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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
12/23

強化訓練……だよ、多分

 

「いやぁー、絶好の修行日和ですね!」

「ん、そんな日は永遠に来なくていい……」


 愛衣の言葉に、英梨冷静に突っ込む。

 修行しなくちゃいけないなんて、永遠に来ない方がいいに決まっている。平和が一番、争い事は少なければ少ないほど良い。


 昨日のことだが、茜の感じた不安やらは勿論二人だけの秘密にしたが、話の最後に、しかし対策は取るべきだという結論に至った。

 何が起きるか分からない以上、各自の基礎能力は上げておくべきだということだが、単純に茜の不安を解消させるためでもある。

 夏休みに入って朝に時間があるから身体を動かす、という風に愛衣と英梨には伝え、二人もその考えにに異論はないようだった。


「で、これはどういうことかしら?」


 どこかイライラとした声が河原に生まれる。

 それを発した主は、左腰に"夜桜"と呼ばれる刀を帯び、腕を組みながら足を苛つかせていた。

 しかし、それも仕方がない。

 何故なら、彼女の前には地べたに大の字に寝そべる自分が居て、説明も何もしていない。


「どういうことって、この体勢から模擬戦をスタートするんだよ」

「……は?」


 何故そんなことも分からないのかと目で尋ねると、尋常ではない程冷め切った瞳と目が合った。

 龍弥はなるべく自然に目を逸らしながら、詳しく説明する。


「だから、襲撃があるとすれば普通寝込みを襲うだろ? この体勢からでも戦えるようにならなくちゃ意味がない」

「なる、ほど……?」

「分かったらならさっさと構えろ。タイミングはそっちのタイミングで、不意打ちもしていい」


 目を閉じた龍弥に茜がさらにもう一度息を飲むが、先も言ったがこれは眠っていても襲撃に対処できるかの特訓だ。

 自分の行動が茜を侮辱してしまっていると分かっていながらも、その不審者と起こるであろう勝負に負けるわけにはいかない。

 拳を堅く握り、 奥歯を噛み締めていた茜だったが、一つ深く長い息を吐き出すと、左手を鞘に添え、右手で刀の柄を握る。


「――――」


 攻撃は、一瞬だった。

 居合の要領で振り抜かれた刀から、真空の刃が龍弥の頭目掛けて飛来する。

 当たれば致死。しかしそれは、木刀でなく真剣を使っている時点で同じことだ。

 風の魔力を帯びているのか、目を凝らせば微かに緑がかっているのが分かるそれは、そのまま龍弥の首を飛ばそうと……


「――っ」


 誰もが、胴体と別れる龍弥の頭部を見たことだろう。

 だが、その映像は次の瞬間には、全く別のものに変わっていた。

 唐突に目を開いた龍弥は、攻撃を目で認識するよりも早くその場を離脱。

 他に茜の放っていた計五つの真空の刃を、空中にいながら身の捻りだけで視認することなく躱し、着地すると同時にその像がブレる。


「……っ!」


 次の瞬間鳴り響くのは、キンッという刃と刃の触れ合う硬質で高音の響き。

 その高音が、リズムなんてない不規則性で、二つ三つと連続して重ねられる。


「グッ……」


 この数秒間の間に幾度となく刀を振るったが、全て水を切るような感覚で、茜は思わず歯嚙みする。

 実際、龍弥は片手剣を文字通りに片手で握っているのに対し、茜は刀を両手で扱っている。単純に考えて、鍔迫り合いになれば茜が競り負ける筈がない。

 が、どこまで行っても、どんなタイミングをずらしても捉えられない。まるで予想されていたかのように、刀を振るってもそこに龍弥の姿はなく、その代わりに刃が迫っている。


「……十分、すごい……」


 茜は、手加減されているにも関わらず、全く手応えのないことに苛立ちを感じているが、それを外から見ている英梨と愛衣の感想は違った。

 手加減しているとはいえ、龍弥と接近戦が成り立っている時点で、十分に賞賛されるべきなのだが……茜はそのことに気付かない。


「ハァッ……!」

「…………」


 足技も交えての攻撃。超近接戦闘中に、足元を見ることは不可能に近いと考えての茜の攻撃だ。体勢が崩れないように、敢えて少し大振りの一撃でバランスを取りながら放たれたそれは、しかし難なく躱される。

