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どうかひとの祈りと願いを  作者: ドレッシング
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1話 視点:勇者 異世界召喚だそうです



東雲勇樹。17歳。帰宅部。バイトに明け暮れるどこにでもいる高校二年生。それなりに友人もいて学業もそこそこを維持。彼女いない歴=年齢。

うん、絵に描いたような今どきの普通な男子高校生だ。

今日だってバイトが終わって帰路に着いてさあ家に帰って寝ようといった具合だったはずだ。

はず、なんだが。


・・・なんだ、このマスターなソードは。


暗い空間のなか、スポットライトに照らされているかのようにたった一か所だけ明るく照らされたそこには、一振りの剣が台座に刺さっていた。

柄には銀の華美な、しかし豪奢ではない装飾が施され深紅のルビーの散らばり方と言ったら計算され尽くされていて、美しいその剣は、神々しい佇まいとは別に、どこか妖しい煌きがある。

吸い寄せられるように手を伸ばし、ハッと我に返って引っ込めた。

まずは状況確認だ、と周囲を見渡す。

といっても、何処まで行っても何処を見回しても暗闇が延々と続いているのみである。

すごい、なんかもう、何もなさ過ぎて引くレベル。

これはあれだ、勇樹知ってる、RPGのお約束みたいなもんだ。剣を台座から抜かないと話進まないやつ。

某王女様の伝説が始まりそうな剣に近寄り、意を決してその柄を掴む。ちなみに最近その最新作をクリアしたばかりだった。中々抜けないけど大丈夫?ハート十三個いる?とか囁く自分のゲーム脳が恨めしい。


キィン、と金属が擦りあう高い音が響いた。


光に照らされ、白銀と紅が周囲を闇を焼くように輝く。

剣を台座から引き抜いていけば引き抜いていくほど、ビリビリと電気のようなものが体を駆けて、熱が身体に充満する。

それは力が沸き上がるような、集中力が最高に高まった瞬間のような。

台座から剣を引き抜くと、途端にそれまで真剣らしい重さが消え、木刀ほどの重さとなって慌てて重心の位置を正すことになった。

光に照らすと一層美しい剣を軽く掲げれば、不思議と力が湧いてくるような気がする。

直後、突然周囲の闇が掻き消え、眩いばかりの光が戻って来る。

焼けつくような唐突な明かりに、痛みに思わず両目を片手で押さえた。


「おーめーでーとーぅございまーす!」

「サウダーデ侯爵、一応公の場だから自粛してくれ」

「おっと、そうでしたっけ?」


軽薄な男の声に、落ち着いた青年の声が続いて響いた。

痛みに耐えて無理矢理瞼を抉じ開ければ、ホワイトアウトしたがる視界に二つの人影がぼんやり浮かぶ。

まばたき過多になりながらも周囲を確認しようと頭をきょろきょろ動かすと、どうやらここが聖堂のような場所だと分かる。

伝説っぽい剣が差さっていた事から鑑みるに、神殿のような場所なのかもしれない。

何て声を掛けるべきかと戸惑っていると、ようやく慣れてきた視界に佇んでいた人間の一方、背の高い二十代前半ほどの男がニッコリとこちらに笑みを浮かべて口を開いた。


「ここはヴェロニカ王国首都チェーラのはずれにあるサンタステラ神殿地下。君は哀れにも異世界から召喚されて世界を救うハメになるであろう勇者で、私は魔法使いのエドワード・デウス・サウダーデ。こっちの少年はヨハネス・ディア・エル・ヴェロニカ王子殿下。今のところこれ以外に浮かぶ質問は?」

「・・・あ、えっと・・・」

「ま、事態が急転する中で人間が思い浮かぶ項目なんてこんなもんデショ。ならさっさと移動しましょ。おーい君たち、もう下がっていいから。解散かいさーん」

「おいサウダーデ侯爵、勝手に・・・」

「やめて下さいよその呼び方、背筋がゾワゾワします。ほら君、こっちこっち」


エドワード・デウス・サウダーデと名乗った方の男がつらつらと勇樹の疑問への返答を一通り並べ立て、後ろに控えていたらしい兵士たちを手で追い払う仕草をする。

それから勇樹をちょいちょいと親し気に手招きをしてくる、が・・・・。


「ちょっとー、そこまで露骨に胡散臭いみたいな顔されると傷つくんですけどー」

「・・・エド、それはお前がその顔をやめてから言え」

「ひどいですねぇ。いいから君、さっさと来てくれます?でないと手荒くしますよ?」


ニッコリと浮かべた笑みは何処からどう見ても穏やかな笑みだが、何故かそれが空恐ろしい。まだその男の隣の薄い金髪の青年の方が良識がありそうだったので、勇樹は震える足を青年の方へ動かした。

