Encounter with an enemy
「………はあっ!?」
………なんかナイフ消えたんですけど。
眼の錯覚かと思って眼をゴシゴシ擦ってみたけど見つからず、ナイフが消えた辺りに向かい探してみても見つからない。
あれれ~………もしかしておじさんの所に帰っちゃった?
手放しても手元に帰ってくるって言ってたし……。
普通じゃ考えられない事でもこの世界なら起こりうる。
でも、ただで手に入れた物とはいえ魔導具をこんな形で無くすのはあまりにも勿体無い。
おーい、ナイフやーい、出てきておくれ~。
諦めきれず再び探そうとした………その時、手の平から淡い光を放つ魔方陣みたいな紋章が浮かび上がった。
「おわっ!?」
なんだ!? 一体何が起こった!?
驚きのあまり呆然と推移を見守っていたら魔方陣の光は徐々に強くなり始め、そして………そこから何かが出てきた。
「………………ナイフ?」
出てきたのは先程消えた筈のナイフだった。
刀身からゆっくりと魔方陣から出てきて全体が魔方陣から出ると魔方陣は消え、宙に浮かんでいたナイフはカランと音を立てて地面に落ちた。
「ふぁ……ふぁんたじーだ……」
出てきたナイフを調べてみたが間違いなく私が持っていたナイフだった。
……もしかして、これがおじさんが言ってた手元に戻ってくる現象の正体なんだろうか?
このナイフは魔導具なんだし私の中の常識じゃ考えられない能力を秘めていてもおかしくは無い。
出したり消したり出来る能力………召喚能力のような力があるのかもしれない。
試しに消えろとナイフに念じてみた結果、ナイフは見事に消えた。
もう一度出て来いと念じると魔方陣が浮かび上がり、ナイフが出てきた。
流石異世界……何でもありっていうか、めちゃくちゃ便利なんだけど。
思わぬ形で問題が片付いた。
これならフィオーラさんに見つかる事も無いだろうし、好きなときに使える。
これは思った以上にいい物を手に入れることが出来たようだ。
予想以上の収穫に私は上機嫌で鼻歌交じりで帰路の獣道を進んでいった。
ガサリ
「……………っ!?」
鍛錬所から村まで半分ぐらい獣道を進んでいた時だった………近くの草叢が不自然に揺れたのは。
浮かれた気分が一瞬で覚め、私は何があっても動けるように腰を落とし注意深く草叢に目をやった。
シン……と空気が張り詰める。
ドクンドクンと自分の鼓動がやけに五月蝿く感じた。
風が背後から吹き抜ける感覚が私は草叢の風上に立ってることを教えてくれる。
私はゆっくりと後退して草叢から距離を取った後、草叢に背を向け一気に駆け出した。
その瞬間。
「ガアアアアアアアアッ!!!」
咆哮と共に飛び出してきたのは灰色の影。
「フォレストウルフ!!」
飛び出してきたのは大型犬と同じ位の大きさで灰色の毛並みをした魔物、森林狼だった。
それも一匹ではなく、飛び出してきた森林狼の後を二頭目三頭目と森林狼が飛び出してくる。
「チッ……糞!!」
私が探索している村の南側の森は最近冒険者達によって魔物狩りが行われたばかりで魔物の数は減少している筈なのに、遭遇するなんてついてないとしか言いようが無い。
背負っていた籠を捨てて全力疾走するがドンドン森林狼が迫ってくるのが分かった。
そもそも狼と人との駆けっこなんて狼の方が早いに決まってる。
子供が走って逃げ切れるような相手じゃない。
こうなったが最後、狼に食い殺される未来しか存在しないだろう…………………………普通なら。
「ガアアアアアアアアアアッ!!!」
先頭の森林狼があっという間に私に追いつくと勢い良く飛びかかってきた。
私はそれを確認すると腰に着けていた小袋の中から手の平サイズの胡桃の種を取り出し、飛びかかってきた森林狼に向かって放り投げた。
投げられた胡桃の種は森林狼の鼻頭に当たると二つに割れて中の粉末をぶちまけた。
