第五話「どんどん広がっていく赤。これはなんだろうか?」
「四部族全面戦争の理由は俺!?」
南雲が告げた四部族全面戦争の本当の理由。
彼女はそれを至って冷静に、真顔で言った。
「ど、どういうことよっ! それは!!!」
「ちょっ、離してくださいっ! 美咲さん!」
美咲は南雲の首元を掴みかかり、ゆさゆさと揺らす。
彼女は感情が表に出やすいタイプなのだ。
「み、美咲君。君は岸野からなんて言われてここに来たんだい?」
イルマはそんな美咲に対して静かに問うた。
恐らく南雲に助け舟をだしたのだろう。
「え? ただ修真がここにいるから連れて来いって」
「た、助かりました……」
南雲は首の辺りを押さえ、はぁはぁと必死に酸素を取り込んでいる。
イルマの助け舟に南雲は救われたようだった。
……それにしても意外と美咲と南雲って仲がいいように思えるな。
「こんな人と仲良いはずがないでしょうっ! 変な勘違いをしないくださいっ!」
「南雲君、突然どうしたの?」
「い、いやその……」
ふふっ。さっきの仕返しだ。どうだ。参ったか。
「んっんん。話しを再開するよ」
「うぅ……」
イルマのわざとらしい咳払いの後に、南雲は小さくなってしまう。
これに懲りたら、頻繁に心の中を覗くのをやめるんだな。
「美咲君は修真がここにいるから連れてこいと言われたんだね?」
イルマが美咲に改めて確認を取る。
その様子はまるで「君がやったんだね」と罪人を追い詰める役人ようだった。
「そ、そうよ」
「……おかしいとは思わないかい?」
「ど、どこがよ。別に普通じゃない?」
「なんで岸野の当主の方は修真君の居場所を知っていただい?」
「……し、修真から聞いたからじゃないの?」
「俺、誰にも言ってないぞ。南雲に口止めされていたからな」
「え、え? じゃあ修真がここに来るのを誰かが見たとか……?」
「それもない。イルマに尾行には細心の注意を払うように言われたからな」
「じゃあ…………」
どんどん美咲は追い詰められていった。
彼女はきっとない頭をフル回転させていることだろう。
それはまるで「お、俺は知らねぇ」と役人の詰問に必死の抵抗をする罪人のようだった。十分な証言。俺の完璧なアリバイ。そう。罪人は目の前にいたのだ。
……美咲。やっぱり俺、護りきれなかったよ。
俺も美咲に助け舟は出そうとはしていたんだ。けれども……。
(ジイィィッー)
南雲の心の目が俺の心をずっと監視しているんだもん。
嘘なんかつけないよ。
これじゃまるで俺が罪人のようじゃないか。
「え、ええーと。うーんと……」
「みさき、みぐるしい。みとめたら?」
「ぐっ……」
「美咲君。楽になるんだ」
「…………た、確かになんでわかっていたのかしら?」
そして、遂に美咲は篭絡した。
「僕はね。こう思うんだ。僕たちは集められた、のかもしれない」
イルマは続けてこう言った。
――そして僕たちが戦うことは仕向けられたことなのかもしれない。
「僕はね、兄さん――族長からこう言われたんだ。
『絶対に岸野のガキを連れてくるんだ。なんとしてもだ。
わかったな。イルマ?』ってさ」
「私の父上からは『なんとしても修真君を連れてきなさい。
うちの家族して迎え入れるんだ』」
「みくるのパパ、『ツレテコイ』」
「そして、美咲さんは『連れ戻せ』」
な、なんなんだ。こ。この偶然は……偶然だよな。
「修真さん。偶然ではありません」
俺の考えを南雲がすぐさま否定した。
「修真君、わかったかい? これが僕たちが……いや大陸全土が戦おうとしている理由だよ」
四部族が俺を欲している……?
