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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
10/23

照れ隠し

読みにくかったらすみません……

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 場所は屋上。時刻は放課後。

 龍弥達は今、学園長(咲夜)に頼まれて、学園のプールを掃除していた。下は水着で、上はTシャツ一枚の格好で。

 何故夏休みにも関わらず水着を持っているのかというと、男子は水着を魔法を使ってその場で洗うため、家に持って帰らないのだ。

 Gクラスの水泳があった日の放課後は、旧校舎の空き教室の窓に男子のスクール水着が並んで掛かっているという、中々シュールな光景を見ることができる。果たして需要があるかは別として。

 旧校舎を使うのは、Gクラスの他には、一般人でない異人の先生達が休憩しにくるくらい。旧校舎の空き教室を水着だけのために三つ使っても、まだまだ余裕はあるのだ。


 そして、今龍弥達が何故掃除しているのかというと、学園長室におぞましい何かを置いたことへの罰だ。

 あの後咲夜に、サバイバル試験のせいで沢山ある校舎裏の一つに連れ込まれ、涙目になりながら怒られた。

 龍弥だけ。

 いらんところで同郷のよしみを出さないでほしい。


「ごめんな。その……あたしの仕事なのに」


 誰に与えられた仕事なのか。

 自分のことを学園長だと自称していることを忘れてやいないか? 

 龍弥が白い目で咲夜を見ていると、


「いやいや、流石に先生にはさせられませんから」

「そうか……ありがとな」


 英治が女なら誰もが惚れてしまう笑顔でそう言うが、彼女には難なく躱される。

 いや、躱されるというのもおかしな話か。英治に、他人を、少なくとも年上を惚れされる気など全くないのだから。

 このイケメンに泣かされた女は数知れない。この顔でロリコンとか、本当に被害者(女性)たちは可哀想だ。


「ああ、そうだな」

「……労働基本法……」


 デッキブラシ片手にプールのあらゆる所を磨くのは、学園内でも有名な問題男三人組。

 冷酷、ロリコン、覗き魔。英治に関しては、生徒達にはロリコンでなく昼行灯で通っているが、性質を表した言葉としてはロリコンで正しい。


(いや、それだと俺が冷酷になるけど)


 これも、イケメン君の策略だろうか。

 痛くも痒くもないのだが。


「…………」


 龍弥と英治は学園長に与えられた罰として掃除をしているが、端暮は別にここにいる必要はない。

 では何故いるのか。端暮は友人のためと言っているが、どうせ女子の水着を見るためだろう。

 龍弥が掃除すると言えば、英梨が付いてきて、そうすれば罪悪感から、遅刻しそうになった原因である茜もまた付いてくると考えたのだろう。


 茜は三時間目の途中で戻ってきたので、昼休みは皆屋上で食べました。


 ただ、女子は当然のように水着を家に持って帰って、今は持っていないから水着を見る夢は叶わないだろうけど。

 藻が生えているわけでもない屋内プールの掃除など、簡単だと思ったのも理由の一つだろう。


「……何故俺は了承を……」


 そして今、龍弥達三人は猛烈に後悔している。

 授業で使う屋内プールの上に、屋外プールがあったなんて、そんなこと知らない。

 水の抜けたプールの中は、太陽の光が反射することによって、プールサイドが熱いとか言ってるのが可愛いくらいに蒸し暑い。

 サウナどころか、まるで拷問。料理されているみたいだ。龍弥達のような異人でなく、一般生徒なら普通に倒れているレベルだ。だからこそ龍弥達に回されたのだろうが。

 そして、汚い。……汚い。さらにさらに……汚い。

 長年使っていなかったのか、手入れが全くされていない。苔が生えているのは、本当に意味が分からない。


「「「…………」」」

「ん、どうしたんだ? やっぱりあたしも手伝った方が良かったか……?」


 オロオロする咲夜。

 龍弥は、プールサイドに立てたパラソルの下、まるでバカンスに来た人のように、敷かれたレジャーシートの上で横になっている学園長を睨みつける。

 顎の下に手をやり、うつ伏せになって、脚を膝からゆっくりと交互に動かしている咲夜。バタ足の練習だろうか。

 いや、勿論サボっているわけではない。

 先程デッキブラシ片手に掃除していたところ、足を滑らせて龍弥と激突。目眩と立ちくらみで龍弥に倒れ込む。ホースで水をまけば、龍弥の顔面に勢いよく放水する。そんなこんなで、流石に心配になった三人が止めさせたのだ。

 ちなみに、龍弥にぶつかったり倒れ込んだりした時の学園長の台詞は、『……い、いつまで触ってるんだよ! ま、まあ…………でも、その、あ、ありがとう……』と、非常にツンデレを爆発させていた。

