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幽霊と結婚する方法

作者: サツマイモ

窓から見える木に、葉っぱはもうついていなかった。

その代わりに、黄色と紅の絨毯が広がっていた。



浅村小豆季(あさむら あずき)は、寡黙な少女である。

腰辺りまで伸びる漆のように艶やかな髪の毛。眼鏡の下の鋭い瞳。陶器のような白い肌。柔らかそうな唇。整った両手、健康的な足元。そのすべてが美しく、そのすべてが愛おしい。


しかしながら、うちのクラスの中ではそこまでの人気度は無い。

親友である高岡によると、「ランキングに乗せるのが烏滸がましい」という。


つまり、僕の所属クラスであるところの、1年D組の男子18人の中では、彼女は神のように崇められているというのだ。

女神のように崇められ、畏れられている。


寡黙な様子がさらにその女神さを際立たせている。

まあしかし、それでも僕には関係がない。


というか、何もできない。


なぜなら、所属クラスとはいっても、あくまで僕はここにいるだけであり、ここからは出られないからだ。


僕は、このクラスの地縛霊だ。


死因は、ここでは言わないでおこう。とりあえず、地縛霊だ。このことに関して嘘は全くない。

僕は、ここのクラスの地縛霊であり、守り神なのだ。



始業式のことである。今年で10年目を迎える僕は、やはり皆が式に出席している間にもこのクラスにいた。僕は、この時期が好きである。

柑橘っぽい香り。草花が活発な景色。窓の外から見える海が、より一層青々と輝いている。


「気持ちが良いのう」


ぐうっと背伸びをして、深呼吸をする。窓枠に座って教室を一瞥しようとすると、窓枠に手をかけた段階で、何か不思議な感触があった。


感触というか、予感というか、そんな感情が沸き起こってきた。地縛霊の僕は言うのもなんだが、後ろに幽霊がいるような、そんな感覚に襲われた。


恐怖を感じつつも、窓枠に勢いよく座り、バッと体を反転させた。

勢いが大事だと思ったからだ。先制攻撃してやろうと、そう思ったのだ。ドキッとしてこちらが主導権を握ってやろうという魂胆だった。

しかし、その魂胆は全く以て無駄になった。


反転させた先には、一人の少女がいたのだ。


「……は、はあ?」


この時間は始業式のはずで、誰もこの部屋にはいないはずだ。なのに、飄々と、当たり前のように本を読んでいる少女がここにいる。


不良であれば、何かしらの納得が行く。理解はできないが、不良ってあんまり学校単位の行事に参加しているイメージが無いので、「始業式サボったんだ」くらいには思う。


しかし、少女である。しかも、サボタージュしなさそうな、真面目そうな少女である。


本の内容は分からないけれど、きっと純文学辺りを読んでいるに違いない。


眼鏡越しの瞳は、彼女の表情に反して、色々な感情を表しています。

笑ったり、感動したり、怒ったり、恥ずかしがったり、考えたり。

そんな瞳をしている。


……って、感動している場合か。

話しかけて、式に戻らせなければ。


「……おーい」


一度話しかけてもこちらを向かない。それくらいは分かっている。

ここは、多少のセクハラも仕方がないだろう。


なるべく、引っかからないように、肩を叩くくらいで……


「あの、さっきからなにしとんのですか」

「ぎゃあっ!」


先制攻撃をしたのは、彼女の方だった。


「あの、別にその辺で遊んでもらうんは、ええけんども、読書のじゃましたらかんで」


どこ訛りなのだろうか。なんとなく、西寄りな気がしないでもないが、やはり分からなかった。


「ええと、いや、その。始業式は?」

「ああ、サボった」

「……いやいや、そんな軽く」

「だって、つまらんもん」


「……あの、さっきから気になってんですけど、それ、どこ訛りなんですか?」

「え、これ?いやあ、どこ言われても、分からんわ。父方の爺さんは広島やし、婆さんは博多。母方は、名古屋と豊橋だで、しかも色んなテレビ見るしな、だもんで、よう分からんね」

「……そ、そうですか」


見た目と言葉遣いのギャップが大きすぎて、何も言えない。


「……あの、でもサボるって、今後の生活に支障きたしません?友達とか」

「まあでも、その時はその時やろ」


快活な少女である。あっけらかんとした雰囲気は見習いたいものである。


「じゃあさ、友達一人も作れんかったら、友達になりん」

「……なりん?いや、まあ、良いですけど」

「じゃあ、もう作らんでよかね」

「……いやいやいや、ちゃんと作った方が良いですって」

「冗談やて」


気づけば、始業式は終わっていた。



自己紹介の時間も過ぎ、さっそく彼女は孤立していた。それもそうだ、自己紹介で「一人が好きです」と言ったら誰だって近づくのをやめるだろう。僕だって、生きていたら友達にならないタイプだ。


「じゃあ、今日はこれで終わりです。明日には、学力テストがあるので、頑張ってくださいねぇ」


今年の担任は女性だった。まあ、これが良いのか悪いのか、さっぱり分からない。


……ん?いや、待てよ。

あの人、見覚えが……。

名前、なんて言ったっけ?


