第七話「修羅場の火蓋はここに切られる」
僕はこんな結果を望んだわけではない。
僕が望んだのは「平等」。誰もが平等に笑いあえる世界。そんな世界になればいいと思っていた。
だから、僕はあの時も必死に戦ったし、さっきまで本気で彼が欲しいとも考えていた。けれど、僕の行いはきっと失敗だったのだろう。
おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーー。
その証拠がこれだ。
南雲君が言っていた『四部族全面戦争』。まさか本当に起こっていまうとは。
確か彼女が最初にこの単語を口にしたのは、魔王討伐直後だったな。
……まあ、その魔王は討伐できていなかったわけだけども。
そんなことよりも今、僕はどうするべきなんだ?
天条に味方すべきなのか? いや、それはダメだ。魔王はこう言っていた。
『アタシに協力しなければこの大陸すべての民が死ぬことになる』と。
これはいわゆる人質だろう。『アタシに協力しなければ民を殺す』あの魔王の力を持ってすれば不可能ではないのかもしれない。
それに修真君と美咲君を助けてくれた。魔王のヒーリングは修真君たちを心身ともにすさまじい勢いで回復させてみせたのだ。僕の『癒しの舞』なんかあれの足元にも及ばない。
では、魔王に味方すべきなのか?
……それもダメだ。
部族を裏切るようなマネはできない。魔王に味方すればたちまち反逆者扱いだ。そんなことは天条一族本家長女として許されない。
――護るべきは民か、誇りか……。
× × ×
「これは命令よ。なんとしても護るの! 連れていかれたらおしまいよ!!!」
エミリオンの怒号が空気を切り裂くようにして、俺に届く。
「お、俺を護る?」
「そう! 彼らの狙いは修ちゃんよ! 彼らは死にもの狂いで修ちゃんを連れ去ろうとするはず」
エミリオンに先程までの表情はない。
「な、なんでお前がそんなことを――」
彼女は四部族全面戦争を知っている?
それになぜ俺を護ろうとする?
こいつにそんな義理はないはずだ。
「おい、エミリ――」
俺はエミリオンに真意を問おうとする、が彼女にその声が届くことはなかった。
「絶対に護るのよ!!! わかった!?」
「「「了解!」」」
美咲、南雲、みくるちゃんの三人がエミリオンの指示に返事する。
いや、今の彼女はエミリオンではない。
彼女はその高い統率力で部下をまとめあげる一人の『魔王』だった。
それにしても、あの三人はよく魔王の指示に従う気になったな。
……そうか。
俺を天条一族から護る。
すなわち自分の部族以外のところに俺が連れて行かれることを防ぐ。
つまりは魔王と今の彼女たちの目的は一緒なのか。
だが、この理論には一人の例外がいる。
「……」
今も複雑な顔をしている天条イルマだ。
彼女は東側からやってくる天条一族の一人なのだ。
イルマはどうするつもりなんだ……?
「皆さん来ました! 前衛部隊です!」
イルマに問う暇なく南雲がそう声を上げた。
「え?」
いくらなんでも速すぎやしないか?
だってさっきまでゴマのぐらい大きさにしか見えなかったのに。
だが、その刹那。俺を襲う者は現れた。
「……っ!」
は、速い。なんて動きだ。躱すので精一杯だった。
それに掠っただけで頬から血が流れるほどの威力の蹴り。なんて威力だ。
「気を抜かないでくださいっ! 恐らく『進化の舞』で身体の能力を人外の域まで引き上げているはずですから」
俺を襲った奴は今は南雲の操術によって、沈みかけている太陽のへと走り去ってしまった。
「ああ悪い。南雲。次からは気をつけるよ」
今のでわかったことが一つだけある。
相手は――本気だ。
前線の方で雷鳴が鳴り響いた。
みくるちゃんの天地を自在にコントロールする力。天地想像の力だ。
雷と風を使って、敵をけん制し続けている。
みくるちゃんと一緒に前線で戦う美咲は、みくるちゃんが天地想像の力で作ったと思われる岩の剣を使った相手を気絶させていた。峰打ちである。
魔王は前の二人からは少し離れて、二人の取りこぼした敵を宙吊りにしていた。宙吊りにされた人々は身動きが取れないようで、顔だけを歪ませている。
そして、俺の隣で南雲は目をぎゅっと瞑ってぶつぶつと何かを言っている。
「みくるさん、上ですっ!」
「ん、りょーかい」
操術を用いて三人の目を盗んだ猛者の攻撃を的確に指示することで万が一を防ぐ。これが彼女の戦闘スタイルだ。
「あ~れぇぇぇ~」
猛者は突如発生した突風により見え始めたお月様の方へと吹き飛ばされていった。こんな頼もしい布陣のおかげか、今、俺の周りには敵はいない。
俺はふとイルマに目をやる。
彼女はどうしているのだろうか?
