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第七話

 その刃が投げられたのと、甲高い音が止んだのはほとんど同時だった。


「ガギャアア!」


 突如飛来した短剣は真っすぐ飛んでいき、ボス虎猿フー・モンキーの眉間にぶち当たった。


 エリックには訳がわからなかったが、そのチャンスを逃すわけにはいかないので素早く自分の脚に回復の魔導をかけた。幸いにも傷は浅かったのですぐに治った。



 エリックは治ったところを擦る暇もなく、痛がるボス虎猿の前を飛びのいた。



「誰だ!!」


 エリックは短剣が飛んできた方向に向かって叫んだ。だが、そこには木々が広がっているだけで、誰もいなかった。

 








「戦闘中によそ見をするな」


 ボス虎猿は眉間の短剣を引っこ抜き、脇目も振らずに襲い掛かってきた。周りの木が押し倒されてもその勢いは止まらない。流れ出る真っ赤な血が緑黒の体表の上で異様に光っていた。



 エリックの目の前に現れた男は、襲い掛かるボス虎猿の腕を両手で絡めとって、勢いを殺さずに近くにあったひと際でかい木にぶつけた。


「グガアアア…」





「はいはい、うるさいからもう行ってくんない?」

「キュウウウン…」


 自分よりも二回りは小さい人間に投げられたボス虎猿は、先ほどまでの威勢と打って変わって縮こまりながら森の奥へと逃げてった。




「ふー」


「助けてもらったのはありがたいんだけど…あなた、誰なんですか?」


 エリックを助けた男は、外見は少し老けていて40~45くらいの老人のようだった。背はエリックより頭一つ分高く、ボス虎猿を投げた腕にはたくさんの生傷が見える。古臭いぼろきれの様なマントをつけており、その立ち方や雰囲気だけでエリックにその男は歴戦の戦士と思わせる風貌だった。


 

 男は逃げかえるボス虎猿を見送ると、くるりと振り向きエリックの方へ顔を向けた。そして…







「森のなかで火炎の魔導を使う馬鹿がいるか!!!」


 ゴスッと鈍い音をたてながら、エリックの頭にげんこつを落とした。


「いって!」とエリックは反射的に言ったが、ニアの魔付エンチャントのおかげでそんなに痛くなかった。


「ここに来るまで何か所か焦げた場所があったから嫌な予感はしてたんだ… 急いでたどってみれば当の本人は一発で森が炎上しそうな魔導を撃とうとしてるし、俺が止めなかったらお前も森と共に死んでたぞ」


 エリックは殴られたところを手で抑えながら、一人で喋り続ける男を見た。


「あの…」


「それにしても、あいつにひっかかれたところ、あんまり大きな傷じゃないな。いい守備力増大ゲイドだな、なかなかいい腕だ」

「いや、これはニアがかけたもので…」


 エリックのその反応を見て、男はやっとエリックの存在に気付いたような顔をした。呆れた顔だ。


「なんだ、お前じゃないのか」

「そんなことより!あなたは誰なんですって!」


 エリックの、上の人に対する敬語はどんな時でも抜けなかった。


 男はエリックの問いに、よくぞ聞いてくれたという風に答えた。



「俺の名はユウキ!いろんな街や山を旅して生きてる風来坊だ!」


 四十過ぎて旅なんて死に場所でも探しているのか?


「え、俺そんな年に見えるのか?」


 どうやら声に出てしまったらしい。エリックの村では、40にもなれば外に出ずに家でじっとしているおじさんが多かったので、エリックにとっては結構珍しかったのだ。


(でも、あれほどの巨体を簡単に投げたんだ。それぐらいの年齢で、そこそこのレベルがなきゃできないはずだ)




「40か~、そんなに若く見えるか。俺今年で60だぞ」








「ええええええ!?」


  


 エリックは男が虎猿をぶん投げた時よりも驚いていた。


 




















「ねー、リック遅くなーい?」


 ニアは村の広場の石像の前で、エルサたちとエリックの帰りを三人並んで座りながら待っていた。森に一人で行かせるのは、やっぱり心配なのだ。


 

 もうずいぶん日が落ちてきた。この頃は日に日に日が落ちる時間が早くなっていた。行って帰るだけならエリックの足の速さなら着いていてもいい時間だった。


「おかしいな、地図書き間違えたかな?なにせ短時間で書いた代物だからな」

「そうだったらあんた、ホント承知しないわよ」


 ニアは凄みを効かせた声でルークを脅した。エルサはそんなニアを見て何かを思い出そうとしていた。


「あれ~ ニア、私と何かする約束してませんでしたっけ」

「そんなことないわよ!ほら、ねっ もうそろそろでリックが帰ってくるから、もうちょっと待ちましょう!ルークも!」

「はあ…」


 ニアは、エルサがあの花火のことを思い出そうとするのを阻止しようと必死なのだ。こうやって三人でエリックを待っているのも、下手に家に帰すと夜な夜な家に押しかけてきて朝まで教えさせられることがあるから、エリックで記憶を上書きするための口実に過ぎなかった。



(遠くでいられるより、近くで監視するのが一番なのよ…!)



