過去回想1
再開した時のことです
時間は三月下旬頃かな、
話は、少し過去に遡る。
「あ、今日からここに住まわせてもらう夜叉堂龍弥です。これから宜しくお願いします」
妖荘、地域の住民からそう呼ばれている家の玄関先で、夜叉堂龍弥はこれからここに住むことを伝えた。
勿論、突然やってきて突然居座るような非常識ではない。ここに住むに当たって、しっかり連絡も取っているからだ。
だから、今ここで龍弥の対応をしている水色の髪をした少女が、「おとーさーん!」と言いながら百十番することはなかった。
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。男の人が来ると聞いた時は驚きましたが、貴方なら大丈夫そうですね。あ、私は宮島愛衣です。こう見えても、英語は出来ません」
水色の髪に、水色の眼。自身の見た目を使った小粋なジョークを飛ばす少女は、「玄関でも何ですし」と龍弥を家に上げる。
「あ、確か和室を希望してましたよね? 階段上がって右手側の一番奥です。他の部屋は、説明した方がいいでしょうか?」
「はい、一応頼みます」
女の子と暮らす以上、部屋の使い方にもルールがあるかも知れない。そう考えた龍弥は説明を求める。
すると、愛衣は苦笑するのだが、龍弥には理由が分からない。
「あの、出来れば、敬語ではなく普通にしてもらえるとありがたいんですが……」
「え? ああ、ごめん」
そのくらいなら、と龍弥がいつも通りの言葉遣いに戻すと、それで満足したのか、一つ頷き説明を始めた。
「まず、各自の部屋ですが……
二階上がって右手奥から二番目、つまり龍弥さんの隣が英梨さんです。
左側は、龍弥さんの対面に私が、英梨さんの対面が東堂茜さんです。茜さんは見た目こそ大人びて、実際龍弥さんより一歳年上ですが、龍弥さんとは同学年です。
英梨さんの左側と、その対面には誰もいません」
「英梨さん……」
「どうかしました?」
「あ、いえなんでも」
少し気になることはあったものの、流石にあり得ない。龍弥は首を振って、馬鹿馬鹿しい考えを振り払う。
それでも顔を出してくる希望を考えないようにするため、龍弥は無理矢理意識を妖荘に向けた。
(成る程……外から見た時と大体同じだな)
つまり、階段登って左右に三部屋ずつの合計六部屋。右手は奥から龍弥、英梨。左手は奥から愛衣、茜ということだ。
さらに愛衣は、キッチンのこと、リビングのこと、一般家庭よりも少し大きいくらいの風呂があることなどを話した。
外から見たときの大きさと立地から、露天風呂はあるかと思ったが。露天風呂や大浴場はないらしい。代わりに浴槽は三人入っても余裕がありそうだった。
四人ほどを想定して作られているのだとか。
八人用の家族風呂もあったが、お湯が勿体無いのでもう長い間使っていないらしい。
ちなみに、各部屋にシャワールームとトイレがあるらしく、逆に普通の個室トイレはないとか。
まあ、そこは部屋にトイレが付いていると考えれば良いだけなので、特に気にしない。
「お風呂は、四人用の方を使ってくださいね?」
明らかに、最初建てられた時から内装を弄り過ぎているように見えた。
そんなに弄って構造的に大丈夫なのか聞いてみたところ、改装時の最先端技術を駆使した上、御呪いもかけているから大丈夫だと、冗談めかして愛衣が言った。
「見た目より部屋数が少ない気がするが?」
「ですから、リビングを作ったことによって部屋数が減ったんですよ。他にも、茜先輩と私と英梨さんは部屋をいじってますね。各部屋のトイレもその結果です」
「各部屋のシャワーを同時に使うと、水圧が弱くなるとかは?」
「そこはまあ……御呪いの力ということで……」
「御呪い、ねぇ…………」
「な、なんですか? ……はっ、まさか覗きを企んで!? だ、駄目です、覗きは犯罪です!」
「いや、別にそんなつもりは……」
英梨という名前は幼馴染に一人いるが、それもお互い十一歳とかの話で今がどうなっているかは分からないし、そもそもここに住んでいるのは赤の他人だろう。
龍弥は英梨を探してこの街に来たが、これから住む所にその探し人がいるなんて、どんな奇跡だ。流石に考えられない。
どっちにしろ覗き、つまり親睦を深めるために裸の付き合いとか、社会的に普通に死ねる。
