月の使者と新月の白雨
※ リック視点で描く騎士コンビの出会いの話です。
(ネタバレあり・時間軸は本編前)
「ここが神殿か……」
桜の花びらが舞う中、目の前に聳え立つ白い大きな壁に、思わずそんな言葉がこぼれる。背の高い木を伝えば、大人なら越えられなくもないのかもしれないけど、十歳――半成人を迎えたばかりのオレには途方もなくでかい壁に見えた。
そして、年齢とは関係なく、オレから見たそれは檻のようでもあった。実際、ある人を閉じ込めているという点では、檻とか鳥籠と言ってもいいのかもしれない。ここに彼女、いや、今はまだ彼女って言う程の年齢じゃないか。あの娘がここにいる。そして、きっとこれからオレが出会わないといけないあの男も。
歳は同じはずだし、記憶している通りならば、今日この日ここに必ず来るはずだ。一年を通して、例外を除けば騎士団へ入団が可能になる唯一の日。数えで十歳が最低年齢ともなれば、今日来るはずだ。
どんな大人になるかは知ってても、今がどんなヤツかは知らない。なんでこんな歳で騎士になろうと思うのかだって、オレは知らないんだから当然だ。
まぁ、正直に言って、そんなのオレにはどうだってよかったんだけど。ただ、オレが役割を全うする上で、あまり支障のないヤツだといいなと、そのくらいの気持ちで大きな正門をくぐり抜けた。
――んだけど、オレの期待はものの見事に裏切られた。
「オレ、リック=ディオスって言うんだ、よろしくね」
そう言って、表面上でも仲良くなろうと手を差し出した。でも、目の前の男子は、一瞥しただけで興味なさそうにスタスタと先を行く。無視された上に行き場を失った右手に、思わず口元がひきつる。
いくら膨大な記憶と知識があるとは言え、こっちだって十年も生きてない子供だ。いきなり心まで大人になんか、なれるわけもない。わかってくれる訳がないってわかってても、沸々とした怒りがこみ上げて、思わず相手の肩を掴んだ。
辛うじて笑顔の維持はしてたものの、顔の筋肉がひきつりそうだった。
「無視は酷くない?」
「話す必要性を感じない」
「お前になくてもオレにはあるんだけど?」
『何言ってるんだこいつ』と言わんばかりにエメラルドみたいな目がこちらを振り返る。その目が、一瞬だけ両親の目と重なって見えて、恐怖で足がすくみかける。それでも、オレがここにいる理由は、誰が信じてくれなくても変わらない。オレが望んでも変えられない。
変えられないから、他の誰に理解されなくても、せめてオレが生かされてる理由にくらいはわかってほしかった。少しでいいから、話を聞いてほしかった。だから、オレは意を決して言った。
「オレ、本当は生まれることなく死ぬはずだったんだ。それでもお前を生かすために、月神さまから月魄を与えられて生かされた。だから、オレには必要なことなんだよね」
あくまでも初対面だから、できるだけ笑顔で。ニコニコ笑ってたら、大抵のことは上手く行く。今まで両親のことだって、妹のことだって、それでやり過ごしてきたんだから、上手く行く。そう思ってたけど、相手は予想を上回る難敵だった。
「バカバカしい。月神なんかいない」
「いるよ、月神さまは」
「信じたいなら信じればいい。だけどオレは信じないし、関係ない。お前の価値観をオレに押し付けるな」
そう言って、彼はオレの手を振り払うと、今度こそ振り返ることなく、オレを置いてどこかへと去っていった。
これが、オレと彼――ルイス=クリフェードの初対面。感想としては『最悪』の一言に尽きる出会いだった。
ちなみに、同年代はオレたち二人だけということもあって、割り当てられた部屋が同室とわかったときの気まずさと言ったらなかった。もう一人の当事者はどこ吹く風とばかりにさっさと寝仕度をして、勝手に右側のベッドを占領して眠ってしまったけどね。
別にベッドはどっちでも構わなかったものの、コミュニケーションというものが皆無過ぎる彼に、正直頭を抱えたい気持ちになりながら、もう片方のベッドに潜ったのだった。
