メイクイーンと秘めた想い
※ 時間軸としては、本編開始の約2ヶ月前になります。
本編59話までのネタバレが含まれています。
準主人公の一人称にてお送りいたします。
桜の花が散って、すっかり葉桜になり、その木から落ちる毛虫に悩まされる季節。気温としては非常に過ごしやすい。今日のような雲一つない晴れの日は、訓練場で汗を流して、そのまま木陰で寝転んで休めたらどんなによかっただろう。そんなとりとめもないことを考えていた。
「こんなところでぼんやりしてないで訓練したい」
「え?」
まるで内心を見透かしたかのような言葉に、こっそり隣を振り返れば、碧い瞳と目があう。どうやら聞き間違えでもない上に、向けられたのはオレだったらしい。金髪の上半分を束ねた、少し軽そうに見えるその男――リックは僅かにニヤリと笑って言った。
「そういう顔してたから代弁してみたんだけど、図星?」
「人の内心を読むな」
「だったら、表面上だけでも取り繕っておきなよ。ほら、団長だってこっちを呆れ顔で見てるし」
その言葉に、メインの舞台となるその脇に並ぶお偉方を見れば、確かに真紅の瞳がこちらを向いていた。呆れ半分、窘め半分といった様子のその目は、合うなり逸らされた。『しゃんとしろ』と言いたげに見えたそれは、たぶん間違いではないだろう。
視線を団長からずらせば、そこではちょうど新しい月が始まる今日、通例行事の一つが行われている真っ最中だ。何でも月神と春を司る女神に祈りと舞を奉納することで豊穣を願うもの、らしい。
数人の巫女や神官が紡ぐ祈りの歌声に合わせ、他の神職者たちが舞い踊る。辺りには、彼らの手足につけられた鈴の澄んだ音が響き渡る。国王の代理として座る王弟公爵を始めとする貴族たちが、それを優雅に座って眺め、オレたち騎士は警備として外周に待機しているのが現状だ。
祈りの歌声の中心は、凝った模様が彫り込まれた木製のポールの前に立つ一人の女子。ミントグリーンのドレスに身を包み、花冠や薔薇で着飾った海のような青い髪の巫女だ。
数名の神職者たちと祈りの詩を紡ぐ彼女を、何となしに見つめていたら、リックがしみじみとした様子で言った。
「こうして見ると、やっぱり月巫女さまなんだなぁって思うよね」
「今更何を言ってるんだ。最初からそうだろ」
五年前に初めて会ったときから、彼女――リオン=レスターシャは月巫女だった。
月が最も大きく輝く日、この国を守護する月神の寵愛を受けて生まれたとされる女子。座学で学んだことを真実とするなら、強力な祈りの力を持っているらしい。祈りの力とやらがどれほどのものか、正直オレはよくわからないし、眉唾物じゃないかと思ってるが。
だが、歴代の月巫女がいたとされる期間、国のありとあらゆる厄災がなかったという記録があるのも事実だ。それが偶然の産物なのか、本当に月巫女の力なのかは知らないし、確認のしようもない。
それでも、それは月巫女の功績と称えられ今日に至り、月巫女の力を持つ人間の地位は極めて高い。それこそ、この国を治める国王と肩を並べるほどに、だ。
そんな雲の上の存在とも言うべき人間と、一応副隊長とは言え、一騎士に過ぎないオレに接点なんぞできるはずがない。……本来ならば。
「初めて会ったときはどうなることかと思ったけど、この数年でだいぶ普通に笑えるようになったよね」
「……そうだな」
「お前ももうちょっと見習ったら?」
「余計なお世話だ」
初めて会った五年前は、リックに言わせれば『ルイス以上に感情出すの下手な子がいるとは』というほどに表情はなかった。というか、人と関わることに関して慣れてない。それが巫女さまに対する第一印象だった。