「ですから入浴中は入浴の札を扉にかけて下さいね? 脱衣所にも浴室にも鍵がかからないので。あ、あと部屋にも鍵はかかりません。勿論夜這いは禁止です」
一つ一つ丁寧に説明する愛衣の後ろを歩く龍弥は、愛衣の話と外からの見た目から判断して、自分が今リビングに向かっていることに気づいた。
とある事情により自身の所持品は極力少なくしてある龍弥だが、手放せないものは鞄に入っており、普通ならまず部屋にそれを置いてくるのが先だろう。
「愛衣ちゃん、鞄を部屋に置いてきても良いかな?」
「あ、いや、今リビングに例の茜先輩がいるので先に話をした方が良いかと思いまして。大丈夫です、すぐに終わりますから」
白々しい、そう龍弥は思った。
(だけど、まあ……)
面白いことになりそうだ。
龍弥は気づかれないように、ニヤリと笑った。
「着きました」
扉を開けて入る愛衣に続き、部屋に入った龍弥は、まず部屋の内装を確認する。
勿論、油断しているわけではない。
部屋の扉から簡単に逃げることのできる、今この段階で襲うことはないだろうと確信しているだけだ。
(凄え美人だな……)
ソファに座る少女を見て、最初に思ったのがそれだった。
長い艶やかな黒髪を背中に流し、白いワンピースを押し上げる双丘は、龍弥の一歳年上と言っていたが、十六歳でも群を抜いて大きい。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、メリハリのある美少女だった。
その目を閉じ集中する姿勢は、深い憧憬を抱いてもおかしくはない。
「……貴方が龍弥君かしら?」
「はい、そうです」
どうやら、既にここの住民には伝わっていたようだ。
閉じていた目を開き龍弥を一直線に見る。
思わず、敬語になってしまった。
だからというわけではないが、龍弥は完全に油断していた。
つい先ほどまで、この場から戦意を感じていたことも忘れ、美人の彼女に見つめられてドキドキしていた。
だから、背後からの攻撃に全く気づかなかった。
「……っ!」
背後に衝撃を感じ、黒髪の少女、茜の方へと吹き飛ぶ。
そのまま、床に倒れこむ龍弥に向けて、掌の上に火の玉を浮かせた少女から、意外そうな声がかけられる。
「普通の人は驚くんですが、あまり驚いていませんね。記憶は改竄するから言いますが、私は鬼族です。茜先輩は獣人。この世で高い知能を持つのは、別に人間だけではないんですよ?」
流石に室内で火の玉を放つようなことはしないのか、脅しをかけるように、右へ左へ自在に操る愛衣。
どこから取り出したのか、刀を構える茜。
慌てて龍弥は立ち上がる。
二人の少女に挟まれるような立ち位置。
すると、茜が踏み出した。
「はっ!」
掛け声と共に一閃。
龍弥の胸に赤い線が走り、血が溢れ出す。
──誰しもが、その光景を見ただろう。
「いない!?」
慌てたような愛衣の視線の先には、切り裂かれた黒い袖があるのみで、そこに龍弥の姿はなかった。
慌てて龍弥の姿を探す二人。
だが、戦いにおいて相手の姿を見失うことは致命的だ。
そして、二人は知らないが、相手が龍弥であれば、それは確実に命を落とすと言っても過言ではない。
「知ってるよ、それくらい。だって、俺もそうだからな」
「っ!」
何かを感じたのか、慌てて刀を背後に向けて振るう茜。
そこには、危なげなく躱す龍弥の姿が。
武器すら持たず、鞄を背負ったままだ。
それなのに、音一つさせず背後に一瞬にして回り込んだ。
それだけでも、龍弥の実力が到底この二人では及ばないことが分かる。茜は獣人本来の鋭い勘で奇襲を防いだが、龍弥は逃げずに攻撃することもできた筈だ。
それは、彼我の圧倒的実力差を表していて。
……だが、二人も諦めなかった。
無理な姿勢で刀を振ったため、無防備な状態の茜のフォローに愛衣が入る、
一瞬にして龍弥との距離を詰め、他二人に比べて小柄な体型を活かして龍弥の懐に潜り込む。
そのまま一撃が腹に決まるが……。
「残像……! 速すぎます!」
その一撃は龍弥だったものを霧散させて終わる。
それは残像ではなく本当は幻なのだが、龍弥に説明する義理はない。
驚く彼女に攻撃しようと、音も立てずに距離を詰める龍弥。
しかし、今度こそはちゃんと目で捉えられていたのか、それを茜が阻止する。
