インタビュー・ウィズ・ヘンシツシャ
「とりあえず、中入ろっか」
『この店入ろっか?』みたいに柳ケ瀬が言った。口調こそ提案だが命令以外の何物でもない。
当然お断りしたいのだが、彼の手に握られた物が許さなかった。
銃。拳銃。ハンドガン。
いつぞや楓にも向けられた危険な代物が、今なお千咲を狙っている。
偽物だと思いたい。しかし後頭部を小突く感触はどうしようもなく冷たくて硬い。
とりあえずもろ手を上げて、お部屋の中へとチェック・イン。
八畳ほどのやや手狭な部屋だ。
部屋の隅に雑多な機材がうずたかく積まれ、空いたスペースにデスクとは別にティーテーブルと猫足の椅子が二つしつらえられている。
なるほど、確かにちょっとした喫茶スペースだ。カーテンを開けば日差しが入って、いい感じに憩えるだろう。
ただし、四方八方に特定の女生徒の写真が貼られていなければ。
制服、ジャージ、部活中。いつ撮られていたのか、私服や登下校中のものまであった。やたらと何かを食べている写真が多い。
振り返れば入口の引き戸の上に「叶谷千咲さん卒業おめでとう」の横断幕がかかっていた。
これまた随分と気の早い。というか、なんでわざわざ名指しなのか。悍ましくて変な笑いがこみ上げる。
「徹夜で準備したんだよ。お陰でもうヘロヘロさ」
柳ケ瀬はどこか誇らしげに言って、片方の椅子を優雅に引いた。
「座ろっか?」
「あっはい」
そう言われたら座るしかない。
「次は『縛ろっか?』って聞かれるんですかね」
「いやいや、叶谷は大事な生徒だよ? なんでそんな真似しなきゃならないんだ?」
「普通の教師は生徒を銃で脅して魔窟に連れ込んだりしません」
「心外だ。話をしたいだけなのに」
悲しげに眉根を寄せ、それでも銃口は向けたまま、柳ケ瀬はデスクの引き出しからペットボトルの水を二つ取り出した。片方を千咲のすぐそばに置き、片方は自分で飲む。疲れているのは演技ではないらしく、かなり勢いよく飲んでいる。あまりに景気よく飲むものだから、少しこぼれて口元から顎先までがびしょ濡れになった。
デスクにある布切れを使ってごしごしと口元をぬぐう。
人の靴下をお絞りにするのはどうかと思うし、スッキリした顔するのはやめてほしい。
「さて、何から話そう。大体の事情は察してくれたと思うんだが」
「そうですね。でもまだ分からない事が幾つかあります」
「じゃあその質問に答えようかな。何でも聞いてほしい」
快く応じる姿は善良な教師そのものだ。しかし目じりの下がった瞳の奥では、重油のような澱みが渦巻いている。
眉間にしわが寄りそうになるのをグッと堪えて、千咲は頭の中で問うべきことを整理する。
「なぜ、私なんでしょう」
目の前の教師が変態なのは判明したが、そこのところが腑に落ちない。こんな地味でちんくしゃな小娘よりも、もっと魅力的な容姿の生徒は大勢いるのに。
「叶谷はもうちょっと、自分の価値を評価した方がいい。君は魅力的な女性だよ。性的な意味でも、そうでない部分でも」
そこまでは聞いてねぇ──と突っ込むこともできず、千咲は黙って変態の言葉を続きを待つ。一方、観察することも忘れない。逃げ出す機械を見失わないためにも。
「異性に魅力を感じる部分っていうのは人それぞれだと思うんだけれど、僕の場合は口と足だ。特に歯とくるぶしには目がなくてね。その二つが美しい女性というのはそれだけで崇拝の対象と言っていい」
それはまたニッチなことで。だがまぁ足が好きな男性がいるのは何となく分かる。通学中、疲れた中年が女生徒の足を嬉しそうに眺めているのを見かける事があるからだ。しかし歯というのは結構上級者(?)ではなかろうか。
柳ケ瀬は授業中と同じく、生真面目な調子で語る。
「外見は綺麗にとりつくろえても、身体の中はそうはいかない。真に清廉で美しい女性というのは、やはり内面から輝くものだからね」
「それが口の中に現れると?」
「そう、そういう事なんだ。叶谷はよく食べるだろ? なのに体形はスマートだし、肌も綺麗だ。何よりその白い歯は芸術、いや至宝といってもいいぐらいだ。ひとつひとつが真珠のように美しい。虫歯が一つもないというのはままあるけど、舌や歯茎まで美しい女性はそうはいない」
