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第一話

その光をつかもうとすると、いつもあの日のことを思い出す。



 いつだったかは覚えていない。けれど、それが思い出したくない記憶の中で、最もはっきりとしたものだということだけは間違いなかった。







―――その日は、特別空が青い日だった。




 村の裏と大きな森とを挟む広大な草原の真ん中に、子供にしてみれば大きかった木がぽつんと立っていた。

 その木の近くに5つの点が見える。点たちは1匹の黒い影を囲むように立っており、その一つ一つが、木で作られたであろうおもちゃのような剣や盾を持っていた。


 それぞれが自分の思うままにそのおもちゃを振り回し、時には疲れたのか休憩しながら、黒い影と戦っていた。

 いや、それは戦いというよりまるでその影と遊んでいるようだった。



 やがて黒い影が倒れると、その体から小さな光の粒が出てきた。その光の粒は綺麗に四等分され、それぞれの体へと入っていく。


 その点たちは小さな歓声をあげ、思い思いに自分の気持ちを表現する。けれど、喜んでいるということは、見なくとも伝わってきた。



 僕一人を除いて




―――ここでこの記憶は終わる。








 エリックは、この世界に誕生した時から絶望的な状況に立たされていたといえるだろう。




 昼の時間がだんだんと短くなってきている日の夕暮れに、小さな光が浮かんでいた。


「くそっ!」

 エリックは必死に光に手を伸ばしていた。しかし、地面に横たわっている獣の死体から出てきた光の粒は、エリックがいくらつかんでもただそこにあるだけだった。


 やがて赤みがかっていた空が完全に暗くなると、その光も闇に溶け込むようにゆっくりと消えていった。



「くっそおおおおおお!」

 叫び声をあげたのはこれで何度目だろうか。頭ではわかっていても、認めたくない現実というのは必ず一つはあるものだ。エリックにとって、その現実がこれだというだけなのだった。



 叫び疲れたエリックは立ち上がり、殺してしまった獣をつかんで、できるだけ遠いところに投げ捨てた。何度も繰り返しているその行為に、エリックはもう何も感じなくなっていた。


 けれど、泣くことはしなかった。それは、エリックの最後の自尊心だったからだ。





 この日は冬が近いせいか、夜になると上着1枚ではつらいほどの北風が吹いた。


 しかし、

「ちょうどいい涼しさだ…」

エリックは強がりでもなんでもなくそうつぶやくと、昇り始めていた月を静かに眺めるようにたたずんでいた。


 エリックにとって、これほど心地よい静寂はなかった。








 その静寂をやぶったのは、一人の少女だった。



「やっぱり、ここにいたんですね」

「エル…」

 少女はエルサだった。この暗さに似合わない明るい瞳に比較的に整った顔立ち、いつも口もとで浮かべている優しい微笑は、一目見ただけでエリックに彼女だと気づかせた。


「リック、お母さんが探していましたよ。ほら、帰りましょう」

そういうと彼女は座っていたエリックの手を取り、強引に立たせようとした。

「わかった!わかったから!自分で立てるから!」


 いきなり手を取られ少々びっくりしたエリックは、彼女の手を強引に振りほどき、赤くなった顔を隠すように急いで立ち上がった。


(今が夜で本当によかった…!)

 女の子といえど、幼馴染に手を握られたぐらいで赤くなっていることがばれてしまったら、明日学校で馬鹿にされるのは間違いなかったからだ。


(しかし…)


 彼女は、この暗闇の中に自然と溶け込むように立っていた。彼女によく似合っている長い黒髪も、月の光を綺麗に取り込んで、彼女の美しさをより一層輝かせていた。



(・・・・・・)