「ああ、あの人は坂添佐都(さかぞえ さと)やって」


気づけば、教室には誰もおらず、この女子―浅村一人になっていた。


「あれ?帰んないですか?」

「この小説、今ええとこやねん」

「……へえ。というか、案の定一人じゃないですか。良いんですか?女性って結構友達作るの速いみたいですし」

「……何とかなるって」


絶対何とかならない時のそれだった。


「というよりさ、君、なんで成仏せんの?」

「まあ、確かに」

それについては、僕も知らない。


「実際聞いてみたかったけんども、成仏って幽霊的にはしたいもんかい?」

「……」

と言われても、やったことがないのだから分からない。


「じゃあ、私の友達作りに協力してもらう代わりに、君の成仏を手伝うよ。ほんだら、丁度ええやろ?」

「……それ、良いですね。成仏も興味ありますし」

「じゃあ、明日から作戦開始!」



翌日。僕は、洗いざらいクラスの情報を調べた。なるべくなら女性の方が良いのだろうけれど、この際男女を気にしていられない。とりあえず、僕と話せて、彼女と友達になれるやつがいればいいのだ。


昼休みのことだった。


もうすでにカーストが形成されつつあるクラスの、その男女トップ同士が、僕の目の前に現れた。


「……あのさ、ちょっといいかな?」


名前は、確か飯島伊波(いいじま いなみ)。ポニーテールをしている、ザ・運動系で誰とでも仲良くなれる聖人タイプのお人だ。僕の時代にこんな子がいれば、僕だってこんなことにならずに済んだと言えよう。


「……ちょっと、話してえことがあんだけど。放課後、良いか?」


こちらは、ええと、高岡猛(たかおか たける)。高1ながら180㎝あるという、化け物じみた体格を持つ。きっと野球部だ。そんな見た目をしている。いや、ただの「坊主=野球部」という偏見なのだが。


「……えっと、僕ですか?」

そう尋ねると、両方静かに頷いた。


「わ、わっかりました―」

なんか、ボコられる雰囲気が充満している。

そんな感じがして、僕は震えが止まらなかった。



放課後。

相も変わらず、浅村さんはそこで新たな本を読んでいた。


「で、そのぉ、お話って」


恐る恐る聞くと、目の前の男女は戸惑い始めた。

しかし、最後には伊波さんから話し始めた。

どうやら、伊波さんの方が勇気があるらしい。


「……あなたって、幽霊、ですよね?」

「ええ、まあ」

「わ、凄い。本物だ」

「それが、どうかしたんですか?」


これくらい、何度かあった。なので、慣れている。


「あの、やっぱり、成仏とかって、手伝った方が良いんですか?」


そんなことを訊かれても、僕は答えを知らない。


「……いやあ?分からないっすね」

「でも、したいですか?」

「してみたい気持ちはあります」

「なんか、初めてのカラオケみたいですね」


絶妙に分からない例えをしてくる。


「じゃあ、私達で、成仏のお手伝いします!大丈夫です、これでも彼の実家は専門家の家系ですし、私の家系は陰陽師なので」


……僕よりも特徴的な家系だなぁ、おい。


「じゃ、じゃあお願いしようかな」


いや、待てよ。

そこで一度思い直す。

考え直す。


ちらっと浅村さんの方を見ると、ものすごい表情をしていた。

嫉妬の権化のような顔をしている。


「えっと、条件がありまして」


二人は、首をかしげました。

伊波さんの方は、ちょっとかわいいなと思いました。


「あの子、浅村小豆季さんと、友達になってもらえますか?一応彼女も、成仏するとかしないとかで約束がありまして」

「……それだけですか?」

「へ?」


色んな返答を考えていたが、まさかそんなことだとは思いもしなかった。


「それくらいだったら、別に。大丈夫ですよ、巻き込んだりしませんし。二人とも、少人数の方が好きそうですし……。じゃあ、こうしましょう。私と高岡とあなたと浅村さんと、4人で活動しましょう!」


浅村さんは、静かに頷いた。

トップになる風格がもろに出てくる瞬間だった。

さすが。これが、今話題のリア充という奴か。


こうして僕たちは、僕を成仏させるチームとして動き出したのだった。



後日談。時期を戻して、秋。

僕は、すっかり高岡と仲良くなっていた。


「なあ、高岡」

「なんだい、守り神」

「やめろその言い方。で、伊波さんとはどんな感じなの?」

「どんな感じと言われても、幼馴染だしなぁ」

「……え⁈幼馴染だったの⁈」

「うん、まあ」

「でも、お付き合いはしてないってやつかぁ。なるほどなぁ」

「いや、してるよ」

「してんのかい!」


「それより、俺はそっちの方が心配なんだけど」

「そっちって?」

「お前と浅村さんだよ」

「何でそんな話になんの?」

「だって、仲いいし」

「いやいや、僕の場合、あっち側が断るでしょうよ」

「でもさ、もう秋だぜ?それで成仏できてないって、もうそれ成仏させる気ないんじゃないの?」

「そうかなぁ」


まあ、ここまで計画が進んで、なお失敗しているのは初めてである。


……いやいやまさか。


彼女の方を見ると、本を読みながらちらちら僕達の方を見ていた。

怪しすぎる。


本のタイトルはなんだろうか。

やっぱり、難しい本なのだろうか。

僕の角度から奇跡的にタイトルが見えた。


……いやいや、まさかな。


そのタイトルが本当になる日が来るのだろうか。

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