第三十二話 ハジメ、世界大盗賊団武盗会に出場する 8
僕がディアスと合流し、アンリッヒヘイゼン共和国軍と大立ち回りを繰り広げ、さらに乱入してきたナイトメア・グールの一人「グローセル」を退けていたころ。
アッシュとニッケはすでに軍内部の中央部近く、元帥であるカルナッツォの私室を目前としていた。
そこに至るまでには妨害があったものの、アッシュとニッケは梃子摺ることもなく排除、すでに100人近くの兵士を打ち倒していたのである。
が、次の瞬間である。
「ニッケ!後ろだ!」
と、アッシュが刺すような声を発した。
「っぶな!?」
ニッケはアッシュの声に反応し間一髪姿勢を落として横薙ぎを回避。
その下がった姿勢を生かし、バネにして跳躍、宙返りで返す低めの一閃をかわしてアッシュの近くへと飛び退った。
「ほう、今のをかわすとは。そっちの男のおかげかね?」
ゆらり、と姿勢を正すと、聞き取り難いダブったような低い声で男はそう言った。
黒いローブに身を包み、ローブのフードを目深に被ったその男は、異質な雰囲気をかもし出していた。
「テメェ、なにもんだ?」
と、ニッケが訪ねた。
「おやおや…人に名を尋ねるときは自分から、と教わらなかったのかね?」
「ヘッ…あいにくこちとら礼儀なんてもんは知らなくてな。」
「野蛮な男だ。いいだろう。私はナイトメア・グール総大将、ブラドリヒと言う。」
どうぞ、お見知りおきを。と、ブラドリヒは右足を前に出し、左手を上げて恭しくお辞儀をして見せた。
「ナイトメア・グール総大将。貴様か。」
と、注意深く様子を見ていたアッシュが口を開いた。
「そういう貴様はナイトグラスホッパーのナンバー2、アッシュ・リバー殿とお見受けする。なるほど、実に厄介そうな相手だ。」
「厄介、か。貴様には言われたくないな。吸血鬼の血を引く幽鬼…ブラドリヒ・リーデルシュタイン。」
「ほほう?私も有名になったものだな。アッシュ殿に名前を覚えてもらっているとは。」
「ふん。200年もの年月を経て、よくもそんなことが言えたものだ。」
「ふぅむ。さて、話の種は尽きないが、そろそろ喉が渇いてきたところでね。はじめようじゃないか。」
「そうだな。アッシュ・リバー。推して参る。」
「さあ、パーティの始まりだ。」
「…。」
二人が今まさに戦いを始めようとしたこのとき、ニッケは「あれ?なんか俺影薄くね?」と思ったのであった。
「先手はもらうぞ!「風脚流業天」!」
と、アッシュが足に風を纏い、腰から短刀を抜いて踏み込んだ。
「甘いな!」
そしてブラドリヒの目前、そのまま突進するかのように見えた動きに、ブラドリヒは反応して剣で反撃しようとする。
が、しかし。
ブラドリヒが反応し振るった剣は空を切る。
「何!?」
アッシュの放った技、風脚流業天。それは敵の目前に一瞬で踏み込み、相手に反応をさせた上で一度後ろにステップを踏んで残像を残し、直後相手の頭上までジャンプして兜割りを叩き込む技である。
「甘いのは貴様だ!」
瞬間、ヒュウッという空気を切り裂く音とともに、鋭い白刃がブラドリヒの頭部へと迫る。
しかし、ブラドリヒはその剣戟を受け止めるかのように刃に手を掲げた。
ズッ!という音ともに、アッシュの刃はブラドリヒの手のひらに食い込むが、そのまま刀身をつかまれてブン!と後ろに振りかぶり、前方へとアッシュの体ごと放り投げる。
「む、さすがに吸血鬼というわけか。怪物め。」
アッシュは放り投げられた体を空中で回転させ、シュタッと着地を決めながら言った。
「貴様も大概変わらないと思うがね。」
クックと笑いながら、ブラドリヒは自分の手のひらを舐める。