***
案の定というかなんというか、ルイスはオレだけではなく、他の見習い騎士ともろくな交流を図ろうとしなかった。最初はその剣の腕に、いろんなヤツが話しかけに行ったものの、何を言ってもばっさり切って捨てられ、いつしか彼に声をかける見習いは居なくなっていた。……オレを除いて。
オレは同室だし、何より自分の目的のために話をしないという選択肢はなかった。ただそれだけだった。
それでも、全然相手にはされなくて、つきまとうような感じでアイツに絡みに行った。半ば自棄になってたんだとは思う。
入団して三ヶ月が過ぎる頃、珍しく一人の男が途中入団してきた。オレたちよりも遥かに年上らしい彼は、何を見据えているのか、とても勤勉な人だった。剣を持ったのは初めてらしく、戦闘訓練は全くなってなかったけど、座学も訓練も誰より遅くまで熱心にやっていた。
彼はルイスとは対照的に、年齢差など気にした様子もなく、周りとも打ち解けていった。そうこうしているうちに、ルイスが見習いの中で一番剣の扱いに長けていると知ったらしい。オレとルイスが自主訓練――もといオレがルイスの訓練に押しかけて鬱憤晴らしも兼ねて模擬戦――をしていたところへ彼、ライル=フローレスはやってきた。
「君がルイスかな?」
「オレはリック=ディオスだよ。ルイスはそっちの無愛想な方」
普通は無愛想なんて言われたら怒りそうなものだけど、ルイスが意に介した様子は相変わらずない。むしろ、涼しいを通り越し冷たい態度に、こっちが少しムッとしたくらい変化がなかった。そんなルイスを見て、年上のその人はどこか切なげな表情で口を開いた。
「そうか、君が……。君のことは父親から話は聞いている」
その言葉に、普段反応を示さないルイスが、珍しく驚き振り返る。唖然とした様子で口を開けた彼など、初めて見たかもしれない。そんな彼は次いで、敵対心をむき出しにライルさんを睨み付けた。だけどそこは年長者としての余裕なのか、彼は苦笑して言った。
「安心しろ。別に吹聴する気はない。ただ、剣の腕が立つと聞いてるし、よろしく頼まれてるから、私とも仲良くしてくれたら助かる」
「オレは誰とも仲良くする気はない」
「え……?」
ライルさんの瑠璃色の目が戸惑い、オレを見る。
「そいつはただの同室者で、つるんでるわけじゃない。むしろ、付きまとわれて迷惑してる」
「お前、オレが誰のために……!」
「誰も頼んでない」
確かにルイスが頼んだわけじゃない。それでも、当の本人に拒絶されるのは正直今までで一番堪えた。
「オレだって好きでやってるわけじゃない!」
「あ、リック!」
背後から慌てた様子のライルさんの声が聞こえたけど、オレは振り返らずに駆けた。駆ける寸前、驚いた様子のエメラルドが見えた気がした。
そうして当てもなく駆けたオレは、神殿を囲む森の中で迷子になった。方向を確かめようにも、日はとうに沈んでるし新月で月もない。その上、曇っていて星すら見えない。さらには、雨の気配までする始末だ。
明かりが見えないかとも思ったけど、木々に遮られて全然見えない。そうしているうちに、ポツリポツリと雨が降りだして、それはあっという間に土砂降りになった。
手近な巨木の下に逃げ込み、雨宿りをするも、すでに靴の中までぐしょぐしょだ。
「最悪……」
思わず口から悪態が洩れる。自分の生かされた理由から逃げて、挙げ句に森で迷子。同室者以外の人間は、明日の訓練でオレがいないことに初めて気付くだろう。つまり、最低でも明日まで助けはない。アイツがくるとも思えないし。これを最悪と言わずして何と言うのか。
こんな雨の日は憂鬱で、嫌なことしか思い出さないから嫌いだ。
――ただの夢の話だろう、忘れなさい。
――どうしてそんな怖いことを言うの。
――なんで忘却水を飲ませたのに……。
そんな何度となく言われた言葉が脳裏を過る。
「オレだって、好きでこんな生き方してるわけじゃないのに……。なんでオレなんだよ」
