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第二話




 家の中を見ると、テーブルの上にはすでに空の皿が三枚と真ん中にパンを置いてある皿が並べられてあった。



…なるほど、もとからエルサと晩御飯を食べる事は本当に決まっていたことだったらしい。


「さあさあ、入って入ってー」

「ありがとうございます。 お邪魔しまーす」

「…ただいま」


 部屋に入れば、奥の方からおいしそうな匂いが漂ってきた。その匂いの正体は…


「シチューだ!」

(……)


 子供っぽくそうはしゃぐエルサの横で、答えを出す前に言われてしまったエリックは、少し不貞腐れたように自分の席に座った。


「ちょっとまっててねー」


 エリックの母はそういうと、それぞれの皿にシチューをつぎはじめた。


 すると、エルサは何かに気づいたように周りを見回した。


「あれ、リックのお父さんは今年は帰ってこないんですか?」


 この村での男衆は普通、夏の間は農作業をするか街へ出稼ぎにいくかしており、その中でもレベルの高い人はほとんどが街へ行った。最近、街の方では平和になり、様々な商いを始める人が急増したため労働者の絶対数が減ってきたこともあり、田舎からの出稼ぎ者を手厚く歓迎しているところが多い。しかも、この村は災厄の魔王を倒した勇者を輩出した村という理由で他の村よりも待遇が良かったりする。


 さらに言うと、エリックの父は勇者の娘に見初められたほどの実力者であったため、大商人から王宮、さらには国一番の教会からにも傭兵のオファーがきており、1度街に出ると当分の間村に帰ってくることはなかった。それでもこの時期になると、いつもは帰るはずなのだが…



「そうなのよー、あの人今度こそ帰ってくるって言ってたのに…」

「なにかあったんですか?」


 エルサのその言葉を聞くと、母は絶えず動かしていた手を止めて少し考え込むようなそぶりを見せた。


「どうやらあの人、街でエリックの病気を治せるかもしれないって人を見つけたらしいんだけど、その人を村に連れてくるまで帰らないっていってるのよねぇ」


 母の口から深いため息がこぼれる。エリック自身もそんな父の言動を聞いて、呆れてなにも言えなかった。



 


 もし、これが病気だったら


 エリックは幾度となくそう考えた。もはや、考えというより願望に近かったのだが。

 でも、無駄だった。村唯一医者にも診せたし街の医者にも診せた。何かの術がかかっているんじゃないかと思い、有名な呪術師にも見てもらったときもあった。催眠術にかけてもらったこともあった。しかし彼らは、エリックはなぜレベルが上がらないのかということは誰一人としてわからなかった。それはもう、人間の理解を超えた超自然現象というほかなかった。


 このことは、一時期ある分野の科学者や呪術師たちのあいだで話題になった。さらに、街や王宮では、これは災厄の魔王の呪いだ!なんて噂されているらしい。





 エリックは誰かに自分のことを調べられるのは嫌いだった。

 なぜなら、それはエリックに「君はどう頑張ってもレベルが上がることはない」という事実を、遠回りに突きつけるだけだったからだ。


 誰もがみんな、自分のことを可哀想な目で見てくる… 勇者の血を受け継いでいるのに、もしちゃんとレベルが上がっていれば、経験値が手に入っていれば…

 そんな視線にエリックは耐えられなかった。人を哀れに思うという気持ちは、その人を見下しているという行動となんら変わりはないのだ。




 だからこそ、エリックは誰よりも努力をしたのだ。レベルで差が埋められないなら、他の事をして埋めればいいと思った。見下してくる連中の鼻を明かしたかった。



 けれど、そんなのは無理な話だった。というより、不可能に近い。

 レベルが上がるときに上昇する能力は、単純な力だけではなく、知識、器用さ、魔力量…要するにその人自身のほぼ全てが上がるといっていい。差を埋めるということは、たかだか1や2レベルの差を埋めるわけではない。エリックが10年や20年かけて到達するような域を、この世界の人々は軽々と超えていくのだ。



 それゆえに、エリックはこの世界に絶望し、そして諦めずに今日まで努力を続けてきた。だから、今にも崩れてしまいそうなエリックの気持ちを、もしかしたら完全に崩してしまうかも知れないエリックの父の行動は、自分のためを思ってやっていることだとわかっていてもエリックにとってはもはや迷惑でしかなかった。








