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第四話

「おーい、リックだいじょうぶー?」


 一時間目は魔導の授業だった。授業といっても、この時期になればほとんどすることもなかったので、自習の時間といっても過言ではなかった。

 

 生徒たちは皆思い思いに魔導を使っているが、エリックは魂が抜けたようにぼーっとしていた。



 エリックは先ほどの衝撃をいまだに忘れていなかった。いや、忘れられないのだ。エルサは、確かにクラスの中で1,2を争うほどの美人だった。しかし、もう卒業するといってもいまだに学校に通っている彼らにとって「結婚」はとても遠い存在なのだ。

 

 この国の平均寿命は男性が40~45、女性が50~60歳だった。そのため、早い時期に結婚というのはざらにあった。13でする、という人もいるのだとか。この村では卒業してから結婚する人が多かったため、15になってからが普通だった。エルサの1つ上の姉も、卒業してからすぐに結婚した。だから、卒業間近の彼らは年齢的に「結婚」の最も近くにいた。



 そんな狭間に位置するエリックは、エルサとの結婚を考えたことはあった。それでも、妄想の枠からは出たことはなく、それゆえにロイの行動は衝撃的だった。




 まあ、それを含めてもあれは可哀想だと思ったが。









―――「エルサ…僕と、結婚してくれないかな」

「いやです」







「「え?」」








 エリックとロイの声が重なった。



 瞬殺だった。


 傍から見ていても、振られているのだということはよーくわかった。


「エ…エルサ」

「だから、あなたと結婚するのはいやと言っているんです」



 せっかく花束まで用意したロイが、ひどく滑稽に見えた。教室の中には失笑がもれていた。けれど、エリックには笑うことができなかった。



「せ、せめて花だけでも…」


 あとに引けなくなったロイは、声にならない声をのどの奥のほうから出した。



「これ、どこで買ったもの何ですか?」

 

 エルサは何を考えたのか、ロイにそんなことを聞いた。


「こ、これは昨日俺が森に取りにいったんだ!」

「ふん」


 折れそうな自尊心を何とか保とうとしたロイがなんとかそういうと、ルークは鼻で笑った。エルサはチラリとエリックのことを見ると、エリックに聞こえるかどうかというくらいの声で「森で採れるんだ…」と呟いた。




「じゃあ、その花はもらっておきます」

「本当かい!エルサ」


 ロイは息が吹き返したようにエルサの方を向いた。


「私、綺麗な花をくれる人は好きですよ?結婚するかは別として、ね」


 花が渡される時も、エルサはやはりエリックのほうを向いてきた。



「ありがとう!!エルサ!」


 抱き着く勢いで飛びついてきたロイをエルサは両手で制して、意地悪な笑みを浮かべてこう言った。



「ロイ、少し考えさせてください。答えはまた今度でもいいでしょう?」

「当然だよ!いい返事をまってるからね!」


 そこで一時間目のチャイムが聞こえた。後ろにたまっていた生徒たちは一斉に外へと出ていき、彼らもその後に続いた。出ていく間際に、エルサはロイに渡されたその美しい花束をエリックに見せびらかすように振り、笑顔を向けてきた。


「森で採れるんだ…」

 エリックの耳に、エルサの言葉がこびりついて離れようとしなかった。



(いったい何がどうなっているんだ…?)


 エリックは深く考えることができなくなっていた。――――







「まださっきのこと考えてんの?」

「……」


 エリックはニアの言葉を無言で返事した。

 エリック自身も自分が何を考えているのかよくわからないのだ。


「ぼーっとするのもいいけど、今の時間はやめたほうがいいわよ。みんな好き勝手に魔導を使ってるから、流れ弾が当たるとあぶないわ」


 ニアは魔導の光できらびやかになっている校庭を見ながら、エリックを端によせた。



「それにしても、前から思っていたんだけれど、なんでみんなはこう魔導を使うのが好きなの?」


 ニアはエリックのそばで詠唱をし始めた。手の先に光が漂いだす、その光たちはしだいに熱を帯びて、炎の塊になった。そして、手を天に掲げてその炎を放った。


「ファイア!」


 炎は空高くに打ちあがり、四方にはじけ飛んだ。


「まったく、これのなにがいいんだか」


(やっぱりニアは魔導がうまいな)


