Feelings are inherited
いいサブタイトルが思いつかなかった……
「ああああああああああああああああああっ!!!!」
私がどす黒いオーラに飲み込まれたのは一瞬の出来事だった。
しかしその一瞬、刹那の時に私は悪夢を見た。
明晰夢のように現実感の薄い世界の中、このナイフを手にした持ち主に起きた不幸の数々を私は疑似体験させられた。
持ち主達が感じたであろう、苦しみ、悲しみ、怒り、絶望、憎悪、恐怖、後悔、無念、諦念、殺意、嫉妬、嫌悪、失意………ありとあらゆる負の感情……怨嗟の想いが私の中に流れ込み、同化する。
無力な自分に対する想い、幸せを奪った存在に対する想い………狂おしいまでの想いが心の奥底から際限なく湧き上がる。
嵐のように荒れ狂う怨嗟の中、私は聞いた。
『皆、不幸になればいい』
数多の嘆きが生んだ、そんな哀しい想いの声を。
気が付いた時、私はナイフを握ったまま地に伏せて倒れていた。
何時の間にか意識を失っていたようだ。
危険が蔓延る森の中で意識を失っていたという事態に私は慌てて体に異常がないか確めた。
幸いにも怪我などは無く、太陽の位置から時間がそれ程経っていない事が分かり安堵の息をついた。
しばらくして状況整理を終えた後、私は手元に視線をやった。
そこには未だにナイフが握りこまれている………先程までとは違いへんなオーラを発していない、見事な意匠の一振りのナイフが。
あのどす黒いオーラは一体どうなったのか。
いや、本当は分かってる。
ただ信じられないだけ。
あれは………ナイフに宿っていたあの禍々しい想いは私の中に取り込まれたのだということを。
胸に手をやるとそこにあの狂おしいまでの想いが自分の中に宿っているのが感じられた。
そして私は理解した。
自分の持つ邪神に授けられた力と呪いという物の本質を。
呪いとは強力な思念が魔力を帯びて現実への干渉力を得た物で呪術とはそれを操る魔術なのだ。
その呪いの根幹を成す強力な思念を取り込む能力、それが邪神から授けられた私だけの力。
「くふふ………いいねぇ、正に私にぴったりの力じゃないか」
私は自らの内に宿るドロドロした想いに新たな可能性を感じ、思わず笑い声を洩らすのだった。
「ところでこのナイフはどうしようかな?」
森から帰る道中、私は解決しておかないといけない問題を思い出した。
本来、魔導具というのは非常に高価な代物である。
このナイフは呪具だということでただで手に入ったが普通に考えれば私のような小娘が持ってていい物ではない。
今まで呪いの事しか頭に無かったので気が付かなかったが、これはフィオーラさんに見つかると厄介な事になること請け合いだ。
今までのようにたんすの中に隠していれば問題は無いのだろうが、呪いを掌握し問題なく扱えるようになった今、私はこのナイフをたんすの肥やしにするだけで我慢ができるのだろうか。
頭を過ぎるは前世で見たアクション映画の記憶。
イケメン俳優の主人公がナイフを使って格好良く戦っていた。
永久だった時、その姿に憧れてよく映画を見ながら通販で買ったナイフ(レプリカ)を手に練習したものだ。
今、手にあるのはあの時とは違い本物のナイフ。
使えば手入れもしなくちゃいけない。
たんすに仕舞いっぱなしという訳にはいかなくなる。
理性は『諦めろ』と言ってるが心の奥底で『本能』が叫んでる。
『大丈夫だって。 どうせばれやしねえよ。 諦めるなんざそれでも貴様漢かあ!!』と。
……………。
「………まあ、ナイフはそこまで大きく物じゃないし、別に大丈夫……だよね?」
べ、別に欲望に屈した訳じゃないし!
あ、あくまで危険が付きまとう森に入る以上、護身道具が必要だと思ってだけだし。
自分に言い聞かせると私は前世でレプリカナイフで練習した記憶を思い出してナイフを手の平の上でクルクルを弄びながら歩く。
指を支点にナイフを回し順手から逆手、逆手から順手へ握りを何度も持ち替えつつナイフを振り回す。
ああ、やばい………楽しいわ、これ。
興が乗ってきた。
ナイフを振る動作が徐々に大きなものになっているが気にせずに振るう。
何かが私に降りてきた。
気分は敵をバッタバッタなぎ倒すヒーロー。
今の私は敏腕スパイ、エージェント・アリア。
敵はみんなキルゼムオールだぜヒャッハー!!
かっこよく上段蹴りを放ち、回転の勢いを殺さずそのまま後ろ回し蹴り、そして下からナイフを切り上げるように振るう。
その際ナイフは握らずに親指と人差し指・中指で挟み込んで振るった。
何故ならその方がカッコいいから。
そしてナイフはイメージ通りかっこよく振るわれ………手からすっぽ抜けて飛んでいった。
幼女サイズの小さな手でそんな事をすれば当然の結果である。
「あっ!? ちょっ!!」
ナイフが飛んでいった先は木陰の苔が生えてて汚い土の上。
落ちれば確実に汚れてしまうだろう。
ナイフの存在がばれないよう手入れなどの手間を減らさなきゃ駄目なのに……。
調子に乗ってこんなことしなきゃ良かった……。
しかし今となっては後の祭り。
「ああああああああああ!!」
お願い、落ちないで!! カムバーーック!!
私は無駄だと分かっていても落ちていくナイフに手を伸ばした。
ナイフは弧を描きながら地面へと向かっていき………
シュン。
「………ヘッ?」
地面に触れる正にその瞬間、ナイフは虚空に融けるようにして消失した。