忘却のハロウィン-後編-
※ 時間軸としては、本編開始の約1年前になります。
ハロウィンネタのお話です。
準主人公の一人称にてお送りいたします。
腹を括って訪れ神殿の広場は、今日ばかりは神聖さとは真逆の何やら派手でおどろおどろしい有様になっていた。カボチャのランタンだとか、蝙蝠だとかお化けだけとか、とにかく見慣れないもので飾り付けられ、ハーフマスクやフルマスクを被る仮装した人でごった返していた。
そんな中、楽しげに進む巫女さまに手を引かれながら歩く。
「ねぇねぇ、『お兄様』あれは何?」
慣れない巫女さまからの呼称に、反応が少しばかり遅れる。彼女が指さしたのは、棒に刺さった白いふわふわとした食べ物だった。
「あれは綿菓子だな。砂糖を使ったふわふわした甘い菓子だ」
「わたがし……」
出店の店主が円盤の取っ手を右手で回し、連動して回転する釜の中へ左手に持った棒を翳す。白いふわふわした綿のようなものを巻き付けていく様は、職人芸と言ってもいいだろう。それを食い入るように見つめる彼女に、思わず笑みがこぼれる。甘党だということも知っているから、尚更わかりやすい。
「一つください」
「あいよ。五百セレンだ」
子供でも買えるようにという配慮なのか、思ったほど懐は軽くならずに済んだ。そして受け取った小ぶりの綿菓子の一部を千切り、念のため毒味をした上で、彼女に持ち手を向けて差し出した。
「いいの?」
「オレには甘すぎるから食べてくれると助かる」
そう言えば、おずおずと、でも目をキラキラさせながら彼女は受け取る。そして、オレが食べたのを真似て、千切って口へと運ぶ。
「甘くておいしい……!」
満面の笑みを浮かべる彼女の様子に、思わずオレの口が弛む。そんなときだった。
「Trick or Treat!」
オレには目もくれず、何やら派手な装いで、片目しか仮面で顔を隠せていない同年代の男が巫女さまに声をかける。今日何人目になるかわからない輩に対し、内心でため息をつきつつ、用意しておいた菓子を巫女さまに渡せば、それはそのまま相手の男の手に渡った。
巫女さまが手に持っているのは食べかけの綿菓子だけだから、菓子が返って来ると思っていなかったんだろう。彼は呆気に取られた様子で菓子を受け取ったあと、苦笑いを浮かべながら言った。
「お菓子じゃなくて、仮面を外してくれるでもい……」
「菓子を受け取ったんだから、もう用は済んだだろ」
しつこく食い下がる男の前に進み出て、彼女を背中に隠す。今回の祭りは身分など関係なく楽しめるようにという考えの下、マスカレードで素性を隠すのがマナーとなっていると聞いた。だから悪戯であろうが、仮面を外すことを相手に要求するのは明確なマナー違反だ。
だというのに、先ほどからチラホラとこういうことを匂わす男が現れるため、正直に言えば内心で苛立っていた。巫女さまは好奇心旺盛で、たまに驚く行動にも出るような方だが、外見は可愛い方だ。それに惹かれるのもまぁ、わからないでもない。わからないでもないが、それが余計に不快感を増していく。
「うちの『妹』に手を出すならこちらにも考えがあるが、構わないか?」
相手は恐らく貴族の子息か何かなんだろう、とは思うものの、ここは神殿で、今この時、この場に置いて身分は関係ない。そもそも、彼女の正体を知られるわけにはいかない現状、彼女の仮面を外そうとする行為は何が何でも阻止する必要がある。
これでも引いてくれないのならば、どうしようかと悩んだものの、幸い彼は不承不承ながらもそれでどうにか引いてくれて、ホッと息をついた。
そんな中、よく見知った気配が近付いてきて、ふと顔を上げると包帯をぐるぐる巻きにした男が、オレたちの前に立っていた。
「やぁ、可愛らしい天使のお嬢さん。Trick or Treat?」
包帯から除いている片目は少し緑がかった碧眼。そして、向日葵のような金色の髪に、聞き慣れた声に思わず口元を引き攣らせる。そんな中、声をかけられた巫女様は、キョトンとした様子で口を開いた。
「あれ、リ……」
「私はただの通りすがりのミイラ男です」