「でも、次の春の大祭には必ず帰るって言ってたから、エルサちゃんは気にしなくて大丈夫よ~」


 母はそう言って無理に笑うと、再び晩御飯の支度を始めた。


 暇を持て余していたエリックは、特にすることもなかったのでテーブルに置いてあるパンを無造作にとり、先に食べ始めた。


「こら、リック。行儀が悪いですよ」


 エルサは、この部屋の雰囲気が悪くならないよう少し大きめにそう言うと、当然のようにエリックの隣に座った。エリックにはエルサの行動を止めることはできなかった。


(こいつは本当に…)


 エリックはとても複雑な心境だった。その行動はエリックにとってうれしいものだったが、裏を返せばエルサはいまだにエリックのことを幼馴染としか見てないということでもあるのだ。





 そもそも、エリックが幼馴染であるエルサのことをこれほどまでに意識し始めたのはつい最近のことである。

 それは、半年前の春の大祭の時のことだった。この村の人々は結婚するとき、たいていこの祭りの期間中に挙げることが多い。祭りは基本三日間行うのだが、その年の祭りの二日目に、エルサの姉の結婚式があった。

 結婚式自体は特におかしなことは起きず、普通に挙げられたのだが…問題はその後だった。







―――「デハ、ベールヲアゲテクダサイ。チカイノキスヲ」

そこで今日一番の拍手が起こった。


 教会の中にいる人々は、皆一様に彼らの幸せを祝福していた。エリックも同じように、彼らを祝福した。エリックは普段から暗い日々を送っているため、このような明るい催しは嫌いではなかった。


 結婚式が終わった後、エリックたちエルサの家のお隣さんとして式の後片付けの手伝いに行った。式が終わった後の教会はさっきの余韻がまだ残っているのか、皆和やかな雰囲気で仕事に取り掛かっていた。


 その中の一人の男がこちらに気づいて、手を振りながら近づいてきた。


「どーもどーもイザナギさん、手伝いに来てくれたんですね。いつもありがとうございます。あ、あとエリック君も」

「いえいえ、いつもお世話になっておりますので」


 その男はこの村の村長だった。袖から見える腕はなかなかがっしりしているのだが、ふっくらとした顔つきにいっつも笑顔でいるためかエリックには穏やかそうな人に思えた。



「じゃあ、さっそくで悪いんだけど、エリック君はこれをガーネットさんのところまで持っていってくれるかな」

「はい」


 ガーネットとはエルサの姓のことだ。

 

 エリックは村長から手渡された結婚式で使われた小道具を、断る理由もないのですぐにエルサの家に持って行った。




コンコン

 家の中からガサゴソと聞こえてくるので中に誰かいるらしいのだが、戸をたたいてもなにも応答はない。


「あのー、荷物届けに来たんですけどー!」


 エリックが大きめの声でそう叫ぶと、ようやく誰かが扉の方へ近づく気配があった。

 中から出てきたのはエルサの母親だった。


「あらエリックちゃん、わざわざありがとうね。よかったらちょっとお茶でも飲んでく?」


 エルサの母はエリックを見るなりそういうと、大きく扉を開け中に手招きした。


「いや、あの…僕まだ手伝いが残っているんですけど」

「いいじゃない、少しだけなんだから。ね?ほら入って入って」


 やはり、勇者の孫のエリックでも母親の押しというやつにはかなわないらしく、少し 逡巡(しゅんじゅん )するふりをした後

「じゃ、じゃあ少しだけ…」

といって中に入っていった。


 

 エルサの母はエリックにお茶とお菓子を出したあと

「ちょっと待っててね」

と言い残し、奥の部屋へと去っていった。



 奥の部屋からはガサゴソと何かしているらしく、時折ゴトン!や、ギャー!などのただならぬ音が聞こえてきた。なるほど、この家の騒々しさの原因はそこの部屋にあったらしい。エリックは出されたお菓子を食べながらそう思った。


(うっわ、このお菓子、超おいしい!)


 そのお菓子は一見ただのクッキーなのだが、食べた瞬間口内に爽やかな酸味が広がり、噛めば噛むほど程よくでてくる甘い味が、その酸味を優しく包んでいった。

 ものの数分で完食してしまったエリックは、ゆっくりお茶を飲みながらエルサの母を待った。



「ふー」


 どうやら一段落ついたらしく、エルサの母は額の汗をぬぐう振りをしながら奥の部屋から出てきた。それを見たエリックは、ゆっくりと席を立ちあがった。


「じゃあ、僕はこれで」

「ちょっとまって!これからが本番だから」

「でも僕、まだ手伝いが…」

「いいじゃない、あなたのために家の一番いいお菓子を開けたんだから。少しぐらい待ちなさい」



 エリックには意味が分からなかったが、そう言われると弱かった。エリックが出ていかないことを見ると、エルサの母は「本番、本番」といいながら奥の部屋から誰かを連れてきた。