「それが私の歯ブラシや箸を盗んだ理由?」
「出来心だったんだ。大人として節度を弁えるべきなのは分かっている。でも君を想うあまり、こうする以外に手段がなかった」
「それをあんな風に台無しにして見せつけるのが、先生の愛情表現なんですか? 」
「それだけよかったって事さ。めくるめく体験だったよ」
ダメだコイツなんとかしないと──破廉恥マンは躊躇なく誅殺と行きたいところだが、依然として銃口は向けられたままである。千咲が動くよりも向こうの方が間違いなく早い。
「その銃は本物ですか?」
「君にとっては残念ながら。FNポケット・モデル1906。文字通りポケットに入る携帯性が魅力だね」
「そんなものをどこで?」
「それは秘密……と言いたいけど、特別に教えてあげよう。ある人から貰ったのさ」
◆
柳ケ瀬がその人物と出会ったのは、最初の犯行に及ぶ直前の事だったという。
彼は放課後の人気の少ない時間帯を狙い、武道場の裏手で一人荒ぶる鼓動を沈めていた。
この道のベテランだけに、スネーク行為には慣れている。が、狙いが一目ぼれした女生徒の物となると流石に緊張はぬぐえない。
柳ケ瀬はヒッヒッフーと深呼吸を繰り返した。秋の夕暮れの空気は冷たく、取り込むと体内にこもる厭な熱気が洗い流されるようだった。
「何を産む気なんだろう」
興味深そうな声が背中にかかり、柳ケ瀬は仰天して振り返る。
そこに彼が立っていた。
白のパーカーに白のチノパン、スニーカーまで白と頭からつま先まで白一色。フードを真深くかぶり、両手をポケットに突っ込んでいる。線が細く、身長は160㎝の半ばほど。声質も男だか女なのかもよく分からない。だが飄々としたたたずまいから、何となく男だとあたりをつけた。
暮れなずむ夕日の中に浮かび上がったその人物は、もう長い事そこにいたような風情でいつの間にかそこにいた。
「妙な奴だと思ったよ。てっきり同類かと思ったが、生憎そうじゃなかったらしい。『お前はなんだ』と僕は尋ねた。彼は答えた。『救世主』だってね」
言葉と同時、男は何かを構えていた。『それ』もまた真っ白だった。優美で精緻でたおやかな凶器──古めかしい純白の拳銃。撃鉄はとっくに起き上がり、引き金に指がかかっていた。
「そいつは僕を撃った。頭と胸に二発ずつだ。『あ、死んだ』って思ったのに、僕は生きていた。怪我なんてどこにもなかった。むしろ妙にスッキリしたよ」
まったく奇妙な出来事だった。同時に、素直に彼の事を受け入れていた。まるで魔法にかけられたみたいに。
彼は救いに来てくれたのだ。
この期に及んで尻込みする柳ケ瀬から、余計なものを取り除くために。ちゃんとうまく出来るように。
彼は真っ白な銃を懐へしまうと、代わりに新たな銃と弾丸の詰まった弾倉を数本取り出し、柳ケ瀬の足元に放り投げた。
「うまく役立てて、人生を謳歌してほしい」
未だぼうっとする柳ケ瀬にそう言い残し、彼はその場を立ち去った。
◆
で、今まさに役立てているわけである。
誰なんだか知らないが、救う相手はきちんと吟味していただきたいものだ。
余計な真似をした謎の人物へ抗議のテレパシーを送る一方、千咲の中に新たな疑問がわいていた。
『それって、全身白い男の人?』
先日、千咲のお守りを見た際に雪華が言った台詞だ。
銃と銃弾。シナジーはある。だが貰った相手が別人だし、その銃が魔法の品だと言われたところで『そうですか』と信じるほど千咲はファンシーな生き物ではない。
語り終えた柳ケ瀬がまた水を飲む。ひどく息が荒い。しゃべり疲れただけにしては顔色も悪かった。だがJK靴下で顔じゅうを拭うと、やたら溌溂とした表情に戻った。
「さて、なんでここまで白状したのかは分かるかな?」
「……概ねは」
きな臭さを感じながら、なるべく刺激しないように応えた。固唾をのむと、柳ケ瀬の視線がのどに注がれる。目の奥にねっとりとした光がともっている。
