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第六話「修羅場の先にあると信じた平和」

 「こ、これは……」


 俺が目を覚ますと同時に絶望を覚えた。


 「あ、英雄さん起きた?」


 なぜならば、そこにいたのは紛れもない「魔王」。

 そして、辺りを見回しても美咲たちの姿が――ない。


 「お前っ! 美咲たちをどうしたっ!!!」

 「ん? ああ彼女たちね……」

 「そうだ。あいつらをどこにやった!」

 「そうね。彼女たちは……」


 エミリオンは怪しい笑みとともに長い溜めをつくる。

 ――くそっ。

 俺が以前見たものは幻覚などではなかった。

 俺が訪れると予感した嵐。それは予感などではなかった。

 なにより、俺は護りたいものを護ることができなかった。


 エミリオンが大きな後悔の念を抱く俺を見ると、彼女はにやりと唇を釣り上げた後、言った。

 


 ――ああ、彼女たちならお風呂じゃない?



 ん? 

 今こいつなんて……???

 お風呂とか言わなかったか……?????

 

 「それではお一人様ご案内しま~す」

 「はっ!? ちょっ――」


 俺がエミリオンに言葉の真意を確かめようとする前に俺の身体は宙に舞う。

 そして、景色が消えた。


 着水。

 俺は着水した。


 「って、あっつ!!!」


 着水した先はお湯。水ではない。

 俺はお湯から跳ねるようにして飛び出す。


 「心臓止まるかと思った……」


 俺はお湯を滴らせながら、地を歩いた。

 魔王め。あいつ俺を殺す気だったな。


 「な、な、な、な、な」

 「……!!!」

 「き、君がなんで……」

 「し、しゅ、修真さん………」


 俺のレーダーが四つの反応を感知した。反応の先を俺は確認する。


 まず見えたのは、あったのは大小様々な八つ膨らみ。

 それは人の神秘を感じさせた。


 そして、八つの握りこぶし。

 それは俺の残りの寿命を教えてくれた。


 ……おかしいなー。


 こういう時はだいたい七つなのに。


 「死ね!!!!!」


 美咲の握りこぶしが俺の顎下にクリーンヒット。

 うん。お前はそれでいいんだ。美咲。

 もうあんな顔を見るのはこりごりだからな。

 そこにはいつもの彼女がいた。強く気高い彼女がいた。

 もう先程の彼女は――もういない。


 ……しかし、魔王のやつめ。まじで俺を殺す気だったな。


 どうか仲間たちよ。

 俺が死んだ暁には、その八つの膨らみで俺を後からよみがえらせてくれよ。

 俺は一つの願いを仲間たちに託すと安らかに眠った。


       × × ×


 「なんでこんな展開になってんだよっ!!!!!」


 まったく持って意味がわからない。

 なんで魔王が普通にここにいて、あいつらが風呂なんかに入ってんだよ。

 超展開すぎだろ。俺が気絶している間に何があったんだよ。


 「し、修真さん、それはですね……えーと、ですね」


 南雲が操術の応用で俺の心を読んで疑問に答えてくれようとする。

 しかし口をまごつかせており、なかなか真実を口にしようとはしない。


 「いいわ。あたしが話す」

 そんな南雲を美咲は片手で制し下がらせた。


 「み、美咲さん……すみません」

 南雲は美咲の後ろに黙って下がる。


 「し、修真」

 美咲は意を決したようにして口を開く。


 「そのね……あたしたちはね……」

 次の瞬間。美咲から聞いたものは信じられないものだった。

 


 ――あたしたち、魔王の配下になったから。



 「は? な、何言ってんだよ……」

 信じられない。配下になった? 悪ふざけもここまで来ると笑えないぞ。


 「というわけだから。英雄さん」

 エミリオンが美咲の横からにゅいっと顔を出す。その顔はしたり顔だ。


 「よろしくね。しゅうちゃん」

 「『よろしくね。修ちゃん』じゃねーよ! なんで俺たちがお前の配下なんだよ!!!」

 「え? だって彼女たちがあたしの配下になりたい、っていうから」

 「こいつらがそんなこと言うわけないだろ!!!」

 「なんで?」


 こいつはなぜ、こんなにも純粋な顔をしているんだ? 

 まさか本当にわからないのか?