なぜだ? 俺はいつ何をしたというんだ? なんで――、
「修真さん。あなたは本当にニブチンですね」
「え?」
「そんなのは修真さんが――英雄だからですよ」
「そうだよ。修真君。君はいまや大陸に住む者、すべての憧れ。
最近は家からもロクに出られないくらいだったそうじゃないか」
「シューシン、ここにくるの、たいへんだった」
……そうか。今はどの部族も次の覇権を握ろうとしている。
だから俺か……。
「……ねえ一つ聞いていい?」
ここで篭絡して以来静かに事の成り行きを見守っていた美咲が口を開いた。
「あんたたちはなんでそうとわかっていて戦っていたの?」
……そうだよ。
じゃあこいつらがさっきから争っていたのはなんだったんだ?
そうとわかっていたなら俺に相談でもしてくれればよかったのに。
そうすれば争う必要はなかっ――
「……簡単ですよ」
南雲は静かに呟いた。
「これは次の大陸の覇権争い。この戦いはそれの前哨戦といったところでしょうか?」
「……そうだね」
「……そのとーり」
……………………こんなやつらじゃなかったはずだ。
こいつらはただ純粋に平和を目的としていたはずだ。
こんなことは考えるはずがない。
「じゃあさ……あんたたちが欲しいのは「英雄」っていうことだよね?」
美咲は唇を重たそうにゆっくりと開いた。
「もちろんそうです」
「じゃあさ……別に英雄だったらよかったんだよね?」
「え? ええ……」
次の瞬間。
俺は驚嘆と同時にとてつもない恐怖に襲われた。
「こいつら殺すっ!!!」
美咲がいつになくドスの聞いた声で、いつにない鬼の形相で三人に襲い掛かったのだ。美咲の手に先程までの剣はない。あったのは光を一点に集中させることでできる光集刃の剣。その名も『天羽々斬』。彼女にしか作ることのできない剣だった。
「避けてください!!!」
南雲の早めの勧告のおかげで、南雲、イルマ、みくるちゃんの三人はなんとか美咲の攻撃を避けることができたようだ。
「もう手加減はしないっ!」
美咲が天羽々斬を出すときは本気。相手を本気であの世に葬るつもりの時のみしか使わない。だから、何回避けようとも、何度でもその剣を振るうことだろう。
「み、美咲君。君はいきなり何を――」
「あんたたちは英雄だったら誰でもよかったんでしょ……? 修真でなくてもいいんでしょ?」
「み、みさき、おちついて」
珍しくみくるちゃんがうろたえている。あのマイペースなみくるちゃんが。
それほどまでにも、美咲の威圧感は凄まじかった。
「岸野二本刀にはね……!」
だが、美咲は小さく震えている。
「あたしにはね……!!!
美咲は弱弱しく言葉を紡ぐことしかできない。
美咲はただ天羽々斬を彼女たちに突きつけることしかできない。
「代わりはいないのよ!!!!!」
美咲は天羽々斬を彼女たちに向けることしかできずにいたのだ。
俺は美咲を――護りたいんだ。
「み、美咲いぃぃ!!!!!」
グシャッ。
鈍い音が俺の耳に届いた。これはなんの音だろうか?
腹のあたりに痛みを感じる。これはなんの痛みだろうか?
目の前の緑に広がっていく赤。これはなんだろうか?
「きゃっ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁ」
彼女は泣いていた。悲鳴とともに膝をついて泣き崩れてしまっていた。
「み、美咲……」
俺はそんな彼女にできる限り手を差し伸べる。彼女は安心させてやらなくては……。だが、意識がだんだんと遠のいていく。
なんでこんな時に俺はいつも――。
意識を失いかけたその時、俺は美咲と彼女たちと「ある者」の最後の会話を聞いた。
「えぐえぐっ。し、修真……ごめんね。あたしが……あたしが……」
「あらあら、またこうなってるの? あなたたちは一体何をしてるんだか?」
「……え? あなた誰?」
「あなたはお初ね。じゃあ名乗っておきましょうか」
「「「……? なんでお前がここに……」」」
「アタシはエミリオンっていいます。よろしくね」
「「「魔王エミリオン!!!」」」
俺の記憶はここからない。