「本当はね、卒業式まで我慢するつもりだったんだ。何しろ僕らは教師と生徒──過ちがあったらコトだからね。君を追いつめる時間はまだあったし、その間にうまく信頼を育めればよし、欲望をコントロールする自信もあった。君から何かを貰えれば、ね」
柳ケ瀬が席を立つ。苦悩に満ちた顔つき。額にびっしり脂汗が浮かぶ。ひっきりなしに靴下で拭う。目の動きがせわしなくなる。
「ところがだ、ある日を境に出来なくなった。君に近づこうとするだけで御覧の通り、お陰で欲求不満だよ。今までと何が違う? 単なる体調不良なのか? それとも君が尊すぎるせい? 色々考えたが分からない。でももう大丈夫、原因はおよそ察したからね」
不安定だった視線が、ある一転に注がれる。千咲の左手首、袖口からわずかにのぞくものに向かって。垂れ下がる三つの弾丸。気休めの不良在庫。千咲はそれを右手で覆った。
「これは、違います」
「白々しいなぁ。君も彼から貰ったんだろ? 何を、どんな銃を貰った? それで誰を撃つのかな? 僕にも教えてくれないか?」
「銃なんて持ってません。持ってても撃ちませんよ」
そんなものがあったとして、躊躇いなく使うほど千咲の頭のねじは緩くない。だが目の前の男は、甚だに軽率だった。
「まあいいや。何でもいい。そろそろ卒業式はじめよっか?」
柳ケ瀬があっさり引き金を引いた。やけにちゃちな発砲音。
あ、死んだ。と千咲は思った。両腕で頭をかばい、固く硬く目をつぶる。だがいつぞやの時と同じく、痛みも衝撃も訪れなかった。
恐る恐る目をあけて、状況も忘れて瞠目した。柳ケ瀬もまた、間抜けな顔でそれを見ている。
「……それ、何だ?」
千咲の周囲に、無数の花びらが舞っている。それは風もないのに渦を巻き、放たれた凶弾を受け止めていた。
鳳仙花だ──間延びした時間の中で理解した。
その有名な花言葉──私に触れないで。
まさにその言葉の通り、千咲を害するはずの弾丸は幾多の花弁に阻まれて激しく火花を散らしている。
左手のお守りから、弾丸が一つなくなっていることに遅まきながら気づく。
思考の片隅に、楓の言葉が思い出される。
『肌身離さず身に着けていてください』
まるで今この時を見越したような台詞だと、他人事のように思う。柳ケ瀬はしばし驚きに目を見張っていたが、すぐに気を取り直して続けざまに撃った。頭に二発、胸に二発。ことごとくが花弁の嵐に弾かれた。味気なく転がる銃弾、それもまた別の花弁で出来ていた。マーガレットの花びら。花言葉は「信頼」と「真実の愛」。
それを撃ち込もうとしたのだ──非科学的な確信。美しいはずの穢れた言葉が、千咲の背筋をぞっとさせる。千咲はすぐさま地面に伏し、前回り受け身の要領で床面を転がる。一瞬で射線から外れる。やっててよかった合気道、大学行ったら続けよう。
「待ちなさい!」
威厳ある教師のごとき声を発し、柳ケ瀬がつかみかかる。千咲はまだ中腰のままだ。いつぞやの何某君のようにはいかない。肩口をつかまれる。強引に押し倒される。馬乗りになって銃口を突き付け、青黒い顔を寄せてくる。視線が口元に──変質者の言う至宝に。ぞっとなって手足を振り回す。案の定ビクともしない。
ぱぁん──左手のあたりで何かが弾ける。柳ケ瀬の身体が吹き飛ばされ、入口のドアに頭をぶつけた。またもや花びらが華麗に舞う。花びらが柳ケ瀬の胴体を取り巻き、縄のように締め付ける。
「……!?」
呆気にとられる柳ケ瀬をよそに、千咲は手首をまじまじと見る。またもや弾が減っている。
薄紫の花弁──イカリソウ。
この花言葉は流石に知らない。だが状況から察するに、「あなたを捕まえる」とかそういう奴だろう。
とらわれた柳ケ瀬は必死に花弁を追い散らすが、拘束はなかなか解けない。しかし予断は許さなれない。さっさと逃げ出し、助けを求めなければならない。
千咲は柳ケ瀬の頭をまたぎ越す。ドサマギでパンツを見られる。少し顔がほころんだ。とりあえず蹴り飛ばす。このパンツは後でお焚き上げしようと思う。
「待ちなさいよぉ!!」
必死なあまりオネエっぽくなった声が聞こえてきたが、千咲は構わず脱出した。




