第六話
「え、じゃあなんで!」
ニアのその疑問は、全ては口から出なかった。次の授業の鐘がなったのだ。
「わかった、そのことについては教室で話す。それに、次は自習だしな」
急げ!とルークはエルサたちを急かすと、鐘が鳴り終わる前に教室に入らせた。
先生はそれを別に咎めることもせず、教卓でダラーとしていた。
「皆ー 静かに自習するようにー」
それだけを言うと、先生用の大きめの椅子に深く座り込んだ。
(この人は本当に… 教師なのか?)
ルークは授業をしている先生をあまり見たことがなかった。
ルークとニアとエルサの席は教室の一番後ろにあって、そこにエリックも加わって4人グループを作っていた。反対にロイの席は一番前で、取り巻きたちに囲まれていた。だから、ロイに聞かれたくない話をするには授業中にするのが一番安全なのだ。
「じゃあ、まずはロイが森に行ってないのに、なぜリックにそのことを言わずに森に行かせたのかというとから話そうか」
「そうよ、行かせるにしても何で言わなかったの?」
ルークは手を頭にあて、ゆっくりと時間をかけて話し始めた。
「…エリックにはだな、2つの理由があって行かせたんだよ。」
一つ、と言って人差し指を挙げた。
「一つ目は、これはさっき言った通りだ、ロイにリックは行かせたということを見せつけるためだ。これがあることで、ロイは明日帰ってきたリックに何も言えないだろう。俺やお前らが近くにいれば自分の首を絞めることになるからな。今日の朝あれだけ大見得を切ったんだ、告白したときに嘘をついたことを認めるなんて奴のプライドが許さないだろう。問題は2つ目なんだ」
ここでいったん止めた。ルークは2人の反応を待ったが、どちらともルークの話を結構しっかり聞いていた。
「ふ、2つ目はな、これは実は俺の勝手なんだが、リックにはリハーサルをしに行ってもらったんだ」
「りはーさるぅ?」
エルサは間が抜けたようにそう返すと、教室中の男子が後ろを向いた。やっぱり、エルサは男子には人気があったらしい。
(なんで男子どもはこう皆エルサのことが好きなんだ… 俺は断然ニアの方が)
「ゴホンゴホン!」
ふと浮かんだ考えを取り払うように咳ばらいをした。
「ごほっ、ま、まあ聞いてくれ。俺はなリックに、もっと自信を持ってほしいんだ。村の裏の森には命の危機に陥るほど強いモンスターなんていない。だが、奥に行けば今までより強い敵と戦える。いくら戦闘が嫌いなリックでも、花を採るために戦わなくちゃならない状況になるはずなんだ」
「でも、それじゃあリックは花を持って帰るんじゃないの?」
「それについては、まずエルサが貰った花について説明しなきゃならない」
ルークは、エルサのカバンから少しはみ出している花束の一部を指さした。
「あの花はディゼントラといってだな、森の奥にしか生えない珍しい花だ。その花の特徴はだな、一年に二回、夏と冬の間に咲くんだ。でも、種を作るのは春に咲くときだけなんだ」
「それってどういう事なんですか?」
「ディゼントラには前咲きと本咲きというのがあって、秋に前咲きを、春に本咲きをするんだ。前咲きをしてから春の本咲きまでの冬の間は、ディゼントラは魔力を外から吸収して耐え忍ぶ。そして、春になって魔力が十分に溜まると本咲きをするんだ」
「秋に咲く意味は何なのよ」
「秋の前咲きでは、冬の間吸収する魔力を溜める受け皿を作るんだ。花弁が大きければ大きいほど多くの魔力が溜められる。そして、その魔力の量が多いほど、花弁は濃い青色になるんだ。収まりきらない魔力は花の匂いと一緒にあふれてきて、人々を魅了する。この花は美しい…てね」
ニアはルークの話に感心したようにうなずいた。
「へぇ~、だから今朝、花束一つにあんなに人が群がっていたのね」
「まあ、ロイが持っていたというのもあると思うが」
すると、エルサがあることに気付いてルークに疑問をぶつけた。
「でも、今は秋じゃないですか。どうやって春に咲く花をこの季節に用意できたんですか?それにロイからもらったのは薄い水色でしたし…」
「そう!そこなんだ!」
ルークは柄にもなく大声をあげた。今度は男子だけでなく、女子も後ろを振り向いた。
「おーい静かにしろよー」
先生がむくりと起き上がりルークを注意した。ルークは少しだけ赤くなった。
「…実はだな、ディゼントラは街で鑑賞用として売られるようになったんだ」
さっきよりも低めの声で話し出すと、エルサのカバンから花を一本取りだしてニアに投げ渡した。
