第三話 ハジメ、なすがまま
「まずはこれを着ろ。」
そう言って盗賊が差し出してきたのは黒いローブだった。なるほど、それで顔と体を隠せというわけだ。断ることもなく、僕はそれを羽織る。
「そのローブはアンタの姿を隠す。文字通りな。つまりマジックアイテムだ。」
なるほど、いわゆる透明化ローブというやつか。なかなか便利なものだ。と僕は思った。
この世界での魔法のあり方として、何でもありといった気がするが、本当に何でもありなのである。
たとえば、このローブに限って言えば魔方陣というシステムか、魔法繊維というシステムのどちらかなのだが、どちらにしろ、隠遁という属性の魔法を組み込んであり、前者の魔方陣はある魔法を組み込んだ魔方陣の効果範囲内にその魔法を永続的に発生させるというもので、魔方陣を描いて魔力を送るとその効果が発生する。魔法繊維は、魔方陣よりももっと簡単で、このローブを形成する素材、つまり繊維自体に魔法をかけることで、その繊維で作ったものにその効果が現れるといったものだ。
ちなみに、ローブによって隠れていない口元なども隠れているだろうと考えられるため、恐らく魔方陣によるマジックアイテムだと思われる。
盗賊は顔が割れてはいないらしく、街中をさも普通に歩いていて、僕はその後を追従する形である。
時折、僕がついてきているかを確認しているようだが、どうやって確認しているかはよくわからない。
20分ほど歩いて、住宅街の中ほどにある一軒の家に入ったところで、やっとこさ一息つけた。
「さて、アンタとは初対面だな?俺はニッケ。アンタは?」
盗賊は、自分の着ていたローブを外套掛けにブン投げながら僕に尋ねた。
さて、とは僕の台詞で、さて、どうしようと思っていたところである。
この世界にきてから、まともに会話をしたのは件の衛兵だけであり、しかも名前を名乗る前に投獄されてしまったために、僕のハジメという名前がこの世界で通用のか?という疑問が生まれたのである。
どうせ、嘘と勘違いでこうなってしまったのだから、ここも偽名で通してしまおうと、僕は口を開いた。
「まずは、助けてくれてありがとう。僕はアッシュ。アッシュ・リバーです。」
アッシュという名前は、ハジメのHのことである。無音のアッシュともいい、フランスでは単語の最初のHを読まないので、そこからとったのだが。
「アッシュ…リバー…?」
僕は、人間は正直が一番だと思ったのを忘れていた。
「先ほどの無礼な物言いをお許しくださいアッシュ様。」
目の前のニッケという盗賊は、いきなり跪いたと思うと、そんなことを言い出したのである。
どうやら、アッシュ・リバーなる人物は彼にとって、そして恐らくは盗賊団において相当に名のある人物だったようだ。
さすがにどうしようもなくなった。何しろ名前も知らなかった盗賊団の名のある人物だと告げてしまったので、わからないものを演じることなんてできそうにない。
ここはこういう場合の常套手段を使わせてもらおう。
「ああ、すまない、僕はどうやら記憶を失ってしまっているようで、名前以外思い出せないんだ。それに、僕はそういうことを言われるほどたいした人間ではないよ。」
「な…記憶喪失!?」
「そうみたいだ。気付いたら牢屋の中でね…何がなんだか。」
よし、この感じだったら今の状況を整理できそうだ。
「…そうですか…わかりました。それでは一度本部のほうへお連れします。」
「えっ…!いや、ちょっと待ってくれ、それは…」
「ご都合が悪いでしょうか?」
おっと?ニッケの目が少し鋭く…。うん、これはどうやら本部とやらにいくしかなさそうか…?
「いや、そうではなくて…」
「では、問題ないですね?」
ニッケは有無を言わさない!といったような表情で詰め寄ってくる。
これ、どうしようもないんじゃないか?
「…わかった、そうしよう。」
「ではお連れします。」
そういってニッケは、今しがた外套掛けに投げたローブを手に取った。
「え、今からいくの?」
「当然です。幹部であるあなたが失踪して3年余り、あなたの開けた空席はいまだ埋まらないのです。それが見つかったとあればすぐにでもお連れしなければ。」
「あ、あぁ。そうなんだ…」
「さぁ、ついてきてください。」
ニッケはそういうと、家の中にある暖炉の前で「接続」と
唱えた。瞬間、暖炉の火が消えたと同時にそこに階段が現れた。なんともまぁ!と僕は感想らしい感想も言えず、そのあとをついていくしかなかった。
ホントに、どうしてこうなった。