羽根つきに込められた想い
※ この話の時間軸は、本編の17話-18話の間の期間、
かつ、番外編『初めてのクリスマス』後に相当します。
冬日和の中、赤や金の飾りがキラキラと輝く石廊を、二人の巫女を先導するように歩くのはルイスだ。後ろをしずしずと歩く巫女達に合わせるように、彼の足取りは非常にゆったりとしたものだった。
そうして、いつもより時間をかけて辿り着いたのは、彼らが通い慣れた部屋。扉の前に立てば、僅かに訝しげな表情を見せつつ、彼はその扉を押し開いた。
「わぁ!」
「これは……、なんだ?」
中に入るや否や、驚き楽しげに声をあげたのはリオン。彼女とは対照的な反応を示したのは、胡乱げな表情を浮かべたルイスだ。二人と共に部屋に入ったエマはと言えば、下ろしていた黒髪をササッと結い上げると、緋袴を股立ちして白衣の袖をたすき掛けた。
そんな彼らの目の前にあるのは、ワゴンに所狭しと乗せられた大皿料理の数々。ワゴンを運んできた騎士――リックは、目をキラキラさせた主に笑いかけたあと、ルイスを振り返り答えた。
「何って、今日は元日なんだから、当然新年を祝うご飯だよ」
「新年の祝い……」
彼の返答に、ルイスはチラリとリオンを振り返る。エマと楽しげに話しているのを見たあと、リックの隣に移動すると、彼は小声で問いかけた。
「思いっきり騎士団の祝い飯そのままっぽいが、大丈夫なのか?」
「エマにも事前に確認は取ったし、平気平気」
その言葉にルイスがエマを振り返れば、琥珀色の瞳と視線がかち合う。彼の言わんとすることを理解しているかのように、彼女は笑みを浮かべて小さく頷いた。それに対し、不思議そうに首を傾げたのはリオンだ。
「ルイスもエマもどうしたの?」
「何でもないわ。とりあえず、リオンは向こうで一旦着替えましょ。その格好じゃご飯食べられないし、汚すわけにはいかないもの」
現在、リオンが身に纏っているのは、白衣に千早と緋袴、それに煌びやかな天冠。衣装も天冠を飾る布にも、月をモチーフとした刺繍が施されている。そんな普段と異なる巫女装束の裾は長く、千早も袴も床を引きずるほどだ。
そのため、所作を制限されているリオンは、一も二もなく頷き返す。そんな彼女の介添えをしながら、エマは間仕切りカーテンの奥へと二人で向かう。彼女の鼻歌と共にカーテンが閉まれば、そこに残されたのは騎士二人のみ。
しばし無言でベルベットのカーテンを見つめた後、ポツリとルイスが呟いた。
「エマ、かなり楽しげだった気がするのはオレの気のせいか?」
「いや、間違いなく楽しそうだったと思うよ」
「ってことは、着せ替え人形決定か」
「だね」
「長くなりそうだな」
ルイスの口から呆れ混じりのため息が小さく零れ落ちる。そんな彼の隣で、ハーフアップにした金髪を揺らしながら、リックは笑みを浮かべて言った。
「まぁ、オレの方も準備まだまだこれからだし。リオンの着替えが終わるまで、お前も手伝ってよ」
「……クリスマス同様、これ、オレたちの新年最初の食事も兼ねてるんだな?」
返ってきたのは、肯定を示さんばかりの笑顔だ。にっこり微笑む彼を見れば、ルイスは肩を落としながら再度息を吐き出し、諦めたように問いかけた。
「何をすればいい?」
「盛り付けはオレがするから、運ぶの手伝ってくれる? お前、その格好だといつものようにはいかないだろうし」
「確かにな」
そう言ったルイスの格好は、軍服のリックとは異なり、藍鉄色の着物と羽織に灰青色の袴、そして雪駄という出で立ちだ。普段、剣帯で下げている剣は、帯に差してある。
そんな格好の彼は、片腕を上げて見せながら言った。
「新年の神事だからと、リオンの衣装に合わせるのはともかく。いくら昔の騎士の正装とは言え、勝手が違うのはなかなか慣れないな」
「まぁ、護衛騎士は例年そうらしいし仕方ないんじゃない? 服の色が違う神官だと思ってたのが、まさか護衛騎士だったとは思ってもみなかったけど」
「全くだ。たすきがけ……だったか? 紐で袖を纏めれば動きやすくはなるが、さっさと着替えたいところだな」
