第三十四話 ハジメ、世界大盗賊団武盗会に出場する 10
さて、思わぬところで相手盗賊団のひとりをやっつけてしまったらしい僕は、ディアスと共にドンドン奥へと進んでいった。
雷霆というイレギュラーにもほどがある魔法を放ったおかげで、もはや敵兵の姿は見えない。
おそらく根こそぎ空のかなたへとぶっ飛んでいったのだろう。
そして数分としないうちに例の元帥の私室の前までたどり着いた僕たちは、アッシュが倒れているのを発見したのであった。
「オイ!大丈夫かアッシュ!」
ディアスが思わず駆け寄る。アッシュは胸から脇にかけてを切り裂かれており、どうみたって重体だ。
「ディアスか…悪いが、俺はリタイアみたいだ。」
息も絶え絶えといった様子でアッシュはしゃべる。
「クソ!オイハジメ!なんとかできねえのか!」
「なんとかしてみる!」
僕はといえば、すでにメビウスインベントリの中を探っていた。確か、エリクサーとかいう霊薬があったはずであり、なかなか高かったのだが、外傷を含め服用したもののダメージを全部回復するとか言うチートなアイテムだったはずだ。
「これだ!アッシュ、飲めるか?」
「あ、あぁ…」
僕はエリクサーの瓶をアッシュの口元に運ぶと、中身を飲ませた。
すると、スゥゥ…とアッシュの傷口が見る見るふさがっていく。
「ああ、楽になったぞ。」
アッシュはまだ顔色が悪いが、どうやら大丈夫そうである。僕的には、数秒で致命傷を治してしまうこの霊薬の副作用大丈夫なのかと思ったし、これだけの出血にもかかわらず数分は持ちこたえていたアッシュの生命力にも驚いていた。
「不思議そうな顔をしているな?」
そんなこと考えていると、大分息が整ってきたアッシュがそう言った。
「まぁ、俺のことに関してはまた後で話そう。それより、俺も聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「この大穴を作ったのは何だ?」
「…。」
そういうアッシュの顔は半ばキレ気味である。
「お前の力には毎度驚愕させられるが、今回ばかりは少し納得がいかない。」
「な、なにをそう怒ってらっしゃるので…?」
うむ、と一呼吸おいてアッシュは話し始めた。
先ほどまで、ナイトメア・グールの総大将、ブラドリヒ・リーデルシュタインと一騎打ちをしていたということ。
白熱した勝負の末、ギリギリで負けて倒れたこと。
その自分に勝った相手が突如としてその場から消え去り空のかなたへと飛んでいったこと。
「あー…アハハハ…」
「お前の力がとんでもないことはわかっているが。強敵だったあのブラドリヒが一撃でどこかへ飛んでいくのを見てさすがにやるせない気分になった。」
そう語るアッシュは、どうやらもう一度あの吸血鬼と戦いたいと思っているようであった。
*
ハジメ達が元帥の私室の前でそんな話をしている時、元帥の私室の中では戦闘が始まっていた。
「クソッ!」
「ふむ。白昼堂々と我がアンリッヒヘイゼン共和国軍部に攻め入ると聞いていかほどの力を持っているかと思えば、この程度か。」
ニッケはボロボロの体で床に臥せっていた。
アッシュとブラドリヒが命の駆け引きを行い始め、二人の眼中になかったニッケは、単身、元帥の居る部屋へと突入していたのである。
私室でティータイムを楽しんでいた彼は、突如部屋に踏み込んできたニッケに怒りを顕わにした。
そして始まった戦闘は、終始カルナッツォのペースで進み、とうとうアッシュは膝をついてしまったのであった。
「チクショウ…まだまだよええってのか…」
「違うな、盗賊。お前が弱いのではない、私が強いのだ。」
にべもなく言い切るカルナッツォは、自信に満ちていた。
彼は愛剣であるテュルフィングを抜いてはおらず、もうひとつの愛剣であるティソーナという剣を使用していた。
ティソーナは、柄頭と鍔が黄金でできていて、刀身は炎を纏っているように白熱している美しい剣であり、カルナッツォの一族であるフリードリヒ家に伝わる家宝である。
「グッ…いけすかねえ野郎だぜ…」
ニッケはギロッと睨むと、フラリと立ち上がった。
「まだ立ち上がれるということは褒めてやろう。しかし、次で終わりだ。」
カルナッツォはそう言い捨てると、ティソーナを構えた。
「ヘッ、来いよナルシスト野郎…その鼻へし折ってやるぜ!」
ニッケは力を振り絞り、二振りの短刀を構える。
すでに膝が笑っているが、ここには自分しかいない。今まで、ニッケは自分の弱さに辟易していた。
しかし、ハジメと出会い、彼が自分の力で、死にそうな場面を切り開いたのを目撃してから、ニッケは自分を変えたいと思ったのであった。
