Bloomin' Magic 後篇
「積もる話はまた後ほど。今は私たちの後ろに」
楓の指示に千咲は頷き、腰砕けの雪華を伴いアリーナの隅へと引き下がった。もうこの場に己の出る幕はないと、はっきり理解しているようだ。つくづく賢明で強い少女だと楓は思う。自分が利用されたことにも薄々気づいてるだろうに、不平の一つも漏らさない。
世の中の人間がみな彼女のようであったなら、自分の仕事ももう少し楽だろうに。
(ま、詮無い事ですね)
内心で自嘲をしつつ、楓は周囲に視線を巡らせた。
そこには哀れな彼の獲物が、雁首揃えて不審と畏れの目を向けている。楓は目を細め、わずかに鼻翼をそよがせた。微かに漂う花の香りと魔力の残滓が、彼らの異変を物語る。
悪意に信頼の甘い匂い。さらに中心にいる若い男からは、勇敢に自惚れの香りが漂ってくる。可哀そうに、これだけ魔弾で撃たれれば、人格など簡単にねじ曲がってしまう。もっとも目の前にいる男の場合、ハナから歪んだ人格のようだが。
「誰だ……お前ら……」
その男──柳ケ瀬がかろうじて絞り出した声は震えていた。面白いので、つい悪戯心がうずいてしまう。
「通りすがりのハリーポッター。こっちは相棒のマルフォイです」
「阿呆! んなでかくて気障なハリーがいるか!!」
「こんな可愛いマルフォイもいません」
「ならハーマイオニーでいいだろ!? わざわざ捻んなよ!」
突っ込んで勢いがついたか、柳ケ瀬はしぶとく握った拳銃を楓に向けて差し向けた。銃口がまだ震えているが、あえてそこには触れてやるまい。それでも柳ケ瀬は虚勢を張って、精一杯声を荒げた。
「……部外者がノコノコしゃしゃって来やがって。さっきのはありゃ何だ? どういうトリック使いやがった?」
「何ってそりゃ魔法でしょう。それ以外に何があると?」
「ふざけろよ馬鹿野郎。魔法なんてもんがそんなゴロゴロ転がってるかよ」
「では貴方の手にしたそれはなんです? 撃てば相手が意のままになる、そんなものがゴロゴロしていると?」
「この銃は違う! これだけは特別なんだ!!」
「あっはっはっは!!」
とうとう堪えきれず爆笑した。
なるほどこれは、あの男がいかにも目をつけそうな人物だ。それなりの容色、それなりの学歴と人生。ただ自我と欲望だけが、大きくいびつに歪んでいる。魔弾の支配があるにせよ、ここまでの自覚がないのも珍しい。
「ひょっとして、自分も特別だとか思ってます? 何か凄いものに選ばれたと? そんな才能貴方にあります? 小娘一人にお熱を上げて、ちっともモノにできない貴方に?」
一息にまくしたてると、柳ケ瀬は図星を突かれた顔をした。隙だらけで笑う楓だが、滲みだす獰猛さが、有象無象を金縛る。
「ねぇ、貴方。そこの哀れな子羊の方。貴方はいたって平凡で、度し難いほど愚かだ。例え特別な魔法を手に入れたとして──そこには何か罠があると、なぜ思い至らないのですか? そんなんだからアレに利用されるんです。ていのいい捨て駒としてね」
「……あの人の同類ってわけかよ」
「残念ながら。そして味方ではありません」
楓はそこで哄笑をおさめ、ぶら下げていた銃を構えた。これから舞踏を始めるような、隙のない立ち姿。柳ケ瀬に手本を見せるような姿勢で、楓は静かに宣下した。
「要求は二つ。全員その銃を今すぐ手放し、そして私に撃たれなさい」
反応は冷ややかで、そしてすこぶる劇的だった。傲慢極まる言い草に、剣呑な空気が立ち込め始める。
「……どんだけ上から目線かな? この人数が見えないのか?」
「Oui,monsieur。私の目には的がたくさんあるように見えます」
とことん会話がかみ合わない。またかみ合わせる気も全くない。柳ケ瀬もようやく理解した。コイツは、敵だ。それも単なる邪魔者ではなく、柳ケ瀬のプライドそのものを脅かすものだ。故に、交渉も譲歩もあり得ない。
柳ケ瀬がさっと片手を持ち上げる。傀儡と化した生徒と教師が、それぞれの得物を構えた。
「やりあう前にもう一度だけ聞いてやる。結局お前はなんなんだ? 叶谷とはどういう関係だ!?」
「いうなれば取り立て屋です。魔法によってなされた罪を、魔法によって贖わせる。そういう仕事をしています。彼女とは……そうですね」
楓はそこで言葉を区切り、一瞬千咲に振り返る。何故だろう、ろくでもない予感がする……千咲がそう思うと同時、爆弾は破裂した。
「甘いひと時を共にした仲です。それが何か問題でも?」
「ヴぁあああああああ!!!!」
