第八話
しばらく歩くと、小さな湖のある開けた場所に出た。
「ついたぞ」
ユウキが指した建物は家と言うにはあまりにお粗末だった。
「これ…」
「冬を過ごすには十分なんだよ。ほら、入れ」
ギギギ…と嫌な音をたてながら開けたドアの向こうは、見たことのない道具や植物が所狭しに置かれていた。しかし、鍋の周りには不思議と二人が座れるだけのスペースがあった。
「なんだ、この匂い」
「おっ、ちょうど料理ができたみたいだな」
中からは暖かいスープの香りが、埃とともに漂ってきた。
「きたない部屋だなぁ…」
「今日おまえが泊まるところだぞ。村にはちゃんと連絡しとくからさっさと座れ、、すぐ用意してやるよ」
ユウキは連絡用の水晶を少しいじった後、荷物の山に手を突っ込むとどこからともなく皿を二つ取り出した。
「こんななりだが味はそこそこいけるんだぞ~」
再び山に手を突っ込むと、今度はお玉を取り出して鍋のスープを注いだ。本当に食べられる物なのだろうか。
「っとと、これを忘れてた」
ユウキは背中にかけていた袋の中からしょぼくれたあの花を掴むと、小さくちぎってスープに入れた。
「え!?それ食べれるの?」
「秋に咲くこいつは案外うまいんだぜ」
そう言って二つある内の片方の皿をエリックに渡すと、自分だけ先に食べ始めた。それがあんまりにもおいしそうに食べるもんだから、エリックは食べずにはいられなかった。
「いただき、ます」
いつの間にか用意されてたスープを使って恐る恐る飲むと、驚きのあまりにしばらく声が出せなかった。
「…おいしい」
「そうだろうそうだろう!なんてったって俺の特性だからな」
エリックがやっとのことで口に出した言葉に、ユウキはうざいくらいに反応してきた。
花のおかげかはどうか解らないが、濃すぎず薄すぎず、だからといって普通というわけではない絶妙な味がスープを飲むほど伝わってくるのだ。
「でもよ、どうしてお前みたいなガキがこんな花を一人で採りに来たんだ?」
ユウキは鍋のスープを一滴残らず飲み干すと、エリックにそう尋ねた。
エリックは言おうかどうか迷ったが、泊めてもらう恩義もあるので嫌々だが口を開いた。
「僕さ、見ての通りすごく弱いんだ… それで、今日の朝に村の子供の中で一番レベルが高い奴がその花… よりもっとすごいのを持って自慢しに来たんだ。その時、そいつが森で採ってきたって言ったから、学校抜け出してここまでやってきたんだ」
あえてエルサのことは伏せて話した。恩義があるとしても流石に恥ずかしいのだ。
「ふーん、俺にはそうは見えないけどな。まあ、その少年Aが持ってきたというのはたぶんこれだろう」
ユウキはスープに使わなかった花を一本取って、 手に力を込めた。
「ハアア」
すると、みすぼらしかった花がどんどん美しくなっていった。
それが終わると、その花をエリックに渡した。花は、どこからどう見ても今朝ロイが持っていた花と同じになっていた。
「え… どういう事なの?」
「その花はだな、魔力によって色や魅力が変わるのさ。普通は大自然の中でゆっくりと魔力を溜めるんだがな、そうやって人の手で魔力を溜めさせて変化させる事ができるんだよ。街ではそうやって作った花を売ってるらしいから、少年Aはそれをもってきたんじゃないか」
エリックは肩を落とした。今日一日が全部無駄になった気がしたからだ。
「なんだ、ここまで来たのは無駄足だったのか…」
「いや、案外無駄じゃあないぞ。その花は春にもう一度咲くんだがな、そいつには魔力がたっぷりと溜まっているから高級な魔力回復水とかの材料にされることが多くてな、金になるから生えてる場所を知っておくだけでもお得だぞ。って、そういや…」
「どうしたの?」
「お前、学校を抜け出したってことは、地図とか用意せずに来たのか?」
