ハロウィン-side ルイス-
※ この話の時間軸は、本編の14話-15話の間の期間に相当します。
本編とは異なり、一人称にてお送りいたします。
「Trick or Treat!」
その言葉を開口一番に投げかけられて、オレは呆気に取られて頭が真っ白になるというのを人生で初めて経験した。
いや、わかるんだ。言葉の意味は一応知ってる。
昨日の夕方、神官や巫女、あまつさえ騎士団の奴らまで楽しげに飾り付けしてたし。今日がその日ってこともわかってる。わかってるが、目の前のこれはなんだ……?
三日月の杖……は月巫女だからだろ? 黒の燕尾服にオレンジ色のズボンもそれを意識したものだとわかる。さらに言えば、頭に乗ったカボチャの飾りがついた小さなシルクハットもそうだろう。だが、ちょっと待て。
「えと、Trick or Treat……?」
つい考え込み過ぎたようで、気付けば目の前の彼女は不安げにオレを見ていた。
「悪い悪い。菓子だよな」
そう言って、昨日の休憩中に確保しておいた、今日の祭り用の焼き菓子を差し出した。すると、彼女は何だかものすごくがっかりした様子でそれを手にした。焼き菓子好きだから、選択は間違えてないはずだが、何かまずかったか……?
「ルイス、なんでお菓子持ってるの……?」
「なんでって、今日は悪魔祓いの祭り、ハロウィンだろ?」
「そうだけど! そうじゃなくて……」
彼女の言葉と態度に得心がいった。なるほど、そういうことか。
「リオンは菓子を持ってなさそうなオレに、悪戯するつもり満々だったんだな?」
「こ、こんなときでもなきゃ悪戯なんてできないんだし、いいでしょ!」
「それもそうだな。じゃあ、リオン。お返しのTrick or Treat」
「へ?」
予想通りというか、彼女――リオンは、キョトンとした顔で首を傾げた。ホント、こいつは頭回る癖に変なところで抜けてると言うか、ツメが甘いと言うか……。月巫女の仮面を被ったリオンしか知らないヤツが見たら、パッとは結びつかないだろうな。というか、オレ自身、自分の中の月巫女像と実際のリオンが結びつかなすぎて、正直最初は詐欺にあった気分だった。……なんてこと、本人には口が裂けても言えない。
それはさておき、リオンが呆気に取られて固まったまま動かないため、オレは再度同じ言葉を繰り返した。
「だから、Trick or Treat」
「え、私、お菓子持ってないよ?」
「じゃあ、悪戯だな」
「えっ?! ちょ、ちょっとそれは…!」
本気で言ってるわけじゃない。が、正直に言うと、こうして素直に引っかかる彼女をからかうのは楽しい。ころころ表情が変わるから見てて飽きないんだよな。で、ついついからかいたくなるんだけど。とりあえず、現状を他のヤツに見られるのはなんか想像するだけで腹立たしいし、部屋の中に戻そう。そうしよう。
「さて、何の悪戯が良いか…」
「な、何するつもり?」
意識してニヤリと笑えば、リオンは口許をひきつらせて、自分でバーンと開いて出たばかりの扉の奥へと下がる。それに合わせてオレも一歩進めば、さらに一歩……。それを繰り返すことで、彼女を部屋に押し戻すことに成功した。
「いい、悪戯って言っても痛いのはなしだからね?」
「ほぅ、痛くなきゃ何でもいいのか?」
「えっ?!」
すでに悪戯は成功してるも同然なんだが、未だに気付いてないらしい彼女は慌てた様子で、部屋の奥を見て言った。
「え、エマっ! 何かお菓子ない?!」
「そりゃ、用意はしてあるけど……。ルイス様、そろそろネタバレしてもいいんじゃないかしら?」
そう言ってため息をついたのは、つばの広い黒の三角帽子を被って、黒のドレスを身に纏ったエマだ。さすがにリオンと違って冷静だな。というか、帽子の下から送られる視線が若干痛い。口でからかいはしたけど、そこまで苛めてないぞ、オレ。
そんなことを思うオレの隣で、リオンは戸惑った様子で目を瞬かせた。
「ネタバレ……?」
「そ。悪戯するフリをして、リオンの反応を見てからかったのがそもそも悪戯、でしょう?」
「バレてたか」
「仮にも月巫女相手に本気で悪戯なんてしたら、ねぇ?」
「……ってことは嘘?!」
……なんでそこで睨むんだ。物理的な悪戯じゃないから問題ないだろ。
「物理的かどうかの問題じゃないもん」
「……オレ、声に出てたか?」