その途中でようやく、自分が持っている剣の存在を思い出す。


「あの、これは・・・」

「あーもう面倒くさいですね、さっさと来るッ」


サウダーデは立ち止まった勇樹に苛立たし気に靴を鳴らして勇樹に歩み寄りその腕を取った。

同時に王子殿下だという青年の腕も取り、直後にまた視界が真っ白に染まる。

ただし今度は足元からの淡い光で、眼を刺すような閃光ではない。温かな光に体の力を知らず解きながら、勇樹は眼を閉じた。



次に眼を開けることになったのは、案外直ぐの事だった。時間にして1、2秒の事である。

瞼の裏に感じる明暗にまばたきを再開し、辺りを見回せば、そこは普通の部屋としては装飾だらけで、清潔すぎる場所だった。

推測するに、王宮の客室か何かなのだろう。


「まぁ座ってくれ。エド、茶」

「はいはいどうぞ、じゃあ私はこれで」


パチン、と魔法使いが指を鳴らすと、ぽんっ、とファンシーな音と共に紅茶セットがテーブルの上に出現した。魔法使いはそれを確認もせずに部屋を颯爽と出て行き、扉がバタンと音を立てて閉まった。魔法と言えどちゃんと温度を保ってるその仕組みがどうなってるのか首を傾げながら恐る恐る席に着こうとして、剣の置き場所に困る。

するとそれに気づいたらしい王子様が棒状のものを投げてよこした。勇樹はそれをパスミスすることなく受け取って、それがなんだか理解した。

それは剣の鞘だった。勇樹の持つスラッとした美しい剣にピッタリ当てはまる、まるで専用に誂えられたような鞘に、収めた後に気づいて眉根を顰める。


「王族に代々受け継がれる『伝説の剣の鞘』だよ。そう警戒しないでほしい」


勇樹の向かいに座って紅茶を手に取った王子が、困ったように笑いかける。

その笑みは、勇樹とそう変わらないだろう年齢も手伝って幼気で、男に形容する言葉ではないことは分かっているが、何処か可愛らしかった。


「僕はこのヴェロニカ王国の第一王子、ヨハネス・ディア・エル・ヴェロニカだ。正式な国王である父は病床に臥せっていてね、申し訳ないが面会は後日にしてほしい。今朝も無理に出てこようとしたのを簀巻きにしていたんだ、姉上が」


王子は頭痛を堪えるようにやれやれと頭を軽く抑える。

こちらをリラックスさせようとしていることがわかる口調に、勇樹は改めて警戒心を少し解いた。

異世界召喚、とこの自称魔法使いは言った。

つまり、勇樹は使役獣のようなものか、もしくは勇者として崇め流され続け魔王と対峙させられるパターンだろう。

正直に言えば、冗談じゃない。

今すぐ家に帰してほしいし、というかせめて元の世界に戻してほしい。

その旨を伝えると、王子は憂鬱そうな表情を浮かべ、少し躊躇った後に口を開いた。


「・・・まぁ、そうだ。君がどうしてもと言うのなら、僕たちは君に強制はできない」

「え、えぇ。」

「抜け殻の人間に勇者の務めは果たせない。・・・ではまず、この世界の魔王について説明させてもらおう」


勇者と魔王。

その存在は、この世界ではごくごく当たり前に認知されている。

勇者はどの世界でも共通の、英雄のような、救世主のような若者の存在。別に緑の衣は纏わないが、現在勇樹が持っている『伝説の剣』を携えている。

一方、魔王とはと言えば、勇樹の知るそれとはかけ離れたものだった。

曰く、魔王というのは悪意の集合体なのだそうだ。

それが実体を取り、内に溜め込めた悪意を理由に、何もかもを壊していくのだと。分かりやすいように便宜上魔王と呼んでいるだけで、別段魔物とは関係がないらしい。魔物は魔物で人を襲うので討伐対象だけれども、魔王はそうではない。

討伐対象なんて言葉じゃ片付けられない程の急務なのだ、魔王の討伐は。

何もかもを破壊するというのは、本当にその文字の通りなのだと言う。


「伝承によれば、魔王は人、生き物、森、山、川、地面も海すらも打ち砕くらしい。想像しがたい光景だ」


魔王という存在は、本当に世界を壊すためだけに生まれ落とされた存在。

食事睡眠など生命活動に必要な一切が概念すらない。

そういう、どうしようもない存在なのだ、と。


「・・・でも、俺には関係ありませんよね。俺はこの世界とは一切関係ない。そんな怖いものを倒すために命を張るなんてこと、きっとできない」

「そうだな。この世界の為に君が覚悟を決める必要はない。―――けれど、僕は一度でも言っただろうか。魔王が『この世界』を壊すための存在だと」


まさか、と勇樹は一笑に付しようとした。そんなわけないと笑ってしまいそうになった。

だって、そんなわけないだろう。

魔王が『こっちの世界』まで来るなんて、そんなこと。

けれど勇樹は知ってしまっている。

世界を超えることは、少なくとも先ほどまでいた胡散臭い魔法使いにとっては可能である事を。


「この世界で魔王が生まれるのは、ここが一番厄介な世界だからだ。あの魔王に唯一効く武器、その『伝説の剣』が存在している事。唯一効く攻撃魔法、神聖魔法が存在する世界である事、この二つがあるからだ。」


