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どうかひとの祈りと願いを  作者: ドレッシング
4/6

4話 視点:勇者 カメレオン系ハリネズミ弓使い


どうぞ私の事はステラとお呼びください、いやいやそんな畏れ多い戦争はどちらも譲歩することで終結し、店を出る頃にはすっかり打ち解けていた。

ステラは素敵な女の子だし、そしてどこか不思議だった。まるで長く連れ添った幼馴染のような、自然と隣に馴染むのだ。


「そういえば、この店に来たって事はステラも何か直して貰いたい物があったんじゃないのか?」

「ええ。これを」


ステラが自分の着ている外套を指差して言う。白い外套は袖が金色に縁取られているぐらいで、一見普通のマントに見える。一体どんな効果があるのか、と興味津々に見つめている勇樹に苦笑したステラは、教鞭を取る教師のようにぴっと人差し指を立てて口を開いた。


「私ってほら、ちょっと聖女なところがあるでしょ?」

「物凄い字面だ・・・それって、さっき桜とかヒマワリとか朝顔とかが、時期も時間も外れて咲いてたアレか?」

「そうそれ。ともかく、私は万物に好かれるの。動物は勿論、草木や花々、妖精や人間、果ては魔獣だって、私は相手に好意的な印象を与えることができます。簡単に言えば、全方位魅了生命体なのですよ、私は!」

「誇らしげに胸を張ってるところ悪いけどひっどい自称だぞ!?」


むふー、とそれなりに豊かな胸を張る彼女は大分に可愛らしい。まさかこの感情すらも彼女の体質のせいなのか、と一瞬思い至るも、既にその外套を身に纏っていたのでもうその体質は抑えられているだろう。つまり彼女は素で可愛いと言う事だった。何を言っているんだ俺は。


「そうかな?エディが考えてくれたのだけど・・・」

「その人とは早急に縁を切るべきだと思う」

「あはは、そんな大袈裟なー」


ステラは勇樹が冗談でも言ってるかのようにニコニコと笑うが、勇樹の方は結構本気である。ついてはそのエディたる人物について追及しようとした矢先、店の扉が開いてミリアナが顔を覗かせた。


「ちょっとステラ、アンタ護衛の兵士は?」

「撒きました。どうして?」

「アンタね・・・さっきから連絡水晶がビカビカ煩いんだけど」

「えへへー」

「えへへじゃないわよこのアンポンタン!」


けろりと悪びれもせず言い放つ彼女に、ミリアナは頭痛を堪えるような仕草をしてから、べしべしと頭を強打する。ステラはいたいいたい!と悲鳴を上げたが、傍目の勇樹にもどちらが悪いのかは易々と察せたために無言を通した。


「けど兵士は撒きましたが、リヒリヒならいますよ?」

「リヒリヒ?」

「ええ。リヒリヒー」


ステラが人物の名らしきそれを呼ぶと、彼女のすぐ傍らの空間が揺らいだ。石を投げられた水面時のようにゆらゆら揺れるそこが、少しづつ色付いていく。色は徐々にその形を作り、やがてそう時間も経たずに人の形を取った。


「姫様・・・リヒリヒは恥ずかしいから・・・やめて・・・」

「えぇー、可愛いのに・・・」


人の形になったその少女は、しょんもりとするステラにあわあわと狼狽えたあと、「姫様がそうしたいなら・・・いいよ・・・」と折れた。抗議から頓挫までの時間は約3秒である。

ありがとう、とほわほわ笑うステラとそれに照れる少女の和むやりとりを傍目に、ミリアナが呆れ声を出す。


「なんだ、リヒティアがいたのね。なら放置でいいか」

「何方なんですか?」

「リヒティア・ハインリヒ・クーリッヒ。この国の騎士副団長よ」

「・・・ん?副団長!?この子、どう見ても10歳少し超えたくらいですよ!?」


あまりの事実に思わず上げた勇樹の大声に、少女は数センチ飛び上がり、ささっとステラの背後に隠れた。恐々とこちらを窺うは、大きな少し涙が浮かぶ赤眼に、真っ白な髪と肌。典型的なアルビノの姿をする彼女は幼いと形容されるほど小さく、その身体も細っこく弱弱しい。

思い違いでなければステラの方が身分が高く話の流れからすると守る対象であるはずなのだけれど、他二人はそれを苦笑するだけで眺めている。


「あの・・・わたし、カフカ族なので・・・」

「カフカ族?」

「ええ、カフカ族は成長がとても遅いの。リヒリヒはこれでももう17歳ですよ」

「17ぁ!?・・・ってそれでもまだ全然未成年じゃん!」

「あら、この国なら16で成人よ。それでも、リヒティアの階位は異例だけどね」

「リヒリヒはとっても優秀なのですよ、ねー」


リヒティアはステラによしよしと頭を撫で繰り回された上にこの上なく誇らしげに称賛され、顔から首元まで真っ赤に火照らせてまた狼狽え、ぎゅーとステラに抱き着いた。とても騎士副団長とは思えない、良くて幼女、悪くて小動物だ。