 エリックは、これ以上考えるとまた顔が赤くなってしまうと思い、考えるのをやめた。


 さあ帰ろうと歩きだした時、彼女は何かに気づいたように小さく、あれ…とつぶやいた。

 彼女が向いている方に顔を見やると、視線の先には先ほど殺した小さな獣の死体が転がっていた。



「そっか…、また駄目だったんですね」


 それを聞いたエリックは彼女の呟きには答えず、うつむきながらゆっくりと村の方へ歩き始めた。



 別にエリックは答えたくなかったわけではない。むしろもっと話していたかったくらいだ。

 でも、その事実が彼にそうさせなかった。答えはもうすでにわかっていたからだ。ただ、そのことをエリック自身が口に出して認めてしまうと、そこで自分の人生が終わってしまうんじゃないか、そう思えてしまうほどに、エリックにとっては辛いことだったからだ。









 『この世界には「レベル」がある。』



 レベルは、どの生物も皆等しく存在していた。

 レベルは高いほど強く、低いほど弱いことを示していた。 

 もちろん、レベルが上がればその生物の身体能力は相対的に上昇し、上がったレベルは死ぬまで下がることはない。

 他の生物のレベルを正確に確認する方法は特別な道具を用いなければ不可能だが、その生物が自分よりもレベルが高いか低いかだけは感じ取ることができる。


 レベルが1つ上がると体の底から『音』が鳴るため、たいていの人は自分が今レベルがいくつなのかを覚えていた。



 レベルという概念は人間の社会に実に自然に浸透していた。

 世の中の事柄にはそれぞれ設定されたレベルを超えている必要があるのが大半だ。ランクの高い学校に入るのも、給料のいい職業に就くにも、様々な娯楽で遊ぶにも…果ては違法な薬物でさえも、摂取するには年齢ではなくレベルという制限が設けられていた。


 レベルが高ければ強い、それだけは馬鹿にでもわかる事実だった。



 レベルを上げる方法は、実に簡単なことだった。

 経験値を得ればいいのだ。経験値が体のなかに一定量たまると、レベルが1つ上がる。またたまると、同じようにレベルが1つ上がる…。それが死ぬまで繰り返されるだけだった。



 では、どうやって経験値を得るのかというと、これはもう口にしなくてもわかるだろう。





 モンスターを倒すのだ。


 息絶えた生物の死体から光の粒が浮かび上がり、それが一緒に戦った仲間の数だけ等分され、それぞれの体へと吸収される。

 殺した生物のレベルが高ければより多くの経験値がもらえる。






 では、なぜ先ほどエリックの状況を「絶望的」といったのか。

 それはもちろん、レベルと密接な関係がある。












―――彼の体は、これまで経験値を取り込んだことはただの一度もない。


 要するに、彼には、彼の中には、生きていく上で絶対的に必要といえる「レベル」が、存在していなかった―――









 エリックが家につくころには半分ほど欠けている月はもう頭のてっぺんまで昇っていた。


「エル、お前…」

 エルサの家はエリックの家のすぐ隣にあるのだが、エルサはまだエリックの後ろについていた。


「お母さんには家まで連れてくるようにって言われましたからね」


 その言葉に嘘偽りなかったようで、エリックの母親は家の扉の前でまるで仁王の真似をしているのではないかと思うほどの怒気を放ちながら立っていた。しかし、エルサの顔を見るとコロッと音をたてるように態度を変え、近くにある街灯にも負けないくらいの明るい笑顔をこちらに向けてきた。


「ただいま連れてかえりました」

「あら〜!そんな奴のためにわざわざ夜遅くまでごめんなさいねえ。よかったら、うちで晩御飯たべていく?」

「え?いいんですか!?」

「もちろんよ!」


 まるでもとから決められていたような会話だった。

 しかし、一人で帰ったら確実に本物の仁王が現れたのかと思うと、その会話を感謝はすれど憎むような気持にはなれなかった。


 エルサがこちらを向いて小さく手を振ってきた。



…こいつには感謝しなきゃな



 エリックは誰にも悟られぬように心の中でそう思うと、エルサのあとに続いて家の中に入っていった。

一区切りつくまで毎日更新したいと思っています。

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