プロローグ2
「へ? え? ………えぇぇ!?」
周りを見渡しても壁は無く、何処まででも続く白い空間。
自室のベッドで眠りに付いたはずなのに、気が付くとそんなところに自分はいた。
「まあ、落ち着きなよ、望月永久君」
いつからそこに居たのか、僕から少しはなれた所。
まるで王座のような豪奢な椅子に腰掛けた少年がいた。
僕が困惑したのは少年が僕と瓜二つの容姿をしていたからだ。
違うのは僕が黒髪黒眼なのに対し少年はアルビノのように色白く、白髪紅眼だったこと。
「………ここは何処ですか? いや、それよりも君は一体何なんだ」
「ふふ………そう警戒しないでいいよ。 私は君の願いを聞いた神様ってやつさ。 まあ、神は神でも邪神の類だけどね」
そういうと少年、いや邪神は悠然と足を組み、椅子の肘掛に肘を突いて嗤った。
「凄まじい負の思念を感じたんでその主に会ってみたくなったんだよね。 だからこうして我が領域に呼びよしてみたわけ。」
「ではその姿は一体……?」
「ああ、これ? 別にたいした意味は無いよ。 私には決まった姿形というものはないんでね。 君の姿を模してみただけさ。 それよりも立ち話もなんだし座ったら?」
パチンと邪神が指を鳴らすと彼の対面にテーブルと椅子が現れた。
テーブルの上には紅茶と苺のショートケーキが置かれている。
そのことに驚きつつも僕は椅子に座った。
「それにしても………クフフッ………君って奴は私が思ってた以上に面白いね」
「うげっ!?」
いつの間にか邪神の手にしていた僕の恨み辛み帳を見て僕の頬が引きつった。
そんな僕の様子に構うことなく邪神はペラペラとノートを捲っては笑い声を上げた。
「犬の糞………鼻糞って………」
………バシバシと足を叩いて目元に涙まで浮かべてやがる。
そんなに人の不幸が楽しいか………。
僕の恨めしそうな視線に気が付いたのか邪神はノートから顔を上げた。
「いやあ、悪いね。 このノートが面白かったからつい、ね」
謝ってはいるがニヤニヤと笑みを浮かべていて全く誠意を感じない。
このままじゃ話が進まないと思いこちらから話を振ることにした。
「それよりもいい加減教えてくれないか。 僕をここに呼び寄せた目的を」
邪神は興味本位だと言っていたが最初に『汝が願い、しかと聞きどけた』と言っていたはず。
「最初に言ったとおりだよ。 君の願いを叶えてあげようかと思ってね」
「マジッ!?」
「ほんとほんとマジマジ。 まあ対価にこれは貰うけどね」
そういって邪神が指を鳴らすとテーブルの上に僕の恨み辛み帳の山が現れた。
「君には解らないだろうけどこのノートにはかなりの邪気が籠められているだよ」
僕の気のせいじゃなかったのか……。
「最近の人間たちって陰険な人間が増えてるにも関わらずあんまり邪気を溜め込んだりしないんだよね。 負の感情を持っていてもすぐに娯楽で発散しちゃったり、妥協して諦めちゃうから。 おかげで昔と比べて邪気の集まりが悪いこと悪いこと。 君みたいに将来有望な人間が多かったら助かるのに」
いや、自分で言うのもなんだけど社会に僕みたいな人間ばっかだったら、活気とは無縁の陰気臭い社会になっちゃうと思うよ。
「まあ、そんな訳で私はこれが欲しい。 代わりに君には君の望み……人を呪いたいんだっけ。 その力を授けてあげる」
「マジっすか!! そんなノートでよければいくらでもどーぞどーぞ!!」
僕は邪神様の足元に跪きノートを差し出した。
ククク………その力さえあればあいつらを………クハハハハッ!!
「あ、ちなみに君がいる世界でその力を授けることはできないから」
「ええぇぇぇぇぇぇッ!?」
「君がいる世界には呪いとか魔法を扱うためのエネルギーが存在しないからね。 力を授ける場合は君には今とは違う世界、所謂異世界に転生してもらうことになる」
「え、でも転生って……僕、まだ死んだりしてませんよ」
「いや、実はもう君死んでるんだよ」
「ヘ………?」
「そもそもこの領域には魂だけの存在しか来れないしね」
嘘……。 めちゃくちゃショックなんだけど。
「ちなみに君の死因は心臓発作みたいだよ。 ストレス溜め過ぎだったんじゃない? そんな年で死んじゃうなんてよっぽどだったんだねぇ」
邪神の哀れむような視線を受けながら僕は自分の胸の手を当てた。
いきなり死んだと言われても信じられなっかたからだ。
しかし………。
「………動いてない」
「そりゃあ死んで魂だけの存在になっちゃっているからね」
………そうか。 死んだのか、僕。
その事実を実感して僕の胸の中にはある感情が満たされていく。
悲しみ、絶望、怒り………そして圧倒的なまでの憎悪。
「くふ……くふふ………」
邪神の笑い声が聞こえ、そっちの方へと視線を向けた。
「あはははははははははははははははははっ!! いいねぇいいねぇその眼。 ドロッドロで、ぐちゃぐちゃで、さいっこうに汚らわしいよっ!! やっぱり君はサイコーだよ!! 私の見込んだ通りだ!! 凄まじいまでの邪気だ」
邪神が狂ったように嗤っている。
「君にはあの世界は勿体無いよ。 その才は存分に振るうべきだ。
だから………いってらっしゃい」
邪神がそう言って手をパタパタと振った瞬間、白い世界に罅が入った。
まるでガラスのように砕け散り世界が漆黒の闇に侵食されていく。
そして僕のいる場所も砕け散り、僕は暗い闇の底へと落ちていく。
「くふふ。 君には期待してるんだから、私を存分に楽しませてね」
その言葉を最後に僕の意識は闇に飲み込まれたいった。