 お返しとばかりに飛んでくる幾多もの斬撃を、獣人特有の勘の良さで躱し、いなす。


(お手本みたいな技術タイプか……)


 獣人としての力を使ってやっと、手加減している龍弥と並び立てる現実に焦りを見せる茜と対照的に、龍弥は比較的冷静に場を判断していた。


 獣人としての力を使うことは別に恥じるべきじゃないし、その力に振り回されていないのは、茜の実力がそれに追いついていることを示している。

 現に、速度タイプの龍弥がその場に留まり続けるというハンデがあるものの、茜は決定打というものを受けていない。

 英梨と別れ、里を出て、それから数年間戦いの中に身を置いてきた龍弥と、本格的な死闘を知らない茜では元々勝負になる筈もない。


 茜は、天才だ。

 非凡な自分とは違う。

 事実、全てを投げ出して叫びたい衝動に駆られているのは、茜でなく龍弥の方だった。


「ハァァッ!」

「っ!」


 一閃。

 フェイントも何もない、愚直な袈裟斬りが龍弥の肩に吸い込まれる。

 呼吸もズレているし、体勢もなってないし、何より速度タイプの龍弥に一撃必殺の斬撃を選択することが間違いだ。

 だが、


「…………」


 身体を回転させながら、茜の刀と交差させるように斬撃を右手の剣でいなす。

 回転しながらのいなしは、一度相手に背中を向けることになるが、相手も体勢を崩されているため危険なことではない。

 後は、どちらが先に体勢を立て直すことが出来るかの勝負。

 そして、速さを競うものなら、龍弥に負けはない。


「ふっ……!」


 回転の勢いを殺さず、再び茜の方は身体を向ければ、未だたたらを踏んだままの茜がいる。

 一つに結ってある長い黒髪が宙に舞い、その下に隠れていたうなじがチラチラと覗く。しかし茜の表情は未だ戦意を失っていない。

 だから、


「試合終了です!」


 水のようなゆったりとした動きで、手に持つ刀の峰の部分をゆっくりと無防備な首に当てた次の瞬間、愛衣が試合終了を告げた。


「…………」

「師匠、次は愛衣の番です!」

「あ、ああ」

「? どうしました、師匠? 何か気になることでも?」

「あ、いや何でもない、大丈夫だ。愛衣はそうだな、一方的に殴りかかってきてくれ。それを俺が避ける」

「了解しました!」


 ピシッと敬礼をすると、瞬間放たれる空気が一変。

 愛くるしい雰囲気だった愛衣が今放つのは、強者のそれである。

 周囲に魔力の流れが生まれ、水色の髪がそよ風に吹かれたようにゆらゆらと揺れる。

 しかさき、その短めに切られた髪から一本の角が生えることはなかった。


「おい、角はいいのか? 大気の魔力を取り込むのに必要なんだろ?」

「敵は鬼化するのを待ってくれませんから。鬼化していなくとも、十分戦えるようにしないといけないんです」

「成る程、ちゃんと考えあってのことなら良いさ」


 そう言って、龍弥は刀の具現化を解く。龍弥の刀は少し特殊なもので、魂の形を表す武具なのだ。

 龍族の里で、中々壊れないが壊れた瞬間持ち主を廃人に変える面白武器として伝わっていたのだが、龍弥はひょんなことから握ってしまい、あっという間に持ち主として認められたという経緯があるのだが……それは今は関係ない。