それからというもの、ニッケは修行をし、自分よりも強い相手と何度も手合わせをした。どんな相手にも負けない、強い男になるために。
その努力が認められてか、今回のWTGのメンバーに選ばれることができたのである。
彼が今、強敵を前に立つことができているのは、もはや執念であり、強くなりたいという願いの力でもあった。
ゆえに、彼は引くことをしない。
「この状況でそんな言葉を吐けるとは。見上げた心意気だな。しかし、容赦はしない。行くぞ。」
カルナッツォはブン!と剣を振るうと、斜め下に剣を構えたまま駆け出した。
ニッケも負けじと、腕をクロスさせて地面を蹴る。
カルナッツォの持つ剣、ティソーナの間合いは、ニッケの持つ短剣よりも、当然長い。
ゆえに、カルナッツォはニッケよりも先に剣を振るう。斜め下に構えた剣は、弧を描くように切り上げられる。ティソーナの刀身は白熱している。そのため、常に陽炎が生じているのである。
その陽炎で間合いを隠し、防御しにくい下段からの切り上げを叩き込む剣技。
カルナッツォの生み出した、陽炎流剣術。ライジング・サンである。
一方、その剣技は、盗賊たちが使う剣によく似ていた。
真下に構えて切り上げるその動きは、防御しづらいという点から、盗賊たちが使う常套手段。ニッケは、その動きをよく知っていた。
否、身をもって受けていたのである。
そのため、その攻撃に対する対処法を身につけていた。
切り上げられるその剣に、乗っかるようにニッケはクロスした短剣の上に足を置いた。
突如腕にかかる体重という負荷に、カルナッツォは力を入れて切り上げる。
クロスして衝撃が分散することで、短剣を痛ませずに受け、自身の体を上空へと打ち上げたニッケは、空中で回転し、降下しながらクロスさせたままの短剣を、カルナッツォに向けて切りつける。
対切り上げのカウンター剣技、ダイビング・クロスである。
この技を受けた相手は、攻撃を受けるとき、必ず腕が上に上がっている状態にあり、がら空きの上半身にクロス切りを叩き込むことができる上、すぐに剣を振り下ろしたとしても、柄に近い部分しかあたらないのでこめられている力も弱く、間合いの狭い短剣ゆえに懐にもぐりこんだ状態であれば反撃を気にせずに攻撃を続けることができる。
そのため、受けた相手は自分がダメージを負っているのにこちらに手出しせずに後ろに引くしかない。
ほぼノーリスクで敵の体を切ることができる有用なカウンターなのである。
「グッ…」
と、後ろに引いたカルナッツォは険しい顔をしていた。
「どうだよ、俺の短剣の味は?」
相手に一太刀、もとい二太刀与えたニッケも、積み重なったダメージに息を荒くしていた。
「油断した…が、次はこうはいかんぞ…」
「ヘヘッ…面白くなってきたぜ!」
カルナッツォは忌々しい!とかぶりを振ると、懐から薬を取り出してゴクリと飲んだ。すると、ニッケが切りつけた胸部の傷がふさがっていく。
「あ、ずりぃ!」
「盗賊に言われたくはないな。さて、喜ぶがいいぞ、盗賊。貴様には過ぎた代物だが、私の真の力を見せてやろう。」
カルナッツォは不敵に笑うと、もう一本ある愛剣に手を伸ばした。
シャキィィィン…と余韻が残るような音と共に、魔剣、テュルフィングが姿を現す。
その瞬間、すさまじい悪寒がニッケの背筋を凍らせた。
「これぞ、勝利をもたらす魔剣、テュルフィングの輝きだ!どうだ、美しいだろう…?」
ニッケは、その刀身に釘付けになった。体中の細胞が危険信号をあげている。
「さぁ、行くぞ、盗賊。」
瞬間、カルナッツォは弾かれたかのように宙を舞った。
ニッケは我に返ると、短剣をクロスさせて受けようとするが、それではいけないと感覚的に危機を感じ、すんでのところで剣戟を避ける。
「よく判断したものだな、盗賊。」
カルナッツォはそう言いながらも、剣を振るう。
テュルフィングは、持ち主に勝利をもたらす魔剣である。つまり、剣を受けたが最後、その剣は負けてしまうのである。それが意味するところは、剣としての死…すなわち、刀身が砕かれるという結果である。
ニッケは感覚的にそれを察知し、その剣を避けながら、間合いを見切ろうとしていた。
「避けてばかりでは勝てんぞ?」
カルナッツォはテュルフィングを手足のように振るう。ニッケは連続で繰り出される剣戟を避け続けるが、徐々に追い詰められていった。
「クッソ!」
と悪態をつくニッケは、とうとう壁に背中を預ける形となった。
「これで仕舞いだ。」
ニヤリ、と笑うカルナッツォは、ブン!とテュルフィングを振るった。ニッケは、それを受けるしかなかった。
瞬間、パキン!という小気味のいい音と共に、ニッケの持つ短剣が真っ二つになってしまう。
まさに、絶体絶命である。