膝を抱えて踞れば、久方ぶりに視界が滲む。そんな中、パシャンと水を蹴る音と共に響く声があった。
「なら、好きに生きればいいだろ」
雨音の中に、突然増えたその声に驚き顔をあげれば、そこにはランプを持ったルイスがいた。表情は変わらないものの、肩で息をしているところを見ると、追いかけてきたらしい。その上、オレ以上にずぶ濡れだった。
二の句が告げずにいると、ルイスは隣にやってきて、オレを見下ろして言った。
「無理矢理笑顔を貼り付けてまで、オレの傍にいる必要がどこにある」
「だから、月神さまがっ……!」
「月神だろうが、誰が何と言おうがお前の人生だろ」
その言葉に思わず固まる。そんなことは初めて言われた。
「どういう風の吹き回し……?」
「あいつが、追いかけてちゃんと話をしろと煩いから来た。ただそれだけだ」
そう言うと、彼はオレに背を向けて隣に座り、雨水を拭いながらポツリと呟いた。
「オレは自分の復讐のために騎士団に入った。誰かを守るためじゃない。そんなオレの傍に居たところで、いいことなんかない」
「え……?」
彼が自分のことを語るのはそれが初めてだった。そもそも、ルイスの方から声をかけられたのだって、さっきが初めてだ。オレが寝坊しても、一切声をかけないようなヤツだし。
だから、唐突な彼の話に何と返せばいいかわからず、沈黙していたのだけど、彼は淡々と続けた。
「オレは両親を殺した人間を捕まえるためにここにいる」
「え……だって、お前、父親いるんじゃ……?」
「直接の血のつながりはない」
生まれたときから持っていた記憶だけではわからなかった事実に、思わず言葉を失う。そんなオレにルイスはさらに続けて言った。
「法的に死刑にできないなら、自分の手で殺すためにオレは騎士になろうとしてる。そんなヤツの傍にいたら、お前も同類と思われるし、いいことなんかない」
「お前、だから一人で居たがるの?」
「この道を選んだときに、一人でやると決めた」
「……誰も反対しなかったの?」
オレが騎士団に入るのを両親は止めなかった。むしろ、ホッとしていたようにすら思う。いや、生まれたばかりの妹のことで頭がいっぱいで、オレのことなんか忘れてたんだろうけど……。でも、たぶんルイスの場合は違うはずだった。
「反対はされた。でも、もう悔いることはしたくない」
「そう……。なら、オレのことも放っておけばよかったじゃん」
「オレは別に、復讐相手以外の誰かを傷付けたいわけじゃない」
「は……?」
思わぬ返事にすっとんきょうな声が出る。傷付けたいわけじゃないのが、オレを放っておかなかった理由。つまり……。
「お前、罪悪感なんて感じてたの?」
「……ついさっきお前の顔を見るまでは全く」
「だよね。そーだよねー。罪悪感なんか感じてたらあんな塩対応しないよねー」
棒読みで思わず本音が口をついて出たけど、そこではたと止まった。ついさっき、オレはどんな顔をしてたんだろう。
「オレ、どんな顔してた……?」
「……泣きそうな顔」
「うっわ……」
よりにもよって、それをコイツに見られたのか。今まで怒りたいのを我慢して笑顔の仮面で接してきたのが、全部ぱあだ。思わず顔を覆ったオレに、ルイスは相変わらずの無表情で淡々と言った。
「胡散臭い笑顔より、よっぽど心が見えた気がした」
「胡散臭いって……。お前、言い方……」
「笑顔以外の表情見せないとか、胡散臭い以外の何者でもない」
「鉄面皮なお前にだけは言われたくない」
どうせ本音も聞かれたあとだ。仮面を被ってもしょうがない。そう開き直ってありのままをぶつけた。
「人が何やっても表情一つ変えないし、礼も言わないし、そんなヤツよりよっぽどマシだと思うけど?」
「だろうな。それでもオレは、今のお前の方が自然でいいと思う」
「なん……だよ、それ……」
オレが笑ってるのは処世術だ。笑ってたら無用なトラブルもない。傷付かずに済む。そうして身につけた処世術じゃなく、こんな弱くて不満だらけのオレの方がいい?
