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街に向かうことで、あなたは何かが進んでいる気になるが、同時に困難にも思い当たることになる。
ここは外国に違いない。明らかに日本ではない。
英語は通じるだろうか。もっときちんと英語を勉強しておくのだったか。
今は通じない携帯の電波は届くだろうか。通信会社が異なるだろうからSIMカードを買わなければならない。
クレジットカードが使えるといいのだが。きっと日本の銀行ATMはないだろう。
街に近付くにつれて、あなたの困惑は、ますます大きくなる。
レンガと思しき壁は、まさしく城壁だった。そして街には鉄で補強された釣り下げ式の跳ね橋があり、その手前にはアーチを描く石造りの橋がある。
周囲の人々の服装も、あなたとは明らかに違う。それどころか現代人とは思われない。
季節は初春だろうか。やや冷えることもあろう気温であるのに、誰も上着のようなものを着ていない。
何かの布を巻き付けたような服ばかりである。よく見ればボタンをつけた服がないことにも気がつけただろう。
そして移動手段は徒歩か、驢馬に牽かせた荷車である。
よくよく見れば、誰一人、車に乗っていないのである。エンジンの音も聞こえない。
そして、誰もスマホを見ていないのである。仮装行列だとしても、明らかにおかしい。
もちろん電波は届かない。
あなたはタイムスリップしてしまったのではないかと疑う。それも過去の欧州に。
常識はノーと言っているが、それが最も合理的解釈だからである。
だが、その仮説はもろくも崩れ去る。
あなたが周囲の様子や人々を不審に思うように、周囲の人々はそれ以上にあなたに不審を抱いていたのだ。
ジロジロと遠巻きにしていた粗末な衣類を纏った人垣を掻き分けて、多少は上等な衣類と、手に槍を持った体格のよい男が声をかけてくる。
「あんた、いったいどこから来たんだね。見慣れない格好をしているが」
あなたは衝撃を受けることになる。過去の欧州の言葉なのに理解できるからだ。
英語ですら、ここまで理解できることはない。まるで日本語のように理解できる。
いや、日本語に聞こえるのだ。
あなたは相手に日本語ができるのかと問う。だが返ってくるのは以下の言葉である。
「二ホン?なんだい、そりゃ?」
これは不可思議な現象であるが、ひとまずあなたは安堵する。
言葉もわからぬまま異郷の地に放り出されたのでは、路頭に迷うことになる。
今でも路頭に迷ってはいるが、人間は言葉の動物である。意思が通じれば、少なくとも生き残れる。
そう、今の目標は日本と連絡をつけることから、この異郷の地で今日を生き残ることまで下方修正を余儀なくされているのである。
なんとか衛兵と思しき男の追及をかわし、あなたは街に入ることに成功する。
だが、ここからだ。あなたはこの街で、とりあえず生きる術を探さなければならない。
日は中天を過ぎて傾きつつあり、なすことなく日が沈めば、この異郷の地で野宿を余儀なくされることになる。
あなたは、これからどうすしようかと途方にくれる。
迷っている時間も、行動する時間も少ない。