神様の悪戯-おまけ-
※ 神様の悪戯-前後編-を未読の方はそちらからお読みくださいませ。
某キャラが帰って行ったその後、現代に残ってるキャラたちの話です。
ふと暖かな温もりに目を覚ませば、目の前に居たのは黒猫のコスプレをした年下の恋人だった。彼女の後ろに月が見える。その状況から、彼女に膝枕をされていることを把握した。
「莉、音……? ここは?」
あまり回らない頭で体を起こし見回せば、そこはどこかの公園のようだった。
「うちの近くの公園だよ」
「公園? なんでまた? それになんでこの衣装で……」
彼女の言葉にもだが、何より驚いたのは、ハロウィンのイベントで着る予定の衣装を着ていること。何故こんな暗い時間に、こんな格好でこの公園にいるのかが全くさっぱりわからない。時折見る前世の夢……にしては、やけに臨場感のある夢でハロウィンの仮装をさせられたのだけは覚えてる。けど、そこまでだ。
時間の経過といい、格好といい、オレは幻覚の類いでも見ていたんだろうか、と思いかけたところで、彼女が衝撃的なことを言った。
「ハロウィンのイベントがついさっき終わったんだけどね、今の今まで類の代わりにルイスが居たんだよ」
「ルイスって……前世のオレが、か?」
「うん。祝祭の直後って言ってたよ」
「……覚えてない、な……」
前世のオレが居たということはもちろんのこと、彼女の言う記憶も当たりはつくのに、一切覚えがないことに戸惑いを禁じ得ない。そんなオレに彼女は考え込みながら言った。
「ルイスが自覚あったかはわからないけど、たぶん昏睡状態だった時のこと……だと思うから、余裕なくて覚えていられなかったんじゃないかな?」
「そうか……。にしても、オレがルイスって名乗ったのか?」
「ううん。でも何となく違うなってわかったよ」
事もなげに告げる彼女の言葉に驚きを隠せず、目が瞬く。そんなオレに莉音は綺麗に微笑んで言った。
「だって、ルイスは前世の私が好きになった人だけど、今の私が好きになった人は類だもん」
彼女の言葉に思わず息が止まる。彼女はいつもこれだ。一体何度、無自覚にオレの理性を殺しにかかる気なんだろうか。そんなことを思いつつ、華奢な体を抱きしめて言った。
「お前、そうやって毎度毎度……帰したくなくなること言うなよ」
「本心だもん。それに私は別にいいよ?」
その台詞に思わず目が据わる。いい加減、軽く仕置きも必要かと思い、体を少し離して見つめれば、彼女の顔が赤く染まる。そして、やや焦った様子で固まる彼女に、触れるだけのキスをして言った。
「今はこれだけ、な。無理に背伸びしなくても、オレはお前以外に興味ないから」
「で、でも……」
彼女の言わんとすることはわかるつもりだ。年の差を気にしていることも。なかなかこうして恋人らしいことができないことに焦っているのも。
家庭教師のバイトの日は会えるが、それも実習中は先生の計らいでなかったから、こうして直に会うのは実に一月ぶりだ。いくらスマホのアプリで連絡を取ったり、声を聞いていても、足りない。オレが足りないと思うのと同様に、今年受験生の彼女は我慢やストレスから不安を膨らませていたのかもしれない。
そんな彼女に、オレは最近考えていたことを打ち明けることにした。
「オレ、蓮さんの家を出ようと思うんだ」
「え、八剣先生と何かあったの?」
「いや。ただ一人暮らしをしたいなと思って」
『なんで今更?』と言わんばかりに首を傾げる彼女に続けて言った。
「恵茉はもうオレが居なくても大丈夫そうだし、いつまでも新婚の家に甥が居座り続けるのも、恵茉のお袋さんに悪いからな。それにオレ自身、二人きりで気兼ねなく会える場所がほしいな、と」
そこで区切って、彼女を見れば、彼女はやや呆けた様子でオレを見つめてきた。
「だから、その……蓮さんのとこを出るまで、もう少し待っててくれるか?」