「花火の魔導なんて、夜中だとうるさいって言われるから、さすがのエルサも村の人に気を使って自重するんじゃないか?」

「馬鹿ね、この村の人は案外そういう事が好きなのよ。下手に刺激するとエルだけよりも厄介なことになるわよ」



 エルサに聞かれると困るので、彼らは耳元でこそこそと会話した。ルークの耳が少しゾクッとした。


(ああ…リック、今日だけは君に感謝するよ…!)



「火?火でしたっけ… ああ!後ちょっとなのに!」

「それにしても、ホントにリック遅いわねー、何かあったのかしら」


 エルサの思考を中断するように言葉を出した。そして、隣に座っているルークに、会話を続けなさいよ、と睨むに近い目線で伝えた。



「そうだな… かなり強いモンスターに出会ったのか?でも、そんな奴森にいないはずだし… もしかして、森で変な人に絡まれたとか」


「今の時期に人とかいるんですか?」


 うまい具合に食いついてくれた。


「いるかもしれないよ~ あそこ、結構珍しい動物や植物があるからね。いても変じゃないわ」


 興味がこっちに移ってくれたので、後は途切れないようにするだけだ。ニアはルークを肘でつついた。


「いてて… そうだな、モンスターじゃないとしたら後は迷ったかそれくらいだもんな。花を選んでて時間がかかるとかはないと思うし… まさかこんなものを持って帰るわけにはいかないしな」


 手に持っているディゼントラは哀しいほどしょぼくれていた。



「花…それ以外にも何かあったような…」

「リック…ちゃんと帰ってくるのかしら」


 エルサのことには一切触れず、ニアは燃えるように赤い空を見上げた。




「なんだか、めちゃくちゃはぐらかされてる気がするんですけど…」


 エルサは一人納得できないでいた。








 めちゃくちゃじじいじゃねーか!!


「それは流石にひどい…」


 また声に出てしまった。60過ぎた女性なら見たことはあったが、男性で、しかもこんなに元気に動いてる姿は、エリックには理解できなかった。



「ユウキさんって呼んでくれていいだぜ」


 さっき戦士かなにかかと思った自分が馬鹿らしい。フレンドリーすぎるそのじじいもといユウキは背中に背負っていた袋から、何かを取り出した。



「お前が探していたのはこれじゃあないか?」

「それは…!」



 エリックはそれを見て、二つの意味で驚いた。取り出したのは、今日の朝エリックが見たものにとても近いのだが、あまりにもみすぼらしい花だったからだ。


「どうやら図星のようだな。こんな冬に森に入るなんてこいつを採るため以外考えられないからな」


 ユウキは得意げに鼻をこすった。


「でも、真の目的はこいつじゃないんだろう?」


 花を袋にしまうと、エリックにちょいちょいっと手でついてくるよう示した。木の上の空はもうすっかり赤に染まっていた。



「もうこんな時間だ、一人でいるのは危ない。あっちに冬の間だけだが俺の家がある、そこに泊めてやるよ。朝になったら帰ればいい」


 意外に親切だったので、少し鳥肌がたった。


「じいさん…」

「ユウキさんでいいって」


「じいさん、すまない。 あと、村に連絡がつくものとかはある?」

「あれれー?聞いてるー?」


 エリックの敬語はすっかり抜けきっていた。ユウキはあきらめたように下を向いた。



「あるよ、まあそんなガキが森に行って帰ってこなきゃあ、村は大騒ぎするだろうしね」


 その言葉にカチンときたが、泊めてもらう身なのでできるだけ平常心でいることにした。


 エリックたちは、ユウキの家があるであろう方向に歩き出した。ユウキの歩き方は、40や60とは思わせないしっかりした歩き方だった。


(この人、本当に60なのかよ…)


 エリックは心の中で独りごちた。


 しばらく歩いていると、森は数メートル先も見えなくなるほど暗くなっていった。しかし、ユウキと歩いていると不思議と安心できた。


(これが貫録っていうやつなんだろうか…)



 ユウキの背中の袋から例の花が飛び出していた。形は同じなのだがどう見てもエリックには違って見えた。



「どうした?エリック、俺の家ならもう少しでつくぞ。それとも置いていって欲しいのか」

「えっ、ああごめん」


 どうやら足が止まっていたらしい。



(帰ったらルークにあの花のことを問い詰めないとな…)


 そんなことを思うと、エリックはユウキに追いつくよう彼の背中に向かって走りだした。

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