偶然は募り、やがて必然となる
『誕生日おめでとう、■■■』
『お父様、ありがとうございます』
男が男の子の頭を撫でている。
男の子は笑い、離れたところから見ていた女も笑った。
『■■■、来月から学校で剣術の授業が始まると聞く』
『はいお父様。 騎士の血を引く者として、剣を振るえるこの授業が楽しみで仕方ありません』
『ほう、それは頼もしい限りだな。 だが剣術の授業となれば怪我をする機会も多くなることだろう。 そこでだ、お前にこれを渡そう』
男が男の子に何かを手渡した。
『これは……ナイフですか? とても綺麗です』
『確かにこれはナイフだが、ただのナイフではない。 柄のところに魔石が付いているだろう』
『はい。 これは一体?』
『これは魔石より魔の力を宿した道具、魔導具だ。』
『魔導具……ですか?』
『うむ。 魔導具は填め込まれた魔石の属性によって宿す力が異なる。 火属性なら炎を、風属性なら嵐を起こす……といった具合にな』
『すごいです!! そんな素晴らしいナイフを私に頂けるのですか!!』
男の子は飛び跳ねて喜んだ。
『これこれ……落ち着かぬか。 一応言っておくがそのナイフに填め込まれた魔石は無属性の魔石なのでたいした力は宿っては居らぬぞ』
『えぇ~そんなぁ』
『ふふ、そう落ち込むな。 このナイフのように無属性の魔石が填め込まれた魔導具は戦うための道具として用いられるのではなく、お守りとして用いられるのだ』
『お守りとして……ですか?』
『そうだ。 無属性の魔石が填め込まれた魔導具は他の属性の魔石とは違い分かりやすい力が宿ることはない。 しかし、色がないということはどんな色にも染まるということ。 無属性の魔石が填め込まれた魔導具はずっと身に着けていることで持ち主の色に染まると言われている』
『持ち主の色とは一体どういうことですか?』
『こういう話がある。 ある冒険者が旅の途中で賊に襲われた。 冒険者は何とか賊を撃退することに成功するが大怪我を追ってしまったそうだ。 治癒薬で治そうにも生憎その時薬を切らしてしまっていた。 どうすればいいか悩んでいる間にも血は流れ、状況は悪化していく。 冒険者はどうする事も出来ず、奇跡が起きることをただただ祈るしかなかった。 諦めかけたその時、冒険者の体が光に包まれた。 そして信じられないことに怪我が治癒していくではないか。 冒険者は驚いて一体何が起きているのかとその光景を見ていて、気づいた。 自らの体を癒す光があるものから出ていることに』
『それが 無属性の魔石が填め込まれた魔導具ということですか?』
『うむ。 持ち主が災いに襲われ危機に瀕した時、無属性の魔石が填め込まれた魔導具は持ち主が必要とする力を宿す………つまり持ち主のための色に染まる。 そういう伝承から無属性の魔石が填め込まれた魔導具はお守りとして身に着けていると厄除けになるといわれている』
『へえ~凄いですね!! じゃあこのナイフもずっと身に着けていたら僕の望む力を宿すのですね!!』
ナイフを掲げてはしゃぐ男の子を見て男は苦笑する。
『残念ながらこの話は大昔の伝承で実際にそんな事が合ったって話は聞いたことはないのだがな』
『え~……そうなんですか。 残念です……』
『そう落ち込むな。 これでもこのナイフは我が家の家宝なんだぞ。 私達の先祖もこのナイフを身に着けていたから戦争からも無事に帰ってこれたと聞く。 お前に何か災いに巻き込まれたとき、このナイフがきっとお前を守ってくれるだろう。 だから大切にするのだぞ』
『はいお父様!!』
男と男の子と女、皆笑顔に溢れていた。
………
……
…
年老いた男と青年がいた。
女が見守っていた二人の姿にはかつてのような笑顔は無かった。
『あああああああああああああ!! ■■■!! 何故お前がこんな事にいいいいいいいいいい!!』
男はかつて男の子だった青年の亡骸に縋り付き、嘆きの声を上げていた。
『馬車が賊に襲われたようです。 彼は勇敢にも立ち向かい、他の同乗者を守るためその尊い命を散らしました』