それはすなわち、この世界が落とされれば、それらを持たない他の世界は瞬く間に沈められるという、言わば脅しだった。



王子、ヨハネスの言葉を信じ、晴れて勇者の称号を請けた勇樹は、まずは仲間を集めることにした。ヨハネスから貰った地図と路銀、それと紹介状を手に、まずは魔法使いの家へ向かう。

というより、現在ヨハネスが提示した仲間にすべき魔法使い、聖女、弓使い、騎士の内三人が国内にいないのである。神聖魔法を使えるたった一人の人間という聖女は時間稼ぎの為魔王の結界を強化しに、弓使いはその護衛に着いて行き、騎士は国境の警備へ。というわけで、唯一国内に残っているという魔法使いを訪ねることになったのだ。

勇樹はファンタジーと言えば魔法だという小学生の連想ゲーム以下の発想により、魔法使いに会うのに多大な興味があった。

そんな魔法使いが居を構えるは、首都チェーラの北側からを覆う大森林の一番深い場所。馬に乗ればもっと早く着くらしいのだが、残念ながら馬術に技能を振ってない勇樹は徒歩でそこまで延々歩いて行かねばならない。一応迷わないように案内石という魔法石の一種を持たされたのだが、ろくに使った事のない道具を完全に信用しろというのも無理な話で。勇樹は胸を占める大きな不安を抱えながら、徐々に暗くなる森をひとりで歩いた。

日が落ちてきて、ひんやりした空気が足元へ流れてくる。影の色が濃くなって、木立の間から闇が勇樹を手招きをしているようだ。背筋に悪寒が走って、足を早めようと動かすも、すぐに道を不安がって、足を止める。


「・・・誰か~、いませんか~・・・・」


意味がないと分かっていつつも試しに声を上げてみれば、びっくりするほど自分の声が情けなくて余計に気落ちした。

半泣きになってきたところで、力の限り握っていた魔石から、燐光が淡く輝いた。一瞬後、魔石から魔石と同じ色をした青い蝶が羽ばたく。ひらひらと飛ぶそれは、勇樹を導くように森の奥へ誘う。

きらきらと光る鱗粉を穏やかに降り注がせながら舞う蝶を追いかけて、勇樹は足を早めた。

木立を丁度抜けた場所。

木々と花に守られるようにひっそりと建つその家は、王城から見えた民家とそう変わりはなかった。右手前がとんがり屋根になっているくらいで、灯る明かりとそれなりの時間を流れた故の汚れが端々に見える、ひとの住む、家だ。

蝶は木製の扉の前でひらひら舞い、やがて扉へ溶けるように消えた。

ヨハネスが言うには、勇樹が真っ先に訪ねるべき人物が住む家だというそこをじっと眺め、ごくりと生唾を飲み込んでから、勇樹は意を決して扉を叩いた。そう間を置かず、ギ、と古い板が軋む音と共に、扉がゆっくりと開かれる。

扉が開いたその場所にいたのは、闇より黒い跳ねた髪に、髪に隠されてない方の眼は氷のように冴え冴えとした藍色の、雪のように白い肌を持った恐ろしく美しい男だった。


「おや、君でしたか」


男は勇樹を視認して、冷めた言葉をこぼれ落とす。

勇樹は男に見覚えがあった。そう、召喚されたあの時、勇樹におどけた声で大袈裟に祝いの言葉を投げ掛けた人物。おそらく、勇樹をこの世界に引き摺り込んだ、魔法使いの服装をした胡散臭い男だった。

まさか、と勇樹の頭にあるひとつの考えが過る。まさかぁ、そんな、ないない。ないって。

玄関先でする話はあるまい、と客間に通される。この世界はどこからどこまで洋風だけれど、その価値にあまりに疎い勇樹が一目でわかるほど上等なもので揃えられていた。ひえぇ、と思いながらも促されてソファに腰掛け、出された紅茶に震える手で口をつける。こういうときはちゃんんと飲まなきゃマナーに反するんだ。

けれどもそんな子鹿のように震える客ににやにやとした笑みを向けるこの家の主は礼を逸してはいないのだろうか。物凄く腹立たしいのだが。


「では改めて。私はエドワード・デウス・サウダーデ。今はこの国に属する宮廷魔道師筆頭。この度君の教育係に任命されました」


どうぞよろしく。

ニッコリと完璧な笑みを浮かべた魔法使いに、勇樹は自分の意識が遠退いた気がした。


(可愛い女の子かと思った?残念!エドちゃんでした~☆byエドワード)

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