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どうかひとの祈りと願いを  作者: ドレッシング
2/6

2話 視点:勇者 勇者と魔法使い

「最初に仲間になるのは女の子でしょう!?そこからなんやかんや恋に発展してその子のためにこの世界が大事になったり魔王倒したりするのが鉄則じゃないですか!!」

「誠に御愁傷様ですが、私は男ですしこの先3ヶ月はここに野郎二人っきりですねえ」

「殺生な!」

「私だって、どうせ招くなら女性が良いに決まってますよ。性別でも変えます?」

「変えられるんスか・・・」

「これでも最強の魔法使いを自負しておりますのでね」


魔法使いがふふんと鼻を鳴らして笑う。

なんとなく心許ない呼称だが、本当にそう思わせる威圧感を覚え、勇樹は乾いた笑い声を上げた。人間離れした容姿も相まってだが、とても同じ種類の生き物だとは思えないような、そんな雰囲気。言い表すには難しいが、勇樹は彼に南極の氷を覚えた。誰の手にも触れられない、誰の眼にも入らない、永久凍土のような、マイナス273.15 ℃のようなそれに。


「ではシノノメユウキ、まずは聖剣を振る感覚を覚えて貰いましょうか」

「え。あ、分かりました!」


紅茶を飲み干したカップをパチンと指を鳴らして消して、代わりに自前らしき片手剣を出現させる。勇樹の伝説の剣よりも細身の剣を腰に差し、外へ出るよう手で促す。その時、ふっと勇樹は違和感を覚えてエドワードを振り返った。


「なんで俺の名前・・・」

「君を呼び寄せたのは、何を隠そうこの私ですよ?知らないわけがないじゃないですか」


察しの悪い人間だ、とでも言うように魔法使いがせせら笑う。

そうだ、この男は、この魔法使いこそが、勇樹をこの世界に呼び寄せたのだ。

この男こそいなければ、勇樹は未だ安穏と、こんな世界のことなど知らず、自らの狭い世界で愛すべき平穏を満喫していただろうに。八つ当たりだとわかっていながらも、恨まずにはいられない存在だった。

そんな勇樹の感情を知ってか知らずか―――否、間違いなく分かった上で、魔法使いはニヤリと口の端を持ち上げる。


「恨むも怨むも寝首を掻くのも君の自由です。されどどうぞご注意を、寝てるときは私、なにぶん力加減が難しいもので、咄嗟の反撃でうっかり最大出力を出してしまうかも知れませんからね~」


酷薄な笑みを浮かべる魔法使いはやはり絶対的で圧倒的で、慈悲の一欠片も見えない。

実質、勇樹にその権利はないも同然だということだった。

この世界には、元々経験値という概念がなかったらしい。

まぁ当たり前だ、むしろどこの世界にそんな二次元みたいなシステムがあるというのか甚だ疑問である。とかなんとか思ってうんうんと勇樹が頷いた直後、「だから創ってみました」と宣った魔法使いに危うく吹き出すところだった。


「といっても、この世界全体に普及するのは面倒なので、適応するのは君のみですよ。『ステータス』」


魔法使いがそう唱えると、向かい合う勇樹と魔法使いの間に数字と言葉が並ぶ白い枠が出現した。近未来っぽいというかSFっぽい光景に、勇樹のテンションが僅かに(実際にはとても)上がる。まさにゲームのステータスバーのようなそれは、幸いなことに勇樹のよく知る日本語で数値やら状態やらが綴られている。


予想通りレベルは1で、役職は当然、勇者。ステータス値は比較対象がないので分からないが、マジックポイントが異様に低いことは分かった。


「100レベルは魔王と戦うときの目標値です。ま、こんだけ鍛えれば大丈夫でしょう」


魔法使い指を横に振ると、ステータスバーは意図も容易く消失する。


「俺にも出せるんですか?」

「ええ、君の魔力は初期値といえど驚くほど低いですが、この最強の魔法使い様がどうにかして差し上げます」


それよりも、と前置きし、魔法使いは先ほど出した剣を真っ直ぐに構えた。伝説の剣を取れと顎で促され、勇樹は憮然とした顔で頷き剣を引き抜いた。

一応、小学生のとき剣道を齧ってはいたけれど、西洋の剣と竹刀じゃ勝手が違うどころか、持ち方一つ取っても違う。この伝説の剣は驚くほど軽いので腕に負担はないけれど、その軽さが、むしろ勇樹には恐ろしかった。

お先にどうぞ、と先方を譲られても、生憎勇樹にはどうすればいいのかが全く分からない。かと言って、


「?」


・・・この魔法使いに聞くのも癪だ!