 しかも、それに英治と端暮がニヤニヤしたことで彼女は、『お、お前ら、ニヤニヤするなぁ! だ、大体なんでお前らがニヤニヤする必要が……な、なんだよ……!』というふうに盛大に自分から地雷を踏み抜いていたのだが、倒れた衝撃や顔面への強烈な水圧によって意識が飛びかかっていた龍弥には、残念ながら聞こえていない。


「……咲夜はしなくて良いって、何度言えば分かるんだ?」


 純粋に学園長、夜叉神咲夜を気遣ってのもの。


「い、いやでも……あたしだけ楽するのは、お前たちに悪いし…………」


 すると、手伝いということで一番楽なプールサイドの清掃をしていた端暮が、おもむろに咲夜に近づき何かを呟く。

 寝っ転がる咲夜に端暮は立ったまま喋ったにも関わらず、龍弥と英治に端暮の声は聞こえなかった。

 だが、効果は覿面だったようで、咲夜は途端に顔を赤くする。


「な……! な、なんであたしがあいつに、そんな事をしなくちゃいけないんだよ!」

「ーーーー」


 あまりに驚いたのか、龍弥達でも咲夜の声は聞こえた。

 それに全く動じず、再度咲夜に何かを伝える端暮。

 と、今度も咲夜の反応だけはよく聞こえた。


「んなっ! そ、それは本当なのか……!? い、いやでも流石にそれは…………」

「あの……なんの話をしてるんだ?」

「お、お前には関係ない! べ、別にお前のことなんて何とも思ってないんだからな!」


 勢いよく立ち上がり、ピシッと音が聞こえそうな程完璧な指差しをしながら咲夜が言う。


「じゃあ、いいや」

「え……え?」


 引き攣った笑みを浮かべる親友二人に、どこか不機嫌な咲夜。

 三人が何故そのような反応をするのかが、龍弥には分からない。


「え、え?」

「別に、龍弥のことを何も思ってないわけじゃないのに…………」

「……?」


 分からない。

 それなら、さっきのは何故言った?

 ゆっくりと立ち上がった彼女の水着は、普通のスクール水着で、露出は少ない。もし咲夜が学園長だとして、今時そんなものどこで手に入れたのかは気になるが、聞いても多分教えてくれない。

 と、それは兎も角。

 小振りな尻に胸、細い腰、脚も腕も細い。

 所謂幼児体形なのだが、それは言ってはいけない。自分の胸の大きさを、結構気にしていたりするからだ。

 ぺったんこなんて言った日には、泣いてどつかれる。正直、龍弥はもう一度見てみたい気もするが、その可愛い姿を見るために泣かすなど少し非道なので諦めている。

 どこかのドMが喜びそうな状況は起きないのだ。

 ピンク色の髪をツインテールのようにし、勝気な青い瞳に幼さを感じる容姿も相まって、二十歳(自称)を過ぎてもスクール水着が似合う驚異の戦闘力を誇る。本当に二十代かは怪しいところだが。


 愛衣と同じ中学生ではないかと、龍弥は密かに疑っていたりする。本当は学園長の娘だが、色々な意味で危ないGクラスに対するカモフラージュとして嘘をついていると、そう龍弥は思っていたりする。