「ルイス様にしては珍しくしっかり出てましたね」
そんなエマの回答と、自分のらしくない失態に正直ため息をつきたくなった。それもこれもリオンの格好が問題なわけなんだが……。そして、こういうときに限って一番加わってほしくないヤツが来るんだよな……。
小さく息をつくのと同時に、よく知る気配がドアの前で止まり、三度ノックの音が響いた。返事をすれば、入ってきたのは予想通り……ではあったけど、半分予想通りじゃなかった。
「失礼しまーす。お、リオン、その魔法使いの衣装似合ってるね」
「ありがと、リック」
はにかみ笑うリオンの様子に、僅かに何かわだかまるものがあるような気がしないでもないが、気のせいだ気のせい。それよりも、気になるのは……。
「リック。その格好と手に持ってるものは何だ?」
「え、見ればわかるだろ?」
くるっと一回りしたリックが翻したのは碧色ではなく裏地が赤の黒いたて襟の外套。で、中には赤のベストに黒のズボン……。まぁ、色味からだいたい予想はつく、が……。
「吸血鬼が十字架を身に付けてるのはおかしくないか?」
「にんにくと十字架が必ずしも効くとは限らないと思うけどなぁ」
リオンに負けず劣らず、こいつも割と突拍子もないこと言い出すんだよな……。まぁ、ないことの証明はできないし。一理あると言えば一理あるのかもしれないが。
「とりあえず、格好についてはそういうことにしておく。で? その腕の中にあるのはなんなんだ?」
「え、もう察しついてるだろ?」
「……つきたくない」
言われずとも今日という日は、お化けの類いのものなどに扮して、悪いものを追い払うそういう日だ。それが明日の収穫祭に本当に影響があるかは別として、そう伝えられてることは知ってる。だから、リックが持っているのも、仮装のための衣装だっていうのはわかる。衣装がボロボロでもそこは雰囲気作りとして理解もする。が、問題はそこじゃない。
「えー……狼男の何が不満?」
「狼男に不満があるんじゃない。大の男がそんな頭飾りをつけることに抵抗ないとでも?」
「一応、お前の髪色に合わせたのを選んできたから、違和感はないはずだけど」
「着目点がそもそも間違ってるだろ!」
そう言ってリックは、茶色の獣耳の頭飾りを見せて不思議そうに首を傾げた。
かれこれ十年以上組んでるけど、本当によくまぁ続いてるもんだなと思う。というか、本気でこれをつけろって……? 冗談だろ?
「一応言っておくと、団長の指示だからお前に拒否権はないからな?」
「はぁ?!」
言うに事欠いて、あの人はなんて指示を……。いや、何だかんだで頭回る人だから実は何か他に意図が……。
いや、ないな。あるわけがない。というかあってたまるか。何が悲しくて、任務中に狼耳の頭飾りなんかつけなきゃならないんだ。
思わず額に手を当てて唸れば、リオンが不安そうにオレを見てきた。
「ダメ……?」
「ダメって、何でそこでリオンが……。って、まさか……」
「そのまさかだよ」
「リック、それ以上はやめろ。言うな」
リックのやつ、オレが知らないのわかってて遊んでたな。いや、現在進行形で遊んでる。というか、こいつ、まさか故意に情報止めてたんじゃ……。あり得る、こいつならあり得る。仮装そのものは別に大した内容じゃないじゃんとか言いそうだ。ものすごい楽しげに笑ってる辺り、十中八九黒だろこいつ。
「お前の今日の任務は、仮装した上で、ハロウィンに参加するリオンの護衛」
「オレが仮装する必要性を感じない」
「今年のハロウィンは仮面着用のマスカレードだからねぇ……。仮面つけたところで、軍服脱がなきゃ素性バレバレだし」
「……行かなきゃいい話だろ」
自分で言って何だが、正直行かないという選択肢は恐らく残ってないんだろうな……。さっきからリオンの視線がものすごく突き刺さってるし。
「マスカレードだから、仮装して素性バレないようにするなら、私も参加してもいいって神官長様が言ってたんだけど、ダメ……?」
「……なら少し離れたとこで護衛を……」
「いい加減、諦めろ。そもそもお前が軍服で近くうろついたら、リオンの存在がバレるし。お前の仮装は必須なの」
そう言って、リックはここぞとばかりに、あちこちボロボロな狼男の衣装を投げてきた。つーか、コートの色がまんまオレの色なのはいいのか……?
