第九話
「先に参ったと言った方が負け、それでいいな」
二人は湖の前に出た。互いに向かい合いながら少しずつ距離をとっていった。エリックの手には持ってきていた木の剣が握られていたが、ユウキは何も持っていなかった。
「何だよそれ、ハンデのつもり」
何だか見下されてるような気がしたエリックは不機嫌になった。
「そうだよ、後お前には魔導を使うつもりはないから」
少しムッとしたが、そうでもしないとエリックはユウキに勝てないことはわかっていたので、しぶしぶだが認めることにした。
嫌々だったがエリックは地面を強く踏みしめて、これから戦うフィールドを再び確認した。土はここ最近雨が降っていないのか、森の歩いてきた道より固く固まっていた。何年もの間手入れされてないのだろう、草は足が見えないくらいに生えていた。火の魔導を使うのは危険だろう。
(なら水か)
幸いにも湖が近くにあるので、水に困ることはなかった。魔導の鍛錬はかなりやってる方のエリックだが、水と風の魔導は時々しか生成できなかった。ユウキは魔導を使わないといっているし、土は戦闘系ではない。土をぶつけるより水の方が幾分かましだろう、そう思ってエリックは水のある方に気を向けた。
「!?」
「よそ見をしないほうがいいぞ」
ユウキが放つすさまじい威圧が、エリックに戦闘態勢をとらせた。腰を低くしてユウキを目の中に捉える。剣は攻めにも守りにもなれる場所に置いた。
対してユウキの方は、飯を食っていた時と何も変わらない様子でユラリと立っていた。手はだらりと垂れておりこれから戦う格好に見えなかったが、目だけはしっかりとエリックに向けられていた。それがエリックの緊張感をさらに煽っていた。
ちょっとでもユウキから目を離すと、その瞬間にやられる。うかつには湖に気を向けられなかった。エリックが今使える魔導は土系しかない。
魔導には基本系統は火、水、土、風の4つあり、人々は魔導を使って制御、生成することが可能だった。生成するということは、無から有を作り出すということだ。そうそう簡単にできるものではない。そのため、学校では魔導の授業は制御から習うのだった。その時、一番最初に習う系統はどの学校にも有り余るほど存在する土の系統が普通だった。
だが、土系の魔導は詠唱が長く、街で鉱石を生成したり植物を変異させたりするのが主なので、あまり戦闘向きではないのだ。
詠唱なしだと土くれ一つ作るのが限界なので、使われても学校で生徒が遊びで使うぐらいだった。
「くそ、実質僕も魔導が使えないじゃないか…」
ハンデもくそもない。やるといった時からこのことはユウキの中で想定していたであろう、全くずる賢い、ていうかセコイ男だ。
魔導が使えないとしたら考えることは一つ。なんだか納得できなかったが、エリックはユウキが見えなくなるほど集中をした。不規則に揺れているユウキに向かって、剣を攻撃のみの構えに直した。そして、ユウキの元へ走り出した―――
「でやああああ!ってうお!!」
スコーン!となかなかに良い音をたてながら短剣が後ろの木に刺さった。間一髪避けることができたエリックには、ユウキがいつ短剣を投げたのかわからなかった。ユウキは変わらずにユラリと立っていた。
「俺ばかり見ないほうがいいぞ」
「………」
「戦うときは注意を向けていない方向に一番注意を向けろ」
ユウキの言葉には耳を貸さず、エリックはすぐに次の手を考えた。
(下手に突撃すると何されるかわからない… 風も吹いていないし、こうなったら土の魔導を…)
土砂の詠唱を始めると、またしてもユウキが短剣を投げて中断させられた。
「やっぱり駄目か」
エリックはあまり期待はしていなかったので、難なく避けられた。
「なら次は!」
今度は詠唱なしで土くれを作ると、短剣が投げられる前にユウキに投げつけた。
土くれがユウキの前まで行くと、それをニアの花火の要領ではじけさせた。
「せこいなあ」
「どっちが!」
砂を使った簡易目つぶしだ。土くれがはじけるのと同時にユウキに向かってエリックは走り出した。隙がなければ作るまでだ。
「でも、すまんな」
顔に砂がかかっているはずのユウキは、砂を払おうとはせず目を瞑ったまま突っ込んでくるエリックの右腕を左手で掴んだ。
「うお!」
ユウキは右腕だけを抑えた。しかし、エリックの下半身の勢いは消えずに、エリックは仰向けのように斜めに傾いた。そして、ユウキは足を使い、エリックの後ろから勢いよく薙ぎ払った。
右腕を掴まれたまま空中に浮かんだエリックを、ユウキは右手で背中を支えるように持ち上げて、勢いを殺さずに一気に―――
「へ?」
―――投げた。
「ぶぐぅ!!」
エリックは木に顔面から衝突した。そのまま情けなくズルズルと落ちていった。
「おいおいどーした、もう止めるか?」
顔の砂を拭いながら、ユウキはエリックに近づいていった。ニアの魔付がまだ残っていたが、結構な衝撃を受けた。だが、痛みを我慢してすぐさま体勢を整えると、ユウキを睨みつけた。
「まだ…やるよ」
「いい根性じゃないか」
その言葉が終わる前に剣を振り下ろした。ユウキはほとんど動かずにそれを避ける。だが、エリックは諦めずに何度も剣を振った。
「無駄だって」
その何一つをユウキに当てることができなかった。土の魔導を使って目くらましをしても、目を開けずにエリックの剣を避けた。
「そろそろこっちからもいくぞ」
ユウキは腰に何本も付けていた短剣を使わずに、エリックに攻撃を仕掛けた。走り出したユウキを、エリックは止められない。右、左、たまに投げる…
ユウキの攻撃は素手を使っていたが、エリックにはその一つ一つが見えなかった。
エリックは、決してユウキには背中を見せずに逃げるように広場を走った。それをユウキが、まるでおもちゃを得た子供の用に追い掛け回した、攻撃の手は一切止めずに。
「くそ、どうすればいいんだよ…」
「なんだ、もう諦めるのか」
(こんなところで諦めたく、ない!)