「でもそれなら俺も、具現化出来ない状況で戦えるようにしないといけないな」


 攻撃はしないと言っていたのに、肩を回して臨戦体勢をとる龍弥。


「あれ? 私もしかして地雷踏みました?」

「踏んだわね」

「うん。えーいっ!って踏み抜いてた」

「そ、そんなぁー!」


 思わず頭を抱える愛衣だったが、


「来ないなら、こっちから行くぞ」

「えっ!? ち、ちょっと……ヒャァ!?」


 龍弥が待つ筈もなく、お互い構えていないにも関わらず愛衣向かって走り出す。

 龍弥が構えていなかったので、愛衣は完全に油断していた。

 自然体こそ究極の構え、という言葉が頭に浮かぶ頃には、既に前方百八十度の全方位から殺気が放たれていて、


「くっ……!」


 次の瞬間、愛衣は吹き飛ばされていた。

 着地し、地面を滑って衝撃を流しながら、愛衣は冷や汗を流す。

 咄嗟に腕をクロスさせ、さらに後ろに飛ぶことで衝撃を抑えたが、それでも息が荒くなっている。


「超の付く速度型なのに、力強すぎません?」

「まあ、これでも一応龍族だし。そりゃ、腕力とか単純な力で言えば高い方だよ」

「力も技術もある速度型なんて……そんなの反則ですよ……」

「まあ、その代わりに魔法は、ね?…………」


 魔法を使って神秘的な光景を生み出したいと思っても、無理だ。天から差し込む光とか、水を割く演出とか、名乗りを上げると同時に落雷を背負うとか、色々してみたかったが、考えるだけ虚しい気持ちになる。

 が、そんなことはずっと前に割り切ったことだと、頭を切り替えて、龍弥は目の前の戦いに集中する。


「んじゃ、体育の授業で鍛えた徒手空拳をお見せしますか!」

「乱取り稽古でもしてるんですか!?」

「ちなみに勝負がつかな過ぎて、今では誰が勝つかじゃなくて試合が終わるかを賭けの対象にしてる」

「何を賭けてるんですか? それと、やっぱり乱取り稽古してるんですね?」


 英梨が時々するジト目に勝るとも劣らないジト目を、水色の瞳で向けられる。

 だが、こんな無益な冗談を交わしている間も、愛衣は体勢を低く構え、龍弥は全身の力を抜きながら愛衣の動きに集中しているあたり、二人の性格が如実に現れている。


「はぁ……Gクラスの男子はなんでこんななんですか……」

「少なくとも、俺のせいではないぞ? むしろ実剣での死合いを止めた俺は偉い」


 流石は、強いけど性格とかがなぁ……と思われているような、はっきり言って色んな意味でジョーカーカードである奴らが集まったGクラス。

 発想が既に脳筋や、戦闘狂のそれである。

 しかも、龍弥や英梨のような存在は除き、そのほとんどが各種族の代表のような存在であるから、それ相応の力も持っていて収集がつかなかった。

 龍弥や英治をはじめとする穏健派、実況でお馴染みの須藤海斗をはじめとする脳筋派に分かれて、血で血を洗う闘いが起こったのだが、そのような予備知識のない愛衣からはジト目しか向けられない。


「乱取り稽古で妥協している時点でアウトです」

「スポーツしようにも全員運動神経が良くて勝敗がつかず、結局は場外乱闘が勝負を決することを、既に我々は理解してしまっていた」


 文字だけ見れば平和な会話だが、実際の現場では螺旋を描くようにして互いが徐々に間合いを狭めながら、それに比例するように緊張感が高まっている。

「なんか、私の時と違う……! 何この格差……ジワジワ来るわ!」と、喜色を浮かべて悲しむという器用な芸当を見せる茜の頭を、「ん、どっちもどっち」とフォローになっているのか疑問な言葉と共に英梨が優しく撫でる。