「マスカレードで堂々と自分の色を身に付ける訳がないっていうのが大半の考えだから平気平気」
「思考を読むな」
「なら顔に駄々もれさせないことだね」
今日はとことん顔や言葉に出てしまっているらしい。というか、このコート、尻尾まで付いてるし……。騎士団のヤツらにまでバレたらさすがにしばらく凹む。というか、絶対笑いものにされるヤツだろ。
「ほらほら、時間なくなるから、さっさと着替えた着替えた」
「はぁ……。リオン、悪いが少し奥を借りても構わないか?」
「もちろんだよ」
なんでこんなことしなきゃならないんだ、と思わないでもないが……。まぁ、リオンが嬉しそうに笑ってるからいいか、と思うオレはどれだけこいつに甘いんだか……。本当にこいつと出会ってから調子が狂う。
着替えて戻ったときの反応は三者三様だった。
――ので、とりあえず、一番傍で顔を背けて笑いを噛み殺してる元凶に、報復兼ねて一発げんこつを落とすことにした。
「リック。お前が無理矢理押し付けておいて笑うな」
「あいたっ! オレは団長の指示に従った、だけだ、し……。ふっ、ふふっ……」
「後でお前覚えてろよ……」
全く、どんだけ笑えば気が済むんだこいつは。そんなことを思っていたら、ジロジロと見ていたエマが言った。
「うーん……。衣装がボロボロなのに髪型がちゃんとし過ぎてるのも微妙のような……。少し髪乱してみません?」
「そんなとこでお前の趣味を発揮するな。却下」
「ええ~……。それくらいの方が雰囲気出るのに、勿体ない」
エマは人を着せ替え人形か何かかと思ってるのか? そんなことを考えていたら、コートがくいっと後ろに軽く引っ張られた。この部屋にはあと一人しかいないから、犯人はバレバレなんだが。振り替えれば案の定、コートについた尻尾を掴んで撫でていたのは、リオンだった。
「で、お前は何してるんだ?」
「え? あ、ふさふさしてたからつい」
「つい、で引っ張るな」
「ごめんなさい」
そう言って、リオンは両手を合わせて謝ったが、その顔に反省の色はない。けど、正直それよりもやっぱり気になるのは……。
「ところでルイス、お前ずっと顔赤いけど、何か変なものでも食べた?」
「いや、別に」
「ならなんで顔隠すの?」
「気にするな」
そんな会話をしつつも、視界に入るとどうしても……。いやいや、あんまりじろじろ見るのはさすがにまずいから自制しろオレ。
すると、そんなオレの様子を見て、リックが合点のいった顔でオレを見た。その瞬間、何がと言わず嫌な予感が駆け巡る。今こいつに喋らせたら何かヤバい気がする。
「あ、お前、もしかしてリオンの……もがっ」
「え、私が何?」
「いや、何でもない。ちょっとリックと二人で話すことがあるから、少し待っててくれ」
リオンは不思議そうにしてたが、頷いてはくれたから、正直ホッとした。そして、オレはリックの口を塞いだまま部屋の片隅に高速で移動した。その手を離せばじろっと恨みがましい目で睨まれたが、恨み言を言いたいのはむしろオレの方だ。
「ぷはっ……。お前、鼻まで塞がないでよ。殺す気?」
「いっそ、落ちくれたらそれはそれで楽だったかもな」
「洒落になってないからな! 笑えないからなそれ!」
そう言って、リックは呆れたようにため息をついた。
「全く……照れ隠しが過剰なのはどうかと思うよ?」
「あそこでお前が隠そうともしないで口走ろうとするからだろ」
「だって、実際なんだかんだで結構見てたじゃん。リオンの足」
その言葉に思わず目が泳ぐのを止められなかった。事実、朝からずっとらしくないことを繰り返す原因はそれだった。
「見慣れないもの見せられて、平然としてられるわけないだろ」
「そうは言っても、ニーソックスだし、肌なんてさほど見えてもないじゃん。街になんてもっとすごい格好してる子だってたくさんいるのに」
「街なんて遠征以外で行かないし。オレが知ってる異性なんて、せいぜい巫女くらいなんだから仕方ないだろ。普段隠れてるものが見えるのは、落ち着かないんだよ」
「……お前、意外とむっつりだったのな」
