううん、剣を持ってないルイスって、なんだか違和感あるなぁって……」

「魔法使いさん、呼び方」

「あ、ごめん。狼さん」


 これは祭りの会場でお互いの名前を呼んでバレるのを防ぐために、四人で決めた呼び方。なんてことはなく、ただそれぞれの仮装で呼ぶだけ。ルイスは狼男だから狼さん、リックは吸血鬼だから吸血鬼さん、エマは魔女さん。そして、私は魔法使いさん。


 ルイスだけ少し違うのはわざとだ。長すぎるから、と言ってそうした。その理由も嘘じゃない。だけど、どちらかと言えば、私にとって彼が特別だから、何となく変えたかった。それだけだった。


 まぁ、それはさておき。ルイスの顔は見えないけど、でもマスクから覗く目で意外とその表情は見えた。今はちょっとだけ呆れてるみたい。


「全く、バレたら祭り楽しむどころじゃなくなるんだから、気をつけろ」

「はーい」

「あと、剣だけどな。持ってないわけじゃないぞ?」

「え?」


 そう言われてルイスを見たけど、剣の鞘も柄も全然見当たらない。


「どこに?」

「ここ。あと、足にも武器は仕込んである」


 そう言ってルイスが見せたのはコートに隠れた背中にさした二本の短剣。足にも武器って言うからには、たぶん剣ではないんだろうけど……。騎士って長い剣で戦うものだとばかり思ってたから、少しびっくりした。


「あー……言っておくが、騎士が全員短剣や暗器を扱えるわけじゃないからな?」

「え、違うの?」

「これはオレ個人が強くなりたくて覚えただけだ。だから、それに付き合ってたリック以外の騎士は普通使わない。今日は場所の特性上、いつもの剣よりもこっちの方が小回り利くからって、リックが持ってきたんだよ」

「そうだったんだ」


 ルイスの声音からも、リックへの信頼がすごく透けて見えて、いいなぁって思った。私はリックになれないし、男性ですらないから騎士にもなれない。だから、リックの立ち位置でルイスの力になることは、できない。むしろ、私はルイスのお荷物だ。そんな考えに少し気持ちが沈んだ。


「どうした?」


 褒めて欲しいときとかは全然気付かない癖に、こういうときだけ何故かルイスは目敏い。最初に名前を呼んでくれたときもそうだったけど、なんでこういうときだけこの人はこうも察しがいいんだろう。


「リオン?」

「……狼さん、呼び方戻ってるよ」

「あ」


 思わずといった様子でルイスは仮面の口元に手をあてた。きっと私の反応がなかったから、名前を呼んでくれたんだと思う。本当なら呼ばれることのない私の名前を。彼に呼ばれるのがどれだけ嬉しいかなんて、きっと知りもしないで。


「心配させてごめん。何でもないの。ほら、そんなことより早く行こう」


 まだ納得してない様子ではあったけど、こんな嫉妬心、ルイスにだけは知られたくない。だから無理矢理でも、私は意識を目の前の会場へと向けた。


 辿り着いた広場は、まるで別世界のように様変わりしていた。何だかちょっと怖い感じなのに、キラキラしてる。そんな不思議な空間は、いろんな仮装した人でいっぱいだった。一般の人も神殿の人もいるらしいけど、お互い身分とかわからない同士だからか、みんなすごく楽しそうだった。


「なんだか、ここだけいつもと全然違うから、違う世界に来たみたいだね」

「全員仮面つけてるから、大人か子供か、性別くらいしか判別つかないしな」

「狼さんはその仮面、苦しくない……?」

「……多少ムレはするが問題はない」


 そうは言いつつ、ルイスは無自覚なのか、何度か仮面を少しだけ上向きにさせていて……。その度、チラッとだけ頬が赤くなった彼の素顔が見えた。その顔はいつもと変わらない。月巫女を護衛するための騎士の顔だった。それがほんの少しだけ寂しくもあったけど、落ち込むとまた心配かけるから、笑顔の仮面を被って言った。


「私ってバレないかちょっとドキドキするね」

「まぁ、いつも下ろしてる髪も二つに結い上げてるし、なんかクルクルしてるから平気じゃないか?」

「クルクルって……もうちょっと何か言い方ないの?」


 端的な特徴じゃなくて、一言でも褒めてくれたらいいのにって思ってじーっと見上げた。けど、そんなルイスが言ったのは『ふわふわ』。クルクルと大差ない返事に思わず小さくため息が零れた。