ユウキは湖から汲んできたであろう水を食後の一服として飲みながら、エリックにそう聞いた。
「ここまでこれたのはこいつのおかげだよ」
エリックは腰につけていたルークの地図を、ユウキに見せた。
「ほ~ こりゃすごい。 こいつもお前に魔付をかけたやつが作ったのか?」
「別の人だよ」
エリックが言うと、ユウキはいやらしい顔をしてこちらを見た。
「なんだ、学校を抜けてきたって言うから、てっきり友だちとかいないのかと思っちゃったよ。よかったよかった」
「し、失礼な!そいつらは、レベルが低い僕に優しくしてくれる数少ない友だちなんだ…」
改めてそう思ってしまうと、すこし恥ずかしくなってきた。
「さっきから弱いだの、レベルが低いだの言ってるけど、ここまで来るの結構大変なんだけどなあ… お前今何レベルなん?」
赤くなるエリックをよそに、ユウキはまた別の質問をぶつけた。でも…
「い、いやだ!」
「え?」
「じいさんには教えたくない…!」
エリックは村の影でいつも笑われているのだ、こんな見ず知らずの人には絶対言いたくなかった。
「そこまで怒んなくても…」
ユウキはかなりビックリしていた。
「じゃ、じゃあじいさんは何レベルなんだよ」
できるだけ話題をそらそうと、今度はエリックがユウキに尋ねた。
「聞いてばっかでないで、そっちも答えてよ」
しかし、ユウキは再びいやらしい顔をした。なにか悪いことを思いついた顔だ。
「いいよ、でも条件がある」
「条件?」
「ちょうど飯も終わったし、食後の運動をしたいしな」
「エリック、俺と勝負しろ」
ユウキが出した条件はこうだ。勝ったほうが負けたほうのレベルを知る権利を得る、と。なんとも単純明快なルールだ。この勝負をエリックは結局することにした。
では、なぜエリックが受けたのかというと…
「そんなの、僕が勝てるわけないよ…」
「なんだ、戦う前から諦めんのか?それとも、こんなじいさんに負けるのが怖いのか?」
「ここ、怖くねーよ!」
この一言で決まった。エリックはちょろいのだ。
✖
「おーい、そこのあんたたちー!」
石像の前で座っていた三人にエリックのお母さんが声をかけた。もうすっかり日が暮れて、村から森が見えないほど暗くなっていた。
「あんたたちエリック待っているんでしょ。でもエリック今日は帰ってこないらしいのよ」
「なんでですか?!」
真っ先にエルサが聞いた。あまりの勢いに横の二人は少しビクっとなっていた。
「どうやら森の奥で迷ったらしくて、そこで偶然変な人に会ったらしくて、その人の家に泊まることになったらしいのよ」
「変な人って…」
憶測ばかりのエリックの母の言葉は、三人を不安にさせるだけだった。
「まあ、明日の朝には帰るらしいんだけどね。そうだ、もうこんな時間だし三人ともうちでご飯食べてかない?」
母の母性というのはいつになっても変わらないものだ。ニアとルークは遠慮したが、エルサはご馳走になることにした。
「2人ともホントに遠慮しなくていいのよー ちゃんと家まで帰れる?」
「だいじょうぶですって、早く帰りたいですし」
「そう?なら気を付けてね。さよならー」
「はい」
「さよならー」
「ニア、ルーク、また明日!」
「エル、これであのこと忘れてくれるといいんだけど…」
「さあ、どうだろうな」
2人はエルサのことを恐れて、ほとんど逃げるように帰った。
「それじゃ、私たちもいきましょうか。エルサちゃん」
「はい、お母さん」
二人を見送ると、エルサたちもゆっくりと歩き出した。真っ黒な空には、月が昨日と同じように昇っていた。
「……リック」
エリックと一緒に見れない月は、いつもよりも寂しく輝いていた。
「まだ何か忘れてる気がするんですよねー」
………