「17歳で副団長って、実際の実力の程は・・・」

「わたし、強いよ」


勇樹がミリアナとステラに向かって聞くと、濁した言葉を斬って捨てるように、リヒティアが声を上げた。それは今まで彼女が発した言葉の中で最も強く、毅然とした、凛とした声音。


「わたしは強いよ。・・・見くびられるのは、きらい」


ともすれば拗ねたようにも聞こえる言葉だが、赤い眼は真っすぐに勇樹の双眼を射抜いている。その力強さは虎に睨まれたそれに似ていて、勇樹は瞬きも息をする方法さえ一瞬忘れた。ぺしっ、と気の抜ける音を立ててステラがリヒティアの頭を叩かなければ、おそらくそれはもう数十秒続いていただろう。


「こらっ、リヒリヒ。ユウキを怖がらせちゃダメでしょ!」

「はっ・・・あぅあぅ・・・ごめん、なさい・・・」


桜色のフードを両手で目元まで引き下ろして、リヒティアは視線をうろうろと彷徨わせた後小さな声でつっかえながら謝罪した。強い少女だ。正直な少女だ。

けれど、とても普通の少女だった。どこにでもいる、ちょっぴり人見知りな、市井で見かける、ごく普通の。


「いいよ。こちらこそ、みくびってすまなかった。ところで、さっきの君の登場のし方はどういう仕組みなんだ?魔法?」

「あれは・・・私の一族の、特殊魔法、『無貌』なの・・・」

「ムボウ?」


フードをちょっぴり上げて誇らしげに宣言しているところ悪いが、異世界出身の勇樹にはその言葉の意味はちんぷんかんぷんである。それに気づいたらしいリヒティアがどうにか説明しようと口を何度も開閉するが、どうにもうまい言葉が見当たらなかったのか、助けを求めるようにステラを見やる。ステラはそれに困ったように笑って、それから勇樹に向かって説明を開始した。


「彼女の一族の魔法は、簡単に言ってしまえば、変身能力のこと。カフカの一族は変身魔法に特化してるのです」

「いやいや、変身と透過は違うだろ?さっきの彼女は姿が変わると言うか、姿が無かった」

「それが『無貌』の魔法のすごいところなのだけれど、姿を変えるのにおよそ制限がないのですよ。それこそ、誰もいないように見せかけるように背景をそのまま自分の姿に投影する、とか」

「無茶苦茶だ!背景は一瞬ずつ変わっていくんだぞ!」

「ええ、むしろカフカ族の特異なところは変身能力よりも、その処理能力の高さでしょうね。ミクロン単位で変わっていく景色を、彼女たちは片手間に自分へ投影するのですよ。彼女が変身できるもので、外見的差異を見つけることは不可能です」


どうだすごいでしょう、と言わんばかりのステラに、自分の一族が褒められてうれしいらしいリヒティアがそわそわと照れている。その様は子犬のような、ハムスターのような・・・。


「・・・・あぁ、ハリネズミっぽい」

「可愛いわよねー」



しばらく和みの時間が続いた後、ステラはもういい加減に戻らなければならないと言う事で、リヒティアを伴い王城へ帰ることになった。悠々と大通りを歩き去って行く彼女達に危機感というものはないのだろうか。心配気に見送った勇樹に、ミリアナは「いやいや、あの子ら少なくとも君よりは強いから」という完璧な現実を突きつけて笑っていた。勇樹は心臓にクリティカルヒットを貰い、二分ほど灰塵と化した。

修理されたロッドと食料が入った買い物籠を両手に抱え、やがて勇樹もとぼとぼと家へ帰る。いつの間にか三ヵ月物時間を過ごしていたそこは、勇樹にとってはもう第二の家となっていた。日々ブラウニーの仕事を手伝っていることもあるかもしれない。お使いをし始めの頃は時たま迷っていた冷たい森も、今ではすっかり親しみ深く思えてきてしまっている。

思い出さずとも自然と帰れるようになった道を進み、勇樹は玄関の扉を躊躇なく開いた。師匠ー、ただいま戻りましたー、と家の奥まで届くように大き目の声を掛けると、奥の方から「あー・・・帰ってきちゃいましたたかー・・・」と心底憂鬱そうなエドワードの声が返ってきて驚く。彼が感情を率直に表に出すのはとても珍しい。勇樹の記憶の限りでは、この前ミリアナにまたいかがわしい名前の本を勧められた時以来だ。