直に言葉にするのはあれだが、莉音と少しでも長く一緒に居たい気持ちはオレも同じだ。それが通じたのか、彼女は嬉しそうに微笑み頷いてくれて、ホッと胸を撫で下ろした。
その後、そっと寄りかかってきた彼女と月を見上げていたが、ふと伝えていないことを思い出した。
「そうだ、莉音」
「何?」
「その猫妖精の衣装、よく似合ってる」
その言葉に、一瞬彼女は目を見開くも、すぐその顔を綻ばせて言った。
「ありがとう」
少し泣きそうな、でもどこか楽しそうにも見える様子からすると、もしかしたら前世のオレも似た事を言ったのかもしれない。
彼女と過ごすはずだった一日の大半をルイスが持って行ったようだけど、オレの代わりに彼女を楽しませてはくれたらしい。そこに関してはグッジョブと伝えたくなった。まぁ、伝える方法なんてないんだけど。
そんなことを思っていたら、ふと思い出したように莉音が言った。
「そうだ。ねぇねぇ、類」
「ん?」
「Trick or Treat、にゃん!」
今年も恵茉の入れ知恵があったのか、彼女は猫のものまねをしながら、ハロウィンの呪文を唱えた。自分で言っておいて恥ずかしがるとか、何なんだこの可愛い生き物は。そんな感情に何やら既視感を覚えなくもないが、二度目なら覚えてるはずだから恐らく気のせいだろうと片付けて問いかけた。
「悪戯を選んだら、オレの黒猫さんは一体何をするつもりなんだ?」
「えっ……!? えっと、その……」
「冗談だ。ちゃんとお菓子ならお前の好きなケーキ屋のを……あれ?」
事前に衣装のポケットに仕込んでおいたはずの菓子がない。恵茉や陸に言われたときのための菓子も、だ。
「あ、新作の抹茶と小豆のクッキーならルイスがくれたよ? 私の好きなお菓子を普通にくれたから、実は途中まで類だと疑いもしてなかったんだよね」
「……そこまでオレとルイスって違いがない感じか?」
「あんまりないかな」
それは果たして喜んでいいのか悪いのか、正直悩むところだ。さすがにあそこまで悲観的な性格はしていない、はずだ。そんなことを思う一方で、莉音が記憶を辿るように宙を見上げて言った。
「ただ何となく、私を見る目が私を通して別の誰か見てる感じだったというか……」
「……至って普通に言ってるけど、途中までオレだと思っててそれは……」
「ちょっぴり不安にはなった、かな」
何気に二股ないし、浮気的な何かを疑われていたことに、内心ヒヤッとする。まぁ、オレが見ていた夢の中でも、莉音とはどこか違うなと思ったから、前世のオレの気持ちもわかるんだが。
「ただ、言葉の全てに嘘とかは感じなかったんだよね。私を見てもいるし、普段の類とそこまで変わらない部分も多々あって、不思議な感じだった。でも、うん。決定的だったのは、男の人から助けてくれたとき、かな」
男の人から助ける、という単語に眉がピクリと動いたのを自覚した。一体何があったのかと、ジッと見つめれば、彼女は苦笑しながら言った。
「その、男の人に声かけられたときにね、凄んだだけで追っ払っちゃったの」
「……凄んだ……」
今のオレが凄んだところで、たぶんそこまで怖くはないと思う。陸もそうだろう。でも、中身がルイスで、凄んだのだとしたら、それって殺気を込めてたんじゃないかと考えたところで、考えるのをやめた。考えどおりだとしたら、出歩きにくくなりそうだし、オレにそのときの記憶はないから、オレに関係はないはずだ、うん。そういうことにしよう。
「類とは少し違う助け方だったけど、でも、その背中が何だかすごく懐かしくて……。それでよくよく観察してたら、電飾とか花火とかまるで初めて見るような反応してることが多くて。それで類だけど類じゃないって確信したの」
「そこで幽霊とかの類いとかは思わなかったんだな」
「陸先輩、フォローはしても類と接するのとあまり変わらない感じだったから」
「なるほど。陸が居たからか」