だが、祈りの詩を紡ぎ終えた彼女は、参列している王弟殿下――レスターシャ公爵に祝福として、傍にいる巫女が持つ籠の花を、満面の笑顔で手渡している。その笑顔はごく自然なものに見えたし、実際のところそうなんだろう。彼は形式上とはいえ、彼女の養父でもあるのだから。
最初の頃の彼女は、無表情かつ無言でジッと見つめてくることが多くて、正直落ち着かなかった。口を開いても端的過ぎて通訳が必要なほどに、反応は薄かった。その通訳者は、今籠を持って巫女さまと一緒に貴族たちのテーブルを回っている。
花籠を持った黒髪の巫女――エマは色とりどりの花を、彼女の主でもある巫女さまに渡す。花と引き替えに貴族から献上されたものを、巫女さまを介して受け取っては左の籠へ収めていく。こちらも笑顔だが、控えめなそれは自然なものというよりも、立場に合わせて被る仮面のようだった。
そんな二人の巫女の動きに合わせるように動く一人の栗毛の騎士の姿が目に止まる。巫女さまと同じ瑠璃色の瞳は、基本彼女から外れない。それでも周囲にいる貴族たちにぶつからずに移動する様は、さすが護衛騎士といった感じだった。
「今回で五回目とは言え、ライルさんも大変だよね。神事だからすぐ傍には控えられない、でも護衛は完璧にって……」
「まぁな。オレが刺客なら長距離で弓を射かけるくらいはするだろうし」
「……お前なぁ……」
リックが半眼でオレを振り返りながら、小さくため息をつく。
「なんだよ。お前だって、敵なら同じ事考えるだろ?」
「そりゃそうだけど。口にするにしても時と場所くらい考えてよ。今、ここに神殿の人間も影響を及ぼす貴族も大勢いるんだからさ」
「気配くらいはちゃんと読んでる」
「それでも、だよ。万が一、巫女さまの耳に入りでもしたら、泣いちゃうよ?」
リックの言葉に、思わず呻き声が漏れた。それは確かに想像がついた。笑うようになって以来、泣くのも増え、今じゃ怒ることすらある。数年前まで無表情だったのが嘘のように、コロコロ表情が変わるのが今の彼女だ。だからこそ、その反応もある程度想像がついた。
――ルイス、私のこと嫌い?
ものすごく悲しそうな顔で、ど直球な言葉が飛んできそうな気がする。彼女のその顔を想像すると、胸が痛むし、苦しい。だからそれは避けたい。
「ね。だから、滅多なことは言わない方がいいって」
「……わかった」
「ホント、お前って巫女さまのことになると、存外素直だよねぇ」
「別に。泣かれると面倒なだけだ」
「ふーん……」
そう言って、リックは訳知り顔でニヤニヤ笑みを浮かべる。それが何を意味するのかは正直意味も理由も不明だし、知りたいとも思わない。けど、とにかく居心地悪いのだけは確かで、無理矢理視線を巫女さまの方へ向け、意識の外に追いやった。
すると、彼女はすでに貴族たちの元を回り終えたようで、ポールの根元へと戻っていた。そして、優雅にお辞儀をすると、彼女はメイポールと呼ばれる木の柱を抱きかかえるように立った。
それと同時に今度は楽器を使った、軽快な音楽が奏でられる。演奏に合わせ、鈴の音共に巫女と神官たちが、ポールの天辺から垂れ下がる何本もの長いリボンを手に取り、彼女を中心に円形に広がる。そうしてくるくると周りながら、春の女神へ捧げるメイポールダンス、というものが始まった。
周囲で巫女たちが踊る中、巫女さまはと言えば、ポールを抱えたまま、体毎ぐるりと来賓たちを振り返り笑顔を見せていた。来賓を一周ぐるりと見回すため、当然、オレがいる方にもそれは向けられたんだが……。
こちらを向いた瞬間、瑠璃色の瞳と目があった気がした。そして、とても楽しげに、かつ嬉しそうに微笑みかけられた、ような気がする。大勢いる貴族たちのさらに外側にいるオレに気付くとは正直思えないし、きっと気のせいだと思うが。でも、遠目に見てもその笑顔はとても綺麗で眩しかった。
