5話 視点:勇者 魔法使いのいちばんこわいもの
王道なファンタジーが書きたかった
「分かってますよね」
「えぇっと・・・いや、私としてはですね、いっそ全部唐突に終わらせちゃって逃げ道を塞いだ方が踏ん切りがつくんじゃないかな、って」
「へぇえ?勇者候補だからって人間一人拉致して、その言いざま?どの道を歩もうが死ぬような目に遭うかもしれない子どもを家族に一言も挨拶させずに引きずり込んで?それってさ、ねえ、私がいちばん嫌いな手だわ、ねえ、エドワード!!」
ぶわり、と部屋中のなにもかもを吹き飛ばすほどの風圧が、ステラの足元から吹き荒れる。エドワードの斜め後ろにいる勇樹でさえビリビリと肌が泡立ったのだから、真正面にいるエドワードはどうなっているのか、とこっそり窺うが、先ほどの風圧に対しては意を介した様子はない。流石師匠であると言いたいところだけれど、エドワードの顔はステラを見た時から弱弱しさ度が最高値を常に更新し続けているので、なんとも言えない感じである。
「いいですか、私は誠実さの話をしているのです。貴方はユウキをこちらへ呼ぶとき警告したのですか、今日自分の穏やかな日々は終わるのだと彼は悟っていたのですか!何が踏ん切りですかバカバカしい!引きずり込まれるのと頭を上げて足を踏み入れるのとでは決定的に違うでしょう!」
ピシャリと叱りつけた彼女の言葉はどこまでも正しく、先ほど偶然会った時のふんわり加減はどこにも存在していなかった。そこにはただ、誰かの為に怒りを燃え上がらせることが出来る、苛烈な女がひとり毅然と立っていた。
その姿の、なんと美しいことだろう。
ステラは言いたいだけ言ったのか、ふっと肩の力を抜き、部屋の奥へ身を翻した。その時になってようやく気付いたのだが、部屋の奥では石畳の上でヨハネスが苦笑しながら正座していた。
「おいエド、早く君も反省のポーズを取った方がいいぞ。その前にやることがあるだろうけどな」
のんびりそう言ったヨハネスに、エドワードは拗ねたように口を尖らせ、しばらくの無言の後、「頭を冷やしてきます」と冷淡な声を放ち部屋から出て行った。
はあ、と深い溜息を吐いたステラが勇樹に向き直る。
「見苦しいところを見せてしまってごめんなさい」
「・・・いいや、見苦しくなんかなかったよ。貴方は、とても素敵な人だね、ステラ」
自然とその言葉が零れ落ちた。
痛いほど高鳴る胸を押さえつけ、勇樹は小さく笑みを浮かべる。するとステラは一瞬きょとんとして、くすくすと淑やかに笑い声を上げる。
「ふふ、怒った姿が素敵だなんて、あまり褒められたものではないですね」
「そうだぞ、姉上はあまりお勧めしない、尻に敷かれる事間違いなしだからな」
「ヨ・ハ・ン?」
「おっと藪蛇か、少し黙ろう」
「・・・そうか、姉上ってステラか!俺が来た朝に王様を簀巻きにした!」
「ちょっ、なんで知ってるんですか!?ヨハン!!」
「事実だろう」
うぐ、と言葉を詰まらせ、ステラは押し黙った。事実だから何も言い返せないのだろう。しばらく呻き声を上げたあと、赤ら顔のままステラは「エディを連れ戻してきますっ」と言い捨てて部屋を出て行った。
それを見送ったヨハネスがふー、と一つ大きな息を吐いてよろよろと立ち上がった。
「まったく姉上の仕置きは何年経っても意外と堪える・・・セイザと言うらしい。知ってるかい、シノノメ」
「ああ、俺の世界の座り方の一つ、です」
「今更敬語はいらんよ。そうか、君の世界のものだったか、ニホンジンとやらは相当クレイジーだな」
「知ってるんだな」
「エドが面白がってよく覗いてるんだ。僕と姉上は昔から、よく隣で一緒に見てた」
「へぇ、師匠ってそんな昔から魔法が凄かったのか」
「・・・あぁー」
「え?」
「いや、エドは昔からあの調子だから、よく忘れがちなんだ。そうだな、エドはすごいやつだ」
「ん?ヨハネスとステラって、歳は?」
「今年の春で15になった」
「うわ、俺より二つも下なのか・・・どっちが?」
「どっちもだ。僕らは双子だから。来年になったら酒を勧められるようになるし婚約者問題もある。面倒な事だ」
それはそれは深い溜息を吐くヨハネスに苦笑を返す。やはり王族としては避けられない問題なのだろう。それにしても、ヨハネスが結婚相手云々というのなら、
「婚約者か・・・ステラもなのか?」
「惚れたの?」
「うわあっ!!?」
「やぁリヒリヒ、いたのか」
顔のすぐ横に突然現れたリヒティアに囁かれ、勇樹は間抜けな声を上げて飛び退いた。リヒティアは透明化していたらしく、するするとその場で姿を現していく様は、二度目だけれどもまったく慣れそうにない。
「うん・・・実は、ずっといた・・・」
「姉上に着いて行かなかったのか」
「・・・・あの人は好きじゃないけど・・・・馬には、蹴られたくない」
ぷい、と拗ねた声音でリヒティアが顔を逸らす。馬に蹴られる?と勇樹が首を捻ると、ヨハネスがくすくすと笑いながら、だからお勧めしないと言っただろう、と前置きした後、
「エドと姉上は、婚約者なんだよ」
だから婚約者問題に苛まれるのは僕だけだ、残念だったな思春期少年よ。
ニッコリとイイ笑顔で放たれたその言葉を理解した後、勇樹は耐え切れず悲鳴を上げた。
聞くところによると、その悲鳴は件の人物二人のところまで届いていたらしい。
このお話は徹頭徹尾魔法使い×聖女です。勇者はマクガフィン的存在です