突然の悲劇に打ちひしがれる男に騎士は近づくと、ある物を手渡した。
『これは彼の遺品です。 どうかお受け取り下さい』
騎士が持っていた物、それはかつて男が青年に授けたお守り代わりのナイフだった。
お守りは青年を守ることはできなかった。
『う、あ、ああああああああああああああああああああ!!!!』
男は青年の血で染まったナイフを胸に抱き、慟哭を声を上げた。
………
……
…
少女と少年がいた。
『ねえ、どうしても行ってしまうの?』
『ああ。 お上からの命令なんだ。 兵士として行かない訳には行かないよ』
『でも……』
悲しそうに顔を歪める少女を少年は抱きしめた。
『俺は必ず生きて帰ってくる。 絶対に、だ』
少年は顔を紅くしている少女の顔を見つめた。
『■■、俺が帰ってきたら……俺と結婚してくれ』
少年の言葉に少女は涙を流して頷いた。
『指輪は帰ってきた時に渡したい。 だから今は代わりにこれを受け取ってくれないか』
少年は柄に透明な魔石が填め込まれたナイフを少女に手渡した。
『これは骨董品店で見つけた物なんだけど、厄除けのお守りらしいんだ。 俺がいない間、お前に災いが訪れないようにって買っておいたんだ。 俺は絶対生きてここに帰ってくる。 だから戦争が終わった時、俺もお前も無事に再会しよう』
『ええ。 私、ずっと待ってるから』
………
……
…
『■■■が死んだ!?』
戦争は終焉を向かえた。
少年はあの時の約束どおり、生きて帰ってきた。
しかし、少年の傍らには少女の姿は無かった。
『一体どういうことですか!!』
少年は彼女の両親に尋ねた。
『お前が戦争に行ってる間、あの娘はずっとお前を待っていた。 しかし周りはあの娘を放っておこうとはしなかった。 美しい娘を無理やり自分のものにしようとして奴がいたんだ。 娘は無理やり手篭めにされそうになり、穢される前に自ら命を立ってしまった』
呆然としている少年に彼女の父はある物を渡した。
『娘がずっと肌身離さず身に着けていた物だ』
彼女の父に渡されたのは一振りのナイフだった。
持ち主を守る筈のナイフは持ち主の血に染まっていた。
少年の嘆きの声はいつまでも止まることはなかった。
………
……
…
ある親子がいた。
ある時不幸に見舞われて死んだ。
ある恋人達がいた。
ある時不幸に見舞われて死んだ。
ある主従がいた。
ある時不幸に見舞われて死んだ。
ある騎士がいた。
ある時不幸に見舞われて死んだ。
ある貴族がいた。
ある時不幸に見舞われて死んだ。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死ん死ん死んだ死んだ死んだ死んだだ死んだ死んだ死んだだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死ん死ん死んだ死んだ死んだ死んだだ死んだ死んだ死んだだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
ナイフは人から人へと廻り、その度に主の血に染まった。
数多の血を浴び、人々の嘆き、怨嗟、苦悩………ありとあらゆる死に塗れ、ナイフは穢れていく。
しかしそれは、すべて偶然に起きた出来事だった。
だが人々にはそんなことは分からない。
次第にナイフは人を守るためのお守りとしてではなく、人を貶めるための呪具として、悪しき祈りを受けるものへと変わっていった。
まるで暗き湖底に溜まる澱のように、ナイフに持ち主達の悪しき想いが募る。
やがて長きに渡り想いに曝されたナイフ《アーティファクト》は主のため、募る想いを叶えるため、己を変色させていった。
それはただの偶然だった。
その無属性の魔石が填め込まれた魔導具は偶然、悲劇と共にあった。
それはただの必然だった。
その無属性の魔石が填め込まれた魔導具には主が望みし力を宿す、知られざる性質があった。
長きに渡り悪しき想いに曝された魔導具がその思いを叶えるための力を宿したのは必然だった。
悪しき原因から悪しき結果が生まれた、ただそれだけの話。