 ちなみに、ロリではない。愛衣より少し背丈が小さいだけで。念のため。

 愛衣よりも発育の悪い部分はあるが。……念のため(二回目)。


「そうか……! 龍弥も遂にロリの良さに気づいて…………元からだったね。ああ、心配しないでくれ。僕は、人の物を奪うほど無粋じゃないから」


 英治が、冗談半分、勧誘半分で言う。

 重ねて言うが、ロリではないのだ。


「え、いや、俺は精神が大人なら見た目が子供でも気にしないだけで……あと、元からって何⁉︎ 心配するなって何⁉︎」


 龍弥のこれはノリツッコミ。


「……学園長が孕むところなど、事件の匂いしかしない。安全に出産させられる自信があるのなら、俺は祝福しよう……勿論雪浜が孕んでも」


 端暮のこれも、当然悪ノリだ。

 なお、咲夜が妊娠しても別に事件の匂いはしない。教師という立場として、生徒と……以外に考えられる事件性はない。

 重ねて言うが、咲夜はロリではない。

 愛衣と同じくらいなので、中学生に見えるが。というか、疑えば疑うほど中学生に思えてくるが。

 ある一部は、小学生にも負けている可能性すらあるのだが……勿論自分は地雷を踏み抜くアホではない。


「学園長と龍弥ができ婚か……夜叉堂咲夜と夜叉神龍弥……どちらの苗字でもそこまで変わらないね……。雪浜龍弥と夜叉堂英梨……うーん、微妙かなぁ……」

「うるさい」


 夜叉が苗字につくということは、咲夜は龍の里の中でも比較的龍弥と近い家系だ。

 だが、龍弥の記憶の中に夜叉神咲夜との思い出はない。少なくとも、ピンク色の髪の人に知り合いはいない。


「うっ…………」


 昔の記憶を考えていると、突然頭痛がした。

 龍弥が思い出そうとすればする程、頭痛は酷くなっていく。

 きっと、過去のトラウマでも抉られたのだろうが、トラウマが多過ぎて予想もつかない。


「……祝福を……」

「祝福を」


 だが、三人ならツーカーなことも、勿論他人は分からない。この三人の中で交わされる冗談は、周囲の人にとって冗談と思えないらしい。


「……な、な……! あ、あたしが…………り、龍弥と結婚するのか⁉︎」


 現に、冗談だと通じていない犠牲者がここにいめしたね。はい。


 何かを言いかけて、慌てて言い直した咲夜の顔は、女の子らしく顔を真っ赤にしていた。

 学園長(自称)だというのだから結婚話なども多そうだが、どうやらそんなことはないらしい。まあ、嘘なのだろうから当たり前だが。

 龍弥がそう納得していると、その感心した表情が気に食わなかったのか。


「な、なんだよ! ま、まあ、あたしは別に嫌なわけじゃ……」

「ごめん、もう少し大きな声で言ってくれない? 暑さで頭がクラクラしてさ」


 プールサイドに上がりながら、龍弥が言う。


「…………ふん」


 何を間違えたのか、咲夜はソッポを向いてしまった。


「なんで、あんなに鈍いんだろうな……?」

「……俺に聞くな。だが…………これは、予想だが……雪浜以外に関してあまり関心がないからじゃないか……?」


 同じくプールサイドに上がった英治が、端暮と何やら話しているが、ばっちり耳には届いている。


「お前らなんの話をして……って、咲夜!? ど、どうした!? そんな世界の終わりを見たような表情して!」


 咲夜は顔面蒼白で、まるで石になったかのようだった。


(まさか、メデューサの石上さんの攻撃か!?)


 立ったまま固まる咲夜に駆け寄り、周りを見渡すもそれらしい蛇はいない。

 そんな龍弥の肩を英治が掴み、


「ショックで固まる中学生少女は置いておいてーー」

「……中学生少女?」

「置いておいて!」

「お、おう?」


 何やら分からないが、有無を言わせない迫力ある笑顔で迫られては追求もできない。

 咲夜のことを中学生と言うなど、自殺行為だろうに。


(あ、だからなかったことにしたいのか)