「……」
イルマは俺のよりも後ろ。
つまり後衛の方でうつむき、突っ立ていた。
どちらの味方をするでもない。ただ下を向いている。
それはこの修羅場から目を逸らすようにしてうつむいていたように俺には思えた。
いや、もしかしたら考えているのかもしれない。
どちらの味方をすべきか。
その議題が頭の中で堂々巡りをしているだけなのかもしれない。
俺はそんな今のイルマの気持ちを聞くべく静かに歩き出した。
逆効果かもしれない。彼女の考えを混乱させるだけかもしれない。
けれども、俺は彼女の方へと歩き出した。
「っ!!!」
だが、俺が向かった先。イルマの背後に一つの人影。敵だった。
そうか。ここは魔王城跡地。
魔王城を迂回して後ろから回りこんだのか。
前ばかりに気をとられていて気がつくことができなかった。
それはみくるちゃん、美咲、魔王、南雲も同様であろう。
「い、イルマぁっ!」
他の四人は今のなお、敵と対峙しつづけている。頼ることはできない。
ならば、彼女自身が気が付かなければならない。
「……」
「イルマぁぁぁっ!!!」
しかし、二度の呼びかけにも彼女の反応はない。
まさかとは思うけれども。
あいつらも同郷のイルマには手を出すことはないとは思うけれども。
俺は万が一に備えて走りだす。
そして、万が一は起こってしまった。
イルマに近づくにしては慎重すぎるのだ。ただ「仲間」のイルマに話しをするだけならば、俺を含めた他の五人に気づかれないようにゆっくりと近づくだけでいいはずだ。
なのにあの剣はなんだ? 彼女に突きたてようとしているあの剣はなんだ? なによりあの笑みはなんだ?
――彼らはイルマの「敵」だ。間違いようがない。
敵が剣を大きく振りかぶる。
そして、その振りかぶった剣は真っ直ぐにイルマの頭上へと振り下ろされた。
くそっ。あんなに速いなんて。これも進化の舞なのか。
イルマとの距離がありすぎる。
このままでは敵の攻撃を防ぐことは……。
なんでだ。なんでこうなるんだ。くそっ。
「い、イルマぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして、彼女に剣が直撃した。
俺がイルマの元にたどりついた時には遅かったのだ。
辺りに響くにぶい音。
それはまるで何か硬いものに金属を打ちつけたような音。
強いて、いうならば石に打ちつけたような金属音。
そして、イルマはパラパラと砕け散りはじめた。
そう。――砕け散りはじめたのである。
「進化の舞――創造の章。肉体を石化させる舞か。さすがお嬢様だ」
敵は感心するように呟いた。
そして、そんな砕け散るイルマの中から現れたイルマ。
彼女はさながら、さなぎから成虫へと進化する蝶の如く現れたのだ。
「……やはりそうか」
現れた本当のイルマも、また呟いた。
「考えていておかしいと思ったんだ」
彼女は言葉を静かに紡ぐ。
「なぜ、僕にこの四部族全面戦争のことを知らせなかった」
「……」
敵は沈黙する。
「そうか」
イルマは悟ったように小さく頷いた。
そして、イルマはこう言った。
「僕が護るべきもの。それは民でも、誇りでもない。――仲間だ」
「今のお前たちは敵だ。それが民であっても容赦はしない。仲間を護るためならば!」
パチパチ。
イルマがそう言い切ると同時に。どこから手をたたく音が聞こえてきた。
「いやー、イルマ。素晴らしいよ」
手をたたく者は、ゆっくりと優雅にこちらに歩み寄ってくる。
その者はこの修羅場においては不適切であろうキラキラとした服装。
こんな修羅場にとは程遠いイメージを感じさせるこの男の名を俺は知っている。
「に、兄さんっ!」
イルマの兄にして、大陸の東を治める天条一族の若き族長。
『天条スバル』
そいつがなぜか、ここにいた。