すると、パックリと切れていたはずの手のひらの傷が再生した。
「つくづく説得力のないやつだ。」
アッシュはそう言うと、短刀を逆手に持ち替え、音速に迫る速さで駆けた。
シュッ、とブラドリヒの真横を過ぎ去る。
「浅いか。」
「ククク…今のは速かったな。」
ブラドリヒの体は切り裂かれていた。
しかし、それも束の間。すぐに再生する。
「埒が明かないな。」
「私がなぜ200年も生きてると思う?それはな、死ねないからだよ。」
お次はこちらから、と、ブラドリヒは剣を構えて走り出した。ゆらり、とゆらめくブラドリヒの剣。
「なら、初体験だな?」
アッシュはその動きを見切った。そして繰り出す。
短刀を持ち替え、斜めに繰り出される剣戟を受け流しながら神速で繰り出す必殺の一撃。
その動きは、まるで水中から飛び出すかのように斬りあがり、背面から再度着水するかのような鯨のようであった。
返しの奥義、白鯨。
かつて、アッシュが東方を旅した際に、友人から教わった技である。
ズバッ!という音ともに、ブラドリヒの体は深く切り裂かれた。
「グオオオオオオ!!!」
魔物のような叫び声を上げ、痛みに呻くブラドリヒ。
「普通の生き物ならそれで死ぬんだが…吸血鬼ともなるとどうだろうな?」
「フフハハハハハ!!!おもしろい、おもしろいぞ!!」
ブラドリヒは嗤っていた。
痛みに顔をしかめてはいるが、かつて戦ってきた相手とは違う強い敵と相対することに悦びを感じているかのごとく。
「面白い男だ、アッシュ・リバー…いいだろう、私の力を見せてくれる!!」
ブラドリヒはそう言うと、今まで纏っていたローブを脱ぎ捨てた。
ローブがふわりと宙を舞い、一瞬ブラドリヒの姿を隠したかと思うと、地面にやわらかく着地する。
そしてアッシュ達が見たのは、もはや人間とも、吸血鬼とも見えぬ姿…その姿は、吸血鬼というより、完全に魔物に近いものであった。
「噂には聞いていたぞ。ヴァンパイア・ロード…吸血鬼と魔物のハーフにして、その体をいかようなものにも変えることができるという者…貴様がそうだったか。」
「ハハハハハ!!!この姿を見せるのは本当に久方ぶりだ!!」
ブラドリヒは三重に聞こえる声でそう言った。大きく変質したその体は、人間の骨格をしているものの、黒い甲殻や角、竜種のような顔付きや膨れ上がった筋肉によって元の形が分からなくなってしまっていた。
「人間に耐えられるかは分からないが…せっかく醜い体を見せたのだ。楽しませてくれなくては困るぞ?」
フッ、と一息吐くと、ブラドリヒはさきほどまでとは比較できないほどの速さでアッシュの懐へと踏み込んだ。
「速い…ッ!」
アッシュはギリギリで反応するも、下から切り上げられた剣戟を見切れずに浅く体を切られてしまう。
「名実ともに化け物だな…」
アッシュは後手に回るのは危険だと感じ、腰にあるもう一本の刀に持ち替えた。
「ならば見せてやろう。俺の本気というやつをな。」
シャリン…という音ともに抜かれたその刀は、ゾクゾクとするような鋭い輝きを放った。
かつて、その刃先にとまった蜻蛉が真っ二つに裂けたと言われる名刀、蜻蛉切。
その本領は、その異様なまでの鋭さと、まるで木の枝を振っているかのような軽さである。
刀身が異常に薄いため、扱いは非常に難しいが、わずかな力で敵を切り裂くことができる刀。ゆえに、刀を受けることはできず、一方的に敵を切り裂くことができるほどの技量がなければその力を引き出すことはできない。
アッシュとブラドリヒ。彼らは互いに向き合うと、互いの呼吸を読み合いだしたのであった。