「ギャウン!!」
顔面を粉末塗れにした森林狼は悲痛な鳴き声を上げると悶え苦しむように地面を転がった。
私が放り投げた胡桃の種は中に粉末状の刺激物を詰め込んだ護身用道具だ。
防犯ボールみたいに当たると割れて中身をぶちまけるといった単純なものだが効果は絶大、くらえば目鼻が強烈な痛みに襲われしばらくは涙が止まらなくなる。
私が森の探索をするに当たってフィオーラさんが作ってくれた物だ。
仲間がやられたからか後続の森林狼達は一気に襲い掛かろうとはせず、私から距離を取って左右に並走するように追いかけてきた。
私はそれを見ると次の行動に移る。
前方の木に向かってそのままスピードを落とさず疾走すると木に目掛けて大きくジャンプした。
そして木の幹の凹凸に足を掛けてそこを足場に三角跳びの要領で更に跳び、高い位置の枝を掴み逆上がりをして一気に樹上に駆け上った。
私の動きについて来れていない森林狼からしてみれば私はいきなり消えたように見えたことだろう。
樹上から森林狼達が足を止めているのが見えた。
私が行ったのはパルクール……フリーランニングとも呼ばれる走行術である。
走るだけじゃなく登り・跳ぶといった運動を取り入れ、様々な障害物を乗り越えながら走り続ける走行術で前世でも派手なアクロバティックで市街地の建造物を乗り越えて走る動画などで有名だ。
魔人族は高い身体能力・魔力を持つ種族である。
魔力が体に馴染みやすく成長するにつれ増加していく魔力に合わせるように身体能力も向上していく。
そのため元々逃げ足は速かったがもっと早くなれないかなと採取の合間に練習してたらできるようになった。
樹上に登った私は枝から枝へと飛び移って森林狼の元へと移動する。
いつもの私ならこのまま森林狼が去るのを待つ所だが今日の私は違う。
窮鼠、猫を噛む。
今までは牙が無かったが今は違う。
私は牙を手に入れた。
私は手元にナイフを召喚すると森林狼に向かって構えた。
まだ森林狼達は木の上の私の存在に気がついていない。
奇襲を仕掛けるなら絶好のチャンス。
それなのに何故か手の震えが止まらない。
よく考えればこうして闘おうとするのは初めてだ。
今までは遭遇したらただ逃げるだけだった。
それしか手が無かったし、そうするのが当たり前だった。
だから、闘おうとして……気が付いた。
もし、攻撃が効かなかったらどうしよう。
もし、反撃されたらどうしよう。
もし、仲間を呼ばれたらどうしよう。
様々な想いが……恐怖が溢れ出して止まらないことに。
そして少し、前世の記憶がを顔を覗かせる。
私は虐めを受けた後、ばれない様に色々な仕返しをした。
物を隠したり汚物をつけたり等、相手にばれない様にショボイ仕返しばかりしてた。
絶対に許さないと心を怨嗟に染め、反撃するために格闘術の練習をしたりナイフ捌きの練習をしたりもした。
しかし、結局それが奴らに振るわれる事はなかった。
なんてことは無い……ただ報復を恐れただけだった。
そして今も……武器を持ちながら、それでも恐れて動けないでいる。
これじゃあ駄目だ。
ダメダメだ。
邪神に力を授けられて、武器まで手に入れたのに私自身が変われないでいてどうする。
また、あんな惨めな思いをしたいのか。
虐められた時のことを想いながら唇を強く噛んだ。
唇が切れ、口内に血の味が満ちる。
これは屈辱の味だ。
昔から味わい続けた嘆きの味だ。
この味を二度と味あわせられないように。
………覚悟を決めろ、アリア。
私は眼を閉じ大きく深呼吸をしてからゆっくりと目を開いた。
手の震えは止まっていた。
これならいける。
私は未だに下をうろついている森林狼を見下す。
犬の分際で人を散々追いかけ回しやがって……。
魔力に融けた私の想いをたっぷりとナイフに纏わせると私はナイフを大きく振り上げ、森林狼に向けて放った。