「うん。吸血鬼さんと同じことを求めた私がバカだった」

「……悪い」


 そう言ったルイスの目は、困惑気味でどうやら本当に私が不機嫌な理由をわかっていないようだった。さっきと同じくらい察しがよかったら完璧なのにな……。なんて思っていたら、ルイスが急に反対側を振り返った。彼の横から覗き見れば、そこには妖精の仮装をした、私よりもずっと年下の女の子。


 その子はルイスのコートを掴んで言った。


「Trick or Treat!」

「Happy Halloween」


 私が言ったときには返って来なかった返し言葉と共に、ルイスは女の子に飴玉を渡した。その気遣いをもうちょっとでいいから、私に向けてくれてもいいんじゃないかって思って見上げた。だけど、ルイスがこちらを振り返る様子がなくて、何を見ているんだろうと思ったら、それはさっきの女の子。


 その子は二人で連れ添っている男女に、ルイスから貰った飴玉を嬉しそうに見せていた。そして、ルイスを再び見れば、彼はホッとした様子で優しい眼差しをしていた。心配で見ていたのか、他の理由があるのかはわからないけど、その目はほんの少しだけ寂しげで何故か気になった。


 そうして見ていたら、振り返ったエメラルドグリーンの目が私に向けられ、微かに驚いたように見開いた。そして、少し間を置くと、彼は首を傾げながら言った。


「待たせて悪かった……?」

「なんでそこで疑問形なの?」

「いや、何となく……」


 何となくで謝らなくてもいいのに、彼は私がクスッと笑うとホッとしたように息をついた。大方私が怒って見てたと思った、そんなところかな。


「そんな待ってないし、あの女の子がご両親のとこに帰るまで見てただけでしょ?」

「なんだ気付いてたのか」

「そりゃ気付くよ。だって、好きな人のことだもん」


 自然に、だけど少しでも届かないかなと思って告げた言葉は、鐘の音に邪魔されてかき消された。案の定、ルイスには届いていなかったようで、内容を問いかけられた。とはいえ、もう一度なんてそんな勇気、連続で出せるものじゃないから、私はそれをなかったことにした。


「何でもない。ほら、早く行かないと祭り終わっちゃうから行こ、狼さん」

「って、ちょ、いきなり引っ張るな」


 ルイスの文句が聞こえるけど、今日この時間だけは、聞かなかったことにした。


 だって、今だけは他の人が居る場所でも、私は私でいられる。駆けたって注意されることもない。ルイスと腕を組んで歩いても、身分とか立場とかそういうので咎められることもない。そんな中、好きな人とお祭りを回る、ただの女の子になれる。私が本当に望んだのは、ハロウィンのお祭りじゃない。私はただルイスと一緒に、周りの目を気にせず、お祭りを楽しみたかっただけなのだから。


 そうして、いろんな屋台を見て回った。どれも初めてだからというのもあって、私の結果は散々だったけれど、それでも楽しかった。水風船の屋台では、欲しかった水風船が取れなくて、しょんぼりしてしまったけど。でも、代わりにルイスが取ってくれて、それは今私の手元で揺れていた。


 緑と碧と黄色の模様が入った水風船を揺らしながら次に向かったのは、赤くてキラキラしてる屋台だった。


「ねぇ、ル……じゃない、狼さん。あれ何か知ってる?」

「ああ、林檎飴だな。小ぶりの林檎を飴で覆った食べ物だ。屋台だとよく見かける菓子だな」

「へぇ……」


 飴で固まった林檎をどう食べるのかと周囲を見ていたら、突然、目の前に林檎飴が出てきた。戸惑いつつ見たそれは、よく見ると僅かに一口囓った跡があった。それを無言で差し出しているルイスを見上げれば、彼は淡々と言った。


「屋台でしか食べられないものも多いから、気になるものはどんどん食べたらいい。食べきれなくても、オレたちが手伝うから」


 オレたちと言ったルイスが顔を向けた先には、黒に金の模様が描かれたアイマスクをつけたエマと、白地に赤と金の模様が入ったフルマスクをつけたリックが手を振っていた。それを見て、またルイスを見上げたら、林檎に刺さっている棒の持ち手を私に向けて差し出した。