この短時間で勇樹はこれ以上ないってほどこの魔法使いが嫌いになっていた。こちらを完全に馬鹿にしている余裕綽々な態度も、気障っぽい嫌味交じりの言葉遣いも、取っつきにくく美しいと形容されるしかないだろう容姿も、最高に胡散臭い笑顔も、とにかく全部が気に入らない。

その憎々しさを籠めるように、剣先に意識を集中させ、足で地面を強く踏み込み一気に魔法使いの目前まで――――


「うん、速さは及第点」

「へっ?」


間抜けな声を出した自分をどうか許して欲しい。だって本当に驚いたのだ。

勇樹は今、自分で思っていたおよそ3倍ほどの速さで魔法使いに斬りかかっていた。剣のおかげか、それともこの世界だからか、勇樹自身のステータスが爆上げされているのかもしれない、とすら思った。

けれどこの魔法使いは、そんな勇樹を軽々と躱しただけでなく、此方を一度で分析すらしていた。

しかし一度そんな躱され方をされたくらいで、止める根性を勇樹はしていない。こなくそ、と身を捩り、最早一切の躊躇いもなく剣を二度、三度と振り抜いた。

四度目にしてようやく、魔法使いの剣が勇樹の剣を受け止める。

受け流すでもなく、受け止めて尚、魔法使いは微塵もよろめくことなく、そのまま勇樹をぐいと押し返した。

暫しの抵抗の末無様に転がった勇樹は、ぱちくりと眼を瞬かせる。

何が起こったかは分かるが、どうしてこうなったかは分からない、といった風の勇樹に、魔法使いはニヤリと笑う。


「実は私、肉弾戦も得意なんです」


そんな気はしてた。




「典型的なスピードタイプですね。パワーがないとは言いませんが、攻撃力だけなら通常、聖剣がどうとでもしてくれるでしょう」


その通常が全く貴方に効かないのですがそれは、という言葉は勇樹は賢明にも飲み込んだ。

あれから勇樹は少年マンガも真っ青なほどの回数を叩きのめされ、身体中アザだらけ頭はコブだらけだった。腹立たしいことに、魔法使いの剣は模造刀だった。魔法で強化してそうそう折れないようにしているが、殺傷能力は皆無とのこと。しかも攻撃力なら魔法使いが自分で殴った方が強いらしい、ゴリラですか貴方はと思わず溢したところニッコリ笑って無言で殴られた。コブの半分はいらんこと言って殴られたためである。現代日本なら暴力教師で訴えられているレベルだ。そこ、馬鹿なこと言うお前が悪いとかうるさい。

今日は初日ですし、これぐらいでお仕舞いにしますか、と締めた魔法使いの言葉に、勇樹がどれほど安堵したかは、おそらく、いや確実に知られているだろうが、勇樹は意地でも表には出さなかった。

もう今日はご飯食べて風呂入って寝たい、と心中で唸ったところで、勇樹ははた、と重大な事が気にかかる。


「・・・そう言えば、貴方って料理とか出来るんですか?」

「このパーフェクトで麗しの魔法使いに出来ないことがあるとでも?」


ですよね。


「面倒なので使い魔にやらせますが」

「・・・実は料理が下手とか」

「ないですねー、そして君に食べさせる気も、ないですねー」


ですよね。



家事妖精という種族のブラウニーという妖精の作った夕食は大変美味しかった。

こんなものですよ、と宣うこの魔法使いが普段どんな高級料理を食べてるのかは知らないが、世間一般的に見ても、料理だけで十分生計を立てていけるレベルだ。

ブラウニーは茶色の毛をしたウサギの姿で、その身に纏うエプロンと人間くさく笑う表情さえなければ、野山にいてもすれ違って終わりそうなほどである。

異世界召喚モノといえば食事に困るのが常套だが、こちらの世界の料理は、勇樹の知っている料理とそう変わらないので特に困るという事もなかった。食べている最中に最低限のマナーを教えられたけれども、それもそう変わったものではなかったので、勇樹は密かに安堵していた。


