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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
11/23

不穏な気配

腕の怪我とかもあって遅れました。すみません!

 

「は〜、そんなことがあったんですかぁ」


 その日の夕方。毎日の習慣で龍弥達は夕食前に一度集まるのだが、龍弥達が今日あったことを話して聞かせると、愛衣が間延びした声で一言そう言った。


「なんか変な喋り方だな、それ」

「いえいえ〜、別にぃ、師匠は一度全世界に向かって謝るべきだとか、こんなんじゃ義妹の朧さんもさぞかし苦労したんだろうとか、全く全然一ミリたりとも思ってませんからぁ〜」

「俺、詳しい説明して本当にその通りな奴、見たことないわ」

「…………」


 愛衣の笑顔がピシィッッと固まった。


「なんで……――」

「あ、愛衣さーん……?」


 俯いて肩をわなわなさせる珍しい姿に、龍弥が茜に助けを求めるが、茜は「ハァ…………」と深い溜息をつくばかりで役に立ちそうにない。

 英梨は、プールの話になった際に、その時の顔を思い出してしまったのか「えへへ……」と、顔を真っ赤にしてバグってしまっているので同じく役に立たない。


「なんで師匠はこういう時だけ気付いて、そういう時には相手の想いに気付かないんですか!?」

「いや、そういう時って……どういう時だよ」

「そんなんだから、未だに彼女の一つも出来ないんですよ!?」

「いや、別に今も未来も彼女が欲しいとは……」

「そういえば師匠はそんな人でしたね! 未だに昔のことは教えてくれませんしいい加減に、って、英梨さんが死にそうです! カムバックですよ、英梨さーん!」


 顔を真っ赤にして説教を始めたかと思えば、少し傷付いた表情をし、そしてすぐに真っ青を通り越して感情の抜け落ちた英梨の蘇生を始めた。


「忙しい奴だなぁ」

「全部貴方のせいだけどね」


 手厳しい。

 が、実際に、自分が悪そうな気がするので何も言えない。

 そして愛衣が蘇生を続けること一分……


「……知らない天井……」

「英梨、そっちは壁だ」


 愛衣の蘇生の甲斐あって(?)、目を覚ました英梨だったが、どうやらまだ余裕がありそうだ。

 目を開いて早々、小ボケをかましてきた。


「なんでこんなに疲れるんですか……」

「お疲れ様ね」


 テーブルに突っ伏す愛衣の頭を、茜が優しく撫でる。

 すぐに「や、やめてくださいよっ、そんな子供扱い!」と手を払うのだが、その顔は満更でもなさそうで少し紅くなっている。

 それをニヤニヤと眺めるのは、龍族の少年とサキュバスの少女。


「〜〜! そ、そんなことより昼御飯はどうしたんですか! お昼の話がありませんでしたが、私が一人寂しく最近オープンしたモールに行っている間、まさか食べてないなんてことはないですよね?」

「何故だろう、寂しいという言葉が嘘に感じるのは」

「龍弥……愛衣の冗談」

「いやいや冗談じゃありませんよ!? 実際結構寂しかったんですからね? 愛衣のハートはうさ耳ハートなんです! うっさうさですよ?」

「心臓にうさ耳が生えてるのは、むしろ強心臓、というか別の生き物になってないか?」

「言い間違いです! 小兎のように、そう、小鳥の心臓です!」

「ん、どちらにしろ毛の生えた強心臓」

「こ、この二人……〜〜!」


 テーブルに、再び頭を落とした。今度はガンッ!と音を立てて、先程の比ではない。同じくテーブルに打ち付けられた拳がわなわな震えている。

 林檎とか渡したら、そのまま果汁100%ジュースにしてくれそうな雰囲気だ。


「…………」

「「……?」」


 ふと、小刻みに震えていた身体がピタリと止まる。

 訝しげに眉を潜めるのは、今日も息ピッタリな幼馴染コンビ。

 あ、ちなみに茜は目を瞑ってボォーとしている。自分への飛び火を極力避けているのだ……愛衣を見捨てたとも言う。


「師匠は英梨さんのこと、どう思ってるんですか?」


 顔を上げた愛衣の表情は、それはそれは壮絶な美しさだった。中学生、少なくともまだ恋を知らない少女が出せる色気ではなかった。

 なのに、何故だろう。

 龍弥は恐怖しか感じない。


「宮島さん、それは……」

「分かってます、茜先輩。でも、これは二人のためですから」

「……それは、そうだけど……」


 疑問符以前に恐怖で思考の働かない龍弥と、愛衣の発言がピンポイントで急所に突き刺さったがために硬直している英梨を差し置いて、話はどんどん進んでいく。

 二人が、"場の主導権を握らなければ死ぬ"と、そう気付いた時には時すでに遅く、茜は愛衣に丸め込まれていた。


「それで、師匠にとって英梨さんとは?」

「そんなの……」

「あ、勿論幼馴染だからは禁止ですよ?」

「…………」


 逃げ道を塞がれた龍弥は黙り、下を向いて考え込む。

 龍弥にとっての英梨。昔ならば友達の一言で済むが、それも違う気がする。

 だからといって、何かはっきりとした答えが見つかるかと言えば、勿論そんなこともない。


「放っておけない奴、かな」

「放っておけない……」


 それなりに考えて出した答えだったが、愛衣は不満なようで苦い薬を飲んだような顔をしている。


「ん、愛衣。私は満足。ありがとう」

「…………はあ、今のは忘れてください師匠」

「ああ、そうするよ」

 