むっつりの意味がイマイチよくわからないが、なんかリックの視線がものすごく微妙なのは気のせいじゃない気がする。から、説明しろの意を込めてジッと見つめたら、今度は困ったように苦笑された。
「あ、気にしなくていいよ。お前もそういうので照れるくらいにはちゃんと男だったんだなって思っただけだから」
「……本気でしめ落としにかかっていいか?」
「照れ隠しの暴力反対」
全く、今も昔も男だと言うのに、何を言ってるんだこいつは。
「あれ、もしかして、照れてるわけじゃなくて怒ってる?」
「当たり前だろ。何年も一緒に生活してて、男と思ってないようなこと言われて怒らないと思うか?」
「あー……。うん、悪い。お前がそういうのにものすっごく疎い純情野郎なの忘れてたよ」
なんかさっきにも増して嫌な予感がする。特に最後の純情云々をつい最近もどこかでリックに言われたような……。なんて考えてる中、リックが爆弾を落とした。
「リオンの足見て照れるってことは、見てるとつい何か想像するんでしょ?」
「べ、別に想像なんて……。ただつい目が行くだけで……」
「はいはい、目逸れてるし、嘘バレバレだからな。ついでに言うと、お前みたいなのを俗にむっつりスケベって言うんだよ」
むっつりスケベ……。スケベはどういう意味だったか……? 確か好色とかそういう意味じゃなかったか?
「全く異性に興味なさげだったから、その辺ぶっ壊れてるのかと思ったけど、そうじゃないみたいで安心した……って、聞いてる? おーい?」
「オレ、好色だったのか……」
「え。ショック受けるのそこ?」
リックが何やら驚いてるようだったが、正直そんなことはどうでもよかった。自分が好色で、しかも守るべき主をそんな目で見ていた、その事実がただひたすら衝撃だった。
「言っとくけど、男が好きな異性に対してそうなるのは、大多数がそうだからな? ……たぶん」
「好きないせ……って、だからあれは違うと……!」
「あーはいはい、そういうことにしておくよ」
その言い草に反射的にものを言いたくなったが、その前にリックが続けて言った。
「とりあえず、そろそろリオンのあれにも腹括って行ってきなよ。もう祭りは始まってるし、こうしてる間にも時間はなくなっていくし。どうせフルマスクで見えないんだからさ」
「……。はぁ、それもそうだな。悪い」
「それはオレじゃなくてリオンにね。オレもエマと近くに待機はしてるつもりだから、なんかあったら呼んで」
いつもと変わらない笑顔でそう言ったリックに対し、オレはただただすごいと思った。視野が狭くなりやすいオレと違って、いつも周りを見て自然と相手を気遣う。それはリックの長所だ。言うと調子に乗るからそれを教えてやるつもりはないが。でも、これだけは伝えないとな。
「ありがとな」
「どういたしまして」
そうして、何だかんだで時間を食い、リオンに遅いと文句を言われつつ、オレたちはハロウィンの祭りに向かった。
会場となっている正門前の広場に辿り着く頃には、太陽は真上に達しようとしていて、祭りも賑わいを見せていた。見渡す限り、仮装した大人と子供で埋め尽くされている。恐らく仮装していないのは、会場の警護にあたっている騎士くらいだろう。
普段は落ち着いた趣のある広場だが、それも祭りに合わせて一転。カラフルながらもおどろおどろしい雰囲気に様変わりしていた。会場のそこかしこにあるのは、顔彫りしたカボチャやコウモリを象ったもの。木と木の間には黒い三角の旗が連なりはためいていて、そこにはお化けが描かれていた。
神聖な神殿でこういう飾りをするのはいかがなものか、という点については正直疑問を感じなくもない。だが、なかなか一般人に近付きがたい場所でもあるだけに、こういう催し物は必要でもあるんだろう。
そんなことを思いつつ会場を見回したあと、左隣に立つリオンを振り返れば、仮面越しにリオンと目が合う。
「なんだか、ここだけいつもと全然違うから、違う世界に来たみたいだね」
「全員仮面つけてるから、大人か子供か、性別くらいしか判別つかないしな」
「狼さんはその仮面、苦しくない……?」
「……多少ムレはするが問題はない」