皆まで言わせまいとばかりに、ミイラ男――もといリックがさりげなく言葉を遮る。それで、名を呼んではいけないことに気付いたのだろう、彼女がハッとした様子で口を両手で塞ぐ。その横で彼と目を合わせ、アイコンタクトと口の動きだけで問いかけた。
『お前、何してるんだ?』
『何って、会場待機だよ、会場待機。あと、お前だけに任せてると、ハロウィンの良さが伝わらなさそうだから助太刀。ってことで、ちょっと黙っててね、おにいちゃん』
口元に笑みを浮かべ、パチンと見えている目を閉じる彼の言葉に、何をする気なのかと思いつつ、とりあえず、様子を見守ることにした。
リックから受けた合言葉に対し、巫女さまがこちらを見上げてきたから、準備していた菓子で彼が好きそうなものを彼女に手渡す。それを受け取った彼女は、ふわりと微笑んで彼に差し出して言った。
「ミイラ男さんもお菓子をどうぞ」
「これはこれは、素敵な菓子をありがとう」
ちょっと大袈裟というか、芝居がかった調子で礼を告げた彼は、巫女さまをダンスに誘うかのように手を差し出して言った。
「では、今度はお嬢さんの番ですね」
「私?」
「ええ。今日はハロウィンですから。お嬢さんも同じ呪文を唱えていいんですよ?」
キョトンとした様子で首を傾げた彼女は、リックの言葉に『本当にいいのか?』とばかりにオレを振り返る。今の今まで菓子を配る側にしかなっていなかったが故の行動に、リックが言わんとしたことを遅まきながらに理解した。
あげる側に回ってばかりじゃなく、もらう側に回ってもいいことを伝えたいんだろう。オレがしっかりと頷いて見せれば、彼女はリックを見上げて言った。
「えっと、じゃ、じゃあ……。Trick or 、Treat?」
おずおずと告げられた言葉に、彼はにっこり人好きのする笑顔を浮かべると、小さな紙袋を差し出して言った。
「では、お嬢さんにはこちらのお菓子を……」
「わぁ、美味しそうな匂い……! ありがとう!」
彼が差し出したのは、騎士団の料理番が準備していた焼き菓子だ。それを受け取った彼女の笑顔は、今日見た中で一番キラキラしていた。それを見たあと、リックを見れば、得意げにパチンと目配せが返ってきて、ほんの少しばかり悔しくなった。
一応、一番の友人だと思っている相手だし、リックの気遣いの細やかさには頭が下がる思いだ。同じようにやれと言われても、オレに彼と同じ事ができるとは正直思えない。ただそれでも、巫女さまの笑顔をオレが引き出したかったと、そう思ってしまった。
まぁ、幸か不幸か、巫女さまの笑顔が影響をしたのはオレだけだったわけではなかったらしい。その場にいたいろんな人間が、こぞって巫女さまから合言葉を交わしたがり、気付けば取り囲まれ、てんやわんやになってそれどころじゃなくなった。
押し寄せた人が捌けた頃には、巫女さまの両手はお菓子で埋め尽くされ、抱えていた十字架の杖はオレの手の中にあった。
さすがにその状況で祭りを回るには難しいとなり、オレたちはライルさんと合流して、その場を後にした。
会場から離れた場所で、リックも合流した中で、巫女さまが興奮した様子でライルさんに祭りであった出来事を語って聞かせる。それにライルさんは穏やかな笑みを浮かべて相槌を打つ。目の色がそっくりだから、こうして見ていると巫女姫と護衛騎士というよりも、娘と父親みたいだなとふと思う。
そんな中、時を告げる鐘が鳴れば、ライルさんはハッとした様子で言った。
「月巫女さま、そろそろ公務の支度もしないといけませんし戻りましょうか」
「もうそんな時間だったんだね。わかった」
そう言って、彼女はくるりとオレとリックの方を振り返り、花のような笑みを浮かべて言った。
「ルイス、それにリックも。今日はありがとう。すごく楽しかった。次があったら、またそのときも付き合ってくれる?」
「ああ。できれば、次は堅苦しい衣装じゃなくて、身軽な衣装だと助かる」
「ご所望とあらば喜んで」
嬉々としているリックとは違い、正直、仮装は勘弁してほしいところだ。それでも滅多に人に混ざれない巫女さまのためならば、多少の我慢くらいはしようと心に決める。そうして、『じゃあ、またお茶会でね』と言って、巫女さまとライルさんは神殿へと向かった。