 が、結局眉間を揉みながらお許しを頂いた。

 なんとも言えない空気にしてしまったことに、罪悪感を抱いたのか、そのまま立ち上がり、


「……それじゃ、そろそろ晩御飯の準備をしなければいけないので」

「わ、私も手伝う……!」


 台所へ向かうために席を立った愛衣を追うようにして、同じく先程の話を少し気にしているのか英梨が逃げるように席を立つ。

 時計を見れば、時間的にはまだ作り始めるのには少し早い時間だ。

 愛衣が英梨に料理の基礎を教えるとして、今は中々丁度いい時間だった。


「ふあーぁ」


 何をするでもなくエプロンを着ける二人を眺めていると、欠伸が出た。

 空いた時間、こんな時に夏休みの課題をやるのが正しい高校生のあり方なのだろうが、生憎と妖荘の全員で一緒にやる約束をしているので課題は出来ない。

 手持ち無沙汰だから、いつもは夜に行う魔道具の調整をするしかない。まあ、調整と言っても龍弥にはそんな知識も技術もないから、あってないようなものだが。

 龍弥が取り出したのは、小さな水晶。

 握る拳程の大きさで、面白いことにその水晶を通して周りを見ても、きっと水晶越しに見ているとは気付かないレベルで純度が高い。

 龍弥がこの水晶にすることと言えば、表面を磨くことくらいだ。


「……それで、話したいことがあるんだろ?」


 台所で少女二人が談笑しているのを確認し、手元の水晶を弄りながらも龍弥が単刀直入に切り出した。

 同じく台所で仲睦まじく話す二人を眺めていた茜の肩が、ピクリと震える。


 龍弥のその問いは、茜の方には目もくれずに発した問いだというのに、茜は息がつまるような、まるで龍弥に睨まれたかのような錯覚を覚えた。

 返事がないのを不思議に思ったのか、龍弥は水晶を弄る手は止めずに茜の方に目をやった。


「…………」

「ああ、あの二人なら心配はいらない。こっちに意識を向けてる様子はないからな。それでも心配なら、場所を移すが?」

「いえ、大丈夫よ……」

「そうか」


 苦笑いする茜。龍弥は小さく返事をすると、また水晶に顔を戻した。

 少しの間沈黙の時が流れて、


「一つ、聞いていいかしら」

「なんだ?」

「どうして、私が話したいことがあるって、龍弥くんは分かったのかしら?」


 今日の言動を思い返してみても、自分にそんな素振りはなかったと茜は言い切れる。


 ……そもそも、朝はそれどころではなかったし……。


 さらに言えば、元々疑念はあっても確信したのは今日の昼前である。

 その後の龍弥との接点など、茜自身が龍弥を避けていたこともあってそれこそ数える程しかなく、なのに龍弥が気付いていたことに茜は僅かな期待を抱きながら問うた。


「んなもんバレバレだよ。変態発言がいつもより少ない」

「そんな判断方法!?」


 期待していたのに、なんということか。

 予想外過ぎる答えに、悲しみや怒りを通り越してもう驚くしかない。

 と言うか、朝の件で控えていたのもあるし、そもそもそんな日常的に変態発言を繰り返しているような言い方は語弊がある。

 茜がしているのは、あくまで1日1回程度の、飼い主になってくれという頼み事である。それが異常なことに、茜自身は気付かない。


「という冗談は置いといて……、実際はプールでの件だよ」

「プールでの……」


 やはりか。

 茜自身にも、龍弥にバレたと考えられる場面はそこしかなかった。

 プールという単語に、何故かピクリと肩を反応させた少女もいた。会話は聞こえなくとも、サキュバスさんは勘が良いのだ。


「なんというか……責任転嫁するわけじゃないが、あの時のお前は俺と英梨の関係を変えようとして、英梨にあんなことをしたんだろ?」

「幼馴染としての関係を、恋人同士に?」

「? それ以外に何かあるか?」


 龍弥は一見、全く動揺せずに返したように見える。だが、茜の獣人としての動体視力(種族解放関係のない天性の能力)はその僅かな変化を見逃さなかった。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ水晶を弄る手が止まったことに、茜はしっかりと気付いていた。