どうやってルイスがオレと莉音の約束を知ったのか、ここでの常識とかはどうやって把握したのか気になっていたけれど、合点がいった。オレとは違って全ての記憶があるアイツなら、上手くやりそうだ。
そうして、いろいろ合点がいったのはいいんだが、困った問題が一つ。
「諸々納得はしたけど、ルイスがお前に用意していた分をあげたなら、やっぱりトリック一択だな。仕込んでおいたのは、陸や恵茉の分も含めてもうないし」
「そう、なんだ……」
そう呟いた彼女は、元々悪戯をするつもりがなかったのか、考え込む仕草を見せた。しばらく悩んでいたものの、何やら思いついたのか、一つ頷いて言った。
「類、ちょっと正面向いてて」
「正面? こうか?」
莉音の方に向けていた顔を、誰も居ない公園に向ける。一体何をするつもりなのか。そんなことを考えたところで、頬に柔らかいものが触れる。何かはだいたい想像がつくだけに、不意打ちのそれに思わず顔に熱が集まっていく。温もりが離れたところで振り返れば、案の定、頬を染めた彼女が照れ笑いを浮かべて言った。
「前世のハロウィンで私がした悪戯思い出して、したくなったの」
「……そういえば、そんなこともあったな」
まだ自分の感情を自覚していない頃で、何の気なしになんてことをしてくれるんだ、と思った当時の記憶を掘り起こす。
「あのときのルイスも顔真っ赤だったよね」
「そりゃ、いくら自分の気持ちに無自覚だったとは言え、不意打ちでされたら……って、あのときのルイス『も』?」
彼女の言葉に引っかかりを覚えて問い返せば、オレに戻る寸前、ルイスにキスをせがんでカマをかけたのだという。それを聞いて、嫉妬に近い感情が過る。いや、前世のオレに嫉妬するのもおかしいし、体は類だから問題ないと言えば問題はないんだけど。前世のオレがまだそういうのに免疫がなくてよかったと、そう思ったのは内緒だ。
「いや、それはいくらなんでも、両想いにすらなってないルイスには難易度高すぎだろ」
「でも、ちょっと可愛かったよ?」
「外見は二十三のオレだぞ?」
「それでも、だよ」
この歳になって可愛いと、オレよりもよっぽど可愛い女子に言われるのはどうなのかと思わなくもない。けど、まぁ、楽しそうならいいかとも思う。
そんな中彼女はポツリと言った。
「ルイスが帰っていった先の私も、早くルイスの本心聞けるといいなぁ……」
「そう、だな……」
オレが記憶しているものと同じ道を辿るのかどうかはわからない。それでも、できれば……と願わずにはいられなかった。
そっと莉音の肩を抱き寄せて思う。今、この温もりが隣にあるのだって当たり前じゃない。だからこそ、彼女の笑顔を守りつつ、一瞬一瞬を大事にしていきたいと、そう思ったのだった。
***
なお、余談になるが、そんなオレのところに、陸から連絡が入るのは彼女を送り届けて自宅に帰り着いてからのこと。日付が変わる頃にかかってきた噛み合わない通話で始まり、揶揄い混じりに事の全容を聞かされることになるのだけれど。そのときになって初めて、莉音の言っていた反応がどういったものだったのかを具体的に知った。
一言で言えば、住んで数年の地元でお上りさん同然の状態だったらしい。しかも大学の知り合いや実習先の先生にまで見られていたのだとか。それを知ったオレの絶望は推して知るべし、だ。面白半分で陸が付け足した『ハロウィンが大好き過ぎて、初めて下界にやってきた死神になりきってる』なんて、苦しすぎる設定まで聞いて、頭を抱えずに居られようか。いや、居られない。
オレをサポートしてくれたことに感謝する一方、はた迷惑な設定を楽しげに語る親友に対し、休み明けに会ったらどうしてくれようかと考え巡らせたのはここだけの話だ。
実際はどうしたかって? サポート分に関しては学食を奢ったが、面白半分でやってくれたことに関しては、大学内で出会い頭に軽く絞め技をかけた、とだけ伝えておこう。




