2.君の好きな食べ物
「んー!ふーふーん♪」(んー!おいしー♪)
「なんだこれ、うまっ」
最近、開店したばかりの大通り沿いにある焼肉屋。僕の家からは電車で10分、徒歩30分
店内は、和風の古民家の雰囲気を想像させる。
活気のある元気の良い店員さんが多いためか、店内はなんだか暑い。詩織の頬がいつもより赤く染まる。
「あれ?そういえば詩織さん、ダイエット中ではありませんでしたっけ?」
「いーのいーのっ!駅からここまで来るのに30分くらいでしょ? で、帰りも30分歩くから、」
「往復で1時間歩くから、食べた分は±0ってことかな?」
「そうそう!だから大丈夫なのっ!」
大丈夫なのだろうか。
窓の外に目を移すと、もう夜はこの街にとっくに入り込んでいて、でも空の端には、まだ夕方が取り残されている。
車のライトが時々目に入る。
水族館での出来事を思い出した。あれは一週間とちょっと前。
詩織を助けてほしい……?一体、詩織とどういう関係なのだろうか。
気にしないようにしていたのに、何だか引っかかる。あれは夢とか妄想じゃないと、本能がそう言っている。気がする。
「ハルくん!」
「ん?」
「ほら、あーん」
詩織がニヤニヤしながら僕の口に運ぶ。何のためらいもなく、頂く。
……!?苦っ!!なんだこれ!?
咄嗟に近くにあった水で一気に流し込んだ。
「ボーッとしてるから焦げちゃったじゃんよ」
わざとらしい、悪戯な笑い方で僕をからかう。くそ、やられた!
「ごめんごめん!ちゃんとしたのをあげるから!はい、あーん」
……これも若干焦げてた気がするが、まあ良しとする。
「……なあ、詩織」
「ほえ?」
「最近、身の回りで変わったことはない?」
「変わったこと?」
「なんかこう、超能力者とか、ストーカーとか、変な人に付きまとわれてたりとかしない?」
「なんじゃそりゃ」
口にご飯を頬張りながら、詩織は笑った。
「そういう変な人は、今のところいないよ」
「中二病みたいな人も?」
「チュウ……ニ……?なんて?」
いや、なんでもないよ。と笑って誤魔化した。
誤魔化されたのが気に食わなかったのか、詩織はちょっとだけ口をとがらせて、話題を変えてきた。
「そんなことよりハルくん!来週の土曜日、何の日か覚えてるよね?」
テーブルに身を乗り出して、まるで僕がその日が、何の日かを忘れてるかのように聞いてきた。
来週の土曜日……?あ、3月の18日か
僕たちの付き合って1年記念日である。
「覚えてるにきまってるじゃん」
「よかったー!忘れていたら私の拳が飛んでいるところだったよ♪」
笑顔でそういう詩織は、本当にやりかねそうで怖い。危ないところであった。
「危ないところだったな」
テーブルの反対側には、詩織と入れ替わるように知らない男の人が座っていた。
「……!?お前は!あの時の!」
思わず、指をさして叫んでしまった。
周りの音はピタリと止んで、店員も周りのお客さんも、詩織も消えるようにいなくなってしまった。
きっと水族館の時のアイツであろう。
「自己紹介がまだだったね。俺の名前は……まあいいか、凌亮といいます。よろしくね」
あっさりした顔立ちが印象的だった。カーキ色のモッズコートがよく似合う。
気になっていた質問を投げかける。
「あの、本当に未来から来たのか?」
「本当だよ」
本当かよ
「証拠は?」
「うーん、証拠という証拠はないんだけど。ちょっと待ってて」
そう言って凌亮は、ポケットから手のひらサイズの黒くて四角い箱を取り出し、なにやら操作し始めた。
すると、また入れ替わるように詩織が目の前に座っている。店内のお客さんも店員も、窓外の車も元通りになっていた。
詩織はもくもくとご飯を食べている。