 そしてまた、これが図星を突かれたからではないことくらい、もう半年の付き合いである茜には分かっていた。

 これは、心の底から予想外の質問をされて動揺しているからであり、つまり心の底から龍弥は本当の気持ちを言っている。

 茜は、先程の愛衣の怒りの理由と何故英梨が料理に興味を持ったのか、そのことに全く思い至らない上、勘違いまでしていそうな目の前の男に溜息をつく。

 だが、これはもう病気の域だ。少し異常な龍弥の保護欲と共に、過去に何かあったのだろうと考えて、茜は兎に角話を進める、


「……確信したのは今日、私達は誰かに監視されているわ」

「ナ、ナンダッテー!」


 龍弥はわざとらしく大袈裟なポーズを取る

 だが、茜はそれにムッとするのでもなく、ただ静かに、


「信じられないかも知れないけど……学校に居る時はいつも、多分誰かに見られているわ」

「…………」


 その真剣な表情に思わず絶句する。

 口の中の水分が失われていく感覚を感じながら、龍弥が発した疑問は


「……更衣室も?」


 英梨の着替えが見られていないかどうかの、心配であった。

 龍弥らしいと言えばらしいのだが、あまりに空気を読めていない質問に、茜も思わず苦笑いするしかない。

 だが、単なる空気読めない人で終わらないのが龍弥である。


「もし、そうなら……記憶を消してから殺すしかないか……いや、もういっそのことクララさんの経営する美容室に……」


 至極真剣な表情で、平和ボケの日本では中々聞かないセリフをさらりと吐く。顔がマジなのが、何より一番ヤバい。ヤバいとしか言えないくらいヤバい。

 ちなみに、美容室のお姉さんの本名はクランベルド(♂)と言い、筋骨隆々の女性だ。戦闘能力はピカイチで、そこんじょそこらの戦士では歯が立たない。

 思わす化け物と言って逃げ出しだ龍弥に、一撃与えるくらいには強い。

 龍弥の中でへ、死ぬ<クララという不等式が成り立っている時点で、どのくらい()()()のかはお察しだ。


「こ、更衣室とかは大丈夫よ。あくまで登下校の間と、休み時間くらいだから。でも、一応伝えとこうかと思って……」

「ああ、あまり一人で出歩かないようにした方が良いだろうな」


 それと、もう一つ龍弥が信じることのできない理由があった。

 龍弥は自分の力を過信している訳ではないが、それでも英梨の危機に関しての危機察知能力は、既に人間をやめていると言っても過言ではないし、英梨に関係ないとしてもその察知能力はトップクラスなのだ。

 茜は獣人特有の勘で気付けたのだろうが、龍弥は気付かなかった。呑気にプール掃除をしたり、水着を洗って干したりしていたのだ。


「あと、出来れば犯人を特定してもらえると……」

「勿論分かってるさ。茜は女子なんだから、誰かに見られているかも知れないことに、恐怖や羞恥を感じるのは当たり前だ。別に恥ずかしがることじゃない」


 そう言うと、龍弥は弄っていた水晶を机の上に置き、茜の目を見た。

 その目は、龍弥が英梨に向けているものとは少し違ったが、同時に同じくらい温かいものでもあった。


「それに……少し気になることがあるからな。……おーい、英梨」


 龍弥が英梨を呼ぶと、


「ん……どうしたの?」


 英梨が一瞬で振り返って答えた。

 小首を傾げキョトンとした表情に、右手に鈍く光る包丁がミスマッチし過ぎて(こわ)可愛い(かわいい)

 どうやら英梨は野菜を切っていたようで、その作業に集中していたにも関わらず一瞬で反応した英梨に、愛衣が驚きながらも呆れていたりする。茜はいつも通りの苦笑い。


「明日、一緒にどこかに出かけないか?」

「…………そ、そそそそれって、で、デート?」

「ん? あ〜……――そう言うのかも知れないな。それとも、なんか用事でもあったか?」

「行くっ! 絶対行くっ! 死んでも行くっ!」


 やや、食い気味な参加表明に龍弥が満足げに頷く。

 その裏で……


「死んだら行けない、というか多分、師匠の手によって世界中の人が冥土に逝くことになりそうなので絶対にやめてくださいね?」


「罪な男よね…………」


 二人の少女の溜息が漏れていた。



 なお、その日の夕御飯だが。

「英梨さん、何故全ての野菜をみじん切りに!? 嬉しいのは分かりますが、少し動揺し過ぎですよ! しかもこんな分かりやすい場面に限って師匠はいないですし!」

「ああ、彼なら水晶を仕舞いに行ったわよ?」

「龍弥とデートッ、龍弥とデェトッ♪……えへ、えへへ……えへへへ…………」

「収・拾! ああ、私の髪の毛が心配ですね! 私、鬼族なので大丈夫でしょうが!」


 英梨が龍弥の「美味しい」の一言を得た代わりに、愛衣の精神は疲労していく一方だったとか、そうでないとか。


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