「…………」

「…………」



 龍弥と愛衣の距離が狭まるに連れ、徐々に口数も減っていき、遂には誰も一言も喋らなくなった。

 すると、愛衣が懐から呪符を取り出し魔術を発動。

 選択した魔術は炎系統の魔術。テニスボールくらいの大きさのそれは、龍弥の手前に落ち、砂煙を上げる。


「はぁっ!」


 そして、動いたのは愛衣だった。

 選択したのが、小細工一切なしの突進であるのが愛衣らしい。炎弾は、この攻撃のための下準備といったところか。

 だが、龍弥は躱し、無防備な尻に一撃入れる。


「ヒャァ!?」


 ホットパンツを履いて、美しい脚線美をお披露目していたのが仇となった。

 龍弥の回し蹴りが愛衣のお尻に吸い込まれ、パァン!と小気味良い音を立てた。


「こ、このぉ〜!」


 キッと、涙目で龍弥を睨みつける愛衣だが、お尻を両手で守るようにしているせいで全く迫力がない。

 そして、龍弥は理解する。

 ――お尻を攻めたら、面白そうだと。


「ヒャ!」

「ど、どこから………ニャァ!」

「あ、あ……!」

「あ、くん……っ!」

「ま、待って、くだ……さぁぁ…!」

「〜〜〜〜!」


 回し蹴りを放てば、回転の勢いなんて気にせず平手打ちが。

 スピードを上げた龍弥を警戒していれば、背後からお尻を抓られ。

 背後に氷の壁を作れば、氷の壁に追い詰められて真横に手が……所謂壁ドンというやつをされて、主に英梨と茜の視線によるダメージを受けたり。

 壁ドンの恥ずかしさで俯けば、ずっと壁を押し続けていたせいで氷の壁が倒れ始め、背後がガラ空きに、次の瞬間少女の悲鳴が河原に響く。

 お尻を叩かれすぎて腰に力が入らずヘナヘナと座り込んでしまっても、龍弥の執拗なお尻攻めは続き、愛衣は最後には自分の声を押し殺すだけで精一杯だった。



 そして、今――


「龍弥、何か言い訳は?」

「何もございません」


 龍弥は、無表情で仁王立ちする英梨の前で正座をさせられていた。

 被害者である愛衣は、茜の背後に隠れて恐る恐る龍弥を見ている。お尻に魔法で冷気を当てて冷やしながら、「茜せんぱ〜ぃ……」と言う姿は、茜のSっ気を刺激するようで、「どうだった? ご主人様にお尻叩かれる感想は。龍弥くんにお尻ペンペンされるなんて、そんな羨ましいこと、滅多にないんだからね?」と精神的な追い討ちを……いや、あれはただ単にMとしての知的好奇心だった。


「別に、私は、起こってない、から。ただ、龍弥が、変態だった、事実に、びっくりなだけ」

「はい、英梨の怒りも驚きも当然です。僕が全ての犯人です」

「だから、怒ってない。あと、謝る相手が違う」


 そう言うと、チラリと被害者、愛衣に目を向ける。

 釣られて龍弥も目を向けると、愛衣がビクッと身体を震えさせ、バッとお尻を手で押さえた。どうやら先程のセクハラは、愛衣の心に深いトラウマを植え付けたらしい。


「ん……愛衣」

「は、はい……英梨さん」


 英梨が優しく名前を呼ぶと、愛衣がビクビクしながらも龍弥の前に立つ。


「龍弥さん……」

「本当にすみませんでした!」


 愛衣が口を開くと同時、F-1レーサーも驚くスピードで頭を下げる。もう、失うものなんて何もない。

 なんなら、師匠呼びから名前呼びに格落ちしているまである。


「その、これまで、茜先輩のことがよく分からなかったんですよ」

「……?」


 突然の展開に、首を傾げる。

 話に出てきた茜も、何やら分かっていないようで、耳がピクピク忙しなく動いている。


「でも……あそこまで執拗に攻められて……その、少しだけ……少しだけですが! あ、茜先輩の気持ちが分かった、気が、します……」

「本当にすみません!!」


 顔を真っ赤に染めて、モジモジと恥じらいながらとんでもないことを言う愛衣に、再び見せる高速土下座。

 二度目のそれは、一度目よりも格段にキレが良くなっていた。要らない技術が進歩していく龍弥である。


「あ、で、でも龍弥さんを許したわけじゃありませんからね! 確かに少しだけ気持ちよかったですが、それでもお外であんなことをするのはいけないと思うんですよ! そ、その……そういうのは、夜、私か龍弥さんの部屋で二人だけの時にお願いしますね……?」