唖然としていると、また凌亮が現れた。再び誰もいない二人きりの空間になった。
「今、過去に飛んできた。春樹くん、君が昨日スマホで撮った写真を確認してみて」
「え?」
スマホの『アルバム』を確認した。昨日撮った写真は、友達と撮った写真。近所の猫の写真。自宅から見えたきれいな夕焼け。の4~5枚位。
そこには写っているはずのない凌亮が、どの写真にも映り込んでいた。
「怖いわ!!」
思わずスマホを投げてしまった。心霊写真かよ
「昨日に戻って、春樹くんの写真に写りこんでみました!これで信じてくれるかい?」
「その前に発想が怖いんだよ!もうちょっと、こう、なかったの!?」
驚きと怖さのあまり、勢いよく喋ってしまった。
「まだ信じられないようだね?じゃあ今度は、」
「分かった!信じるから!怖いからやめて!」
今度は何をするつもりだったのだろう。この男は恐ろしい。
頭が追い付かない。精神的に疲れてしまった。
「で、その凌亮……だっけ?僕に何の用?」
「そうそう!今日はそれを伝えに来たの」
テーブルにある割り箸を取り出し、僕らの焼いていた肉を勝手に食べながら言う。
「でも、話すと長くなるから実際に見てもらったほうが早いかな?説明も難しいし」
そういって、いきなり僕の両目を右手で覆った。意識が遠のいていく感覚を感じた。
……気が付くと、自宅のベットの上で寝ていた。夢、だったのだろうか?
枕元においてあるスマホを確認した。15時30分?いつの間にこんなに寝ていたのだろう。
詩織からLINEが届いていた。
『駅前に17時集合だからね!楽しみにしてるからね♪』
ん?ちょっと待って、もしかして今日って遊び?
スマホの日付と予定表を確認する。そこには、『3月18日、詩織とデート』と書いてあった。
でも、今日は3月10日のはずじゃ……。
1階のリビングに向かい、テレビをや新聞を確認した。..間違いない。今日は3月18日である。
慌てて電車の時間を確認した。16時20分発の電車がある。まだ大丈夫だ。
まだ大丈夫なんだけど、何だか落ち着かなかった。
身支度をし、駅に向かい、電車に乗り込んだ。自分の家から4つほど離れた駅に向かう。
16時41分、駅に到着。駅の改札を通る時に、前を歩く詩織の姿が見えた。
「詩織!」
「あ、ハルくん!あれ?もしかして一緒の電車?」
「みたいだったね」
「連絡すればよかったね」
白いニットワンピースに黒いタイツ、今日は赤いベレー帽みたいなのをかぶっていた。可愛い
「意外と帽子似合うね」
「何照れてんのよ♪この前友達と遊んだ時買ってみたの」
へへへっ、と首をかしげて笑った。
「じゃあ、行こっか!」
詩織は僕の右肩に寄りかかるように腕を組んだ。
日が暮れるまで遊んだ。気になるお店や前に行ったことのあるお店まで、たくさん見てまわった。
――夕ご飯を食べ終えて、レストランを後にする。
「次、どこか行きたい所ある?」
「うーん、ハルくんは?」
「そうだなーじゃあ、」
「ねえねえ!アイスクリームだって!食べない?」
詩織は、横断歩道の向こう側のコンビニを指さした。
そこには『アイスクリーム』の文字が書かれた旗が立っていた。
「こういうのはすぐ見つけるよな」
僕は笑いながら言った。
「なんか言った?」
「あ、いえなんでもないです。」
信号が赤から青に変わる。詩織は僕を置いて、コンビニに向かって走り出した。
それがいけなかった。
「詩織!」
僕は思わず叫んだ。
一台のトラックが赤信号を無視して、風を追い越す速度で詩織を目掛けて走ってきた。
詩織は何も言わず、トラックを見つめながら立ち止まってしまった。
そして、ゆっくりと僕のほうを振り返る。
ようやく動き出した僕の足は、詩織の元へ走り出す。
でも、伸ばした右手は間に合わなかった。