エリックはユウキの攻撃を受けながら詠唱を始めた。土の魔導の詠唱だ。
(こうなったらここら一帯の地面をグニュグニュにして足場を悪くしてやる…!)
本来なら自然に影響を与える魔導は極力避けるべきなのだが、エリックにそんなことを考えている余裕はない。
「グランド!」
詠唱が終わったエリックは夢中でそう叫んだ。しかし、地面は何の変化もなかった。
「この辺の地面には今現在俺が魔導で固めているんだ」
困惑するエリックに、攻撃を続けながらも何故できないか解るようにユウキが説明した。最初に地面が固いと思ったのはユウキの魔導のせいだったのだ。
ユウキは手を休めることなくエリックを攻め続けた。このままでは本当に負けてしまう。
(地面を固めていて、柔らかくできない。なら…!)
エリックは再び詠唱を始めた。
「何度やったって同じだって」
詠唱している間、攻撃を受けながら食い入るようにユウキの走り方を見た。幸か不幸か、エリックは経験値を得ようと獣を捕まえたりする時、その獣の走りを見れば次はどこに足を置くかわかるようになっていた。そして、詠唱が終わるタイミングにユウキが足をつきそうなポイントを計算した。
(たぶん、あそこだ!)
「グランド!」
さっきと同じようにエリックは叫んだ。だが、今度は逆に地面を固めていった。
「一体何を!?」
「よし!」
ユウキが足を踏み外してバランスを崩した。エリックの計算通りのポイントに足をついた証拠だ。
エリックはユウキが足をつくであろうポイント以外を、ユウキのかけている魔導の何倍もの力で固めた。ユウキは、走りやすくするため適度な硬さで硬化を止めていた。だから、エリックはその流れに逆らわないようにしたのだ。固まるということは圧縮されるということ、体積は変わらないが質量は増えていくのだ。周りだけを固めることにより相対的にそのポイントを柔らかくして、ユウキの足を踏み外させた。押すのがだめだから引いてみた、というやつだ。
「もらったー!」
ユウキが体勢を直す前に決着をつけるため、エリックは瞬間的に出せる最大の火の魔導を放とうとした。
「だから…」
「―――!?」
エリックを襲ったのは、ボス虎猿の時に聞いたあの甲高い音だった。エリックの手から火の塊が消えていった。
「だから森で火炎の魔導は使うなと言っただろーが!!」
音が止むと同時にユウキは怒鳴った。よく見ると、ユウキの手には小さな笛があった。
「じいさん、あんただったのか。って、くあぁぁ!」
ユウキがその笛を口につけると、あの嫌な音が鳴ってきた。
「じいさん、その音止めてくれ…」
ユウキは口から笛を離すと、ニヤリと笑った。
「お前が参ったって言ったらな」
「…!」
そして、またその笛を吹き始めた。エリックは一刻も早く笛の音を止めて欲しかった。だが…
「…いやだ、僕は、絶対に負けを認めない…」
「………」
頭を抑えながらも、エリックは決して参ったとは言わなかった。
「…ふん」
しばらくすると笛の音は止んだ。ユウキの方を見ると、そっぽを向いていた。
「止めだ止めだ、これじゃあいつになっても終わらない。今日はもう引き分けにしよう」
「何で!」
抗議するエリックに、ユウキはキッと睨みつけた。
「なんだ、まだこの笛を吹いてほしいのか」
「いや、そういうわけじゃ…」
なんとも微妙な気持ちのエリックを放っておいて、ユウキはさっさと家の中に入った。
「もう今日は寝るぞ、明日早く帰るんだからな」
「これで寝るの…」
ユウキが用意していたのは薄っぺらい寝袋だった。こんなので本当にこの人は冬を過ごせるのだろうか。
「いいから寝ろ、さっきまで動いてたんだからすぐ寝れるさ」
「…はーい」
ユウキの言っていることはあながち間違いではなく、エリック寝袋に入るとはすぐに眠ってしまった。その眠りは、エリックが取ったことのないほどの深い深い眠りだった…