柳ケ瀬はブチ切れた。これまでのビビりっぷりはどこへやら、狂ったように引き金を引く。
「ふっっっっっざけんなよマジで!! 僕が! 俺が! どんだけ今まで楽しみにしてたと思ってんだ!? 返せ! 叶谷の処女今すぐ返せよぁああああああ!」
「とか言ってますけどどうします?」
「二人とも後で泣かせます」
背中の向こうで至極冷静に殺意が応じる。銃口よりもはるかに怖い。楓はそちらを見ないように注意しつつ、愛銃の引き金を絞る。
ルフォーショー・ピンファイア・リボルバー。1850年代のフランス製。まごう事なき骨董品から、柔らかく優美な銃火が瞬く。そしてそこから撃ち出されるは、神秘と魔力と言霊が織りなす、超一級の宮廷魔術。
Les balles du langage des fleurs──その真なる威力を発揮するべく、銃弾が空を切り裂き飛翔する。
柳ケ瀬はとっさに転がり何とか回避。かわりに後ろに控えた傀儡の一人、女子生徒の眉間に当たった。
衝撃で弾頭が破裂し、白い花弁が葬送のごとくぱっと散じる。少女の身体が大きくのけぞり、悲鳴も上げず安らかな眠りへ。ごとり、転がる音色が響く。
造作もないのに正確無比。根本的に技量が違う──それを素早く感得し、柳ケ瀬は己の手ごまに檄を飛ばした。
「囲め! しっかり囲め! 弾切れと同士討ちに注意しろ! それから叶谷だ! ちーちゃんをまず確保しろ!」
「命令が多すぎますよ、先生」
微苦笑しつつダメを出し、楓が踊るように動き出す。例え素人相手だろうが、わざわざ囲まれてやる義理はない。右から3人、左から2人。残り4人は正面から──楓はまず右へと向かい、包囲の輪を切り崩しにかかる。そうはさせじと3人が猛射をしかけ、正面の四人も援護に回る。残った左翼は取り残された千咲たちに迫る。が、蜜葉がいれば問題はない。その蜜葉は楓が命じるまでもなく、おのずと務めを果たしていた。
バスケットを床面におろし、両手を突っ込み中のものを掬い上げる。小さな手には無数の花弁。愛らしい薄紫、シレネの花とイカリソウ。それを息吹で頭上へと吹き散らし、魔女っ子よろしくくるくる回る。
無風の中、舞い散る花弁はファンシーそのもの、見るも可憐なつむじ風。
柳ケ瀬の傀儡が迫る。蜜葉は彼らを指さした。
「Vas-y!」
号令一下、花弁は一匹の蛇と化し、虚空を泳ぐようにのたうった。二人の刺客はなすすべもなく絡めとられる。
「On l'a eu!」
蜜葉が無邪気に叫ぶと同時、立て続けに銃声が二発。それぞれ肩とわき腹に命中。とらわれた二人は瞬く間に倒れた。目論見は早々に破られ、攻守があっさり入れ替わる。吹き荒れるは花弁の竜巻、飛び交うは恐るべき魔弾──半数以上が無力化され、柳ケ瀬がたまらず喚く。
「なんでだ!? なんでこんなあっさりやられる!」
「腕の差銃の差戦術の差。これだけ揃えば当然でしょう?」
ご高説ご尤もだが、それでもどうも納得がいかない。ゴスロリ幼女の謎魔法、アレも大概理不尽だが、いかにもな魔法なんだしもうしょうがない(?)。問題は、あのハリポタ野郎の古ぼけた銃だ。
「テメェのそりゃアンティークだろうが! 実戦でバリバリ使えるなんておかしいだろ!?」
「確かにそれはそうですが、こと魔術においては話が少々異なります」
古いものほど魔力が宿る。それは銃も例外ではない。ましてや楓が手に持つそれは、魔弾に特化した特別製だ。純粋な銃としての機能も申し分ない。
とはいえ、欠点がないわけでもない。
銃の構造が旧式すぎて、やたらとリロードが手間なのだ。弾倉から一つずつ薬莢を捨て、それからまた一つ一つ弾を込めねばならない。
そして基本的に、物理的な破壊力はほとんどない。所詮は花弁で作った弾なのだから、これもまた道理である。
「だから適当に身を隠せば、ほとんど無力化できるんですよー」
「親切かよこの野郎! なんでわざわざそれを教える!?」
「いやぁほら、どうせなら仕事は楽しんでやりたいですし」
楓はぬけぬけと嘯きつつ、余裕しゃくしゃくリロード開始、慣れた手つきでちゃっちゃか弾を込めていく。
千載一遇の好機。柳ケ瀬は手勢とともに猛攻撃を仕掛けるが、ことごとく狙いが外れる。動揺しまくった彼らの腕では、到底当たるはずもない。逆に弾が尽きると同時、楓のリロードが完了した。
「はいもう少し頑張って。この際ですから狩られる側の気持ちも学んでみるといいでしょう」
陽気で邪悪な微笑をたたえ、再び楓が銃を構えた。柳ケ瀬たちは背中を見せ、蜘蛛の子よろしく散り散りに逃げる。