流石に刀で斬られるのは嫌なので、龍弥はバックステップで躱すが、龍弥に慌てた様子は見られない。
何故なら、真っ直ぐ進めばどんなに速くとも視認される。茜が自分を見失わず、その行動を取ることくらいは予想していた。
「やっぱり数の不利は大きいなぁ」
「武器さえ抜いていない貴方が何を言っているのかしら? 姿も変わっていないしということは、解放すらしていないわね」
「雪浜英梨って子を守ること以外には、自分の全力が出せないって決まっているんでね。その子に頼まれれば別だけど」
「憎たらしいこと……」
そう言う茜の姿は、人間ではなくなっていた。
いや、一見すると何も変わっていないように見えるが、よく見ると頭に犬の耳が生えている。お尻にはフサフサの尻尾もあった。
その尻尾は股の下をくぐらせるように収納されている。
対して、愛衣はもっと分かりやすい。
頭から、白くぼんやりと光る一本角を生やしている。
一瞬にしてコスプレをした。もしそうなら簡単なのだが、勿論違う。
「種族解放か……」
「これまでも二割は解放していたのだけどね。流石に無理そうだから、本気でいかせてもらうわ」
種族解放、文字通り種族としての特徴や特性を解放すること。力などが大幅に上昇するだけでなく、例えばヴァンパイアなら回復技能が、サキュバスなら催淫効果が現れたりする。
茜のような獣人や愛衣のような鬼族は、純粋に戦闘能力が上がる。しかし、その上がり方にも違いがあり、獣人は嗅覚などの五感も含めて上昇するが、対して鬼族は上がりやすい能力が人それぞれ。普段はパワータイプでも、鬼化した途端魔法タイプになる奴もいるらしい。
今この瞬間に限って言えば、予測不能の愛衣の方が龍弥にとっては脅威と言えた。
「あの動き、貴方も何か特別な種族ですね? それこそ、魔族や上級悪魔のような器用な種族ですか」
油断なく、問いかけてくる愛衣。
対して、龍弥はすでにやる気を半分くらい失っていた。
なんてことはない。立ち位置がダメだ。
近接型だろう茜の後ろに愛衣がいるのならともかく、真横にいては愛衣自身が魔法型ではないことを示しているようなものだ。
なのに、一番最初に魔法を使ってしまった。
つまり、魔法は使えるが魔法型でない。そして、何も武器を持たないということは、恐らく技型でも速度型でもない。パワータイプである。
すなわち、魔法の使えるパワータイプ。
隠し球であった魔法も、使わなければ切り札になったかも知れないのに。
「なんというか……鍛え直さないとダメだな」
背負っていたリュックを置き、軽く肩を回す。
リュックの中身を二人は知らないが、それで速さが格段に上がることは誰にでも分かる。
そのまま、警戒をする彼女達が何かを言う前に、龍弥は動いた。
「宮島さん!」
「分かってます、茜先輩!」
背中合わせになり、一見隙のない構え。
だが、
((疾い!))
茜が前を、愛衣が後ろを警戒する。
これまでの龍弥の戦い方から考えたのだろうが、まだまだ甘い。
「連携は上手だが、お互いがお互いの長所を活かしきれてないな。うん、種族解放三割でいけそうだな。個別なら、話は別だが」
これまで通り、背中に龍弥はいた。
少女二人の間、首根っこを掴みながら。
「…………まさか速度型の戦士だっとは思いませんでしたね。しかしそれにしても疾いです」
「こ、この掴み方、痛みを感じない程度に優しく掴んでいる筈なのに動けないわね。いいかも……」
種族解放を解き、普通の女の子に戻った二人だが、龍弥は掴んだ手を放さない。
「こ、降参ですから放してください」
「わ、私は別にそんなことをしなくても良いのだけれど……いや、やっぱり放してもらえると助かるわ。ええ。本当に寂しくなんてないのよ」
この姿を誰かに見られれば、それこそ一大事だ。
茜の発言に少しギョッとしながらも、龍弥は手を放そうと……。
「今のは龍弥の声……? まさか同性同名の別人じゃなくて、本当に龍弥が来てるの?」
「……まさか…………英梨か?」
世界が、凍りついた。
【部屋割り】
──────────────
宮島愛衣 │ │夜叉堂龍弥
─────│ │─────
東堂茜 │ │雪浜英梨
─────│ │─────
空室 │ │ 空室
階段
階段