6話 視点:聖女 わたしのいちばんすきなひと
やっと聖女視点
「やっと見つけた」
よっと、とやや溜め気味に大きな腕で持ち上げられる。
星も月もない夜のような黒髪に、それとよく似た、少しだけ藍がかった眼を持つ彼は安心したように微笑みながら、あやすように腕を揺らして、王城の方向へ歩き出す。片腕で小さな身体を支え、もう片方の手でぽろぽろと零れる涙を拭った。低い体温が心地よくて、青い眼をそっと閉じる。
「・・・エディ」
「なんですか、ステラ」
「・・・・・・なんで見つけちゃうのかな」
別に、予定があるわけではなかった。
今は列記とした自由時間だし、誰かと特に約束もしていない。
ステラは、この世界どころか、異世界中、この次元の中で、唯一神聖魔法を使える人間だ。
それはステラがこの世に生まれる前から彼女に宿されていて、この世に生まれ落とされたその瞬間から、彼女の運命は決まっていた。
幼い彼女はそれでも、神聖魔法の訓練を怠ったことはなかった。
他の誰も使い方や効果を殆ど知らなくても、教鞭を取ってくれる人がいなくても。
この先で、どんな結末が待っていたとしても。
だってそうしないと、みんな死んでしまうから。
逃げたくて、けれど全部捨ててしまえるほど子供ではいられない。
恐くても、自分は聖女だから、民に不安を漏らす訳にはいかない。
でも逃げたいのも、こわいのも、仕方のないことだった。
だってステラはこの時まだ、五歳ぽっちの女の子だったから。
「イイんじゃないですか、逃げちゃって。むしろおれは大歓迎なんですけど」
なのにエドワードは、呆気からんとそう言うのだ。
拗ねたように、ステラは口をとがらせる。
「・・・どこににげるっていうの」
「何処までも逃げられますよ、ステラはおれをちょぉっと見くびり過ぎですねぇ」
「まおうの来ないせかいまで?」
「そんな世界はないですよ。ないけど、ま、ステラが死ぬまでぐらいの時間過ごせる場所までなら」
「・・・・ふたりで?」
「死ぬまで二人っきりですよ~、イヤ?」
彼はおどけて笑って軽やかに、人生三回分くらいの重い話をサラッと言う。
ステラはウソだよね、って言おうとした。言おうとしたけれど、エドワードの目が、あんまりにも叶わない事を願う子供みたいな目だったから、ステラは「それもいいかもね」と、ついぽつりと本音を漏らしてしまった。
するとエドワードはぱっと顔を輝かせてから、ステラの顔を見てとてもガッカリしたような顔になった。
「そう言うってんなら、そんなに泣かないでくださいよ」
ステラは再びぼろぼろと涙を零していた。
エドワードと二人で、捕まらないところまで逃避行するのは、良いなと思った。紛れもない、本音だった。
けれど、ステラはそれと同じくらい、この世界が好きだった。
ちょっぴり頼りないお父様と、半身ともいえる可愛い弟と、行儀の良い侍女と、厳しくも時に優しく勉学を教えてくれる教授たちと、温かくて活気のある民。
魔法も、動物も、森や木も海も、空も、いままで見てきたひとつひとつ全て、ステラには守るべきもので、大事なものだった。
「ステラは大丈夫ですよ、神聖魔法は絶対に上達するし、魔法も上手く扱えるようになるし、立派な聖女にも成れるし、魔王も倒せます。おれが保証しましょう」
「・・・さいきょーの魔法使いが?」
「ええ。おれほどの魔法使いが言うんですから、絶対です」
ニッコリと、エドワードが笑みを浮かべる。
それは普段浮かべるどこか信用し難い笑みではなく、ただただ、ステラを安心させるためだけに浮かべられた笑みだった。
いつも、ステラに向けられる笑み、だった。
このひとが、この笑顔が隣に在ってくれるなら。
「・・・・うん。うん、そうね、大丈夫」
何度でも、ステラは立ち上がれるし、前を向けるのだ。
「―――――見つけてくれてありがとう、エディ」
「おれの専売特許ですから」
にっ、と口角を上げて笑うエドワードに、ステラも笑い返した。
このひとの事が、好きだなと思った。
*
その話を聞いたのは、随分と前の話だった。
勇者適正、つまり『伝説の剣』を振るえる適格者がこの世界に生まれないこと。こことは違う世界、それもほとんど全く正反対の異世界に生れ落ちたことを。
愚痴を漏らすような感覚でぼやいていたのを記憶の隅に留めていたのだ。
最近何か、ヨハネスとエディがソワソワしているな~というのは感じ取っていた。きちんと目を配っていたはずなのに、この様である。自分で自分が腹立たしい。
エドワード・デウス・サウダーデという男がどういう人物か、ステラは誰よりも理解している。
ステラが生きてきた年と同じ数だけ、エドワードはステラの隣にいたから。
「その一人称、やっぱり似合ってないですよ」
「・・・・・・・」
「あっ、こら、顔を逸らさない」
「・・・・別に拗ねてない」
「誰も拗ねてるなんて言ってませんけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今度こそ黙り込んでしまったエドワードの隣に、ステラはスカートをキチンと抑えながらしゃがみこんだ。
エドワードがいたのは王城の庭裏にある湖、外廊下の丁度向かい側、草木が茂った向こう側にある、城内で三番目に大きな木の麓に背を預けて座っていた。真夏なのに黒い外套を脱がないので、見ているだけで暑苦しい。前に一度だけ暑くないの?と聞いた時は、「そんなの魔法でちょちょいのちょいですよ~☆」と返答された。贈った側としては使ってもらえることは有り難いが、そんなに四六時中使ってくれなくてもと思わなくもない。
「・・・ステラ」
「なに?」
「・・・・・・・・・・・・・・ごめん」
「私に謝ってほしい訳じゃないんですけどねぇ」
「ですよねぇ」
しみじみ言うステラに、エドワードもしみじみと返す。そもそも、ステラは別段勇樹へ謝ってほしいわけではないのである。
ただ、許せなかっただけだ。
自分の愛するひとが間違えたまま進もうとしていることが、悪事を悪事と思わぬようなひとに成ることに、心底腹を立てていただけだった。
エドワードは大きく大きく溜息を吐いて、頬杖を付きながらのんびりと、けれど決然と言う。
「・・・うん、おれが悪かった。けど、アイツに謝る気は、ないですかねぇ」
「どうして?」
「ナイショです」
「貴方は昔からそればっかり」
「ステラにだけですよ」
「・・・・嬉しくない特別扱いですね」
む、とむくれるステラに、エドワードがけらけらと軽やかな笑い声を上げる。それはステラが好きな彼の表情の一つだったので、思わずステラもふと笑みを漏らした。
ひょこりと立ち上がって一人木漏れ日から抜け出し、エドワードへ手を差し出す。帰りましょう、エディ。そう笑うと、エドワードも眩い日差しに目を細めて、笑う。
「ステラ」
「なに?」
「・・・・愛してます」
それは、誤魔化しの言葉だった。
何か、言おうとした言葉を飲み込んだ先にあった言葉。それは決して嘘でなく、本心からの言葉だけれど、同時に悉くの矛盾を孕んでいた。
だから、ステラは。
「―――ええ、私もよ、エディ」
何度でも、誤魔化されてあげた。