 恐怖の村雨に聞かれなどすれば、それこそ浮気を疑われる。咲夜にやられるか、村雨にやられるか。英治の命が危ない。

 英治に特に恨みはないので、龍弥は英治のためにも聞かなかったことにした。


「そもそも、龍弥はどうして先生に対して敬語じゃないのさ」


 どうやら本当に、ショックで固まる(中学生)少女は放っておくらしい。


「どうしてって言われても……なんか、咲夜には敬語が使えないんだよな……」

「ふーん……」


  何やら興味深そうな顔をしているが、知的好奇心を前面に押し出さないで欲しい。


「なんだろ……? あ、でもさっきの中学生って言葉で思ったけど、やっぱり学園長には見えないんだよ」

「グッ……!」


 なんか、どこからか変な声が聞こえた気がしたが、すぐに端暮が引き継いで、


「……それは、どうしてだ……?」

「そうだなぁ……なんか、妹みたいなのが一番近いかな? 雰囲気というか、学園長として接する気にはなれないんだよね。まあ、妹なわけないんだけど」

「それは、どうしてだい?」


 英治が眉を寄せながら聞く。


「単純な話だよ。俺の母さんは俺を生んで、その直後に亡くなったんだ。父さんは再婚していないし、母さんが妾とかに反対だったから、腹違いの妹ということもない」

「…………!」


 息を飲む音が聞こえた気がした。

 龍弥の表情に何を見たのか、英治は苦しげに息を吐き、


「それは……すまなかったね。だけど、あと一つ聞いていいかな? 龍弥には義妹がいたよね? それという可能性は?」

「それこそないな。あいつの名前は咲夜じゃないし、見れば分かる。あと、それって言うな」


 そこまで龍弥が言うと、英治は「ごめんよ」と謝りながら、龍弥の肩を叩いてくる。

 一見誠意が籠っていないように見えるが、龍弥も重くるしい雰囲気にしたいわけではないし、義妹である朧の話は半分冗談だ。

 高校に入ってからの短い付き合いだが、英治は気持ちを察してくれたようだった。


「おい、咲夜。一体いつまでそうしているんだ?」

「あ……あ、うん。そう、だよな。あたしに興味なんてないよな……」


 神妙な表情で俯く咲夜に話しかけると、何かブツブツ言いながら咲夜が復活した。

 顔が青ざめていて、見るからに体調不良そうだが。


「どうした? なんか具合悪そうだけど」


 先程、暑さで立ちくらみを起こした咲夜だ。

 心配に思い、咲夜の額で熱を測る。

 それ自体は、二人の距離感なら別におかしなことではない。勿論、いつもならすぐに咲夜が暴れてしまうのだが。

 だが、今回ばかりは咲夜が暴れず、産まれたての子鹿のように弱々しく龍弥の服の裾を掴んだ。


(!!!!!?)


 ……異常である。

 明らかにこれは体調不良だ! すぐさま病院に連れて行くくらいのレベルで!

 

「さ、咲夜……? す、すごい熱だぞ⁉︎」


 ()()()()()()()()()()を離し、龍弥が驚愕の声を上げる。


「そんなことすれば、誰だってそうなるよ……」

「……あいつ、自分の顔が整っていることを自覚していないからな……。その上、所々天然でタチが悪い……」

「実際、雪浜さん一筋だっていうのを隠したら、僕なんか比べ物にならない程モテてるだろうしね。誰にでも優しいけど、特別は絶対に一人だけ。女子の間では、結構話題になっているらしいよ?」

「……自覚してないと言えば、多分自分が過保護なことも自覚してないな……」


 二人は顔を見合わせて


「「ハァ……」」


 そして一方、後ろでそんなことが行われているなど露知らない龍弥。

 先程から何も喋らず、龍弥の服の裾を掴みながら俯いてしまっている咲夜に、龍弥はただオロオロすることしかできない。


「だ、大丈夫か? 耳まで真っ赤だし……やっぱり熱中症なんじゃ……?」

「……! み、見るな!」


 そう言いながら、耳を手で隠そうとして……

「む」


 自分の手が、龍弥の着るシャツを掴んでいることに気づいた咲夜は、少し逡巡したあと、頭を龍弥の腹に突きつける。

 鳩尾に頭突き、普通ならここで、「グッ!」とか言うものなのだろうが、生憎と龍弥の体は頑丈だ。

 中学生にしか見えない女の子に頭突きされた程度では、痛くも痒くもない。


「さ、咲夜。早く保健室に行くぞ」


 咲夜の頭をピシピシ叩きながら龍弥が言う。

 だが、あまりにも優しく叩いているせいで、それはもう撫でていると言った方が適当だ。

 少しそのまま撫でていると、咲夜がゴロゴロ言い始めた。……猫みたいだ。

 この後、「ニャーん」とか言い始めても、多分違和感ない。


「…………はっ!」


 突然、咲夜が顔を上げ、周りを見渡す。

 生暖かい眼差しの英治と端暮。

 そして、自分の手が、まるで龍弥にしがみつくように添えられ、まるで抱き合うカップルのような距離感であることに気づく。

 ギギギと幻聴まで聞こえてくる程不自然に龍弥の顔を見上げ、自分達が今周りからどんな風に見えるか。そして、自分が何をしていたのか。

 その二つに思い至ったのか、「ヒュッ……」と可哀想なくらい顔を紅潮させた咲夜は、


「は、離せよ……!」


 龍弥を突き飛ばそうとしたのだが、当たり前と言えばそうだが、咲夜はその時再び龍弥の体に触れてしまう。


「あ……あう……」


 これ以上ないほど顔を真っ赤に染め、途端力が抜けたようにヘナヘナと後ろに倒れ込む。


「危ない!」

 咄嗟に龍弥が腰を引き寄せ、

「よし、大丈夫か?」


 大丈夫なわけないだろ! そう、傍観する男二人が心の中で叫んだことなど勿論知らない龍弥は、咲夜を支えた体勢のままで「やっぱり、保健室のベッドで寝るか?」と咲夜に尋ねる。

