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前編

「……ひっ」

 ばさばさという羽音とともに飛び出した鳥の姿に息を飲む。見たことのない姿、牙のはみ出た口元、人間すらわしづかみにして突き刺してしまいそうな爪。

 私の知ってる、普通の鳥じゃない。地球上の生き物じゃ、絶対、ない。

 もうやだ、出てきそうな言葉を必死で飲み込み、隣にいる彼の手をぐっと握った。

「大丈夫、静かにしていよう」

 私にだけ聞こえるよう囁かれる声。それは私と負けないほどの強さで手が握り返されるのと同時に、私の耳に届いた。

 クラスの男の子とこんな風に身を寄せ合ったことなんかなかった。こんな風に吐息さえ聞こえる位置で顔を寄せ合ったことも。

 空いた手で彼の服を握りしめ、見つかりませんようにと何度も祈り続けた。


 あの時、私たちは修学旅行で巨大アミューズメントパークに来ていた。友達と一緒に回って、お土産を何にするか、次はどこに行くか、そんな話をしていた。同じ列のすぐ後ろに並んでいたのがクラスメートの一ノ瀬祐くん。学年の中で一番人気のある男子。分け隔てない朗らかな態度もそれでいて落ち着いている姿も、何となく人の目を集め、いつも人の輪の中心にいてクラスの舵取りをしているような人。

 そんな彼と話した事なんてあまりない私は、ほんのちょっぴり近い距離に、こっそりと意識してドキドキしていた。

 屋内施設の薄暗い通路を友達と話しながら、ほんの少し後ろを気にしながら進んでいた。

 その時、身体が突然揺れた。ぐらぐらと足下がおぼつかなくなり、がたがたと建物が揺れる。

「地震?」

 ざわめきの中、誰かがそう囁いたとき、どんと突き上げるような感覚がして、身体がよろめいた。

「きゃっ」とか「うわっ」とか、いろんなざわめきが次々と上がり、私も小さい悲鳴を上げながら二三歩たたらを踏めば、その拍子に後ろの人に当たってしまった。

「大丈夫?」

 支えてくれた人の声がさっきまでこっそり聞き耳を立てていた人のもので、「ごめんなさい!」と悲鳴を上げながら飛び退こうとした……が。

 バチン!

 と音がして電気が消えた、と思った直後、がたがたと激しい揺れが来て、私の身体を支えていた一ノ瀬君の手に力がこもり必然的に抱き寄せられる形になる。私はとっさにその腕にしがみついた。

 あれが揺れだったのか、浮遊感だったのか、よくわからない。

 明るくなった、と思ったとき、そこは、アマゾンの密林を彷彿させる世界だった。


「とりあえず、抜け出せないか移動しよう」

 混乱の極致にあった私を促したのが一ノ瀬君で、手を繋ぐように差し延べてくれたのも、一ノ瀬君。

 私は、促されるまま、その手を取って歩き出した。


 そして、冒頭に戻る。

 あの、巨大な恐ろしそうな姿の鳥は、そのまま飛び立っていった。

 何が何なのか、分からない。でも、泣き叫びたくても、今そんな感情に身を任すのは得策でないと、冷静な自分が頭の片隅で押しとどめる。

 目先の危険が過ぎたことにほっと息をついて座り込むと、一ノ瀬君も同じように座って、ぽんぽんと私の肩を叩いてくる。

「大丈夫?」

 ほほえみかけてくる一ノ瀬君はとても落ち着いていて、この人は怖くないのだろうかと、不思議に思うと同時に、安心した。

「大丈夫、ありがとう」

 こわばっていた身体から少しだけ力を抜いて、がちがちに握っていた手を少し緩めて、それからまた、ほんの少し力を込めて離さないように握る。

 男の人と手を繋ぐのはとても恥ずかしかったけど、今離したら、もう一度手を握りたいと言うだけの勇気なんて絶対ない。怖さ半分、こんな時だけど、ちょっとうれしいような気持ち半分、私は彼とそうしていられる幸運に縋った。

 彼と手を繋いだまま、どんどんと進んでゆく。彼の進み方に、迷いはない。彼は手頃な棒を見つけると、草や蔦、虫を払いながら簡易的な通り道を作り、道なき道を進んでゆく。

 まるで目的があるかのような進み方に疑問を覚えながらも、自分ではどうしたら良いかも分からないし、疑問や思ったことを好き勝手に相手にぶつけられるほど親しくもない。

 何より、私はきっと混乱していた。頭の片隅でアレ?って思いながらも、一ノ瀬君には何か考えがあるのだろうと、迷わず思い込んだ。

 私が出来たのは、さっき見かけたような怖そうな生き物に合いませんように、見つかりませんように、とバカみたいに必死に祈ることだけだ。


「河野さん、気をつけて。その草、何か嫌な感じがする。絶対触らないで」

 無意識に歩けば触ってしまいそうな草を、言われるままよけて通る。持っていたペットボトルのお茶を、おやつに持っていたお菓子を、時々休憩を取りながら、分け合って食べた。合間「大丈夫?」と心配してくれる一ノ瀬君に頷きながら、私は「なんでそんなに普通でいられるの?」「なんでこんな訳の分からない草木のこと分かるの?」って、やっぱり聞けずにいた。

