洞窟での地獄[2]
『はて、何故私はこのような所に一人でいるのでしょうか……? 魔法も……使えませんね』
その声を聞いたのは、熊のような魔獣の土手っ腹に、壁の土を操作して作り出した土槍で風穴を開けた瞬間だった。
洞窟の内部でやけに反響して聞こえた声は、反響のせいで何重にもなっていて分かりにくいが女性の声だ。
「場所は……あっちか……?」
周囲にいくつかある、通路の分岐点。そして数ある通路の中でも、俺の目の前の通路から声は聞こえた。
そもそも、俺はこの洞窟に住むと言われる神に会いにきたのだ。決して魔獣たちを殺しに来た訳じゃない。
「行くしかねえ」
洞窟には太陽がないので時間の感覚は既に分からないが、英梨が死ぬまでもうそれ程時間はない。
(この女の声が、神の声であってくれ……!)
そう考えて、声のした方に駆け出す。
歯向かう魔獣たちを、魔獣の骨を研いで作った刀で切り捨てながら、俺は速度を緩めず走り続ける。
この辺りで、俺に真っ向から挑んでくる魔獣はもう居なくなったと思っていたが……俺以上にやばい何かが向こうにいるってことか?
「ますます期待が持てるなぁっ! っと、喰らえよゴミども!」
向かいから走ってくる、狼型の魔獣の口の中に炎の球を飛ばし、体中から蒼い炎で焼き尽くす。
俺が通り過ぎる頃には、全てを焼き尽くされて炭だけの状態だ。
こいつらも、一瞬の出来事で何が分からず死んでいった筈だ。
「……くそ、興奮してるな。一応、魔力は節約しとくか……」
次に現れた魔獣は、すれ違いざまに頸椎を握って絞め殺し、そのまま口に入れる。
残酷すぎて、ちょっとお見せできない絵面だ。
汚いが、下手に洗うと土の匂いも落ちてしまい苦味で悶絶することになるので、こうして食べた方が良い。
あとで魔法を使って殺菌しておけば、下手に腹を壊すこともないしな。まあ、殺菌に魔力を使う分、物理で殺さなければいけないけども。
そうして、通路の奥から逃げてくる魔獣を迎え撃ち、時には捕食して進んで行くと、大きな空間に出た。
「地底龍……こいつが神なのか?」
その中央で鎮座しているのは、白とも銀とも付かない色の龍。
俺が尋ねると、そいつは翼を広げて威嚇を始めた。
視界の端に、白龍の発する威圧感でショック死してしまった魔獣が映った。
「力を示してみせろ的なやつか?」
単に魔物化しているだけなら、結局殺すのだ。
神だと勘違いして隙を晒す事態にならなそうで、少しだけ安心する。
「これも同族殺しになるのかね、まあ、別に構わんが」
魔物化という現象に、龍種が被害を受けることは極稀だが、基本的に魔物化した生物は元の状態の数倍の力を持つ。
俺の異常な成長速度も、魔物や魔獣の肉を喰らったことによって、身体が半魔物とも言うべき状態になっているからだろう。
見たところ、アンデット、つまり古代龍種とかではない。
「…………魔力回路発達遅延症の治し方を知っているのなら教えてください。魔物化しているだけだったら……殺す」
その白銀の巨龍は、頭の先から長い尾の先まで白の輝きを帯びる鱗に覆われ、こいつが一息吹くだけで俺はその命を散らすだろう。
だが、そんなことは関係ない。
俺が問うのは、敵か味方か。そのただ一つだ。
「ああ? なんだ、その目は。言いたいことがあるならはっきり言えよ。俺は会話に飢えてるんだ」
『…………』
それでも、答えない、か……。
これはもう、諦めて他を当たるしかねえか……。
「……身体強化」
使える中でも最高レベルの身体強化魔法を俺自身に付与し、体内の魔力を右手に集中させる。
そのまま、骨で作られた刀を目の前の白龍に突き付け、機会を伺う。
(……………………今!)
一瞬見えた隙を突くため、足に力を込める。
「……っ! ま、待ってください!」
しかし、踏み出されることはなかった。
揺らめいていた切っ先は、既に固定されていた。
狙いは付けられていた。
後は、俺が走り出すだけだった。
だが、こいつは喋ったのだ。
「喋れるとしたら、魔物化ではないよな。とすると、神、なのか……?」
「一応神に近い存在ではありますね。幻龍と、かつてはそう呼ばれていました。ですが、産まれてすぐに封印されたのでよく覚えてはいません」
神々しさすら感じる巨体が、こうして喋っているのはどこか滑稽なようにも感じるな。
口を開いていないので、念話のようなものだろうか。
「魔力回路発達遅延症ですか。あいにくと治療法は知りません」
「じゃあ消えろ」
「ですが患者を診させて頂ければその場で判断できる自信はありますっ!」
その言葉に、一瞬で四歩も進み踏み込んだ足が、まるで地面に縫い付けられたように動かなくなる。
不治の病が治る。
そんな、矛盾があっていいのか。
「話を聞こう」
「随分と偉そうですね。私が話さなければ困るのは────」
「俺と英梨と、殺されるお前だな」
「……それでは話します」
「一瞬で態度を変えるんだな……」
こうして、白銀の龍と、俺の協力関係が始まる。
そう、誰もが思った時だった。
「「………………ッ」」
背後から微かな殺気を感じ、俺は慌ててその場から飛び退く。
その時、牙で作った簡易的な剣が手から離れてしまった。
落ちていくのを目で確認しようとして……そして次の瞬間目を見開く。
「……なっ…………!」
俺が先程までいた所、そこに取り残され浮かぶ骨の剣が、一瞬にして崩壊した。
それをした犯人、黒い光は、そのまま白龍へと向かっていき、
「くっ!」
苦悶の声を上げる彼女の頭スレスレを通って行った。
「速え…………」
それを見て、俺は思わず感想をこぼす。
光が、ではない。
光も速かったが、目で追えないことはない。
光よりも、白龍の動きはもっと速かった。
あんな巨体なのに、視認出来なかった。
白龍は、一瞬にして俺の背後に回っていた。
(戦っていたら、殺されるのは俺だった……)
冷や汗を流しながら、黒い光を放った正体に目をやると……
「魔物化した地底龍……最初の共同作業にしては、少しばかり危険を孕んでいますね」
身体に赤黒い線を走らせた漆黒の地底龍が、俺たちを睥睨していた。