 龍弥に腰を抱かれて、しかもお互いの顔がキスしそうなほど近くにある咲夜は、それはもう憐れなほど羞恥を顔全体で表していた。


「その……近いよ……。は、恥ずかしい……」

「! ご、ごめん!」


 いつもと違う咲夜の様子に、慌てて龍弥は咲夜から離れる。

 いくらなんでも、あの姿勢のまま会話を続けるのは非常識だったな。

 だが、咲夜は


「わ、分かってるよ。それくらい。心配してくれたん、だろ……?」


 両手それぞれの手で胸を隠しながら、まだ顔の赤い咲夜が言った。


 こんな時に考えることではないと分かっているが、(腕をクロスさせずに胸を隠すって、なんか良いな)と龍弥は思ってしまう。いや、本当にこんな時に思うことではないが。


 龍弥の視線に、頰を少し紅くして膨らませながらも(その仕草も可愛いのだが)、咲夜は「あ、あのさ……」と口を開いた。


「龍弥は……なんで、あたしにそこまでしてくれるんだ? ほら、あたしって学園長だろ? 生徒が嫌う筈の」

「学園長という嘘をまだ続けるのかという感想と、お前どれだけ学園長嫌いなんだよという思いは置いておいて……言っている意味が分からないんだけど?」


 龍弥含めGクラスのほとんどが咲夜が学園長でないと思っているのだが、それでも自分は学園長だと咲夜が言い続ける理由。

 もしかしたら、深い理由があるのかもしれない。


「だ、だってそうだろ。熱をはかるにしてもあんなやり方はしないし、それに、少し距離が近いと思うから……あ、でも別に嫌なわけじゃないからな!」


 ツンデレなのかツンデレでないのか、龍弥の方でなくそっぽを向きながら、咲夜が言う。

 ツンツンした感じなのに、空を飛ぶ鳥を見て表情を少し柔らかくした。可愛い。


「そうだなぁ……言うなら、やっぱり妹みたいなんだよ。妹みたいって……女性に言うセリフじゃないって分かってるんだけど」

「そう、か…………」


 どこか遠い目をしていたが、突然、「な、ならさ!」と決意の表情を向けてきた。


「あ、あたしを妹として接してみないか⁉︎ あ、あたしもお前を兄として接するから!」

「……は?」


 何を言っているんだこの人は。……似たようなことを朝にも感じた気がする。

 流石に意味が分からない。龍弥は勿論拒否しようとするが……


「お試しでも……だ、ダメなのか……?」


 そんな目で言われて、はっきり断れる男がいるだろうか。

 無論、速攻で許可した。


「でも、俺からの呼び方は変わらんぞ? いつも通り咲夜だ」


 これは譲れない。果たして他の呼び方があるのかは知らないが。

 言ってから当たり前だと気づいたが、不思議そうな顔をしたものの咲夜は特にそこは指摘せず、「あ、あに……」と何やら口をモゴモゴさせる。


「あに……?」

 兄者? あにき? 兄貴? アニキ?

 龍弥的に最後の一つは、裏社会のリーダーみたいだからやめて欲しい。漢字での兄貴は咲夜には似合わない気がする。


「こ、これから宜しくな! あ、兄上! 授業参観とかも来てくれて良いからな!」


 そう言って、ニカっと笑い、出入り口へと駆け出していく咲夜。

 やっぱり、プールサイドを走り回る子供にしか見えない。


 ……授業参観?


「……学園長が龍弥の想像の中で子供を作った頃か……? この、ロリコンが……」

「…………」

「……ああっ、もう妄想で俺の声も聞こえないのか……っ!」

「龍弥。僕は龍弥がロリコンだろうと、友達だからね。勿論、同じ女神(ロリ)を愛でる仲間として」

「…………」


 外野がうるさいが、龍弥は自らの思考を深めていく。

 咲夜が最後に言った言葉は、授業参観。授業参観があるのは、勿論教育機関だ。

 つまり、学園長である咲夜が言うのはおかしいのだ。流石に、この高校の授業参観について教えたと考えるのも無理がある。

 やはり、咲夜は中学生なのだろうか。一人っ子をバカにされ、兄がほしいと思った? いや、一人っ子をバカにする奴なんかいるか?