 エリックはその花火まがいのものを周りの生徒のと見て比べたが、だいたいはただ真っすぐ打っていた。打った先で弾けさすというのは、意外にも精神を使うのだ。エリックも何度も練習してやっとできる代物だったが、ニアはそれを簡単そうにやってのけてしまうのだ。



「危ない!」

 

 生徒の一人が誤ってこちらに火の魔導を打ってきたようだ。14歳ほどにもなれば、たいていレベルが10くらいあるため、火の玉程度ならけが一つなく受けれる。しかし、そもそもレベルがないエリックにとってはそれくらいのものでも致命傷足りえた。そのことを知っていた生徒は、エリックよりもニアに気づかせるように叫んだ。


 ニアは攻撃系の魔導をうまく扱える。しかし、ニアの真価はそこではない。ニアが最も得意とする魔導は魔付エンチャントだった。



「ゲイド!」



 ニアは詠唱なしで守備力増大ゲイドの魔付を唱えると、素早くエリックにかけた。と、同時に火の玉がぶつかる。



「ごめーん」


 火の玉を放った生徒がこちらに謝りに来た。ニアの魔付があったおかげで、エリックは火の玉が当たったところが少しこげたぐらいですんだのだが。近くで本を読んでいたルークが珍しいものを見るような目でエリックを見た。


「リック…本当にどうしたんだ?」

「え、どうしたって…」


 すると、ルークの言葉に乗っかるようにニアも騒ぎだした。


「そうよリック!今のくらい普段なら避けられるでしょ!私が魔付かけたからよかったけど」


 ニアの魔付の効力は絶大だった。今のエリックなら飛んでくる大岩にも耐えられる自身があった。エリックは見当違いなことを考えながら、こげたところをさすった。


「そんなに衝撃的だったのか、さっきの」


 ルークは本を閉じて立ち上がった。そしてエリックの方を指さして、道を指し示すようにゆっくりと言葉を出した。



「エルサに見てほしいなら、君も花を採りにいけばいいじゃないか」


「えっ!」

 

 エリックは頭の中をそのまま言われた気がして、驚いてルークの方を見やった。


「驚くことはないだろう。君は行きたいんじゃないのかい?ロイができるなら君もできると思うよ、行きたくない理由なんてあるのか?」

「でも、僕…レベルが……」


「なんだ、そんなことか」


 ルークは本を地面に置いて、エリックを真っすぐ見つめた。


「君は自分を過小評価しすぎなんだ。君は自分で思っているよりずっと強い、魔導だってうまく扱えてる。たぶんロイと戦っても勝てるんじゃないかな。」

「そんな…!」




「ロイを見返したくないのか?」


 エリックはその名前を聞き逃さなかった。まだ固まっていなかったエリックの決意が、ルークの言葉で完全に固まったようだ。


「ありがとうロイ、僕森に行くよ」

「そうか、じゃあ…」


 ルークは突然エリックの方に手を向けて、おもむろに魔導を唱え始めた。


「ミンク」


 ルークの手に集まった光が、エリックの目の辺りを包んだ。


「あとこれ、あの花がありそうな場所の地図」

「ありがとうルーク、でもなんで魔力感知ミンク?」


 エリックの質問にはルークじゃなくてニアが答えた。


「森にはね、モンスターが木とか葉っぱに結構隠れているのよ。リック戦うの苦手でしょ、だから、先に相手が見えてると避けられるじゃない」

「今かけなくても…」

「今から行くんだよ」


「え?まだ学校が…」


 エリックは校庭で遊んでいる他の生徒を見回した。


「何言ってんだよ、今から行かないと夜になる。そうなると君でも危ないからな」


「い、今から!?」

「そうだよ、早く済ませろよ。君がいなくなることは俺がなんとかしといてやるから」


 エリックはその用意周到なルークに、少し恐怖を覚えた。だが、彼ほど頼りになる友はいない。


「そうよそうよ~ しっかりしなさいよー 私もついてるんだからっ」


 ニアはない胸を大きくドンと叩いて、なにかを強く主張した。


「さ、夜までに帰ってくるなら特に装備もいらないでしょ。適当に花火上げとくから、その間に裏から森に出なさい」


「何から何まで悪い、この借りはいつか返すから!」


 そういうと、森に行く道に向かって走り出した。ゆっくりと、だが確実に運命が動く音がした。


 



 エリックは今日この日を忘れることはないだろう。

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