 聞くのが何となく怖かった。聞いてしまうと何もかも状況が一変してしまいそうで。

 一ノ瀬君は不思議だ。確かに訳の分からない状況は同じ筈なのだ。「ここどこだ?」とか「どうやって脱出するんだよ」とか「人の住んでるとこ近くにあんのかな……」とかつぶやいてたし。なのに、パニックになってない。どうするか着実に決めて、迷わず行動に移していく。それはとても頼もしくて、安心できて、なんでそんなことができるのかと不思議だった。

 こういう人って、出来が違うんだなぁって前から思ってたけど、ここまで違うんだと思うと、本当に頭の作りどうなってんだろうとか、同い年なのかと首をひねりたくなる。

 それからまた、一ノ瀬君が「たぶん大丈夫」と言った果物をもぎ取って後々の食事にと確保した。半日以上歩き続けて、そして辺りが暗くなり始めた頃、私たちはそこに着いた。



 視界が開けた、と思うと、目の前には大きな湖があった。

 そこはとても静かで、とてもきれいな場所だった。パズルとかにありそうな、幻想的な美しい水と緑の世界。

 二人手を繋いだまま、その景色を前に立ち尽くした。

「……きれい」

「うん」

 思わずついて出た言葉に、一ノ瀬君が頷く。

「……一ノ瀬君、まるで、ここを目指していたみたいだったね」

 長い沈黙の後、だんだんと居心地悪くなってきた私は、あははと軽く笑い飛ばしながら、ごまかすように適当なことを言ってみる。

 ほんとは、こんなどうでも良いことじゃなくて、もっと聞きたいことがあった。もっと話したいことがあった。

 なんで私たち、こんな所にいるの。ねえ、アミューズメントパークにみんなでいたよね。あの地震が関係あるのかな。一ノ瀬君はなんでそんなに平気そうなの。私たち帰れるのかな。友達びっくりしてるよね。先生探してるかな、家族が知ったら心配するよね。ここどこかな。…………私たち、どうなるのかな。

 渦巻いた気の狂いそうになるような疑問や苦しさに蓋をして、その場をただ取り繕う言葉で、その場の空気も、私の中の感情もごまかしてしまう。

 ごまかそうと、していた、のに。

「……ごめん」

 一ノ瀬君が、急に謝った。

「え?」

 なんで謝るの?

 疑問と共に、ぐわっと、変な感情がこみ上げてきた。だって、謝るって事は、今、謝るって事は……思考が働きそうになる。でも考えたくないと思考を止める。

「こんなトコ、俺も、知らない、それは、本当、だけ、ど」

 歯切れの悪いしゃべり方は、一ノ瀬君らしくない。それが余計に、私にとって都合が悪いことを告げられる前フリのようで。

「……たぶん、河野さんは、俺に、その……巻き込まれたんだと、思う」

「巻き込まれた、って……」

「俺が、たぶん、この世界に……喚ばれた」

 なに、それ? というのが、最初の疑問。

「なんで、そう思うの?」

「……思うというか、分かる、っていうか」

 寒くもないのに身体がたがたと震えた。笑って見上げる顔はきっと引きつっていた。普通の声を出そうとしてたのに、声が勝手に、震えた。


 世界が飽和すると、衰退を迎える。世界が滅びる前に一つ異分子を取り込む事で、世界のバランスが急激に変わり、衰退から転換し過渡期を迎え、新しい世界の発展へと移行していくのだという。

 異分子、というのが彼のことなのだと一ノ瀬君は言った。

 異分子となってこの世界に迎えられた時、世界から与えられたのが、生きていくための知識。「知っている」というよりかは、知りたいと思ったとき、記憶を探れば「思い出すように、分かる」という物らしい。とっさの時に「危ない!」と気付く。「アレを食べたいな」と思えば、大丈夫だと、分かる。

「さっきは、知るはずのないことを知っているから、自分でも気味悪くて曖昧な言い方になっちゃったんだけど……」

「じゃあ、ここに向かってきたのは、ここに来たら良いって分かったから?」

 一ノ瀬君は小さく頷いた。

「ここにいれば、迎えが、たぶん、来る」

「じゃあ、私は、どうして、ここに……」

 震える声で、もう一度一ノ瀬君は、ごめんと言った。

「俺が、あの時、河野さんを……」

 彼の言葉を聞いて、私は叫んだ。

「どうして!!」

 ずっとごまかし続けていた感情がこみ上げる。

「私、こんな所、来たくなかった!! ねぇ、帰れるんだよね? こんなトコ、ヤだよ、怖いよ……!!」

 泣いて、わめいて、一ノ瀬君の服を掴んだ。どうしてと一ノ瀬君を責めた。

「……ごめん」

 私に責められるのを無言のまま受け続けてた一ノ瀬君は、泣き崩れて言葉を失った私に一言だけ謝ると、ぐっと眉間に皺を寄せてうつむいた。

 繋いだ手は、だらんと下がって、でも、離れる事はなかった。



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