ため息をつく彼に、リックは皿を手に取りながら言った。
「今日一日頑張れ、隊長」
「来年はそんな他人事のようなこと言わせないからな。覚悟しておけよ」
「そうなるのを楽しみにしてるよ」
作業をしながら笑って返すリックに、ルイスはやや不満げな顔を浮かべる。だが、碧眼に嫌味の色は一切なく、むしろ切実さが滲む彼の笑顔に、ルイスは訝しげにしつつも、諦めたように一つ息をつく。そうして、頭を切り替えた彼は、白い紐を懐から取り出し、慣れない手付きでたすき掛けをしたのだった。
それから約半刻後。金箔や小菊、菊の葉などで綺麗に盛り付けられた品々が、テーブルとワゴンに並ぶ。黒い盆に乗せられた朱塗りの銚子と盃もある。
手持ち無沙汰な様子で窓の外を眺める男二人の耳に、遠くでケーンと鳴く鶴の声が窓越しに届く。それと同時に、背後でカーテンを引く音が彼らの耳朶を打った。その音に、待ちくたびれたと言わんばかりの表情で、ルイスは振り返り口を開く。
「やっと着替え終わっ、た……」
彼の問いかけは不自然に途切れ、ピタリと彼の身体がその動きを止める。それに対し、姿を見せたリオンが首を傾げれば、彼の肩越しにひょいっと覗いたリックが言った。
「お、華やかな感じで可愛いね」
騎士たちの前に立つ彼女の格好は、水色地に赤い花柄の大振袖姿だ。淡い黄色みがかった帯には桜が散りばめられている。緩い弧を描く髪は、低い位置で結い上げられ、椿の花や牡丹飾りで飾られていた。
そんな彼女が口を開く前に、古風な柄の小振袖に身を包んだエマが、得意げな顔で胸を張って返す。
「でしょう? せっかくの新年だから、いつもより気合い入れてみたのよ」
「ちなみに、リオンの髪って真っ直ぐなのに、どうやってこれウェーブかけてるの?」
「それは乙女の秘密です」
そう言ってエマは人さし指を立てて、意味深な笑みを浮かべる。そんな会話をする二人の横で、ルイスは僅かに視線を逸らしながら言った。
「まぁ、似合ってるんじゃないか?」
「ありがと」
素直ではない彼の賛辞に、リオンは嬉しげに頬を染めて微笑む。言った本人はと言えば、仏頂面で頬を朱色に染める。そんな二人の様子に、エマとリックは何とも言えない顔で見合い、苦笑いを浮かべたのだった。
そんなこんなで四人がテーブルにつくと、エマに促されたリオンが、小さな咳払いと共に言った。
「明けましておめでとう、今年もよろしくお願いします」
彼女の新年の挨拶を皮切りに、ルイスたちも口々に新年の定型文を口にする。
挨拶が済めば、その場にいる四人の中で一番年下のリオンが、ルイスの酌で盃に注がれたお屠蘇に口をつける。飲み終えれば、今度は彼女自身が手ずからエマへと同じものを注ぐ。それと同様にエマからリックへ。最後にリックからルイスにお屠蘇が振る舞われ、彼が飲み干すと、ようやく四人は遅い朝食兼お節料理に手を伸ばした。
肉料理など大地の恵みを中心に、いくつか加熱した海の幸も混ざる色とりどりのお節に各々が舌鼓を打つ。そんな中、ふとリオンは手を止めて呟いた。
「それにしても、前から不思議だったんだけど。どうして新年のお祝いになると、必ずこの豆の料理があるんだろう?」
「言われてみれば、確かに。レンズ豆使った料理、こういうときには何かしらあるねぇ。エマは何か知ってる?」
豆料理を見て考え込んだリックが、真向かいに座るエマに問いかける。彼の問いに、彼女は考え込みながら口の中のものを飲み込むと、宙を見上げながら言った。
「縁起がいいから験を担いでる、とお母様から聞いたことがあるわ」
「どうして、レンズ豆は縁起がいいの?」
「そこまでは……」
リオンが重ねた問いに、苦笑いを浮かべエマは首を横に振る。謎が残り、三人が押し黙ったときだった。
「金貨に似た形と煮ると倍になる、その特性から幸福の象徴と言われてるらしい」
「え……?」
「聞いた話だから、真偽は定かじゃないけどな」