 いや、そんなはずはない。こいつはまた俺を惑わそうとしているんだ。


 「あの時」と同じだ。


 「お前は魔族。俺たちが人間。わかるだろ?」

 「あー、そういうこと」

 「俺たちとお前は敵同士。なんでそれなのに俺たちがお前の配下なんだよ」


 俺はしっかりと言ってやった。これでは反論もできまい。


 「あーあ、あたしも一緒にお風呂に入ればよかった」

 「なんでそうなるんだよっ!」

 「え? だって裸の付き合いってやつでしょ?」

 「あーそうですか。そもそもなんで美咲たちが風呂になんか入ってたんだよ」

 「だって彼女たち、血だらけだったからさ。お風呂にでも入ってさっぱりした方がいいと思って」

 「……な、なるほどな」


 くそっ。魔王の言葉なんかに納得してしまった。

 ……でも、こいつ意外と悪いやつじゃないような?

 いやいや、惑わされるな。


 「一つ聞いてもいいでしょうか?」

 ここで南雲がおずおずと手を上げた。


 「あのー失礼なことを聞くようですけど……なんで生きてるんですか?」


 そうだ。こいつは俺が倒したはず。

 なんで、こいつがこんなところに――


 「ん? だってアタシ、ヒーリングの専門だよ。あなたたちだってさっき見たでしょ?」


 こいつは何を言ってるんだ?

 『あなたたちだってさっき見たでしょ?』って何のことだ?


 「あの後に自分で自分をヒーリングした、ということですか?」

 「まあそうだね」


 なんてやつだ。

 こいつの息はあの時、確かになかったんだろう?

 幹部のやつらもうろたえていたというくらいだし。

 それにこいつが、ヒーリング専門? それにしては強すぎるだろ?

 さっきも俺を瞬間転送していたし。ありえない魔力だ。


 「じゃあ僕からもいいかい?」

 イルマはエミリオンに鋭い眼光を向けながら尋ねる。


 「なんで僕たちを配下に欲したんだい?」

 エミリオンはむっと少しの反応を見せるも、その後は淡々と答えていた。


 「それはね……あなたたちの力が必要になるからよ」

 「俺たちの力? 一体俺たちをどうするつもりだよ――」


 俺はエミリオンに持った疑問を投げかける。

 だがその疑問に魔王が答えることはなかった。

 なぜなら、俺とほぼ同時にイルマがエミリオンに返答したからだ。


 「そうかい。じゃあここに僕たちを集めたのは君かい?」

 「……それは違う。あなたたちがここにいた。それだけだよ」

 「そうかい。わかったよ」


 イルマはこくりとうなずいて後ろに下がる。

 そして入れ替わるようにしてみくるちゃんが前に出てきた。


 「いままで、どこ、いた?」

 「それには答えられないよ。みくちゃん」

 「そう」


 その短いやりとりだけでみくるちゃんは後ろに下がった。

 相変わらずみくるちゃんの無愛想は健在であった。


 「じゃあ最後にあたしから……」

 美咲はいかにも図々しい態度でエミリオンに対峙した。


 「何かな?」

 「あんたの目的を教えてよ。あたしたちの力をどうするつもり?」


 美咲のした質問は俺が先程言おうとした質問と同じ。

 それを美咲はエミリオンに投げかけた。


 「……それは言えません」

 「手下、辞めるわよ」

 「ず、ずるい。約束と違うじゃない!」

 「言いなさい」

 「うぅ~」


 今は仮にも主従の関係。手下が主を涙目にさせるとか。

 いろいろとまずいだろ。


 「早くしなさいよ」

 「うっううぅ~」


 それに仮にもこいつは魔王だよな? 

 こ、こんななのだったか?

 もっと威圧的で厳格な感じだったような……。

 こいつは本当に魔王エミリオンなのか?


 「それはね――」




 おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーー。

 



 エミリオンが仕方なく目的を話そうとした、その瞬間。

 東の方から地響きのような揺れが伝わってきた。

 いや、大地が揺れているわけではない。空気が激しく振動しているのだ。


 「な、なんだ!?」

 俺は驚きの声を上げた。こんなものは聞いたことがない。


 「!!!」

 エミリオン、美咲、南雲、イルマ、みくるちゃん。そして俺。

 ここにいる全員が一斉に音のする方を見やる。


 「みんな修ちゃんを護るのよ。絶対に渡してはならない!!!」

 エミリオンの叫びが響いた。


 「これは命令よ。なんとしても護るの! 連れていかれたらおしまいよ!!!」


 地響きのような揺れの正体。

 それは大陸の東側を治める「天条一族」だった。


 俺は今まで「平和」のために戦ってきた。

 平和を守るために。あの修羅場の先にあると信じた平和。

 自分たちが頑張ることで美咲をはじめとする大陸の民があの笑顔を取り戻すと信じていた。だが襲来した天条一族には、もちろん笑うものはいない。


 やはり――俺は護りたかったものを何一つ護ることができなかったのだ。

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