「すみません、本当にこれ以上はキャパがオーバーします」


 三度目の高速土下座。三度目のそれは、以下略。

 変態は一人で十分だ。

 と、それまで黙って話を聞いていた英梨が、


「……愛衣、その……気持ち良かったの……?」

「え、えっと……その、正直……」

「ん…………」


 自分が変なことを言っている自覚があるのか、恥ずかしさから両手で顔を覆いながら答える愛衣に、一言返事をした英梨は、龍弥へと視線を向ける。


「な、何かな……?」

「龍弥、単刀直入に言う。私もやってみたい」

「待ってくれ、いよいよ世界が崩壊し始めた」


 超速度型である龍弥の脳をもってしても、処理が追いついていない。


「龍弥への罰は、今夜私にあれをすること。夜の間は龍弥は私の言うことを聞く。オーケー?」

「ノーオーケー。ごめん、全然意味わかんない」


 話が話なので心配だが、こういう時にはなんだかんだ言って一番マトモな茜に助けを求める視線を投げかけると、


「……つまり、皆だけズルイってことよ。自分も龍弥くんとイチャイチャしたいってこと」

「ち、違う! わ、私は別に……」

「あー、はいはい。分かってるから。茜も揶揄わないように」


 頼みの綱である茜が冗談を言い始めて仕舞えば、もうこの場は収拾がつかない。

 不可能なことは頼まないという条件で英梨の罰を受け入れ、龍弥は愛衣に向き直る。


「愛衣、本当にごめん。変態と罵られても十分なことを、俺はしたと思っている」

「い、いえ、本当に大丈夫ですので!」

「だ、だけど……」

「本当に大丈夫ですから! あれは勝負の世界ですから。実戦で起きてたら文句は言えませんので、私も文句は言いません」

「そ、そういう話じゃないだろ……」

「いえ、そういう話です。私がそういう話にしたいんですから。むしろ、龍弥さんにそうやって距離を取られる方が、私は気にします」


 そう言うと、愛衣は「エヘヘ」と笑い、


「あの……ですから、師匠と呼ぶことを許してもらえませんか?」

「あ、ああ、それは勿論」

「やったぁ!」

「うわっ、って愛衣ちゃん!?」


 歓声と共に、愛衣が抱きついてくる。

 不意打ちのそれに、龍弥は押し倒されて、

 気付けば、目の前に愛衣の笑顔があった。


「言質、とりましたからね?」

「言質って……………マジか、やられた……完全に俺の負けだ」


 愛衣の師匠呼びを、龍弥は認めてしまった。

 勿論、愛衣のこれまでのしおらしい態度が、全て演技だった訳ではないだろう。

 愛衣は、龍弥が気にしないように、まるで自分の策略だったと見せかけているだけだ。

 龍弥の敗北宣言も、それを理解してのことだ。

 器量も、懐の広さも、何もかも、愛衣には敵わない。


「そ、そんなことより、次は英梨さんですよ!」


 パンッと手を叩き、愛衣スゲえ、という空気を切り替える。

 しかし、本人の頰は紅く染まっており、ニヤニヤの視線が愛衣に突き刺さる。


「おう、そうだな。英梨だけど……」

「ん、龍弥。それは私から提案がある」

「提案? 正直言って魔法型はよく分からないから英梨のしたいようにしていいぞ?」


 英梨から提案など珍しい。

 少し驚きながらも、返事を返す。

 だが、英梨はハッと思い詰めた表情をしたかと思うと、俯いてしまった。


「…………」

「だからあれはお前のせいじゃないって、何回言えば分かるんだよ。俺や親父は勿論、里の奴らだって気にしてないさ」

「でも…………」

「でもじゃない」