「どうかしたんですか?」

「まーね。聖女様が帰ってきたらしいです」

「・・・それで、何か良くないことが?」

「良くないわけないですよ・・・あの子が帰ってきて悪いことなんて一つもあるわけない・・・あるわけないんだけどなぁ」


のそのそと奥から姿を現したエドワードの手には、白い封筒が抓まれている。見えた差出人の名前はヨハネスのもので、頭上で手を離され、ぱしっと受け取った紙の内容はというと、「ステラが帰ってくるので王城へ来るように」というものだった。追伸の「逃げるのは断じて許さん。死なば諸共だ」という言葉が少々恐かったけれど、それ以外はごく普通の招集命令文だ。

エドワードは口ではぶうぶう言いつつも支度を手早く終え、むしろ勇樹に遅いですよとまで苦言を呈すまでした。一方の勇樹は招集命令に従うべく困惑しつつも支度を拙い動きで終え、エドワードのナナメ後ろに立つ。

この家と王城は師匠が言うところの『ライン』が繋がっているらしく、テレポートのようにひとっ跳びできるらしい。ただし、一方通行なので王城からこの家には帰れないが。

この世界では、どうやら転移魔法というものがおよそ存在しない。

存在しないというよりも、コストばっかりかかってまともに使えるものではないと言う。換算すると、一度テレポートの魔法を使うごとに一般的な魔力を持つ人間一人優に干からびるらしい。特に案法の保有量が少ない勇樹なぞが使っても、中途半端に次元の狭間を作って吸い込まれるのがオチだと言う。なにそれちょう恐い。

けれどもエドワードは、当然のように一般人ではないので、その湯水のごとく湧いてくる魔法を潤沢に使用し、転移魔法を使えると言う訳だった。かく言う勇樹は、この魔法を見るのは実は初めてだったりする。


「どうやって行くんですか?」

「ウチの玄関と王城の空き部屋の一室でもう既にラインが出来てますから、仰々しい魔法陣も詠唱もありませんよ。ドアノブを捻るだけです」

「・・・俺、毎日捻ってますけど」

「順序通りに捻って発動するようにしてますから。右に三回、左に二回ドアノブを回す、ここテストに出すので」

「えーっ、俺、転移魔法は関係ない・・・」

「この家の住む以上は緊急避難として知っておきなさい。後はもう扉を開くだけ」


ガチャリ、と扉が開く。扉の開く音は、いつもの木が軋んだような音なのに、不思議な事にその扉はいつもより重そうに見えた。扉の先には、庭先―――ではなく、どこかの一室だった。どこかの、ではなく、エドワードの力量を信じるなら、王城の一室だろう。簡素な裸のベッドがひとつ、あとは用箪笥と窓がひとつづつしかない部屋。エドワードは一度その部屋へ入り、勇樹も習って入室する。扉を閉めて、また開ける。すると、開けた先には何の変哲もない王城の廊下があった。我が温かい家と繋いでいた空間が消えてしまったのだろう。というかこの光景どこかで、


「あッ、ハ〇ルだ、ハ〇ル!」

「参考にはしてますよ」

「師匠って、実は俺の国のサブカル大好きですよねぇ!?」

「面白いですよね、君の国」


それは否定できない。何せ平安時代からパロディ転生入れ替わり物語がある国だ。DNAに刻まれているとしか思えないサブカル欲である。面白いから勇樹はそれで良いんじゃねと思っているが。

エドワードに連れられ、慣れない王城の中を歩く。

警備兵があちらこちらで直立して、エドワードを視認する度に繰り返される敬礼をエドワードは手を振って軽く流すが、生憎と小心者の勇樹にはそんな横柄な態度が取れる筈もなく軽く頭を下げて流す。

やがてエドワードが立ち止まった場所は、勇樹がヨハネスに説明を受けたあの部屋だった。後に聞いた事なのだが、この部屋はヨハネスの私室らしい。私室に軽々と他人を入れるのはどうなんだ、と思うが、あのステラの兄弟と思えば頷いてしまえるのでなんだか笑える。

エドワードはノックを二つして、ヨハネスー入りますよーと声を掛けて返事も待たず扉を開けた。えっ、ちょ、と勇樹が咎めようとしたけれど、扉を開けた先にいた人物を見て言葉が消える。そろりと隣を見れば、滂沱の汗を流し眼を逸らす師匠の姿、そしてそんな彼の目前には。


「ただいま、エディ。早速だけれど、弁明があるなら聞いてあげないこともないですけど?」


にっこり、とSEでも付きそうな程の笑顔。

背後に漂う暗黒オーラと、表情から滲み出る憤怒の色さえなければ、聖女然とした笑顔だっただろうに。




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