 龍弥の中で、咲夜に対する疑問が徐々に正解に近づきつつある。

 だが、それは結局有耶無耶になってしまう。

 龍弥の気配察知が、英梨の気配が近づいていることを示していた。咲夜が先程降りていった階段を、逆に英梨たちが上っている。


「…………ヤバイ!」


 突然叫び出した龍弥に、流石に何かがおかしいと感じた、英治と端暮は龍弥の視線の先、いや、具体的には視線の先から聞こえてくる声に意識を向けた。


『むう……龍弥が掃除するって言うから、手伝いに行ったのに、屋外プールなんて聞いてない…………』

『あらあら、そうカッカしないの。屋内プールの上が、普通の屋上じゃなくて屋外プールだなんて誰も知らなかったんだから』


 その声が聞こえた途端、龍弥の中の纏りつつあった考えは霧散して、頭の中にバラバラに漂う。


「英梨と茜……」


 きっと、先程降りて行った咲夜から龍弥達がどこにいるかを聞いたのだろう。

 もしかしたら、龍弥のことを兄上と呼んだかもしれない。

 屋内プールの清掃がそろそろ終わると咲夜も言っていたが……まさか二人だったとは。こうして屋上に階段を上がって来ているということは、手伝いに来たのか。


『……マスターは掃除のことすら教えてくれていない。土方先生と補習室で勉強だと。……これはマスターに災いが降りかかる前兆だな』

「なんで、あいつが……!」


 戦慄で顔を強張らせる英治。

 英治は天音を遠ざけるために嘘までついたらしい。それが本人にバレて……。災いはきっと人為的なものだろう。

 辺りを見回すも、一階に体育館があることから体育棟と呼ばれる建物の屋上、つまり今いる屋外プールは、丁度校舎の四階に相当する。

 しかも、一階の出入り口と、二階にある新校舎と繋がる連絡通路しか、体育棟と外を繋げる道はない。旧校舎の龍弥達が、屋外プールの存在を知らなかったのもこのせいだ。

 三階建ての旧校舎からでは屋外プールが見えず、一階の出入り口を使うせいで、屋外プールの存在を知る他クラスの話を聞くこともなかったのだ。

 二階には女子更衣室と男子更衣室があるのだが、声の関係でとかなんとか言って二階は昔から男子禁制。

 男子は新校舎の空きクラスを更衣室にしている。ちなみにGクラス男子は、新校舎に入ると後が面倒なので、一階の体育館にある部活用の更衣室を使っていたりする。

 なお、Gクラスの生徒でも女子は差別されていない。美人が多いから。

 三階には授業で使う屋内プール。そこと今龍弥達がいる屋外プールを繋ぐ階段は、英梨達が登っている最中だ。無論、使えない。


「逃げ道……そうだ!」


 本当なら連絡通路を通って、二階の階段から三階に行くのに、新校舎に入れないGクラス男子は、緊急時用の梯子を使って屋内プールに出入りしなければならないのだ。ちなみに、一般生徒は普通に階段を使う。

 新校舎には入れないから、暑い夏の日、熱された鉄の梯子を素肌で登らなければいけないのだが、一体なんの罰ゲームだろうか。

 勿論、梯子のある壁面には窓もないので、女子更衣室を覗くことなど不可能。反射した太陽光が、ただ男子生徒を焼き尽くすだけだ。

 いつもはただ辛いだけの梯子、しかし今日この日に限っては救いだった。


「梯子だ、英治!」

「……俺が既に確認している……っ! くっ、無理だ。錆びついている……」

「くそっ、無理矢理出すにも時間がかかる。梯子は使えないよ、龍弥!」


 万事休す。

 梯子はここでも男子を苦しめる。

 というかそろそろ、Gクラス男子の不満が爆発しそうだ。旧校舎と繋ぐ連絡通路が欲しい。


「新校舎の屋上に向かってジャンプするか?」


 新校舎は四階建てだから、屋上は五階に相当する。

 四階が屋上とも言える体育棟からでは、流石に種族解放しなくては出来そうもない。放課後の時間、人目が多い時間に種族解放して大ジャンプなど、勇者の一族に殺してくれと頼んでいるようなものだ。