淡々と告げられたルイスの言葉に、その場にいた三人は一瞬ポカンとした様子で目を瞬かせる。彼らの視線がに気付いた彼が訝しげな顔を見せれば、リックは苦笑しながら口を開いた。
「お前にしては、ものすごく意外というか……。興味なさげな割に、よく知ってたね?」
「まぁ、こういう風習を大事にする家だったからな。聞いてるうちに覚えただけだ」
すまし顔で豆料理を口へ運ぶルイスに、リオンはやや身を乗り出し気味に問いかけた。
「ねぇ、他のも何か意味あったりするの?」
「そうだな……。例えば、今お前の皿に乗ってる栗と芋の和え物は、金銀財宝を表すもので、転じて一年が豊かになるように、とかあったな」
「じゃあ、これは?」
それを皮切りに、リオンによる質問攻めが始まる。昔からあるもの、海を渡って東の国から伝わったもの。彼が語る説明に、興味津々でリオンは耳を傾ける。それは、見るに見かねたエマが諫めるまで続いたのだった。
そんなこんなで食事を終え、食後のお茶を四人で楽しんでいたときのこと。ふとリックが口を開いた。
「そういえば、リオンとエマは羽根つきとかやらないの?」
「羽根つき?」
『何それ』と言わんばかりに首を傾げるリオンに対し、エマが考え込むように言った。
「そういえば、神殿に入ってからはやったことなかったかも。万が一、リオンが落としたときに墨塗るとか無理ありますし」
「墨を塗る?」
疑問符が飛び交う様が見て取れる彼女に、リックが返す。
「羽子板っていう板で羽の打ち合いをするんだけど、それで落とした方は顔に墨を塗られるんだよ」
「な、なんで……?」
「オレはそういうものとしか聞いてないからなぁ」
そんな彼の言葉を引き継ぐように続けたのは、リオンのティーカップに追加のお茶を注ぐエマだ。
「羽根つきは元々、子供の健康を願って長く突きあっていく神事なんだそうよ。だけど、いつかはどちらかが返し損じる時がくるでしょ?」
「うん」
「そのときに、打ち損じた方も一年間健康でありますようにって、祈りを込めて墨を塗るの。まぁ、一種の魔除けみたいなものね」
「へぇ……」
エマの返答を聞いた彼女は、顎に手を当てて思案顔で問いかけた。
「それって大人はやっちゃダメなの?」
「そんなことはない、と思うけど……」
「じゃあ、ルイス。羽根つきしよう!」
唐突に振られた言葉に、蚊帳の外でお茶を飲んでいたルイスは小さく咽せ込んだ。咳が治まれば、僅かに涙のにじんだ目に戸惑いを浮かべ、口元を拭いながら彼は彼女に問いかけた。
「いや、ちょっと待て。言い出したリックならともかく、なんでオレなんだ?」
「だって健康を願うなら、一番寝てなくて不健康そうなルイスかなって」
「失礼な。オレは健康そのものだぞ」
彼女の言に、ルイスはムッとした様子でふんぞり返る。だが、そんな彼に、エマはわざとらしく頬に手を添えて言った。
「感覚が麻痺してるだけじゃないかしら?」
「休みにも仕事しまくってるヤツの言うことだしねぇ」
「そこ、火に油を注ぐんじゃない」
従者仲間である二人の追撃に、彼は恨みがましげな目で睨む。しかし、そんな彼の視線に怯む様子もなく、二人はにこやかな笑みを返すばかりだ。不満げな様子の彼をジッと見つめ、リオンは眉尻を下げて言った。
「ね、やろ?」
「……落としたら墨塗られるんだが?」
「今日は挨拶回りとかもないし、元々神事だったなら、神官長様たちに見つかっても何とかなると思うの」
袖をまくり、拳を握って見せる彼女はやる気に満ちあふれている。そんな彼女の気迫と、残り二人のさらなる追撃に、ルイスはついに白旗をあげたのだった。
そうして、四人は人目につきにくい聖湖の畔に移動した。エマとリックは少し離れた場所に敷物を敷いて座り、リオンとルイスは各々たすき掛けをし、羽子板を手に相対した。
「じゃあ、いくよ?」
「いつでもいいぞ」
そんなやりとりの後、リオンは朱塗りの羽子板を構え、真剣な表情で無患子の羽を空へと放った。
「えいっ!」
「ほっ」