「バッッッカじゃないの?」
「誰がバカ、だ……」
息を呑む声が聞こえたけど、視界は歪みまくってて、ルイスがどんな顔をしてるのかよく見えなかった。だけど。
「そんな泣くくらいなら、普段から我慢なんかするな、バカ」
傍に来たわけじゃない。肩を貸すでもない。ただオレが変わっても、本心をさらしても、変わらずそこにいるだけ。彼がしたのはそれだけだ。
だけど、そのときのオレには、それがどうしようもなく、嬉しかったんだ。
***
それから間もなく雨も上がり、二人で見習い寮に戻れば、ライルさんと一人の騎士が帰りを待ってた。
「お帰り、二人とも」
そう暖かく出迎えてくれたのはライルさん。隣に立つ騎士……いや、入団した際に、壇上で挨拶をしていた一番偉いその人は、容赦なくルイスとオレの頭に拳骨を落とした。
「このバカども! 子供二人が、慣れない森へ暗くなってから入るんじゃない!」
ジンジン痛む頭を押さえ、ポカンと騎士を見上げる。怒っているけど、嫌悪とかそういうのとはまた違う、初めて受けたそれにどう反応したらいいのかわからなかった。そんな中、ルイスが不服そうに口を開いた。
「オレのせいじゃ……」
「他の大人を呼ばずに入った時点で同罪だ。全く……ライルもライルだ。なんでついて行かなかったんだ?」
ルイスを言い訳をバッサリ切って捨てたあと、赤い瞳がライルさんを責めるように睨む。でも、それはどこか呆れてるようにも見えた。
「子供の喧嘩に大人が入っても邪魔になるかと思ったんだが、まさか森の奥まで行った上に雨まで降るとは思わなくて、な。様子を見てたのが裏目に出た。すまない」
そう言って、ライルさんがオレたちを見る。
「仲直りはできたんだな?」
「別に直すような仲じゃない。濡れた服を着替えたいから、オレは部屋に戻る」
「って、おい待てこら。話はまだ……!」
すたすたと奥へ歩き出すルイスを追って、彼――騎士団長もまた一緒にいなくなった。いや、この場合、騎士団長というべきではないか。彼の父として、なのだろうから。
「直すような仲じゃない、か……」
少し近付けた、と思ったのは、感傷的になってたオレの勘違いだったのかなと、少しだけもの寂しかった。普段の塩対応よりも、何故かそれはズキッと心が痛んだ。そんなオレにライルさんが言った。
「お前が飛び出したあと、ルイスかなり動揺して狼狽えてたんだ」
「狼狽……えっ!? アイツが?」
別段変わった様子もなかった……いや、走って追いかけてきたこと自体がまさかの過ぎたけれど。狼狽えるアイツの顔が、全く想像つかなかった。
「根は優しい子、なんだそうだ。悪戯好きで我儘な、どこにでもいる至って普通の」
「……想像つかない」
「オレも正直想像が全くつかない。それでも、以前はそうだったんだそうだ」
両親が殺されたと彼は言っていた。一体、どんなことがあったらそこまで変わるんだろう。復讐するために一人でいることを選んだと言いながら、オレを切り捨てておけなかったらしい彼は、今何を思ってるんだろう。
無表情を崩さずに廊下の角に消える茶色い頭の後ろ姿を見送る。
「きっと大人だけじゃアイツの傷は塞げない。痛みを和らげてやれてもそれだけだ。同じ目線で考えられる同世代の存在も必要だと私は思う。お前みたいな、ね」
そう言って、頭をくしゃりと撫でられた。誰かに頭を撫でられたのはいつぶりだろう。何気に子供扱いされてる気もしたけど、その温もりにホッとした。
それと同時に、アイツも自分に向けられているこれに気付けたら違うんじゃないか、なんて思った。言って聞くようなヤツじゃないから、感じ取るまで何度でも。そんなオレにライルさんは言った。
「とはいえ、お前だって本来はまだ庇護される年齢の子供なんだから、大人に甘えてもいいんだからな?」
「そういうのは、せめてオレたちから模擬戦で一本取ってからにしてよ」
そう言って笑えば、ライルさんは一瞬呆けたあと『生意気だが悪くない』と笑った。
猫の皮を被れば無用なトラブルはない。だけど、被ってばかりじゃ得られないものもあるんだって、この日オレは初めて知った。
***
それから約一月が経つ頃のこと。オレはルイスと二人で、石造りの廊下を駆ける。後ろから『危ないから走るな!』っていう怒声や、なんだかこそばゆく感じる視線を感じつつ、隣のルイスに言った。
「ちょっとルイス! お前、なんで起こしてくれなかったんだよ! 頼んだじゃん!」
「知らない。一度は言われたとおり声をかけた。起きなかったお前が悪いんだろ」
あれから、何だかんだでルイスがオレを無視することはなくなった。塩対応は相変わらずだけど、少しだけ角が取れた気はする。
今だって、本当は先に余裕持って行けたはずなのに、遅刻寸前の時間までオレを待ってたらしく、隣を一緒に走ってる有様だ。もしかしたら、本当に間に合わないと踏んだら、実力行使でも起こしてくれたのかもしれない。……ルイスの実力行使がどんなものかを想像するのは、正直ちょっと不安だけど。
オレはと言えば、笑うのはもはや癖で抜けないけど、言いたいことは言うようになった。それで言い合いになることもあるけど、別にそれも悪くないと今なら思える。
そして、それを図らずも教えてくれたルイスやライルさんを、オレのできる範囲で守ろうと、漸く心から思えるようになった。
できることならば、もう一人の守るべきかの人も、オレが心から守り助けたいと、そう思える人であったらいいなと……、ルイスと二人で駆けながらそんなことを思ったのだった。
そんな彼女と予期せず出会うのは、約五年後。運命を知っていたところで、予定調和なものなんて何一つないのだと知ることになるのだけど、それはまた別の話――。