それは近くで何度も見たはずの笑顔だ。そう、近くで何度も見た。それでも、こういう場に居合わせると、嫌でも実感する。
「いくら知ってる間柄とは言え、遠いな……」
ついて出た自分の言葉に、胸が締め付けられるように苦しくなった。
――ある人を笑顔にするために手伝ってほしい。
団長にそう言われて、リックと二人で引き会わされたのが巫女さまだ。以来、紆余曲折はあったものの、年の近い話し相手として接してはきた。
だが『笑顔に』という当初の目的は、とうに達せられている。会う回数も以前に比べればだいぶ減った。そんな中で、オレはあと何回、彼女にあの場所でライルさんやリック、エマと一緒に会うことが叶うのだろう。
そう考えた自分に少し呆れかえる。最初は『なんで年下の子供の相手なんかしないといけないんだ』と、反発すらしていたはずなのに。いつの間にか、次に会える日を楽しみにしている自分がいた。直接会えなくなるその日が来るのを、厭う気持ちと共に。
拒否することはおろか、望む資格も地位も、端からオレにはないのに滑稽だと思う。そんなオレの気持ちを知ってか知らでか、リックは静かな口調で言った。
「まぁ、オレたちが個人的に巫女さまと付き合いあるっていう状況は、異例中の異例だしね。神官長さまとかにバレたらどうなることやらわかったものじゃないし」
「そう、だな……」
本来、オレと彼女の距離は、これだけある。騎士になって国に貢献してきた結果、男爵の爵位は賜ったが、辛うじて貴族の末席に引っかかるだけだ。それに対して向こうは、元から王族と肩を並べる上に公爵令嬢。そんな相手と気軽に話せる状況の方が異常な話だ。
それでも、その異常があったからこそ、今のオレはいる。
心が折れそうだったとき、巫女さまが居なかったら、オレはどうしていたんだろう。正直あまり良い想像はつかない。ただ言えるのは、彼女の言葉と想いがあったから、まだ騎士として立っていられる。それだけだ。
それ以来、オレにとって彼女は、よくわからないお嬢様ではなく、何があっても守り抜きたい人になった。騎士としても、オレ個人の気持ちとしても。できたら、ライルさんのように護衛騎士として、傍で守れたらと思う。
まぁ、護衛騎士は一人が原則で、何かの際は団長が代理を務める。だから、ライルさんによほどの何かがない限りは、オレにその役目が回ってくることはまずないんだが。そして、彼はそう滅多なことで失敗するような人でもないし、そんなのはオレの望むところじゃない。
だから、もしも願うことが許されるのなら、願いはただ一つ。少しでも長く巫女さまの――リオンの傍で、彼女を見ていたい。それだけだ。
誰かに執着する気持ち。これが何なのか、うっすらとは理解している。口には出せない。出しても叶わない。そういう類いのものだ。
騎士団の連中が、恋だなんだと一喜一憂する姿を見て、バカバカしいと思っていた。でも、今はああして口に出せるのが羨ましく思えるのだから、不思議なものだ。
そんな取り留めもない、考えても仕方ないことをぐるぐる考えているうちに、メイポールが編みこまれたリボンで綺麗に装飾されていた。それを前に神へ祈りを捧げ、儀式は幕を閉じた。
***
それから数日後。オレは聖湖の畔にある東屋にいた。目の前には大きなバスケットがあり、そこから菓子やお茶の入った水筒、カップなどを取り出し、エマがテーブルへと並べていく。そんな様をぼんやりと眺めていたときだった。
「ねぇ、ルイス。私のメイクイーンどうだった?」
そう問いかけたのは、いつもの巫女装束姿で隣に座っている巫女さまだ。やや身を乗り出し気味に問われて、思わず腰が引ける。
「どうって……よかったんじゃないか?」