真っ直ぐ勢いよく飛んで来た羽を、危なげなく黒塗りの羽子板が打ち返す。返された羽は真っ直ぐリオンの方へと返っていき、彼女は気合いを入れて羽子板の振るう。
「やっ!」
「っとと……」
今度はやや右に逸れて飛んで来た羽を追いかけ、ルイスは打ち返しながら言った。
「おい、長く打ち合うものっ! ……って話、聞いてた、かっ?」
「聞いてた、よっ!」
「聞いてて、っと……なんでさっきから、全力なんだ、よっ!」
リオンからルイスに対する羽の返りは、勢いが良い。しかも、狙い澄ましたかのように、彼が構えているのとは逆の方向へ飛んで行くため、ルイスは左右に振られてばかりだ。
偶然かわからない彼女の羽子板捌きに、彼は僅かに舌を巻きながらも、正確に彼女の方へと羽を返して行く。勢いを削がれ、緩いカーブを描いて真っ直ぐ返って来る羽を、全力で打ち返しながら彼女は言った。
「魔除け、のっ! 墨の方が効果ありそうで、しょ!」
「落書きする気満々かっ!?」
「もちろ、んきゃっ!」
ルイスの返しに対し、一歩後ろに下がって打ち返した彼女の足が石に蹴躓き、その言葉に悲鳴が混ざる。
痛みを覚悟した彼女は、思わずギュッと目を閉じたものの、いつまで経っても衝撃は訪れない。固く冷たい地面の感触ではなく、背中を支える温もりに、彼女がそっと目を開ければ、そこには焦りと呆れを滲ませた翠緑玉があった。
「足元を疎かにし過ぎだ、全く」
「ご、ごめん」
普段に比べて近い位置にある彼の顔に、リオンは頬を染め、状況を確認するように視線をそらす。真上から覗き込む彼の後ろには空。少し首を持ち上げれば、傍には朱塗りの羽子板、彼が居た場所には黒の羽子板と羽が転がっていた。それを見て、彼女はようやく、ルイスが間一髪のところで彼女の背後に滑り込み抱き留めたことで、地面に身体を打ち付けずに済んだことを把握した。
身体を起こしつつ、もう一度謝罪の言葉を繰り返した彼女に、彼は真顔で問いかけた。
「足首、痛めたりしてないか?」
「……平気」
やや間を置いた返事に、ルイスは眉根をピクリと寄せる。そこへ、エマとリックが慌てて駆けつければ、彼は東屋を指しながら言った。
「少し向こうで手当てしてくる」
「了解。何か必要そうなものは?」
「え、平気だよ、捻ったとこがちょっと痛いだけで……あ」
慌てて口を塞ぐリオンだったが、発した言葉は還らない。それを聞いたリックは、合点のいった様子で神殿の方へと駆け出す。その一方で、エマは小さく息をついて言った。
「大人しく手当て受けてきなさい。そのあとでお茶にしましょ」
言い聞かせるように告げれば、彼女もまたお茶の準備のためにその場を離れた。そうして二人きりになれば、彼はリオンを横抱きにして抱えながら言った。
「お前は何でそう、変なとこで気を遣って隠そうとするんだ?」
「だって、楽しい雰囲気壊しちゃうかなって……」
「別に羽根つきだけが楽しむ全てじゃないんだ、気にするな」
彼の言葉に頷いたものの、それでも彼女の顔は沈んだままだ。ルイスのハンカチで応急処置を済ませてもなお、元気が戻らない彼女に、彼は懐からあるものを取り出した。
「ほら」
「え?」
彼が彼女に差し出したのは、筆と墨壺がついた真鍮製の矢立。戸惑った様子で、矢立とルイスの顔を交互に見る彼女に、彼は言った。
「落書き、するんだろ?」
「いいの?」
「理由はどうあれ、羽を落としたのがオレなのは事実だしな」
肩を小さく竦めて見せた彼に、リオンはしばし唖然した様子で固まる。しかし、言葉こそ嫌々ながらも笑みを浮かべる彼の様子に、彼女は差し出された矢立に手を伸ばす。そうして手にした筆で、彼女は彼の右頬にそっと×印を描いて言った。
「これからもずっと元気で私の傍にいてね」
「言われなくてもそのつもりだ」
そう言って、彼の手が青藍色の頭をそっと撫でれば、リオンはようやくその顔を綻ばせたのだった。
その後、氷嚢などを手にして戻ってきたリックと、お茶の用意を終えたエマが、顔の落書きを見るや、生暖かい笑顔でもってルイスを弄り倒したのは言うまでもない。




