外伝 剣豪勝負
「はぁーっ!!」
さざ波の中で、若い侍の声が響く。彼は威勢良く、老齢の男へ向かって刀を振りかざした。
「ぬぅん!」
老齢の男はそれを刀で迎え撃った。その様は凪のようで、しかし堂々としていた。まさに熟練の侍、といったところか。
「ぐぐぐっ……!!」
彼がいくら力押ししようとしても、軽々と受け流される。これは武道全般にいえることだが、力だけで相手を薙ぎ倒すことは基本困難だ。そんな基礎中の基礎なんぞ、破天荒な若侍ですら理解していた。
だが、それでも。彼は力押しを続けた。それは相手の意識を集中させるためだ。何故なら、彼が持っていた刀は一つではなかったからだ。
そう。彼は二刀流の使い手だったのだ。彼はニヤリと笑うと、もう一本の刀を死角から繰り出した。
「何っ⁉︎」
老齢の男は驚き、ほんの一瞬だけ動きを止めた。隠し武器――もっとも、この男の場合は隠してはいなかった――が、本差というのも大きかっただろう。隠さない隠し武器など、何の意味があろうか。非合理的な戦い方をする達人など、そうそうお目にかかれない。
そもそも二刀流とは、本差――長い刀と、脇差――短い刀の二本を使う戦い方だ。それがこの男の場合は、両方の刀が本差なのであった。
本差は両手で扱う武器だ。だから、重く長い。それを両手に持つとなると、重く扱いきれないだろう。いくら優れた武器を何十、何百と構えていようと、すべてを活かせなければナマクラも同然。いや、それどころか枷だ。
そのため、二刀流は本差と脇差の二本で構成される。
だが、この男は両方が本差で、それでいて刀を華麗に操っているのだ。今までさまざまな武芸者がいたが、そんな男は初めてだ。
"刀の道に終わりはない"。老齢の男はそれを改めて認識させられた。
「これが噂に名高い二刀流か……! もはや、手加減無用……!」
若侍の追撃を交わしながら、老侍は告げた。
おそらくだが、若侍の狙いは力攻めだったと考えられる。先程、"力だけで相手を薙ぎ倒すことは困難"と筆者は述べた。誤解されないように言っておくが、アレは事実である。
柔よく剛を制すという言葉は剣術にも当てはまる。二刀流の場合も同様だ。二つの武器を両手で扱うわけだから、当然精密な動作が要求される。意外に思われるかもしれないが、二刀流とは繊細な剣技なのだ。
しかし、この侍は異常な筋力と類まれなる才能を土台に、柔と剛を併せ持つ"新しい二刀流"を生み出した。それこそが、彼が剣豪として名を馳せた理由である。この奥義を片手、いや両手に携え、数々の腕自慢達を倒してきた。今回もきっとうまくいくだろうと、彼は楽観視していた。
しかし、戦況は思い通りには転ばなかった。老侍は攻撃を流れるようにかわし、雷の如き速さで、剣技を叩き込んだ。瞳には殺気が宿っていた。彼が"伝説"と呼ばれる所以の、それが。
タネがわかってしまえば、かわすのは容易いこと。そうとでも言わんかのように、彼は軽やかに、しなやかに立ち回って見せた。みるみる内に、戦況は老侍に有利となっていた。
若侍はへばってしまい、地に倒れた。着物の間から傷が姿をのぞかせる。
「へぇ……噂には聞いていたが、とんでもねぇな、巌流ってのは。楽に勝てる相手じゃないとは読んではいたが、まさかここまでとはねぇ」
そう言って彼は、両刀を地面に置いた。敗者のモノとは思えない、とびぬけて明るい表情で。
「こーさんだ、降参。水を差すようで悪いが、アンタには敵いそうもねぇ。ここは大人しく引き下がるよ」
老侍の気は抜けてしまった。目の前の荒々しい男は、勝つまで勝負を続ける性格だと思っていたからだ。彼自身がもっと戦いたかったというのもある。折角新たな剣技の一端を見れたというのに、これでは興醒めではないか。
本音では、戦いを続けたかった。だが、この男は真面目であり、言われた事はよっぽどの事がない限り受け入れる性格なのだ。そのため、老齢の男は刀を地面に置いた。戦いを終わらせようとしたのだ。
「お主とこれ以上やり合えぬのは残念だが、儂ももう歳だ。ここで手打ちといたそうではないか。
……しかし、お主の技は悪いものではなかったぞ。腕を磨き、また挑みにくるがいい」
そう告げる老侍だったが、いつの間にやら若侍は姿をくらましていた。
「……む?」
(……はて、もう帰ってしまったのか。だがそんな事があり得ようか。ここは孤島。船頭なしでは戻れぬ地。それは向こうも承知のはず。一体どこへ……)
「おーい、新免殿。どこへ行かれた」
老人は呼びかけながら周囲をうろつく。辺りは岩場で、見通しはよくない。彼がとある大きな岩の前に差し掛かった、その刹那だった。
「おりゃああああ!!!!」
背後に突然気配を感じ、老齢の男は振り向いた。
声が聞こえたときには、もう遅かった。
そこにいたのは、消えたと思っていた若侍だった。彼は心臓めがけて、刀を突き刺した。
「ぐ……ぐはぁっ……」
それはまさしく不意打ちだった。"勝てない"と察した男は岩場に潜み、相手に隙が生まれるのを待っていたのだ。
「み……見事、よ……」
血反吐を残し、老侍は息絶えた。その倒れ行く肢体を背に若き侍は去った。
この話を読んで、若侍を卑怯だとなじる者もいるだろう。しかし、私はそうは思わない。
これは勝負であって決闘ではない。つまり、有職故実にこだわりすぎれば、痛い目をみるということだ。
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