Bloomin' Magic 前篇
ぱちぱちぺちぺち。
演壇上からアリーナへ向けて、気のない拍手が雨のように響く。軽薄なその音同様、男の笑みは薄っぺらく、厭らしい。
「中々いいシーンだったよ。なんかちょっとグッときた。こういうのをキマシタワーっていうのかねえ」
「……いつからそこに?」
「五分ぐらい前かなぁ。先生ほら、隠密行動得意だから」
胸を張って言う事ではない。が、その腕前には舌を巻く。
しかし柳ケ瀬単独ならともかく、団体さんにも気づかないのはいかがなものだろう。
その団体さん──クラスメイトや先生方はさっきから黙ったまま、柳ケ瀬の側で銃を構えて佇んでいる。
兵馬俑みたいな存在感だが、こちらが何かしかけた途端、イキイキ襲ってくることだろう。
故に千咲たちは迂闊に動けず、黙って成り行きを見守るしかない。その様子を上機嫌で眺め、柳ケ瀬は歌うように言った。
「しかしアレだね、意中の人との追いかけっこって夢だったんだけど、意外と楽しいもんでもないね」
「やっぱり海辺じゃないからでしょうか」
「それな。風情って大事だよね」
「だったら夜まで待てばよかったのに。きっと星がきれいでしたよ」
「あはは、それも少し考えたけどね。でもみすみす夜襲のチャンスを与えるほど、僕も油断したりしないよ。君らちょっと、僕のこと見くびってない? 」
それはホントに仰る通り。ぶっちゃけかなり侮っていた。
しかし柳ケ瀬とて単なる変態ではない。半年以上も正体を隠せる、極めて高度で陰湿な変態なのだ。JK二人が浅知恵でどうにかするには、少々荷が勝ちすぎていた。
「さて、小粋なトークはもういいかな? そろそろ僕もハッスルしたいし」
柳ケ瀬がさっと片手を掲げると、兵馬俑ズが動き出す。千咲達も脱兎のごとく駆けだすが、出口までは果てしなく遠く、なすすべなく取り押さえられ柳ケ瀬の前に跪くことなった。呆気のないチェックメイト。ムービースターに心中囁く。
──拝啓、ジョン・マクレーン様。どうやら貴方みたいにはなれそうもないです。
傍らの雪華をちらりと見る。雪華もまた千咲を見ていた。目線で『どうする?』と聞いてくるが、下手に動けば無用な怪我を負うだけだ。せいぜい心残りを無くすぐらいしか、もうやれる事が残ってなかった。
「最後に質問いいですか?」
「ふむ。聞くだけ聞いてみよっか?」
「先生は他のみんなを、どうやって操ってるんですか?」
「何ってそりゃあ魔法だよ。それ以外に何がある?」
今更それを聞くのかよ──そんな台詞が柳ケ瀬の顔に書いてある。彼にとっては自明の理で、千咲にとっては理不尽な答え。なんだか酷くがっかりしていた。何だよ奇跡、そんなに雑に転がってるなよ。そんなチートを使われたら、ハナから勝ち目はないじゃないか。
でも、だから最後まで。
自分が『終わる』瞬間まで、目は逸らさないと心に決めた。その視線を、柳ケ瀬は喜悦交じりに受け止める。
主役じゃなかった少女らめがけて、一斉に引き金が引き絞られる。
◆
──眩しくてやかましい。
それが千咲の感想だった。
痛みはまだ訪れていない。まだ千咲に届いていない。
入り混じった無数の銃声、無数に連なる銃火の瞬き。一瞬にして過ぎ去るはずの現象を、千咲の五感は感得している。
終わりの間際の極限の集中が、その光景を見聞きすることを可能としていた。
──その中に、一つ。最初に見えた一つだけ。
猛禽の鋭い鳴き声に似た、気高く獰猛な音がした。明星のごとき光芒があった。
知らなかった。
銃声に美醜があるなど。銃火に見とれる事もあるなど。
それは蒼く染まった窓の向こう、夜の中から放たれた。貫かれた硝子が砕け、キラキラと輝きながら落ちていく。
弾丸は疾く鋭くまっすぐに、千咲めがけて虚空を駆ける。
彗星のごとき軌道と弾速──他の銃弾に追いつき追い越し、目前へと迫ったその瞬間、
(伏せなきゃ)
千咲はとっさに思い、雪華をかばって地に伏せた。
──閃光と衝撃。
全く予期せぬ現象に、誰しもが無防備なまま打ちのめされる。
息を呑み、床面で頭を抱えながらも、千咲は決意の通りにつぶさに見た。
それは絢爛たる暴力だった。
炸裂する銀の極光、猛威を振るう爆風の中、乱れ舞うは三種の花弁──カトレア、ガーベラ、鳳仙花。
巻き起こった暴威にのまれ、銃弾も暴徒も吹き飛ばされる。
そして嵐が終わったあと。
それ起こした存在が、忽然と目の前に現れていた。夜の色した大人の男と、妖精じみた愛らしい少女。
その背中をぼんやり見上げ、千咲は痺れる頭で考える。
どうして彼らがいるのだろう。
どうしてここが分かったのだろう。
その答えは、自身の左手についていた。最後に残ったあのお守り。黄色い花で出来ているそれが、薄く淡く光っている。
「クサノオウ。ケシ科に属する越年草です。花言葉は『枯れた望み』、『私を見つけて』」
ああ、そうか。だから見つけてくれたのか。最初からそのつもりで、これを渡してくれたのか。
どうしよう、まだ泣く準備が出来てない。
分かっている。きっとただの善意じゃない。
男は依然と変わらぬ魔性の笑みで、無理難題なことを言う。
「……全く。あんまり元気よく逃げ回るから探すのに苦労しましたよ。こっちは子連れなんです。少しは加減してくれないと」
「無理ですそんなの。頼んでませんし。それより貴方、何者なんです?」
男は千咲の質問に、ヤレヤレとかぶりを振る。この状況で分からないなら、鈍いにもほどがある。千咲も本当は分かっていた。でも直接聞きたくて、あえて鈍い振りをした。
魔法使い──今宵の演目の真打は、最初からそう名乗っていた。