遠ざかる二人の背中を見送ったあと、オレたちもまた屯所へ向かい並んで歩く。人の少ない道を選びつつ、まだ賑やかな祭りの音を聞きながら、オレはため息交じりに言った。
「しかし、寄ってたかって、どう見てもまだ未成人ってわかる相手に、いい大人が群がり過ぎだろ、全く……」
「あれ、お前気付いてなかったの?」
「何が?」
リックの言い方にやや嫌な予感を覚えつつ聞き返せば、彼はあっけらかんとした調子で言った。
「小さい子たちはともかく、それ以外はほぼ全員、確実に巫女さまに気付いてたよ」
「なん、だって……?」
巫女さまからもらった菓子を口に放り込むリックをマジマジと見つめれば、口の中のものを飲み込んで彼は言った。
「いやー……だって、髪飾りとかは違うけど、髪型は普段とほぼ変わらないし。杖には巫女さまの象徴でもある青薔薇。しかも天使……神様の使いとか、巫女さまの印象そのまんまじゃん」
「……そう言われてみれば、確かに……」
月巫女は月神に愛されて生まれた娘だと言われているし、月神の娘とも言われ、神格化されることも珍しくはない。
だから一般人と直接関わる機会こそ少ないものの、祝祭など遠目でも彼女が公の場に姿を現す機会はそこそこある。何なら、神殿にやってきた人の中には、祈り場に向かう巫女さまの姿を偶然目撃する機会くらいはあったはずだ。それを考えると、むしろバレない方が難しい話だったのではないかとすら思う。
そんなオレに、リックは苦笑いしながら言った。
「たぶん、衣装を選んだのはエマなんだろうけど、ちょっと月巫女のイメージを出し過ぎちゃってた感じはあったかな」
「ならむしろ、あの程度の騒ぎで済んだのは運がよかったとしか言いようがないな」
「巫女さまの仮面を剥ごうとしてた方々には、懇切丁寧にご退場願ったけど、大半はいい人たちだったからそこは本当に運がよかったよね」
さらりと告げられた内容に思わず固まれば、彼は手をヒラヒラさせながら笑って言った。
「あ、大丈夫大丈夫。だいたいみんな名の知れたお貴族さまだったから、ちょーーっと黒い噂について話を聞かせてもらおうと声をかけただけ。手は出してないよ」
「……お前、変なところで団長に似てきてる気がするのは気のせいか?」
「気のせい気のせい」
絶対気のせいじゃないと思う。どっちも笑顔で相手を追い詰めるタイプという点で、すでに共通項ができあがっているし。団長はすでにどうしようもないとしても、リックには変な借りを作らないように気をつけよう、と心に刻み込む。……時既に遅しのような気がするのは気のせいだ、きっと。
そんなことを思うオレに、リックは神殿の方を振り返り、柔らかく微笑んで言った。
「少しばかり目立ちはしちゃったけど、それでも楽しんでくれたようでよかったよね」
「そうだな……」
普段、巫女さまが不自由を強いられているのも、外に出たがっていることも知っている。だからこそ、今日みたいに人に混ざり、彼女が楽しい時間を過ごす手伝いが少しでもできてよかったと思う。
できることならば、来年もマスカレードになってほしいと、信じてもいない月神に対し祈り願う。そして今度は、もう少しバレない仮装をみんなで考えて、今回よりももっと楽しい思い出にできるようにオレも頑張ろうと、淡い期待を胸に抱いたのだった。
結果として、翌年のハロウィンは記憶を失っていた関係で、今回の反省も願いも何一つ活かせやしなかったものの、リックのおかげでそれなりに楽しいハロウィンになるんだが、それはまた別の話だ。
お気付きの方もいるかもしれませんが、ラストの話は、番外編の一番上にあるハロウィンの話になります。
ちょっとだけネタばらしをすると、向こうの話の中で、『前は悲惨なことになったらしい』とルイスが語ったのは、忘却水で見事に忘れているため、リックがいろいろボカして聞かせたことに由来します。
ちなみに、一年後のハロウィンのマスクに関する話や仮装等々に関しても、リックがいろんな面で暗躍もとい入れ知恵により成り立っていたりします。
本編とは関係性の違う二人の話なのであれですが、楽しんでもらえていたら嬉しいです(*´ェ`*)