 俯いたままの英梨の頰を両手で挟み、無理矢理顔を上げさせる。

 口がタコのようになっており、思わず口を緩めてしまうと、英梨が不満げにムームー唸る。

 龍弥に無理矢理何かをされることも確かにワクワクするが、女の子としてこうも弄られるのは少しばかり恥ずかしい。

 両側からムギュッと潰されている顔など、決して美しいものじゃないだろうから。


「いいか、英梨?」


 頬っぺたから手を離し、肩に手を置いて目を見ながら話す。


「お前は過去に囚われすぎだ。過去を見ることは別に悪いことじゃないけど、それで今が滞れば本末転倒だろ? 気にしてないったら、気にしてない。本人がそう言っているんだからいいの。アーユーオーケー?」

「…………」

「ま、今はそれでいっか。うーん、でもそうだなぁ。あの時のことを償いたいって言うのなら、多分そう遠くない未来に英梨の力を必要とする時が来るから。そうなったら、その時に、今度は英梨が助けてくれないか?」

「りょ……了解したっ」


 愛衣の真似か。

 ピシッと敬礼を決める英梨。表情からも、全てではいかないが陰が抜けている。

 それを確認した龍弥は、気付けば英梨の頭に手を置いていて、英梨の頭をゆっくりと優しく撫でていた。

 突然の龍弥の奇行に、目を見開いて驚きを表していた英梨だったが、次第に目を細めてじっくりとその感触を堪能し始めた。

 他の二人を放っておいて、二人だけの世界を作り出してしまう。

 ことの発端である茜は先程から若干空気と化しているし、愛衣に至ってはもっと悲惨だ。一方的にセクハラを受け、一人だけ()()()付けなのを気にして大人っぽく振る舞ったのに、いつの間にか二人の空間を彩るための花になっている。


 だが、


「「…………」」


 英梨の幸せそうな表情に何も言えない。

 この空気に水を差すのは気が引ける。引ける、が……。


「師匠……そろそろ昔何があったのか聞かせてもらえませんかね」

「ええ、いつも二人だけで通じ合って、少しズルイと思うわ。私……は兎も角、宮島さんなら何か力になれる筈よ」

「茜先輩、二年後くらいに今の言葉を思い出して、恥ずかしさで悶え苦しんで下さい」

「同窓会で皆の前でバラすと言うのね!? くっ……魅力的な提案だけど、その手には乗らnガハッ!」


 愛衣の見事な手刀が決まった。

 それなりに力を入れていたのか、茜が乙女が発してはいけない音を発して、白目を向いて倒れる。

 ドMということで、無駄に耐久力があったのが仇となった。気絶させるためには、最早これくらいの威力が必要なのだった。


「……変態先輩は置いといて、お二人の過去を、そろそろ愛衣も知りたいんですが、教えてくれないんですか?」

「「…………」」


 真横に変態が倒れてきて、元の世界に強制帰還させられた二人。

 何が起きていたのかは分からないが、こうだぞ、こう、と言いたげに身体の前で上下させられている手刀を見るに、歯向かってはいけないと本能で理解した。

 忘れられていたこともあり、若干怒りの滲む笑顔が怖い。


「えっと……英梨が気にしていること、だよな?」

「はい、無論そのことです。あ、ふざけたら分かってますよね?」

「はい、勿論です。委細承知しております」


 手刀がより鋭く、速く振り抜かれる。

 本能で理解する。妖荘で、一番怖いのは愛衣だと。


「……ん、話せば長くなる」

「っ……あ、ああ。あれは十一歳の時だったか……。英梨が……入院したんだよ」


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