 エリックはそれを見て、目を見張った。





 その誰かは、エルサだった。














 真っ白なドレスに包まれた、エルサだった。
















 エリックは、その姿が先ほどの結婚式の新婦の姿と一緒だと気が付くのに相当の時間がかかった。花嫁の晴れ姿ともいえるそのドレスは、エルサをいつも以上に美しくしていた。エルサの長い黒髪は、透明なベールに覆われていながらも、その塵一つ付いていない純白のドレスにとてもよく映えていた。



 彼女も1人の異性であるということを、エリックに強く意識させてしまうほど。






「そんなに見つめないでください。これ、結構恥ずかしいんですから」


 エルサはベールで隠れている顔を赤らめながらそういうと、照れくさそうに下を向いた。その仕草も、エリックにはとても可愛らしく見えた。



「エルサもいつかは着る事になるんだから、ちょっと着てみようってなったのよ~! お姉ちゃんはもう街に行っちゃうし、エルサの結婚式の日に帰れるかわからないから見てみたいって聞かなくって!」


 エルサの母はまるで迷惑だ、という素振りでそう言っているのだが、どう見ても面白がっているようにしか思えない。奥の部屋をよく見ると、隅の方にさっきの式の主役が薄暗く目立たない服を着て座っており、エルサのドレス姿を見て満足そうにうなずいていた。そして、顔が赤くなってきているエリックの方を見てクツクツと笑い始めた


「エリック君、どおかしら。 今のエルサは」


 ズイズイと寄ってくるエルサの母の言葉をきいて、エリックはなにがどうなのかはわからないが、顔がだんだんと熱くなっていくのはわかった。


 もはやエルサの方には顔を向けれなかった。



 エルサは少しうつむいた後、顔をあげてじっとエリックの顔を見てこんなことを言った。







「リック、どうですか?」















「へ?」






 まさかエリックはエルサの方から聞いてくるとは思ってもみなかったので、のどの奥から変な声が出てしまった。心臓の音が耳にまで聞こえてくる。ついエルサの方に顔を向けてしまったエリックは、エルサの視線に耐えられずにまた目をそらした。




 それを聞いたエルサは、少し怒ったようにこんなことをいった。


「だーかーらー 今の私はかわいいですかって聞いているんですよ、リック」

そして、エリックに見せつけるようにその場でクルりと体を回した。





 もはや、エリックは顔が赤くなるのを止めれなかった。この場に立っているだけでも精一杯だった。


 エルサはまだ見つめてくる。何か…何か言わなくちゃ…… そう考えたエリックは、長い時間をかけてやっとのことで一言絞り出した。









「い…いいんじゃ、ないかな…… エ、エルは、  か、かわ、 いいと思うよ……」





 家の中の時間が止まるのが見て感じれた。エリックは1秒もこの場にはいたくなかった。


「ぼ、僕手伝いあるんで!お菓子ありがとうございました!お邪魔しましたー!!」



 エリックは悲鳴に近いような声でそう叫ぶと、逃げるように家を出た。




「もう、リックったら…」







 

 家を出たエリックは、近くの塀に倒れるように座り込んだ。熱くなり過ぎた顔を冷やすためだ。寒さにはそこそこ強いエリックだったが、熱さにはめっぽう弱かった。


 いまだにドクッドクッと高鳴っている鼓動を右手で抑えながら、エリックはこう思った。





 (あいつ、あんな可愛かったっけ……?)―――――








「ほらエリック、エルサちゃんを送っていきなさいよ」


 晩御飯を食べた後、エリックの母はそんなことを言い出した。


「え…エルの家、すぐ隣じゃないか」

「知ってるわよそんなこと!いいから早く行きなさい!!」


 勇者の娘はやはりというかなんというか、1度言ったら止まらなかった。これ以上反論してお母さんを怒らせるのもどうかとおもったエリックは、素直に従うことにした。エリック自身も、エルサともっといたかったというのもあるのだが…



 エリックはエルサを連れて外に出た。エルサは何も言わずについてきた。エルサの家に数十秒もかからずに着いてしまったことに、エリックは少なからずがっかりしていた。


 エルサはピョンっとエリックの前に出てきて、そのまま家に入っていった。途中、扉を閉める寸前にこちらを振り向き、手を振りながらこう言った。



「また明日!」

「…うん」


 エリックも小さく手を振り返すと、エルサは満足そうな笑みを浮かべて扉を閉めた。


(僕の家とエルの家がもっと遠かったら、もっと長くいられたのかな…)


 不意に浮かんできたその考えを取り払うように、エリックは強く頬を叩いた。



 エルサの笑顔は、半年前と何も変わっていなかった。




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