鼻歌交じりの銃声が轟く。ごとりと何かが倒れる音。柳ケ瀬は振り帰らない。すぐ後ろで何があろうと、もはや己の知ったことではない。こんな事なら正面から挑まず、隠れて背後から襲うべきだったのだ。
今からでも遅くはない。とにかく逃げ延びさえすれば。そう思い、必死にもつれる足を動かす。なんとかステージ下にたどり着く。飛びついて這い上がろうとした時、銃声とともに右足の感覚が消えた。バランスを崩し、無様にステージから転げ落ちる。立て続けの銃声。そのたびに感覚が消える。右手左手左足。痛みはない。それこそが恐ろしい。
「ッ!? ……ッ!?」
柳ケ瀬は恐怖に慄きながら、必死になって身をよじる。仰向けになった視界の中、白い花弁が雪のように舞う。その中を麗しき魔弾の射手が、ひどく静かに歩を進める。
「雛罌粟の弾丸です。花言葉は『眠り』と『忘却』。痛みも苦痛も与えませんが、手を撃てば手が眠り、足を撃てば歩くことを忘れる。人道的な弾でしょう?」
歌うように言いながら、楓は柳ケ瀬を見下ろした。その胸元、心臓のあたりに銃口を突きつけ、晴れやかで邪悪な微笑を向ける。
「ここで一つ問題です。もしこの弾を胸に撃ったら、一体何を忘れるのでしょうね?」
穏やかに問いかけながら、楓は引き金に指をかけた。徐々に力が込められていく。
やめろ。いやだ。鼓動を忘れてしまったら、行き着く先はひとつだけだ。
懇願は言葉にならず、柳ケ瀬は必死に目で訴えた。もう十分懲りたのだと、きちんと罪は償うからと。
無様で哀れな姿を見て、楓は鼻を鳴らして嘲う。
散々好き放題遊んでおいて、今更何を償うというのだ。
例え楓が許そうと、この男が千咲に行った所業まで許されるはずがない。
それに──さっきも要求したではないか。
「いったはずですよ。全員私に撃たれなさいと」
その言葉を、今更曲げるつもりはない。楓はあっさり引き金を引いた。
やけに乾いた破裂音。柳ケ瀬の身体がびくりと震え、意識は奈落へと落ちて行った。
◆
嵐のような時間が過ぎ去り、千咲は詰めていた息を吐き出した。傍らの雪華はまだ青い顔で、千咲の肩にしがみついている。
その手をさすって落ち着かせていると、蜜葉が千咲の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 怪我はない?」
「うん、平気。助けてくれてありがとね」
礼を言うと蜜葉はうなずき、その身をくるりと翻した。大きなバスケットを抱えなおし、はねる様な足取りでアリーナへ歩き出す。千咲も雪華を伴って、小柄な少女についていった。
一時はどうなる事かと思ったが、終わってみれば死屍累々──床一面に散らばる花弁、横たわる生徒と教師。まるで出来立てのカタコンベだ。その中を蜜葉がちょこまか駆けまわり、何かを拾い集めている。何かと言うのはもちろん銃で、それを片っ端からひょいひょい籠へと放り込む。警察に渡さなくていいんだろうかと首をひねるが、ピンチを助けてもらった手前、あまり無暗に突っ込めない。
蜜葉はすべての銃を回収し終えると、楓の元へ駆け寄った。二人の傍には、柳ケ瀬が土嚢みたいに寝そべっていた。
「……殺したんですか?」
「まさか。眠らせただけですよ。むやみやたらに人死に出すほど、私も冷血じゃありません」
楓は肩をすくめて応じ、ぐったりした柳ケ瀬を顎で指した。変態教師の胸は浅く上下し、息をしていることが分かる。他のみんなも同じのようで、千咲はほっと吐息を漏らす。勿論、柳ケ瀬に同情しての事ではない。人殺しは夢見が悪いと言う、それだけの事である。
とにかく、これで全部終わったのだ。まだ実感はわかないけれど、厚くお礼を述べねばなるまい。千咲は居住まいをただし、恩人二人に頭を下げる。
「あの、本当にありがとうございました。なんだか助けられてばっかりで……」
「いえ、礼には及びません」
遮る声がことのほか冷たくて、千咲はすぐに面を上げる。そしてそのまま固まった。
銃。拳銃。ハンドガン。
いい加減見飽きたブツが、千咲の鼻先に突き付けられている。今更それでビビったりしないが、甚だ不可解で首をひねる。銃を向けている当人でさえ、なんだか気まずい面持ちだった。
「……えっと?」
「すいません、これも勤めのうちでして」
曖昧な言い方だったが、千咲はすぐに言わんとすることを察した。楓の要求、それはまだ果たされていないのだ。
全員私に撃たれなさい──その言葉を正しく完遂するには、あと二人ほど残っている。
なるほどなって思うと同時、楓が引き金を引くのが見えた。




