第三話
翌日、エリックが母に押されながら家を出るとエルサはすでに家の前に立っていた。よく晴れた朝だった。
「おはようございます。ほら、学校にいきますよリック」
「…はい、エルサさん…」
エリックは学校が大嫌いだった。子供は自分と違う人をグループから排除する性質があるため、エリックが仲間はずれになるのは当然のことだといえた。もちろん、エリックのことを理解してくれる、いわば親友ともよべる人は少しだけだが存在している。それでも大多数の人はエリックのことをよく思っていなかった。
エリックが学校に行く最大の理由は、何といってもエルサがいるからに他ならなかった。エリックがエルサのことを好きになる前は結構な頻度で休んでいたのだが、半年前からは1度も学校を休んだことはない。学校がある日はエルサと一緒にいられる時間があるというのは、エリックが学校に行きたいと思えるほどのやる気を与えてくれた。
だとしても、学校が始まる日の朝は憂鬱になるものだった。学校までの距離はそこそこあるのは、エリックにとってはそんなときの唯一の救いだった。
「おーーい!」
いつものようにエルサと当たり障りのない世間話をしていると、向こうから元気そうな声が聞こえてきた。
「おはよう!2人とも!」
「ニア、おはようございます」
「おはよう、ニア」
声の正体はニアだった。淡い栗色の髪の毛を後ろで丁寧に一つに束ねていて、目の下にある消えかけのそばかすとよく通るその声は、ニアの明るい性格をよく表していた。
「2人っきりの時に悪いね!私も一人ぼっちは寂しくてね~」
「もう、ニアったら」
「はぁ…」
ニアはエリックの数少ない親友の1人だった。ニアのその明るい性格のおかげでエリックが救われたことは何度もあった。
(でも、この時だけは邪魔してほしくない)
エリックはそのことをわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
この国では6歳から学校に入る決まりがあり、15歳になるまで同じ学校に通うことがほとんどだった。卒業した後は街にでて仕事をしたり様々な専門学校に入学するか、自分の家の職に就くかを選ぶ。この村はそこそこ裕福だったので、街に出ようとする人はあまりいないのだが。
学校は村のはずれにあった。よく言えば趣のある、悪く言えば古臭い、そんな感じの普学校だった。エリックたちが着くころには、もうすでにほとんどの生徒が来ていた。
「ん?なんか教室の方が騒がしーね」
「そうですね、なにかあったのでしょうか?」
確かに、2人の言う通り教室はいつもより騒々しかった。
中に入ってみるとなにやら人だかりができており、どうやらその人だかりが騒々しさの原因だった。けれど、エリックたちにはそれが何の人だかりかまではわからなかった。
エリックは教室を見回した、特に隅のほうを重点的に。すると、そこには人だかりに混じることなく一人で静かに本を読んでいる、年の割には背が低めの少年が目に入った。
エリックはその少年、ルークを見つけると人だかりを横眼に見ながら彼に近づいた。
「おはようルーク、これ何の集まりかわかる?」
ルークは読んでいる本から顔を上げ、ずれた眼鏡を直しながらエリックのことを見ると、なんだ君か…と言って再び本に視線を落とした。
「嫌、そうじゃなくて!あれが何なのかわかるって聞いてんのよ!どーせあんた今日も一番最初に来てるんでしょ!」
エリックの後をついてきたニアは、ルークのその行動にイラッときたのか人だかりのほうを指さしながら語気を強めてそういった。
「あー、あれのことか」
ルークはやれやれ…そんなこともわからないのか、といった感じで本を置いた。
ルークはエリックの唯一の同性の親友だった。争い事や競争が嫌いな彼は、強くなることよりも新たな知識を得ることのほうに興味をもっており、レベルに対する執着がそれほどなかった。だから、レベルの上がることのないエリックとレベルを上げることのないルークは、昔から一緒にいることが多かった。知識はレベルが上がると受け皿は大きくなるのだが、本人に学ぶ意思がなければ絶対に増えない。ルークは、外で遊ぶよりも中で本を読むことを優先するインドアな子だった。
「もうしばらくすれば解ると思うんだが…まあ、あの中心にいるのはロイだよ」
エリックはその名前を聞いて、嫌な顔をした。ここにいる彼らの中で嫌な顔をしない人はいないのだが。
この村には医者は一人しかいないのだが、ロイはその医者の息子にあたる。エリックはその体質のせいで何度も診てもらったことがあるが、父親のほうは親切でとても感じがよく、患者のことを常に思っている、ようするにいい医者の部類に入るのだが、その息子はいいところを何一つ受け継がなかった。薄暗い金髪頭にガタイが良く高身長な背、レベルも周りより5~6レベル上だった。親の職を鼻にかけた高圧的な性格とその羽振りの良さは1部の男子たちのボスとして君臨したが、一方でその性格故に周りに多く敵を作った。いわばガキ大将なのであった。そして、エリックをいじめていたのはもちろんロイたちだった。
だから、エリックはロイの父親には感謝してもロイのことを許すつもりはなかった。
だが、その人だかりにはよく見るとロイのグループの男子以外の生徒も混じっていた。
「またロイがなにか持ってきたのか」
この国ではたいていのけがや病気は治癒魔法で治ってしまうため、医者の数が極端に少なかった。医者の主な仕事は魔法さえも効かない重病や重症、本人の知らない病気を治すことだった。そのため、ロイの父親は様々な地方を転々とすることが多く、その分珍しい土産を持って帰ることが多かった。息子であるロイはそれらを学校にまでわざわざ持ってくることがあった。その辺りもロイがボスになれた理由の一部だろう。
やはりというかなんというか、その人だかりを見ていると真ん中のほうで「おー!」だの「キャー!」だの歓声が聞こえてくる。
「じゃあ今日は何を持ってきたんだ?」
エリックはロイに対するつもりに積もった人には言えない感情があったためか、ロイの持ってくるものにはあまり興味を持ちたくなかったが、今日はいつも以上に人が集まっていたからそう聞かざるを得なかった。
「確か… 花?だったかな…」
「はあ?」「へ?」「はい?」
三人ともその答えに耳を疑った。あまりにもイメージが違いすぎるため、エリックは少し吐き気を覚えた。
「クク… 花って、なんであいつが、、、 ククク…」
ニアは笑いをこらえながらそう言った。エルサに至っては「ふふ…」と呟いてうずくまったまま動かなくなった。
「でも、どうして花なんだ?」
「僕に聞くなよ、そんなこと。僕がわかるわけないだろ」
ルークはもういいだろ、といった感じでまた本に目を落とした。
「まあ、どーせ目立ちたいだけでしょ」
笑い終えたニアは深呼吸しながらそう言うと、大きく伸びをした。エルサはまだうずくまっていた。
人だかりがひと際大きく声を上げた。振り向いてみると、周りより一回り背が高いロイが立ったのがわかった。手には例の花を持って、こちらに近づいてきた。
「ちょっと前いいかな」
その言葉だけで、周りの生徒たちは道を開けるようにロイの前を飛びのいた。
ロイは花束を持ったままエルサの前に立った。人だかりだった集団は後ろに下がってこちらを見守っている。
その花は全体が薄い水色で、とても幻想的な雰囲気を放っていた。いつもはたらたらしているロイでも、それだけでしっかりしているように見えた。うずくまっていたエルサさえも立ち上がって、その花に見入ってた。
「エルサ…」
「はい?」
きょとんとするエルサをよそに、ロイは片膝を床につけ、花束をエルサに掲げた。
そして、エリックの頭では到底考えつくことのない言葉が、ロイの口から放たれた。
「エルサ…僕と、結婚してくれないかな」