「あれ、よく考えたら俺は逃げる必要がないのでは?」


 英治の生死を分ける必死な顔のせいで、そのことを忘れていた。

 端暮に至っては、水着を見れるのだからむしろ喜ぶところだろう。彼女らが着ていているのは、恐らくというか十中八九水着ではないと思うが。


「……覗きのレッテルを貼られる。水着目当てで来たと思われる……。本当に暇だったから手伝いに来ただけなのに……」

  「「…………」」


 何も言えなくなる男二名。

 絶対に、水着目当てだと思っていた。

 なるほど、そもそもトラウマを蘇らせて倒れる可能性もあるのか。

 そうなれば、ここまで必死に逃げ道を探しているのも頷ける。


「……連絡通路があったから、潜伏に使えないかと入っただけで……。何も見てないのに、ルール上でも入っていいのに……。三年の女子は殺す……」

  「「…………」」


 何も言えない男二名。

 絶対、覗きに行ったのだと思っていた。

 そこで裸を見て、ボコボコにされたのだと思っていたが、確かにそれくらいで済んでいるのは、冤罪だったからではないだろうか。

 警察に突き出そうとも、端暮はルールを破った訳ではないし、女子達が男子生徒を血祭りにしたただの暴力事件だ。

 悲しすぎる。


『というより英梨さん。貴方、何故みんなの前だと、少し龍弥くんと距離を取るのかしら?』

『うぐっ……そ、それは、その……』

『……豚野郎には豚野郎の良いところがあるってことだな。マスターにはマスターの良いところがあるのと同じように』


 段々と近づいてくる声。

 さっきのは響いていたから近くに感じていたのだろうが、これは響いている様子もない。

 タイムリミットが迫って来ている中で、


「おいっ! 端暮が飛び降りたぞ!」

「と、本当だ! 端暮の奴、逃げやがった!」


 英治に呼ばれて鉄梯子のあるところまで行くと、飛び降りた日陰が紐のついた苦無を投げて、それを三階の鉄梯子に絡めているのが見えた。

 そして、もう一つの同じような苦無を、新校舎の三階にあるおそらく空調用のパイプに投げて、同じようにする。

 二本の糸を二つの壁面につけ、空中を降りていく端暮。

 連絡通路に足がつく直前で、糸が全て張り、ぶつかることなく連絡通路に着地する。

 糸を操って苦無を自身の手元に戻した端暮は、背中を向けたままサムズアップし、そのまま連絡通路から飛び降りて、一階の男子更衣室へと入って行った。


「魔忍者って、良いよな……」

「生気の抜けた顔で話す彼が、この後、まさかミンチになるなんて、ボクは思いもしなかったです、はい」

「まだ、諦めてないよ! いくよ、龍弥、僕の作戦を聞いてくれ。その名も、龍弥の盾、龍弥閃光弾、龍弥特攻兵。もしくはドラゴンシールド。説明以上」

「どれも不安しかない⁉︎」


 しかも最後と最初は同じだ。


「いいや、全部同じだよ」

「でしょうね! 分かってた!」

「さあ、行くよ、掃除は終わったんだ。逃げてもいい筈だからね」

「そのための犠牲が大きすぎる!」

「良いことを教えて上げるよ。犠牲など、統計上のものに過ぎないんだ」

「やめろ! 数で言えば助かった命も統計上のものに過ぎないだろうが!」

「往生際が悪いよ龍弥。僕としては、龍弥が学園長に欲情したことを言ってもいいんだけど?」

  「喜んで身代わりになりましょう!!」


 龍弥を構える英治。

 日本語として、どうかと思う状況だが、事実なのだから仕方がない。

 そのまま、屋内プールから屋外プールへの階段、そこから出てくる彼女達の死角になる配置に着く。


 おそらく、後ろからドラゴンシールドと言う名の、尊い犠牲の基に成り立つ物理攻撃をして、龍弥閃光弾に驚く彼女達に気づかれないように英治が逃走。追いかけようにも、自分たちに乗っかる龍弥の盾により動けない。

 何という、素晴らしい作戦。

 龍弥特攻兵の命を無視すれば。


 ……なんだこれ?


「私だって、本当はもっと……皆んなの前でも素直になりたい。だけど……」

「……素直さは大切だ。マスターが浮気したなら、浮気できないようにきつい罰を。マスターが痴漢したなら、その腕を。視姦したならその目を。何をしてなくても……取り敢えずなんかイチャモンつける」

「きつい罰……ウフフ」


 ああ、ダメだ。

 こんな猟奇的なことをしそうな村雨に覆い被さるなど、一緒で腹に村雨が通れるほどの穴が空いてもおかしくない。

 その穴を通って悠々とマスターを狩りに行く村雨が容易に想像できる。


(さようならは言わないよ英治)

 どうやら君も一緒に地獄に落ちそうだから。


「…………」

「(涙目で首を振っても駄目だ。欲情をバラされたくなかったら、大人しく従いな)」


 後ろを振り向くも、冷たい視線に晒されるだけ。

 龍弥の異名『無慈悲な執行人』は、どう考えてもコイツにこそ相応しい。

 人は、自分の命が危ないとき、こうも人格が変わるものなのか。


「まあ、良いんじゃない? ギャップが」

「裏表、と言うより、素直になれないだけなら、知られてもポイントは高いからな。言っても大丈夫かと」

「むうう……それが出来ればこんなに苦労しない……」


 素直になれない?