「ルイス、目が泳いでるよ」
目が泳いでるんじゃなくて、目を合わせられないだけなんだが。なんだってこう、距離感がないというか、近いのだろうか、彼女は。人の気も知らないで、口を尖らせて不満げにされても困る。
「別に嘘は言ってない」
「じゃあ、目を見て言って」
「……よかった、と思う」
今度は逸らしたい衝動を抑えて、真っ直ぐ彼女の目を見つめる。なかなか不満顔が崩れず、顔に熱が集まり始めそうになったところで、やっと彼女の顔が綻んだ。
「そっか、よかった」
ふわりと綻んだその顔は、あの日見たものと同じ。いや、近さが違う分、より一層綺麗に見えて、勝手に心拍数が早くなる。どんなに自制を試みても、心と言うものは本当にままならない。その笑顔の意味が、オレと同じならどんなによかっただろう。
だが、それはオレの勝手な妄想で幻想でしかない。仮に同じだったとしても、騎士は巫女を穢れから守るためにいる。処女に由来する力は、その喪失と共に失われる、らしい。そして、彼女のその力は国が必要とするものだ。
結ばれることが許されるものじゃない。だから、この想いを彼女に伝えることは、この先もきっとない。あってはいけない。
だというのに、それとは裏腹に膨らみ続けるこの想いは、一体どうしたらいいんだろう。
「ルイス?」
「え? ああ、なんだ?」
思考に耽っていたら名前を呼ばれた。が、返事をしたオレに対し、彼女は半眼で不満げな様子で問いかけた。
「なんだ、じゃないよ。五月祭のときみたいに心あらずでどうしたの?」
「いや、考え事を少し……って、なんで、知ってるんだ?」
一瞬、リックが何か喋ったのかとも思ったが、チラッと見れば、首を左右に振られたからたぶん違う。そもそも、彼女の言葉はどちらかと言えば、伝聞ではなく……。
「だって見えたもん」
「見えたって……。いや、距離もあったし、人も多かっただろ」
「ルイスの色は遠くたってわかるよ。後半はちゃんと見てくれてて、嬉しかったんだから」
そう言って彼女は、本当に嬉しそうに微笑んだ。彼女の言葉に特別な想いなんてない。あっても、数少ない気安い相手だから、その程度だろう。
その言葉がどれだけオレの心を締め付け、その反面嬉しくさせるか。抱いてはいけない想いを、どれだけオレが募らせているか。彼女はきっと想像すらしてないんだろう。
彼女を抱き締めたい。好きだと伝えたい。
抑えなければいけない感情と葛藤していたら、彼女は続けて言った。
「今度はちゃんと最初から見ててね? それだけで私頑張れるから」
諦めなくてはいけないのに、そんなことを言われてしまえば、期待してしまう。もしかしたら巫女さまも……なんて。あり得ない。あり得るはずがない。
彼女の言葉に乱されまくりのオレが何とか返せたのは、そっけない『ああ』という返事だけだ。我ながら情けない反面、素直な感情表現が苦手でよかった、なんて思った。
そんなオレに彼女はやや不満げだったが、お茶の支度が整えば、コロッと忘れたように、エマのお菓子に魅了されたのだった。
菓子に負けたのがややあれだが、春風が吹く中、オレはホッと息をついたのだった。
それは、人生二度目となる忘却水でオレが彼女との思い出も想いも全て忘れ。月巫女の護衛騎士として、彼女と初めましてからもう一度始めることになる、僅か二ヶ月前のことだった。
補足になりますが、本編で準主人公がなかなか自身の想いに気付かなかったのは、①本来惹かれたきっかけを覚えていなかったこと、②伝えてはいけないものだという意識が認めるのを拒んだ、という2点によるものだったりします。
①に関しては、過去SSとして載せていくつもりですので、お付き合いいただけましたら幸いです。