オレが着けているのは、白と黒で描かれた模様を金で飾ったフルマスク。顔にぴったりと合わせるタイプのものもあったが、オレのは鼻より下の部分が少しだけ突き出たタイプのもの。こうすると仮面を着けたまま食事ができるらしく、屋台の食べ物を食べたいというリオンの意向を受けてこれになった。所謂、毒味役のためだ。
対するリオンはと言えば、黒いレースで形取られたアイマスクでその顔を隠していた。その形はともすれば蝶のようで、リオンが身に纏っている少し奇抜な衣装ともよく似合っていた。
そんな彼女は、初めて参加するハロウィンの祭りに、楽しげに笑って言った。
「私ってバレないかちょっとドキドキするね」
「まぁ、いつも下ろしてる髪も二つに結い上げてるし、なんかクルクルしてるから平気じゃないか?」
「クルクルって……もうちょっと何か言い方ないの?」
そう言ってじとーっと見つめられたが、クルクルしている以外になんて言えと言うんだ。そうして悩んだ末に出てきた言葉はこれだった。
「クルクルが駄目だと言うなら、ふわふわ?」
「……うん。吸血鬼さんと同じことを求めた私がバカだった」
「……悪い」
何やら朝のとき以上にがっかりさせたらしい。最近のリオンは前にも増して言動の理由が謎すぎて困る。そのパターンがわかればもう少し楽なんだが……。
ちなみに、吸血鬼さんとは、エマと一緒に少し離れたところにいるリックのことだ。身バレしないようにそれぞれの仮装にさんを付けて呼ぼうとなった。……んだが、何故かオレは狼男さんだと長いから、狼さんに省略された。これも発案者はリオンで、その判断基準はやっぱり謎だった。
そんなことを考えていたら、コートの裾をくいっと右へ引っ張られた。その感覚に振り返れば、そこには青いアイマスクを着けた一人の小さな女の子。水色のワンピースに、背中の蝶の羽を見たところ、妖精の仮装だろうか。
「Trick or Treat!」
仮装の分析をしていると、朝一番にリオンから投げかけられたフレーズが飛び出してきた。が、それは想定内だ。オレはコートのポケットに大量に入れておいた飴玉を一つ、彼女に差し出しながら言った。
「Happy Halloween」
「ありがとう!」
そう言って、その幼い子供は両親と思しきフルマスクをした二人連れの男女の元へ、嬉しそうに駆けていった。
未成年はアイマスク、成人はフルマスク。こうすることで誰がお菓子をあげる大人かの区別をつける、というのが今年のマスカレードのルールらしい。前はその区別をつけないことで何やら悲惨なことになったのだとか。
女の子が無事大人の元に辿り着いたのを見届けて振り返れば、リオンがこちらをじっと見ていて、ちょっと驚いた。不満、の色はないようだが、そこにある感情がいまいちわかりにくくて正直落ち着かない。
「待たせて悪かった……?」
「なんでそこで疑問形なの?」
「いや、何となく……」
そんなオレにリオンはクスリと小さく笑った。どうやら怒ってはいないらしい。
「そんな待ってないし、あの女の子がご両親のとこに帰るまで見てただけでしょ?」
「なんだ気付いてたのか」
「そりゃ気付くよ。だって――――のことだもん」
ちょうど催し物の開催を告げる鐘の音が響いて肝心なところが聞こえなかった。
「なんだって?」
「何でもない。ほら、早く行かないと祭り終わっちゃうから行こ、狼さん」
「って、ちょ、いきなり引っ張るな」
そんなオレの言葉は届いていないのか、リオンは両腕でオレの左腕を抱え込んで駆け出した。普段なら駆けるなんてことは、衆目があってできない彼女だが、今日はそれがない。だからなのか、屋台をもの珍しげに眺めては、あちこち駆け回るリオンは本当に楽しそうだった。
そして、それを見て唐突にオレは理解した。オレたちを巻き込んででも、リオンがハロウィンの祭りに参加したがった理由。それは、この祭りのマスカレードという性質のため、初めてリオンがオレ達以外の人とも『リオン』として楽しめる祭りだったからだと。
「ねぇ、今度はあそこ行って見よう!」
オレが役目を忘れることは許されない。でも今は少しでも彼女が、彼女らしくあれる時間を満喫できるよう、オレにできることをしよう。そんなことをリオンの笑顔を見て思った。