「ニア、その花に魔力を注いでみてくれないか」
「本当… ちょっとだけだけど中に魔力が感じられるわ」
ニアは手に光を集めると、その光を花の内側に入れ始めた。
するとどうだろうか、薄い水色だった花が少しずつだが青くなった。
「むー、これ以上は無理ね」
ニアは手の花をくるくると弄んだ。
「じゃあ、次はその花から魔力を全部取り出してくれないか」
ニアは、ルークに言われた通りに今度は花から光を浮かび上がらせて、それを吸収した。
「なにこれ…」
ニアが驚くのも無理はない、魔力がなくなったディゼントラは、見る見るうちに色が無くなっていった。
「これが前咲きのディゼントラだ」
ルークが言うディゼントラはさっきまでの魅力や色香が一切なかった。
「街では前咲きの状態のディセントラを本咲きに近くする技術ができた。だから、この時期にあれだけの量を用意できたんだ。でもそういうのはたいてい魔力をあふれさせて魅力を出すことを優先させてるから、ロイのやつのように色が薄いんだ。ここの生徒には効果十分だったけどな」
ルークは田舎を馬鹿にするように周りを見回した。
「だから、リックには春に本咲きするディゼントラを採るためのリハーサルのために行ってもらった。もちろん、本番に近くなるようにこのことは言ってないがな」
「じゃあ、リックが今採りに行ってるのは…」
「そう、この花なんだ」
ルークはしおらしくなったディセントラを持ち上げて、そう言った。
✖
(なんだ…一体なにがおこっているんだ!?)
「グオオオオ…」
また低い唸り声が聞こえてきた。さっきから声は聞こえるのだが、どこにいるのかが一向に解らない。
(おかしい、ルークの魔付は解けてないはずなのに…!)
森の影が妖しく揺らめいている。エリックは走り出した。と、同時に影が素早く動いた。
「ぐう!」
腕を切られた!傷は浅かったが切られた場所から鮮血が流れている。
「はぁ…はぁ…」
逃げても逃げてもどこからか襲ってくる謎の魔の手に、エリックは次第に恐怖を覚えていった。
「くそっ!」
火の魔導を適当に撃つわけにはいかないので、逃げることしかできなかった。
「ぐああ!」
また影が動くと、今度は足をやられた。エリックは大きく転んだ。
(僕は、何に襲われているんだ…!?)
もはやエリックに抗う術はなかった。回復系の魔導を使う暇すら与えてくれなかった。
すると…
「ギャッギャッギャ」
何もわかっていないエリックに、答え合わせをするようにそいつはゆっくりと姿を現した。
「………!?」
森の木々に収まりきれないほどの黒と緑の巨体だった。虎猿だ。その大きさから大体24~25レベルくらいだろう。普通の虎猿は13や14程度なので、普通より10も高いレベルがこの森の親玉であること証明していた。
(もう、こうなったら…)
「ハア!」
エリックは不規則な呪文を口にしながら、手に炎を集めだした。今、エリックが出せる一番の火の魔導を放つための詠唱だ。最大出力の火炎弾を放てば、このボス虎猿を倒せると思ったからだ。もう後先のことは考えていられなかった。
「グギャア!」
だが、徐々に大きくなっていく火炎にボス虎猿は怯えることもなく、逆にエリックの方へ近づいて行った。まるで、お前の火の玉なんていつでも避けられるぞ、とエリックに伝えているようだった。
(花を持って帰るためには、やるしかないのか…)
エリックは覚悟を決めた、森ごとこの虎猿を燃やす覚悟を。
手の前で集めた炎を一つの塊にしていき、丸く、小さく固めた。一撃で殺す、エリックが無事に村に帰るには、それしか無い。
グッとボス虎猿を見据えた。ボス虎猿は、余裕の笑みでこちらを見つめ返してくる。
エリックは大きく深呼吸をして、周りの木々が見えなくなるほど集中し始めた。手に力を込める。速く、正確に、確実に―――
その火炎を、今放つ!!
が…
キーーーーーーーーーン
「――――――!!?」
突然、甲高い音がエリックを襲った。集中が切れて手の炎がふわりと消えてしまった。
その音は、耳を塞いでも入ってきて、容赦なくエリックの頭を掻き回した。
「くはあぁ、うげぇ」
頭をいくら振っても音は取れない。
虎猿には聞こえてないらしく、のたうち回るエリックを見ながらゆっくりと近づいてきた。
妖しく爪を光らせながらニタリと笑うと、エリックの前で右腕を高く振り上げた。そして、それを真っすぐ振り下ろした―――