 それは、どういうことだろうか。

 龍弥がその言葉の意味を考え始めたが、


「(龍弥、多分生きて帰れそうだね)」

「(え、マジで⁉︎ で、でも何で?)」

「(分からないのなら、その方が良い)」


  英治の言っていることは、一体どういうことなのか。

 しかし今度こそ、龍弥には考える時間が与えられなかった。


「り、龍弥の前だから、今からその話はなし!」

「ハイハイ、分かったわよ」

「…………」


 三人が、屋外に出てきた。

 背後のこちらに気づいた様子はない。

 不安があるといえば、何も喋らなくなった村雨だが……


「(行くぞ!)」

「あぁっ、心の準備がっ!」

「それじゃあ! また地獄で!」

「俺死んでんじゃねえか!」


 突き飛ばされ、不満を言うも、既に英治の姿はなく。


「龍弥! あっ! ま、まさか今の聞いて……」

「あら? 龍弥くん?」

「……やっぱり。逃げられると思うな、マスター(サッ)」


 右腕で英梨を、左腕で茜を抱えるようにして倒れこむ。

 村雨は、自身のマスターの考えることくらい分かっていたのか、全く動じることなく避け、消えた英治を追って、階段を駆け下りて行った。

 村雨が通りやすいように体をズラしたりしてない。いくら英治が非道なことをして来たからって、まさかそんな、親友を売るような真似はしないさ。

 だから、()()足が絡んで、突進してくる村雨を()()()避けてしまったのは、決して悪意ある行動ではない。偶然の産物だから仕方がないのだ。


 つまり、村雨が通れるほどの穴が龍弥の腹に空くことはなく、問題はここからどうするかだった。


 龍弥の声を聞いてすぐに振り返った英梨は、龍弥から近くにいたこともあって、正面からから抱きつかれた様な格好。頭の下に龍弥の右手が入り込んだため頭を打たずに済んだが、代わりに胸に龍弥の顔が押し付けられている。

 無論、そんな密着して仕舞えば、到底その柔らかさを伝えないということは出来ない。


 茜はまだマシで、少しだけ龍弥の方を向いたせいか、その腰に腕が回されているのみ。

 ただ、なんの因果か、英梨がサキュバスとしての能力を出さないよう、その体を守ろうとしたのか。

 伸ばした手は、英梨の胸に龍弥の顔を押し付けるように、その頭を押さえていた。


「あっ……」

「脚を退けてください」

「断るわ」


 そして、脚が龍弥の股の下に入っていた。

 そして、何を思ったのか。茜は龍弥の頭に置いた手に力を込める。


「えいえい(グリグリ)」

「頭がぁ……っ!」

「…………(ッ、〜〜〜!)」


 龍弥の頭をさらに押し付け、龍弥を苦しめる茜。

 英梨が、さらにその下で声が出ないように必死になって口を押さえていることに、茜と違って龍弥は気づかない。


「〜〜〜〜!」

「さあ、エロ本について言いなさい」

「ほんはほほひへるはへはふぁい(そんなこと言えるわけがない)」

(龍弥の息が……! そんな、ところにぃ!)


 龍弥が口を動かす度に、英梨の指の力がなくなっていくのを見て、茜は流石に可哀想だと思ったのか。龍弥に追及するのを、やめ「さあ、早く言うのよ!」なかった。

 龍弥は知らないことだが、茜にとって朝の一件はとても大事なことで、それを受け止めてくれた龍弥への照れ隠しだったり、悩み続けていた自分が馬鹿のように思ったことへの理不尽な仕返しだったり。

 つまり朝の件を、まだ良くも悪くも引きずっているのだ。

 だが、そんなことを知らない龍弥は、絶賛混乱中。


「……わはっは(分かった)」

 全てを諦めて、話すことを決めた龍弥。

「もっと? 英梨さんの胸はそんなに美味しいのかしら? もっと胸枕されたいと?」

「「!?」」


 どう考えても伝わった筈なのに、茜は龍弥の頭を押さえつけることをやめない。


(ああっ……! 駄目、それ以上はぁ! で、でも龍弥がしたいのなら……で、でもダメ……!)

(なんだよ、この良い香りは! くそっ、すまねえ英梨!)

(……まだ、二人とも我慢しているわね。息を止めて、後どれほど続くかしら? 龍族だから……五分は確実ね)


 三種三様。

 お互いの思惑(もとい感想)が交差する中、どこかで、まるでマスターを攻撃したような音が聞こえたような気がした。

 嗜虐的な笑みを浮かべる茜。

 涙目で、必死に口を押さえる英梨。

 龍弥が力で抜け出そうとする度に、片脚を動かして龍弥の力を抜く茜。

 どこか遠くで、まるで目と腕を攻撃されたような、とある男子生徒の悲鳴が響く頃には、酸欠で一人分の死体(気絶体)ができていた。


「ハァ……ハァ……、んっ……ん〜〜っ!」


 一番の被害者は、誰が見ても英梨だった。

 

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