 それをそっと受け取れば、ルイスは目元を柔らかく細めた。仮面で隠れてたってわかる。きっと今は私が一番好きな笑顔を浮かべてるって。


 ルイスは気付いてほしいときに気付いてくれないことも多い。だけど、こういう何気ない彼の優しさが私は好きだ。


 私の手の中にある林檎飴はルイスが毒味した分、みんなが持ってるような綺麗な林檎飴じゃない。だけど、わざわざ食べにくそうな下の部分を囓って、見た目がそんなに変わらないように気を配る辺りがルイスらしかった。


 そんな初めての林檎飴を一口食べようとしたら、案の定ちょっと固くて、少し力を入れないと囓れなかった。でも、初めて食べたほんのり甘酸っぱいそれは、今まで食べたどのお菓子よりもすごく美味しく思えた。


 仮面がなかったらこうして人に混ざることもできない、偽りの時間だってわかってる。それでも限られた僅かな時間でも、ずっと触れたかった世界に触れられた。それがどうしようもなく嬉しくて気付いたら涙が零れた。


 袖で擦ろうとしたら、その前にそっと白いハンカチが目元に押し当てられた。その手の主は、僅かにしゃがんで私と目線を合わせて言った。


「泣いてたらせっかくの衣装が台無しだぞ? 可愛い格好してるのにもったいないだろ」


 そんな彼の言葉に驚いて、止まりそうになかった涙がピタッと引っ込んだ。


 朝からずっと聞きたかった言葉を、なんで今言うかなこの人は。タイミングがいいんだか悪いんだか、本当によくわからない。あまりにわからなすぎて、ちょっとだけ笑ってしまった。


 そうしたらルイスは、目を細めて言った。


「そうやって笑ってる方がいい。泣いてたら他の食べ物食べる時間なくなるしな」

「……人を食い意地はってるように言わないでよ」

「魔女さんの菓子を毎回独り占めしようとするヤツの言葉とは思えないな」

「魔女さんのお菓子は特別だからいいんですー」

「なんだそれ」


 そう言って、ルイスはぷっと小さく噴き出し笑い声をあげた。それに釣られて気付けば私も笑ってた。


 いつもの他愛のない軽口。でも、それのおかげでいつの間にか切なかった気持ちもどこかへいってしまっていた。


 ホント、言うことは結構意地が悪いのに、それに私はいつも助けられてばかりだ。ほんの少しでもいい。私も彼に何か返せたらいいのにな……。


 そんなことを考えていたら、ルイスが左手を差し出して言った。


「ほら。次行くぞ。まだ見てないのはたくさんあるんだからな」

「うん!」


 それまで考えていたことは放り出して、私はルイスの手を取った。


 この幻想の時間は長くは続かない。だからこそ、精一杯楽しもう。次があるかわからない時間だからこそ、いつか思い出したときに『楽しかったね』と笑い合えるよう……。できたら、そのときもこの温もりが隣にいてくれたらいいな。


 そんなことを思いつつ、彼の手を握りしめたら、やんわりと握り返されて、嬉しさから頬が緩んだ。そうして、彼の優しさで胸がいっぱいになりつつ、私にとって初めてのハロウィンの祭りはあっという間に過ぎていった。



 ちなみに余談にはなるけれど。私が彼に朝仕掛け損ねた悪戯は、お祭りが終わる寸前に達成できた。なんてことはない。彼が準備していた飴玉がなくなり、お菓子がないとわかってる状態で、あの言葉を言っただけ。


 なんで今言うんだとか、朝もう渡しただろとか、文句が返ってきたけれど、あれこれ理由をつけて返した。それで私がどうしても悪戯したいのだと理解した彼は、長いため息をつきつつも悪戯に付き合ってくれた。


 そんな彼に私がしたのは、一瞬だけ彼の仮面をずらして、その頬に口づけをしただけ。これにはさすがの彼も驚いた……というか、ずいぶん慌てふためいてたから、大成功だったと思う。正直、私も気恥ずかしくて頬が熱くなったのは予想外だったけど。でもそれもいい思い出になったから、まぁいいかな、なんて思ったりしたのだった。


挿絵(By みてみん)

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