「落とした食器を拾ったら決闘を受けることになるとかあると思いましたよ」

「なんですか、それは。君の世界には変な風習があるんですねぇ」

「いやいや違いますよ!昔本で読んだファンタジーものでそういうのが・・・!」

「食事中に大声を上げない」


・・・・・・・はい。

憮然とした表情を隠しもせず、勇樹は葛藤の末苦々しく返答して、料理に集中することにした。

ビーフシチューによく似たスープ、柔らかい白パン、付け合わせのサラダ。

サラダに少々見慣れないカラフルな野菜(甘かったから果物かもしれない)が乗っていたくらいで、勇樹は物怖じせずに自分の分は全て平らげた。

食器をブラウニーに下げられ、手伝いはしなくていいのかとそわそわしていると、魔法使いは呆れたようにしたければどうぞと許可を出した。

疲れた体に鞭打ち、ブラウニーが背伸びするキッチンへなるべく下品にならない程度に小走りで近付く。ブラウニーは手伝うよ、という勇樹にまた人間臭く笑い、食器拭きらしい布を勇樹に押し付ける。(一応)客人にはやらせたがらないものではないか、と内心少し不思議に思っていると、察したらしいブラウニーが魔法使いの方へ目線を投げた。なるほど、家主が許可した事に従ったまでということらしい。

それにしても、この世界の住人には読心術が標準装備なのだろうか。あり得ないほど察しが宜しいのだが。


通された一室は簡素なもので、ベッドと文机、椅子が一脚に、本が数冊入った棚、それに大きめの窓が一つあるだけだった。好きに使ってよろしい、とは言われたが、まずこの世界の通貨もなければ文字も読めない。

本を一冊取ってパラパラとページを捲るが、読めそうな記述は見当たらない。諦めて元の場所に戻すと、すぐ隣にこれ見よがしに幼児向けの絵本が置いてあるのに気付いた。完全に行動パターンを見透かされている気がして、これを開いたら負けだと無駄な意地を無駄に張って本棚から離れる。

清潔な白いベッドに身体を倒し、窓から見える夜空をぼんやりと眺めた。

星にはあまり詳しくないけれど、勇樹の普段見ているそれとは遠く離れた星空に、知らず唇を噛む。いつまでこの世界にいることになるのだろうか、どれほどの苦難が待っているのだろうか、どうして、自分だったのだろうか。答えのない問いを繰り返す内に、勇樹の瞼は次第に重くなり、いつしか眠りへ落ちていった。





「いやー、予想通り過ぎるのもつまらないものですねぇ。あっちとこっちの食事事情が似てるわけないでしょーに。つくづく鈍感な子どもです、ラノベの主人公並みですよアレ」

『その言葉は意味不明だが、それならそいつは相当な迂闊者じゃねぇか?』


ブラウニーが口をぱかりと開けて、その風貌に不釣り合いな年若い少年の声がそこから発される。ガラの悪い、ともすれば不良のような声音の少年は、言外に使えンのかソイツ、と訝しげに問い掛けた。

魔法使いはそれに、悪魔のようにうっそりと嗤う。


「それでも、彼が勇者です。私が魔法使いであるように、あの子が聖女であるように」


それが世界の理だとでも、夜が明ければ朝が来るとでも言うように、魔法使いはごくごく自然に言い放った。聖書を読み上げる神父ような、機械的でつまらない言葉を。

少年はまたそれかよ、と悪態を吐き、それから思い出したように声を上げた。


『あ、ステラがチョー怒ってンぜ。帰ったら覚えてろだとよ、良かったな』

「ぜんっぜん良くない情報をどうも!嘘だろなんでバレてンですか!?」

『ヨハネスが折れた』

「あのチョロ弟ーーー!!それで皺寄せはこっちに来るんでしょう!?」

『どっちも有罪だと』

「ザマミロ!」

『そのブーメランは服の装飾か?』


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